4 ────⑤
ここまでいろいろあったけど……!
ついに――!
念願のパンケーキ屋さんに到着っ!
どうやらここの店主さんも、おじさんの古い友だちで、しかも脱騎士なんだって。
……うん。また脱騎士!
そしてやっぱり、見た目はこわそう。
「なんだぁ? そのガキは。うちは貴族様の来店は受け付けてねえぞ?」
お店に入ったとたん、わたしをじろじろ見てきて……まるで値段でもつけるみたいな目! しかもいきなり、変なことを言ってきた!
貴族様……? って悪いやつ!
え、でも……あれ? だれのこと?
そう首をかしげていると、おじさんが突然、大笑いしはじめた。
「はははは! 貴族ぅ? そうだな! そうだよな! がぁーっはっはっはっは!」
「な、なにを笑ってやがんだ? 気持ちわりぃな……」
おじさんはパンケーキ屋さんの店主の肩をポンッと叩くと、そのままわたしの手を引いてカウンター席に座った。
そして、当たり前のように注文した。
「俺はいつもので。こっちの嬢ちゃんにはバター増し増しのハチミツたっぷりで、それから極上のアイスクリームを乗せてくれ」
言葉のひびきだけで、口の中が一瞬で唾液でいっぱいになる。
でも最後のはなんだろう。あいすくりーむ?
「なるほど。貴族のガキの御守りついでにパンケーキを奢らせるって算段か? 帰れ! 見損なったぞゼン! てめぇに食わせるパンケーキはねえ! 貴族に食わせるアイスクリームもねえ! 金輪際二度と来んな!」
店主さんが大声でどなったけど、わたしはぽかんと口をあけたまま固まっちゃった。
なんのことかぜんぜんわからなくて、思わず首をかしげる。
その様子を見たおじさんが、ふっと笑って言った。
「……嬢ちゃんはアイスクリームを知らねえんだな?」
「うん。しらなーい」
「冷たくて、ほっぺた落ちるくらい美味ぇんだぞ?」
「そ、そーなの? つ、つめたいの?」
「そらもう、極上よ」
「おおおおおお」
パンケーキ! アイスクリーム! 頭の中でおどりだしていると――
「おいゼン! シカトしてんじゃねえっ!」
ドンッと大声が落ちてきて、びくっと肩がはねた。
「帰れって言ってんだよ! お国様の犬がよ! 貴族の護衛なんざ情けねえったらありゃしねえ! そんでガキに奢らせるってか? おめえもいよいよ落ちるところまで落ちたな。さっさと失せな!」
店主さんがすごい声で怒鳴ってるのに、おじさんはぜんぜん動じなくて、にやっと笑ってこう言った。
「約束通り、好きなだけ食っていいからな」
「う、うん……!」
シカトして大丈夫なのかな?
わたしがぽかんとしてる間に、おじさんは店主さんの方をにらんでいた。
「おい! 早く令嬢様にパンケーキ持って来いってんだ! ここは客の注文も満足に聞けねえのか?! ああ?!」
横暴な言葉づかいなのに、その顔はなんだかすごく楽しそうに見えた。
でも……令嬢様?
さっきの言い方も、なんだか、わたしのことみたいだったし……。
……も、も、もしかして、わたし、貴族とかいう悪い奴だと思われてるの?
んんんんん?
頭を抱えそうになってる横で、おじさんは袋をがさりと探り――。
「それからな、金ならある!」
そう言って、テーブルに金貨を五枚、ガンッと叩きつけた。
え?! ぱ、パンケーキ、な、何枚分?!
なんて驚くわたしをよそに、おじさんはまくしたてるように続けた。
「今日の会計とは別に、今後、嬢ちゃんが食いに来る分の前払いだ。文句はねえな? とっととパンケーキを出しやがれ!」
「……いつ、死ぬんだ?」
あ、まただ。そう思ったとたん、おじさんは今までにないくらい怒り出しちゃった。
「なんでそうなるんだよ! 俺が金を渋らず出したら老い先短いってか? ああ?!」
「……当たり前だろ。何言ってんだよ、お前……」
店主さんはさっきまでと打って変わって、目に涙を浮かべはじめてしまった。
「この野郎がァッ! 表出ろ!」
う、うわぁぁぁっ!? け、喧嘩になっちゃう!
あわてて声を張りあげる。
「お、おじさんね、怖い夢見ちゃったらしくて! それでなんか今日はおかしいの! だから、だから……その……!」
視た、とか言ってたから――きっと、怖い夢!
「怖い夢だぁ? なんだそりゃ。いい年したおっさんが悪夢にうなされて、あうあうあーってか? ああ?! そんなんでな……そんなんでな……こいつが、ドケチのゼンが金貨を出すなんざ……」
と、口にしたかと思えば──。
「いや、怖い夢……か。おいゼン、お前まさか……?」
急に真面目な顔になり、
「まぁ、そういうこった。悪ぃな。それ以上は聞いてくれるなよ?」
「……察しが悪くてすまん。すぐに極上のパンケーキ作ってくるから、待っててくれ」
あれ? 本当にいつも、わたしは置いてけぼり。
いい加減にしてよ! おじさんの、バカー!
+
ジュワァァ……と音を立てながら、湯気をまとったお皿が目の前に置かれた。
「……わぁぁぁぁぁっ!!!」
ふわふわにふくらんだパンケーキの上に、白い雪みたいな見たことないものがどんっとのってる。
その上からとろとろのハチミツがきらきら光りながら流れ落ちて、まるで宝物みたいに見えた。
あまい香りが鼻をくすぐって、思わず口の中がじゅるっとなる。
手を合わせるのも忘れて、椅子の上でぴょんぴょん跳ねちゃうくらい。
「な、なにこれ?! 白いの! しろいのがのってる! アイス? のっけパンケーキ! すっごい! すっごい!」
目がくらくらするほどきれいで、美味しそうで――。
今までのことなんて、全部ぜんぶ飛んでいっちゃった。
「ここまで頑張ったご褒美だ、嬢ちゃん、好きなだけ食ってくれよな」
「うんっ!」
フォークをぎゅっと握って、大きくすくう。
ふわふわの生地と、とろとろのハチミツ、そして雪みたいな白いかたまりを一緒に――ぱくっ。
「ひゃっ……! つ、つめたいっ! でもあまーい! ふわふわで、とろけるっ!」
ほっぺたが落ちそうってこういうことなんだ!
お皿に顔を近づけちゃうくらい夢中になって、次から次へと口に運ぶ。
「へぇ。どうにも食い方が貴族様のソレじゃねえな。こんなに美味そうに俺のパンケーキ食ってくれるなんざ、舌の肥えたクソガキとはえらい違いだ。近所の可愛いガキんちょらと変わらねえじゃねえか。……にしても、本当に美味そうに食ってくれるな。作り甲斐があるってもんだぜ」
たべてるよそでぶつぶつ言っているけど、きにならなーい。
「なぁ、ゼン。この子はいったい、なんなんだ?」
「俺の弟子だ」
「で、弟子だぁ?!」
「んで、アストレアのクソ野郎の一人娘、になる予定だ」
ん? (もぐもぐ)
「……予定って。そうか。視たんだよな。……俺は、生きてたか?」
「ああ」
「役目は?」
「パンケーキ屋の店主。それ以外にねえだろうが」
「……は?」
店主さんの肩をぽんと叩くと、今度はパンケーキを絶賛ほおばり中のわたしの頭をぽんっとした。
「いいか、嬢ちゃん。嫌なことがあったり、つらいことがあったらここに来い。そしたらパンケーキもアイスクリームも食い放題だ。極上の腕によりをかけた最高のやつを出してもらえるぞ」
「うんっ! もぐもぐ」
「だからな、覚えておいてほしい。つらいことがあったら、その分だけ美味しいパンケーキが食える。最高だろ?」
「……うん! もぐもぐ」
なんだろう。いつにも増して優しい目をしてる。
でも、どこか遠くを見ているみたい。
もぐもぐするのを一度やめて、口の中をごくんと飲みこんでから言った。
「ねえ、おじさん? わたしね、貴族の悪い奴らなんかになにされたって大丈夫だよ? 村でもね、みんなにいじめられてたの。だからぜんぜんへっちゃら。心配しなくてへーき!」
「……ああ、そうかよ。そうだったな……」
もう。そんなにわたしって信用ないのかな?
「なぁ、ゼン。俺はいったいなにを見せられてるんだ……。お前のこんな姿が見られるなんて、長生きはするもんだな」
「……っるせえ」
なーんか似たような会話、さっきのお店でも聞いた気がする。……って、ん?
おじさんのお皿を見た瞬間、とんでもないことに気づいちゃった。
「お、おじさんの! あいすくりーむ乗ってない!」
「あ? もう腹の中だ。俺のことは気にしなくていいから、好きなだけ食えよな」
……ほんと、この人ってどうしてこんなに嘘が下手なんだろ。自覚あるのかな?
「じゃあはんぶんこ!」
「そういうのはやめろって言ってんだろ! 俺の騎士道に反する!」
「じゃあこれは、わたしのキシドーだ! はーんぶーんこ!」
「……ったく。いつから嬢ちゃんは騎士になったんだよ」
「いーま!」
「……本当に。気が強くて敵わねえよ。そんな簡単に騎士になれちまうなんて、ロクな騎士道じゃねえな……」
と、そこにパンケーキ屋の店主さんが口をはさんだ。
「じゃあこれは、おじちゃんの騎士道だ! 可愛いお嬢ちゃんにサービスッ!」
そう言って、店主さんはパンケーキの上にアイスクリームをぽんっとのせてくれた。
……わぁっ!!
「い、いいの?!」
「ああ、もちろん。騎士として当たり前のことをしたまでだ」
「わーいありがとう!!」
おじさんの周りのキシドーはいつもやさしさでいっぱいだ!
「つーかお前……騎士って……」
「こんな小さい子が騎士道語ってんだ、ほかに理由がいるか? それにな、俺はもう、思い残すことがないほど幸せな日々を過ごせた。夢にまで見た店まで開けた。もう十分すぎるくらいだ」
「……馬鹿野郎が」
「……でも、そうか。ってことは、お嬢ちゃんが元気ないときにしか会えねえんだな。こんなに笑顔が可愛くて、美味そうに食ってくれるってのによ……」
「ここが最後の砦になってくれりゃあいいんだよ。お前のパンケーキで元気づけてやってくれな。お前にしかできない役目だ」
「そりゃ、責任重大だな」
もう。ふたりとも、また同じ話してる。
「だからおじさん! 大丈夫だって! いじめられても大丈夫! 五箇条もちゃんとまもるんだから! おじさんとのやくそくはまもるんだからね!」
「ははっ。そりゃ、頼もしいな」
うん。これは信じてないときの返事だね!
ふん、べつにいいもん。
……あ。そっか、大丈夫だともうここに食べに来れないんだ。
それはちょっと、困っちゃうな……。
それから――定食屋さんに連れて行かれた。
店主さんのおばちゃんは三角巾が似合う陽気な人で、自分のことを「脱姫騎士」って名乗っていた。なんだかちょっと誇らしげに。
「飯は毎日ここに食べに来るといい」
「学校って寮なんだよね? ご飯でないの?」
「出るっちゃ出るが。クソまずいぞ」
「えぇ~。そうなのー」
「あぁ、そうだ。食えたもんじゃねえからな。腹減ったら好きなだけ食いに来い。必ず弁当もらって帰るんだぞ」
「うー……うん!」
……それでまたまた、同じことが起きた。
金貨を出すと、おばちゃんがぎょっとして、おじさんが怒鳴って!
あーだこーだで、けっきょくいつも通り!
はーい、三軒目も終了!
そして今度は――雑貨屋さん!
店主さんはまたまたまた「脱騎士」で、ここでもやっぱり同じ流れになっちゃった。
おじさんが金貨をどんっと出して、店主さんがぎょっとして、おじさんが怒鳴って!
それから、おじさんはすごくまじめな顔になって言った。
「いいか、嬢ちゃん。物がなくなったり壊れたりしたらな、新しいものを買えばいいだけだ。そりゃ愛着の湧いちまう物もあるかもしれねえが、仕方がねえ。形あるものは遅かれ早かれいずれ壊れる。なにも悪いことじゃねぇ。だから気兼ねなく、ここに来るんだぞ」
「ものをなくしたりはしないよ? それにね、ものは大事に使わなきゃだめなんだよ?」
「そうだ。嬢ちゃんの言う通りだ。でもな、なくなっちまうもんは仕方がねえ。嬢ちゃんはなぁんにも悪くねえんだから。好きなだけここで、新しいものを買え。わかったか?」
「うー……うん!」
正直、ちょっと意味がわからない。けど、おじさんの瞳は変わらずにやさしい目をしていた。だから返事をする。
おじさんのいう通りにしておけば、間違いはないんだから!
そんな様子を悟ってか、雑貨屋の店主さんが言った。
「お嬢さんは今、この瞬間から大事な大事なお得意様だ。ここはね、なんだって手作りなんだよ! 作れないものなんて存在しない! ほしい物はなんでも御用意する!
かつて隣国を轟かせた錬金術師とはこのわたし! ――イッツ・ショータイム!」
なんて言って、ステッキをくるくるくるって回したら……おじさんの頭にハトさんがぽんっと乗ってた! お花までわぁーってひらひら舞ってる!
「すっごぉーーい!!!」
思わずぱちぱち拍手してたら――次の瞬間、おじさんの怒鳴り声が響いた。
「馬鹿野郎が! 乱発してんじゃねぇっ! お前のそれは毎度、対価が必要になるものだろうが! ……しかもハトだぁ?! 生き物じゃねえか! なに考えてやがる?! おい!!」
「対価……ね。そんなものにはもう、興味ないよ。今日までゼンのおかげで楽しく過ごせた。君の忘れ形見の笑顔は、何に変えても守るから安心してほしい。そうだな、これはやり残したこと、かもしれない。先行く君に捧げるレクイエム」
「ったく。どいつもこいつも大げさな連中だな! なんで俺が金を出したら死ぬって話になりやがんだよ。ざけやがって」
そしてまた――おじさんはどこか遠くを見る目をしていた。
会話は、いつも置いてけぼり。
でもいーんだ。おじさんの言うことをちゃんと聞いてれば、それでいいんだから!
……そう思ってたのに。
次に連れて行かれたお店だけは、どうにも空気が違っていて――とんでもなくおかしなことになっちゃった。
次のお店はね、なんと! 脱騎士屋さんじゃなかったの!
お読みくださりありがとうございました。
ブクマや星評価【☆☆☆☆☆】で応援してくださると嬉しいです!