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3 ────


  「「「ははははははっ!」」」


 同じ荷馬車に乗ってた騎士さんたちが、おなかを抱えて笑ってた。

 前で馬を引いてる人まで、肩をゆらして笑ってる。


 でも、一人だけ笑ってない人がいた。

 その人はちょっとこわい顔でためいきをついて「はぁ……わかっちゃいねぇな」ってこぼした。


 ……もう、マーくんのバカ。

 恥ずかしいじゃない。まったくもう。


 そう思って下を向いてると、


 「そうかぁ。お嬢ちゃんの夢は空を飛ぶことか! そりゃあ大きな夢だな!」

 「“空飛んで会いに来るからー!” だってよ! あははははっ!」


 ……あ、なーんだ。笑われてるのはわたしのほうなんだ。


 そっか。お空を飛ぶのって、やっぱりかんたんじゃないんだ。


 でも、マーくんと約束した。

 マーくんが言ってた。がんばれば空を飛べるって。


 いまのわたしには、それだけで十分。ねっ、マー君。


 

  それに、笑われてもいいの。

 もう慣れてるし。


 でも――。


「断言しよう。嬢ちゃんが空を飛ぶのは無理だ」


 ひとりだけ笑ってなかった人が、きゅっと場をしめるみたいに言った。

 白髪まじりで、髪は短くて……なんか、おじさんって感じの人。


「ちょ、ゼンさん! これから魔術を勉強しようって子に、そんなこと言います?」

「ないわぁ~。ゼンさん、それはないっすわ」


 ……ゼン? ふぅん。この人、ゼンっていうんだ。


 「なに言ってんだよ。お前らだって、腹抱えて笑ってただろうが!」


 「そりゃそうですけど……ねぇ?」



「こういうのはな、最初に知っておいたほうがいいんだよ。変に期待しても、この先つらい思いをするのは嬢ちゃんだ。早いに越したことはねぇだろうさ」


「だからってこんな子供になにも……ゼンさんは容赦ないなぁ」


「無属性だろ。風の加護持ちなら望みもあったろうさ。それでも王都からここまで戻るのは無理だろうがな」


 笑われたのは別によかった。

 でも、このゼンって人の言葉だけは……わからないのに、ちくちく胸に刺さった。


 まだ村を出て数分しかたってないのに。

 もう二度と帰ってこれないって言われたみたいで。


 だから、言わずにいられなかった。


「飛ぶもん。マーくんと約束したから……約束したんだもん」


 魔術のことなんて、わかんない。

 涙をこらえるので精いっぱいで、それでも、言ってやった。


「きらい。おじさんなんて大っきらい」


 泣くもんか。絶対泣かない。

 こんな人に泣き顔なんか見せてたまるもんか!


「あ、ああ! わ、悪かったって! 泣くなよ? 泣くのはだめだからな?」


「ふんっ……きらい」


「お、おい! 嫌いって俺だけかぁ?!」


「そりゃ当たり前だよ」

「ああそうだな。ゼンさんが悪い」


「かぁーッ! やってらんねぇな!」


 わたしがあまりに不機嫌になったせいか、そのあと妙にあやされて、甘菓子をくれた。


「遠征のときは貴重なんだからな! 味わって食べろよ!」


「……うん。おいしい」


「まあでもな、嬢ちゃんにはまだむずかしいかもしれんが、これが現実なんだぜ? おじちゃんだって魔術はそこそこ使えるんだ。それがどうだ? 甘菓子ひとつ満足に食えやしねえ。はっは。情けねぇよなぁ」


 ……なに、この人。

 なんか、恩着せがましい。

 もらわなきゃよかった。


「半分返す」


「だぁーっはっはっはっ! 半分おじちゃんにくれるのか?」


「うん」


 だって、もう半分食べちゃったし。残りしか返せないんだもん。


 ほんとうに、きらい。


「でもな、それは嬢ちゃんにあげたものだ。俺の騎士道に反する。っつーことで食え!」


「いらない」


 そう言ったら、おじさんがムスッとして、じろって睨んできた。

 ぴりぴりって、いやな空気になった。


 だからか、あわてたように他の騎士さんたちが割って入ってきた。


 「ゼンさんはケチだけどな、こういうとこは頑固なんだよ。食べてやってくれないか?」

 「悪いな、お嬢ちゃん。このおっさん頑固だから。ひと思いに食べてくれると助かる」


「……わかった」


 仕方ないから食べることにした。


「だったら最初から食っとけっつーんだよ」


 おじさんはフンッと鼻を鳴らして、小言を飛ばしてきた。


 きらいきらいきらい。

 この人、やっぱりきらい!


 ――おじさんの第一印象は、最悪だった。




 +


 王都までの長い道のり。初めての夜は野宿だった。

 みんなでキャンプの準備に取りかかる。


 わたしはおじさんと一緒に水汲みに行くことになった。


「甘やかさないからな。嬢ちゃんはこれから強くならなきゃいけねえ。俺のことを嫌うのは勝手だが、やれることは自分でやれ」


「わかった。やる!」


 ……第一印象は最悪だったけど、こういうふうに言ってくれるのは、ちょっと嬉しかった。


 水場はキャンプのすぐ近く。

 とはいえ往復すると三十分くらいかかるらしい。


 おじさんは大きな樽に水をいっぱい汲んで、それを肩に二つも乗せた。

 わたしは首からさげた水筒と、やっと持てるくらいのバケツ一杯分。


 これ、わたし来た意味ないんじゃないかな……って思ったけど、言わなかった。


 でも、半分を過ぎたあたりで。

 ぐらっと足がもつれて、バシャーンって水を全部ひっくり返しちゃった……。


「……あっ」


 どうしよう、どうしよう……。胸がどきどきしてると、おじさんが低い声で言った。


「泣くな!」


「……泣かない」


「よし。じゃあ目ぇつぶって十数えろ。いいな?」

「わかった」


 正直、怒られると思ってた。

 でもおじさんの声は、思ったよりもやさしかった。


 言われたとおりにぎゅっと目をつぶって、数えはじめる。


 ひとつ目で、樽がドンって地面に置かれる音。

 ふたつ目で、バケツがカランって鳴った。

 みっつ目で、風がサァって吹いた。


 なんだろう、なんだろう……って思いながらも数を続ける。


 そして十を数えて目を開けたら――。


 さっき全部こぼしちゃったバケツに、水がちゃんと入ってた。


「えっ……どうして?」


「どうもこうもねぇだろ。ほら、さっさと運ぶぞ」


「うんっ!」


 おじさんが水場まで走って汲んできてくれたんだって、すぐにわかった。


  甘やかさないって言ってたのに。


 それからも似たようなことは何度もあった。

 夜になると必ず甘菓子をひとつくれた。


 ……ちょっとだけ、信じてもいいのかなって思えてきた。


 そんなふうにして二週間。

 この生活にもだんだん慣れてきたころ。


 わたしは誰もいない大きな石の影に隠れて、マーくんからもらったぴかぴかの石をこっそり眺めていた。


「嬢ちゃん、それ……見せてくれるかい?」


 うしろから声がして、ハッとしてとっさに両手で石をぎゅっと隠した。

 振り返ると、おじさんが立っていた。


「はは。誰も取ったりしねぇよ。いいから、ちょっと見せてみろ」


 怒ってるような様子は感じなかった。

 でも、マーくんは「拾った」って言ってた。

 ってことは、本当は持ち主がいるんだ。……村の人がこんなぴかぴかした石を持ってるなんて聞いたことない。

 だからきっと、騎士団の人のだ。


 わたしはそれを知ってたから、こっそり隠れて見てたのに。見つかっちゃった。


「ひょっとして、それ……金髪の小僧にもらったのか?」


 わたしはぶんぶん首を横に振った。


「ひ、拾ったの」


 だったらせめて、わたしが拾ったことにする。マーくんは関係ない。

 って、あれ……? なんで今、おじさんはマーくんのことを言ったんだろう? 金髪の小僧って、マーくんのことだよね……。


「嬢ちゃん、なにか誤解してるな。それは元は俺のだ。小僧にやっただけだ」


「そうなの? だって、マーくんは拾ったって言ってたもん……」


「拾った、って? 小僧がそう言ったのか?」

「……うん」



 なんだろう。やっぱりまずいものだったのかな……。わたし、余計なこと言っちゃったのかな?


 そんな不安を他所におじさんは声をあげた。


「かぁーッ! そういうことかよ!!」


 何事かと思いビクッとすると、他の騎士団の人たちも集まってきた。


 「どうしたんすかゼンさーん」

 「一大事かなんかっすかー?」

 「次の村まであと何日っすかー。酒飲みてー」


「いやぁ、これだよこれ」


 そう言うとおじさんはわたしの手を指差した。

 さすがにもう隠せないと諦め、ぴかぴかの石を見せると、


 「これってひょっとしてトウモロコシの?」

 「どういうことっすか? なんでお嬢ちゃんがこれを?」


「そらお前、そういうことだろ? そういやあの小僧、嬢ちゃんの見送りに人一倍、精を出してたもんなぁ」


 勝手に盛り上がってる。なんなの。


「ねえ、わかんない。わかるように教えてよ」


「おぉっと、悪いな!」


 おじさんは咳ばらいをして、ゆっくり話してくれた。


「出発の前の晩にな、その石をくれって小僧がせがんできてよ。トウモロコシ百個と交換だって言うんだよ。俺は断ったんだがな、トウモロコシ食いてえ! って皆が騒ぎ出してよ。そしたら、もう小僧はどっかいっちまってな。暫くして戻って来たかと思えばリアカーいっぱいにトウモロコシを持ってきたんだよ。父ちゃんと話はつけてある! 男に二言はねえ! なんて言ってよ」


 「いやぁ、あのトウモロコシは美味かったすねぇ~」

 「思い出したらよだれが出てきちまいますよ」


 マーくんのバカ。

 それはたぶん、マーくんが食べる分だ。


 トウモロコシ、大好きなくせに……。


 こんな話、聞きたくなかった。

 だっていま、どうしようもなくマーくんに会いたくなっちゃったから……。


 マーくんのバカぁ!!

 なにが拾ったよ!!!


 嘘だってことはわかってたけど。ここまでするならどうして──。


 どうして、引き止めてくれなかったの……。

 大好きなトウモロコシ……手放してまで……。


 マーくんへの止めどない思いが溢れていると、おじさんが気まずそうな声で続けた──。


「とまぁ、ここまでなら良い話なんだがな。それな、模造品なんだよ」


「もぞーひん?」


「あぁ、偽物だ。結晶石を真似て作っただけで、なんの力もねえ。だから俺は断ったんだ。けど小僧はそれでもいいって言いやがった。こんなぴかぴか光る石、村にはねえから偽物でもなんでもいいってな。筋が通らねえ話だろ? だから駄目だって言ったんだが……こいつらがなぁ。俺と小僧が言い合いしてるうちに、勝手にトウモロコシ食い始めやがってよ」


 「へへ。酒の席でしたし、我慢なんてできませんよ」

 「すべての責任は、あのめちゃ美味なトウモロコシにある」


 聞きたくない。

 マーくんに会いたい。


 もうきっと、気軽に会えないところまで来ちゃってる。

 今さら過ぎる答え合わせに、胸がぎゅっと痛くなった。



「どれ、トウモロコシ百個分と小僧の意気込み。それから嬢ちゃんへの罪滅ぼしとして、本土についたら本物と交換してやろう。今は持ってない。そこんところは納得しろ」


 「まじかよゼンさん!」

 「ドケチのゼンさんが?!」


「馬鹿野郎め! 誰がドケチだ!」


 ケチなのは知ってる。

 甘菓子をくれるけど、いつも勿体なさそうな顔してるから。


 結局、食べちゃうんだけど。

 いらないって言うと怒るから。


 その上、何かをもらうなんてできない。

 それに──。わたしはこれがいい。


「ううん。これがいい。本物とかいらない」


 だって、マーくんから初めてもらった、大切な宝物だから!


 ただの本音だった。

 でもおじさんは何を思ったのか急に嬉しそうな顔をした。


「かぁーッ! そうかよ! そうだよな!! 歳取ると大切なものを見落としちまうからいけねえや。すまねえ。今のは忘れてくれや嬢ちゃん!」


「うん。もう忘れた。知らない」


 どーでもいいし。


「よくできた娘だ。俺ぁ、お前のこと、ますます気に入っちまったよ!」


 そう言うと、おじさんはわたしの頭をわしゃわしゃしてきた。


 う、うざい!!


「やーめーてーよー!」

「ははははは! やめねーぞ!」


 むきー! ってなったけど、でも……なんかちょっと、くすぐったくて楽しかった。


 意味なんてぜんぜんわからないけど、この日わたしはおじさんと、またひとつ仲良くなった気がした。


 一歩ずつ、少しずつ。ほんのちょっとずつだけど――。




 +


 それから──。

 騎士団の人たちはわたしのことを「嬢ちゃん」って呼んで、王都までの帰り道、優しくして接してくれた。


 おじさんは「予習だ」って言って魔術のことをいろいろ教えてくれた。


 山は越えないで馬車でぐるっとまわるから、王都までは半年くらいかかる。


 一ヶ月経つころには、ほんのちょっとだけ魔術が使えるようになってた。


「無属性ってのは本当にすげえな。なんでもすぐに覚えちまう。でもだから、ひとつの属性に固執するようなことだけは絶対にだめだぞ。極めたってたかが知れてる。まんべんなく勉強するんだ」


「わかった!」


 おじさんは魔術にとっても詳しくて、しかも説明がすごくわかりやすかった。



 +


 このまま、何事もなく王都に着くと思ってた。

 でも──。それはなんの前触れもなくやってきた。二ヶ月が過ぎたころのこと。


 「ぜ、ゼンさん!! ま、魔獣がぁ──!」


 その声を聞いたときには、もうおじさんの姿がなかった。

 さっきまで同じ馬車に座ってたのに、気づいたら、大きな剣を持って、外に飛び出していたのだ。


 それも、どこから出したのかわからないくらい、急だった。

 空を走るように瞬く間に、どんどん遠くに行っちゃう。


「あれ……空、飛んでる……?」


 そこからは、あっという間だった。

 光がピカッと光って、魔法がバンッて飛んで、大きな剣がぶんぶん振り回されて……。


 目の前にいた大きな魔獣は、もういなくなっていた。


 戻ってきたおじさんは、わたしをひょいって肩に乗せて言った。


「索敵系統の魔法を使える者、全員集合!」


 その声が合図みたいになって、ぞろぞろとみんなが集まってきた。

 そこで、おじさんは話を始めた。


「ちぃーっとばかし、まずいな。どっかに巣があるな」


 おじさんが低い声で言った。


「この辺を仕切ってるのは黒魔道士の辺境伯だが、あいつは頼りにならん。だから、俺が片付けちまう。異論あるやつはいるか?」 


 「ねぇーっす!」

 「あるわけないだろ!」

 「どうせお嬢ちゃんのためだろ!」


 え……わたしのため?


「トウモロコシの礼だ。嬢ちゃんのためじゃねえ」


 「「「はははは!」」」


 「よっ! 隊長! カックィー!」

 「久々に隊長さまの戦闘が見れらぁ!」

 

「馬鹿野郎が! その呼び方はでーきっらいだっつってんだろ!」


 おじさんはふんっと鼻を鳴らして、大剣をぐいっと担いだ。


 そして、おじさんは真面目な顔になって言った。


「やると決めたからには……殲滅だ」


 その一言で空気が変わった。

 いつものうるさいおじさんじゃない。知らない人みたいだった。


 ……それに。


 さっき、隊長って呼ばれてたよね?


 この騎士団に隊長なんていなかったはず。

 でも、たしかに聞こえた。


 おじさんが……隊長?



「まあ今の御時世、ここで巣を潰しておけば十年か? 二十年か? そんくらいは大丈夫だろう。そっから先は嬢ちゃん。お前がやれな」


 話の意味なんて全然わからなかった。

 魔獣なんておとぎ話だと思ってた。


 でも、さっき見た。ほんとうに居た。


「わかった!」


「ははは。いいか、それがお前の天命だ! 縁ってのはそう簡単には切れねえ! 肝に命じておけ!」


「うん!」


 言ってることなんてちっともわからない。

 でも、おじさんがすごく真剣な顔をしてたから、ちゃんと返事した。


 よくわからないけど、わたしならできるって、信じてくれてるみたいだったから。


「よぉーし! 嬢ちゃんから返事もらったし、いっちょ殲滅といきますかぁ!」


 「「「うおおおおお!」」」


 いつもはおちゃらけてばかりの騎士団の人たちの顔つきが、一気に変わった。

 今までの人たちと、まるで別人みたい。


 これが……騎士団……?


 




 +


 そこから先は、ほんとうに夢を見てるみたいだった。

 社会勉強だって言って、おじさんは特等席で戦いを見せてくれた。


 その特等席って言うのが、なんと……おじさんの肩の上!


 魔獣に一番近くて、一番危険な場所のはずなのに、おじさんは「ここが一番安全」なんて言うんだから、びっくりした。


 でもその言葉は、すぐに現実になる。


 おじさんが大剣を振ると、山が二つに割れた。


 手をかざすと、山が消えちゃった。


 甘菓子ひとつケチるおじさんは、凄い人だったのだ。でも、そんなことよりも──。


「どうした嬢ちゃん?」

「いま、空飛んでた!」

「飛んじゃいねぇが……。そう見えちまうもんか。じゃあよ、空を飛んだときに見える景色ってやつを見せてやる!」


 そう言うと、おじさんはわたしを肩に乗せたまま、まるで階段を駆け上がるみたいに空を登っていった! あっという間に雲の上まで来ちゃった!


「わぁ! すごい! すごーい! 飛んでるー!」


 声が勝手に弾んだ。だってこれができたら、マーくんに会いに行けるんだもん!


「飛んでるわけじゃねえ。白魔法のひとつで、空間に足場を作ってるだけだ。……ほら、立ってみろ」


「うん!」


 肩から下ろされ、そっと足をつけると。


「わっ……ほんとだ! 空の上に立ってる!」


「大したことじゃねえ。俺には空を飛ぶなんてできねぇよ。けど……嬢ちゃんがいつか本当に飛ぶってんなら、見てみてえもんだな」


「飛ぶー!!」


 空の上に始めて立ったからなのか、不思議となんでもできるような気がした。


「ははは! そうか飛ぶか!! じゃあ飛んじまえ!!」


 初めて会話を交したときは絶対無理って言ってたのに、今は飛んじまえって言ってる。


 おじさんってこういう人なんだなって思ったら急におかしくなってきて。


「ぜったい飛ぶー!! おじさんすきー!!」


 気付いたら、おじさんに抱きついていた。


「ば、ばっかやろう! そんな態度取ったってな、甘やかさないからな!」


「いーもん! べつにいままでどおりでー!」


「ったく。なんだってんだ! 調子が狂っちまうだろ!」


 口は悪いけど、誰よりも優しい人だって、気付いちゃったから──。







 +


 三ヶ月を過ぎた頃、おじさんが王都での生活の心構えを教えてくれた。


 ゼン五か条


 一、貴族には逆らうな!

 二、貴族の息子もまた貴族!

 三、貴族の娘もまた貴族!

 四、貴族にいじめられたら黙って我慢!

 五、どんな理不尽にも耐え抜きましょう!


「……さいあく。ありえない」

「でもこれが現実だ。逆らったらお前、魔術士として食っていけねえぞ? んまぁ、そんときは俺の隊で拾ってやるけどな」


「じゃあそうする!」


「ったく。馬鹿いっちゃいけねえよ。……そうだな。指切りげんまんって知ってるか?」


「しらない。なにそれ?」


「よし、やってみっか」


 “ゆーびきりーげーんまーん、うーそついたーら、はーりせーんぼーんのーます! ゆびきった!”


「は、針千本?!」

「そうだぞ~?もう生きてはいられねえなぁ」


「バカーっ!」


「だぁーはっはっは! でもこれで約束は成立だ。俺みたいになるんじゃねえぞ。いいな」


 最後の言葉だけ、妙な重みを感じた。


「わかった。なるべく、そうする」

「ははは! なるべく、か。まあ後悔ないようにな。俺を悲しませるなよ」


「うん。なるべくね!」

「こんな信用ならねえ返事はねえや。ははっ」



 いじめられるのには慣れっ子だった。

 でもそっか。わたし、学校でいじめられるのかー。なんて少しだけ思ったりもした。




 そうして──。

 おじさんとの長い旅は終わりを迎え、わたしは魔術学校に入学することになる。





 +


 後になって知ったことだけど、おじさんは『殲滅のゼン』として名を馳せる、騎士団の数少ない英雄のひとりだった。


 わたしが騎士団に入った理由は色々あるけど、その半分はきっと、おじさんがそこに居たからだと思う。


 地下迷宮の探索に踏み切れたのも、おじさんを後任の団長として指名することに一切の迷いが無かったから。


 わたしの岐路にはいつもおじさんがいた。


 運命っていうのは奇跡が紡いでいるのかもしれない。

 こうしておじさんと出会えたことが、マーくんのお嫁さんになれる未来に繋がっていたんだって、今ならわかる。


 地下迷宮の探索に行くって言った時は猛反対して、「団長なんかぜってぇやらねえ!」って言ってたのに、お嫁さんになりますっていったら手放しで喜んでくれたんだから。


 何度も役職に声を掛けたのに、ときには団長命令の名目で移動を下したのに、一切従わなかった男が満面の笑みで即答した。


「わかった。団長やる。後のことは心配いらねえ。幸せになってこい!」って──。



 今ならわかるよ。


 あの日、あの時、わたしとマーくんの運命を予見したんだって。


 わたしにとって頼れる父のような存在なのかもしれない──。


 だから、十七年越しに掴んだ、この幸せだけは……。誰にも邪魔はさせない。


 たとえ、国を敵にまわすことになろうとも。


 ずっと、マーくんの側に居ると誓ったから。


 誰にも、そう誰にも。邪魔はさせない──。



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