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異世界サンドイッチ

異世界サンドイッチ

思いついてしまったので。そのうち消すかもしれません。

短いです。


「お嬢様。本日の紅茶はギーヴ産の貴重な春摘を。それに合わせて同じくギーヴ産青熟瓜を使用した“ナフィットネニリテヌンド”をご用意しました。」

「ええ、ありがと――――、」


メイドから、夕食前の紅茶と軽食を供された時だった。

突然、雷に打たれたような衝撃が走り、私は急に全てを思い出した。


私はもともと、地球は日本で生まれ育ち、不慮の事故で儚くなったOLだった。

そして現在、エルブリテ侯爵の一人娘兼王太子殿下の婚約者に生まれ変わっていた。

エルブリテ候の一人娘、ユーミリア・エル・エルブリテ。乙女ゲームの、悪役令嬢として。


ややくどい名前なのには理由がある。

ミドルネームの「エル」は、貴族の名に必ず入るある種の敬称であり、エルの剥奪=貴族籍からの除籍と考えてよい。その中でも、家名にまで「エル」が入る家柄は、建国当時から国に貢献してきた重鎮の家柄であることを示す。

平たく述べると、現在の私はスーパー格の高い家の大事な箱入り娘なのである。


なぜ、この瞬間に記憶が蘇ったのだろう。


「…お嬢様?いかがなさいましたか?」

「、いいえ、何でもないわ。」


動揺のあまり、完璧に誂えている麗しいご令嬢の仮面が剥がれるところであった。

どうにか取り繕うと、メイドはあっさり引き下がる。

何せ私は王妃になるべくして生まれたとまで嘯かれるほどの、非の打ちどころのない令嬢である。表情筋を自在に動かすことなどお手の物だ。

ちなみに、涙を流すことや汗をかいたり引っ込めたりも自在である。令嬢とは、プロの女優のようなものなのである。


そんな完璧を誇る令嬢が何故悪役なのかというと、お約束通り王太子殿下と庶民上がりの健気な男爵令嬢が恋に落ちると、それを成就させるための超絶巨大な壁として立ち塞がるからである。

ゲームだと、私が男爵令嬢にあれこれ厳しく注意をしていくと、それをバネに男爵令嬢が奮起し、最終的には私が認めるほどのマナーを身に着けることになる。

それに感服した私が身を引き、また男爵令嬢が実はさる高貴な血を引くことが判明し、うまいこと将来の王妃へと成り上がるといったストーリーになっている。


マナー練習は、ゲーム上では音ゲーのようになって意外と楽しくてハマっていたわね、とOL時代を思い起こしながら、優雅に、見苦しくないように供されたそれをつまみ、紅茶をいただく。

このメイドの入れる紅茶はとても美味い。嫁ぐときには是非連れていきたいと思いつつ、思い出したOL時代の記憶が色々とアレで、もう一杯紅茶を用意させた後、いったん彼女を下がらせる。



これは、あれだ。私室でよかった。庭じゃなくて良かった。

彼女が控えの間に下がったことを確認した後、私は手頃なクッションに己の顔を埋める。

そして今日は化粧をほとんどしていなくて良かったわ、とどこか冷静に考えながら、叫んだ。



「なんっでやねん…っっっ!!!!」



衝撃のあまり、関西弁が出た。生まれも育ちも東京なのに。いや今はエルブリテ侯爵領はギーヴ生まれの王都パルフェルム育ちだった。

どのみち関西は掠りもしない。

まあ、そんな些事、どうでもよろしい。

とにかく、あれだ。動揺して言葉が出てこないが、あれだ。


“ナフィットネニリテヌンド”ってなんやねん。


ああ駄目だ動揺から回復できない。この完璧を誇る私を動揺させるなんてほんと、あれだ。

いや、“ナフィットネニリテヌンド”は分かる。この世界の食べ物で、名は神に由来する。

多神教であるこの世界にいる一柱である効率を重んじる神、“ナフィットネニリテヌンド”。そこから取られている。

この効率を重んじる、というふわっとした存在の神様は、効率を追及するあまり他の神とテーブルゲームを行う際にある食べ物を生み出していた。

主食であるパンに、副菜である野菜やら肉やらを挟みこみ、効率的に食事ができる食べ物を。

お察しかとは思うが、そう、あれである。


「サンドイッチやんけっっっ………!!!!」


私の中のOLが荒ぶっている。

この世界は多神教であるが、日本でもよくある人間の神格化が多い。菅原道真公が学問の神様になったのと同じように、或いはもっと簡単に。

神絵師、等の”神”のニュアンスに近い、と言えばいいだろうか。

だからこの“ナフィットネニリテヌンド”は、効率厨を極めた古の人間の神格化である。

それはいい。構わない。

この世界を構築する設定なのだから。

だが、しかし。しかしである。


「なんでそこだけオリジナル感だしてきてんだよくそが………っっっ!!!!」


おっと私の中のOLが前面に出てきてしまっている。

そう。この“ナフィットネニリテヌンド”。サンドイッチという単語をほぼ置き換えただけの言語だ。

”サンドイッチ”は伯爵だかなんだかが生み出したという。

固有名詞が絡むだけに、”サンドイッチ”をそのまま使うのはよろしくないという制作側の配慮が働いたのは分かる。

でもほぼほぼサンドイッチの由来と一緒なら、効率の神様の名前が”サンドイッチ”であるという設定にすればよろしくないか?という気持ちになる。

あとついでに、この世界が日本で作られた乙女ゲームの世界のためか、言語が日本語だったり英語だったりが入り混じっているので、”サンド(挟む)”という言葉も存在している。

“ナフィットネニリテヌンド”も、”サンド”された食べ物なので、いっそサンドでいいではないか。

そういった具合に、私の中のOLが雄叫おたけんでいる。


その憤りは理解できるが、そのおかげで冷静になれない。


だってここは、全く一緒なのかは定かではないが、日本製乙女ゲームと世界観を同じくする場所。

他にもいろいろ、架空の世界には存在しえないはずの由来を持つ単語があるのだ。

例えば、ザッハトルテ。

”ザッハトルテ”はホテルザッハーで提供された”トルテ(菓子)”が由来だ。OL時代本場のものが食べたくて調べたことがある。

どうしてザッハトルテは許されて、サンドイッチは許されなかったのだろうか。

ザッハトルテが有りなら、サンドイッチも有りであろうと私の中のOLが荒ぶっている。

ゲームをしているときには気にならなかったのは、“ナフィットネニリテヌンド”なるものが出てこなかったからである。

回復やお助けアイテムは基本的にお菓子の類であり、ザッハトルテやモンブランが当たり前に存在していた。

だから、日本におけるモノの単語をそのまま流用し構築された世界観であると思っていた。

にもかかわらず。


“ナフィットネニリテヌンド”。

神様の名前ということで、省略することは冒瀆にあたるという。なんで、こいつだけこうも無意味に凝った設定なのだろうか。

コイツにまつわる全てが解せなくなってきた。

今までどうして違和感なくこいつと接していられたのかわからない。

OL時代の記憶が、完璧な私を激しく搔き乱す。

こんなことで、将来王妃として国政に関わっていく自信がなくなってきた。


「…ああ、ちょうど良いかもしれないわ」


王太子殿下との婚約を解消してもらえばいいのだ。

殿下は乙女ゲームのお約束で、悪役令嬢の私を嫌っている。政治的判断から他を選ばないだけである。

そこにヒロインの男爵令嬢がくれば、間違いなくそちらを選ぶ。

ならば、遅いか早いかの違いくらいだろう。

“ナフィットネニリテヌンド”の存在で動揺しているなど、そもそも生きていくのがしんどすぎる。


そうして混乱の極みに達した私は、婚約解消を決意した。


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