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恋愛回路の壊れた彼女に恋を乞う




「やばい。恋愛わからん。みんな、どうやって恋してるの? 恋の始め方教えてアレクサ」


 人の机の上に頬をつけて泣き言のように愚痴をこぼす幼馴染の美乃梨(みのり)に、圭介(けいすけ)は溜め息を吐く。

「逆にどうしてできないんだ? そして、学校にアレクサは存在しない」

 

 放課後の教室には、日直の仕事で残っている圭介と美乃梨だけしかいない。

 圭介の前の席に座る美乃梨は圭介の机に顎を乗せて盛大な溜め息を吐いた。


「できないものはできないのー。学校にアレクサが存在しないように、恋愛回路が私の脳に存在しないのかも。もうダメだ。彼氏できる気がしない。わたしゃ、一生独り身の人生を送るんだよ。恋愛経験のない、寂しい人生だった。来世に期待しよ」

 ヘヘヘと投げやりに笑う美乃梨の顔は他人が見たらドン引きするレベルの気色悪さだ。


(俺に恋してくれればいいのに……)

 この気色悪い笑いを浮かべる幼馴染に、圭介はずっと恋をしていた。

 小学生二年生の頃に、美乃梨が圭介の隣の家に引っ越して来た。恥じらいながらも、はにかむように笑って挨拶してきた美乃梨を可愛いと思って恋をしたのが始まりだ。

 そこからもう十年以上の付き合いである。


 十八歳の十二月。

 あと少しで高校を卒業する。今までは同じ学校だったが、来年からは圭介は大学へ、美乃梨は専門学校へ進学することになっていて、会える時間だって減ってしまう。

 恋人達のイベント代表格のクリスマスだってもうすぐだ。

 圭介としては、そろそろ恋愛関係に発展させたいところだが、美乃梨は手強かった。

 出会った頃から露骨にアピールしているのだが、全く伝わっていない。


「人生諦めるの早すぎだろ。……いきなり恋愛するのが難しいなら、練習するのもアリかもしれないぜ? お前が恋愛できるように、お、俺が……つ、付き合ってやってもいいし」


 恋愛の練習って何だよと思われるかもしれないが、恋愛に発展するキッカケがどうしても欲しい。こちとら十年片思いを続けているので必死だ。


「練習……? 練習!!」

 美乃梨はハッとしたように目を見開く。


「そうよ! 練習したらいいじゃない! いきなりリアル恋愛は初心者には難しいのよ! 例えるなら、ラスボス魔王相手に木の棒と段ボールの盾で挑むようなものだわ! ナイスアドバイス! アレクサ!!」

「俺はアレクサじゃねぇ!」

 圭介の両手を握りしめ、感動したようにキラキラした目で美乃梨は無邪気に笑う。ツッコミを入れながらも、圭介は内心ドキドキしていた。

(うわ。手を握ったの小学校以来かも……。柔らか。てか、目キラキラさせるとか……可愛いかよ……)


「んじゃ! 早速練習しよう!! 明日、圭介の家に行っていい? 明日予定ある?」

「お!? おう……。暇だけど……」

 明日は土曜日。特に用事もなく適当にゲームでもしようと思っていた。


「ありがとう。じゃあ、また明日ね」

 照れたような顔で言う美乃梨に、圭介は固まる。

 明日、美乃梨は圭介と恋愛の練習をすると言うことだ。


(これって、休日デート的なやつだよな? 片思い拗らせてからの神展開かよ! よし! このまま練習じゃなくて本物の恋に発展させてみせる!! 見えてきたぜ! 俺の幸せルート!!)


 高まる期待に、圭介は思い切りガッツポーズした。




***




「わー。圭介の家、久しぶりだね。一年ぶりかな?」

 翌日の昼過ぎ。

 美乃梨は約束通り、圭介の家に遊びに来た。


 両親は二人とも仕事のため、家にはいない。

 二人きりという状況に緊張する圭介とは対照的に、通常通りに落ち着いている美乃梨は部屋を見回して笑った。

 昨日帰ってきた時は脱ぎ散らかした服や読み散らかした漫画だらけの部屋だったが、二時間かけて掃除したので、今は綺麗だ。


「あ、ウルリだ。大きくなったねー。おいでー」

 ベッドの上で丸くなっていた圭介の飼い猫のウルリを見て、美乃梨は嬉しそうに目を細める。

 ウルリは人懐っこく、美乃梨によく懐いていた。美乃梨に撫でられて、ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らしている。


(畜生。羨ましい……)

 猫へ嫉妬心を燻らせる圭介は不貞腐れて口を開く。

「おい。目的忘れてないか?」


「あ! そうだったね! じゃあ、早速だけどやってみようか」

 美乃梨は圭介に近づく。あまりに近い距離に、圭介は狼狽える。

(え? 近くないか? まさか、いきなりぶっ飛んでキ、キキキスか!? 早くないか!?)

「あ、あの! したいけど、色々と段階踏んでからの方が」


 できるならしてみたいが、いきなりキスは心臓が破裂する恐れがある。片思い拗らせ男子のチキンハートの脆弱さを舐めないで欲しい。

 顔を真っ赤にして視線を彷徨わせる圭介を無視して、美乃梨は口を開く。


「ジャーン。買って来ました! 乙女ゲーム!! 圭介もやってみたかったの? ちょうど良かったね。早速、やってみよう!!」


「…………………………………………は?」

 楽しそうに笑う美乃梨の手には可愛い女の子と周りにやたらイケメンな男達数人のイラストが描かれたゲームソフトがあった。


「……美乃梨さん、これは何でしょうか?」

 動揺のあまり、突如敬語で話し出した圭介。美乃梨はドヤ顔で笑う。


「昨日買った女の子向けの恋愛ゲームだよ。いきなりリアル恋愛が無理なら、疑似恋愛で経験を積んで恋の練習をすればいい。これで恋愛回路を覚醒させていける! 圭介の一言でそのことに気づいたの。さすが私のアレクサ圭介。あ! ゲーム機貸して!」


 美乃梨は床に置いてあったゲーム機を手に取り、早速ゲームを始めた。


「初めてやるけど、リアルな恋愛ほど難しくないでしょ! あ、このキャラ格好いい!」

 美乃梨は楽しそうにゲームをしていた。

 ゲーム画面に映し出された顔と声のいいイケメン達に殺意を抱きながら、美乃梨の後頭部を見つめる。

(……ダメだ。俺が甘かった。美乃梨は俺の片思いに十年以上気づかない筋金入りの鈍感だった。そんな奴があの一言でどうにかなるわけがなかったんや……)


 心の中で涙を流して立ち尽くす圭介に気づかず、美乃梨は夢中でゲームを進めていく。

 

 四時間後……。

「あれ? これで終わり??」

 美乃梨は首を傾げる。

「誰とも恋愛になってなくないか?」

 一緒にエンディングを見た圭介も首を傾げた。

 

 恋愛ゲームだと言うのに、誰ともくっつかずに物語が終了してエンディングが流れ出す。攻略対象だろう男達の八割が死に、多くの謎が残った消化不良のままだ。


「どういうこと? これは恋愛ゲームじゃなかったの?」

 戸惑う美乃梨。圭介は携帯を操作し、ネットでゲームの情報を調べてみる。


「ノーマルエンドってやつらしいぞ。攻略対象に対する好感度が一定値以上にならなかったら、恋愛できずに終わるらしい」


 圭介の言葉を聞いた美乃梨はコントローラーを手から落とした。


「リアルだけでなく、ゲームでも私は恋愛できないと言うことなの? え? 待って、そんなことある? これ、恋愛に特化したゲームだよね? 恋愛するためのゲームだよね? このゲームのヒロインって、恋愛できる要素が盛り沢山な人生薔薇色能力を持った超人的な魅力を持った子じゃないの? その主人公の能力を打ち消すくらい、私には恋愛に縁がないってこと!?」


 美乃梨は絶望したように顔を歪めて両手で頭を抱えた。落ち込む美乃梨を慰めるようにウルリが美乃梨に擦り寄る。


「だめだ。私の人生に恋愛なんてなかったんだ。もう終わりだ。枯れた一生を寂しく送るんだぁ」

 ネガティブな未来を思い描いて絶望している美乃梨に、圭介は溜め息を吐く。

「所詮ゲームだろ? そもそもゲームじゃファンタジー要素強すぎじゃないか? ゲームじゃなくて、現実をみろ」


 美乃梨がプレイしているゲームを圭介も見ていたが、明らかに特殊設定が多い攻略対象だ。  


 なんで全員顔面偏差値高いんだよ。現実の男があんなポーズ取ったらドン引きしかないのに、どうして格好良く決まるんだ?

 あのイケボどっから出てるんだ? 異次元からかな? セリフとか罰ゲームで言わされるような恥ずかしいやつも何でカッコイイわけ?

 てか、行動や言動にちょっと犯罪的雰囲気あるやついなかったか? ヤンデレみたいな? え? こいつ需要あるの? リアルにいたらやばい犯罪者じゃんか。


 つまり、現実世界の男からしてみれば「こんなやついねぇよ」と思う。


「なるほど。そうか。ファンタジー系じゃなくて学園ものにしてみるべきだったか」

 美乃梨はハッとしたように顔を上げた。

「いや、そこじゃない。ゲームじゃなくて、現実見ろって言いたかったんだよ」


 圭介は顔を引き締める。真剣な思いを伝えるのには、今しかない。

「美乃梨のこと、好きな奴が目の前にいるってこと。いい加減、気づけよ」

 

「私のことが……好きなやつ?」

 美乃梨はキョトンとして瞬きをする。

 圭介は想いが届くように祈りを込めて、美乃梨を見つめる。美乃梨はハッとしたように目を見開いた。


「そっか……。そうだよね。私のこと、ずっと好きでいてくれたんだよね……」

 

 震える美乃梨の声に、圭介は頷く。

「そうだ。ずっと、ずっと好きだったんだ。長い間、一緒にいた」

 十年以上の片思いを打ち明けようとする圭介を見つめて、美乃梨は目を潤ませて頷く。


「わ、私……全然気づかなかったわ。その道があったこと……」

「道? そうだ。道だ。人生にはいろんな道がある。俺と恋する道を」


「恋愛できなければ猫を飼えばいいじゃない!! ねえ、ウルリ!」

「……………………………え?」

 圭介の告白を遮り、美乃梨は両手でウルリを抱き上げた。美乃梨の言葉に、圭介は呆然とする。


「独り身が寂しなら猫ちゃんを飼って家族になればいい! これで老後は寂しくないわ! これぞ幸せへの道! エンジョイ! マイシルバーライフ!!」

 美乃梨はウルリに頬擦りする。「もふもふ〜」と幸せそうに笑う美乃梨に、圭介はガクリと肩を落とした。


(俺もうダメかもしれない……)


 圭介は目を瞑り、深い溜め息を吐きながら天を仰ぐ。


「恋愛回路がぶっ壊れている幼馴染の女の子に恋愛させる方法を教えてくれ。アレクサ」

「え? 圭介の家、アレクサあるの?」

 首を傾げて部屋を見回す美乃梨に、圭介は渇いた笑い声をあげる。


「ハハハ。存在しねぇや。アレクサも、俺の幸せルートも……」


 手元にあったゲームソフトが目に入る。 

「俺も……恋愛の練習するわ……」

 女の子の気持ちを学ぶために、一旦現実逃避してゲームすることにする。


 美乃梨が放り投げていたコントローラーを手にし、ゲームのスタートボタンを押す。オープニング曲と共にイケメン達の映像が流れていく。


「お! じゃあ、一緒にやろう! まずは私お気に入りのイケメンくんと恋愛しよ!」

 美乃梨は笑ってゲームに出ているキャラクターを指さす。膝が触れ合うくらい近い距離に躊躇うことなく座る美乃梨。

 全くドキドキしていなそうだ。


(あー。もう、これ脈ないかな……。一生、美乃梨と恋愛できる気がしないんだけど……)

 圭介は盛大な溜め息を吐く。

 今までの露骨なアピールも空振り。


 あまりにも鈍い幼馴染に、何度も他の子を好きになった方がいいと思おうとした。


「このイケメン、圭介に似ているよね!」

 先ほど、美乃梨がお気に入りのイケメンだと言ったキャラクターを指差して言う。


 何度も想いを諦めようとするたび、美乃梨は、こちらを期待させるような言葉をくれるのだ。

 圭介は苦笑した。


 攻略法なんてない現実世界の恋愛。

 きっと、これからもこの恋愛回路が壊れた幼馴染相手に苦戦するのだろう。けれど、そんな面倒なもどかしさも含めて好きなのだ。


 楽しそうに笑う美乃梨を見て、圭介は仕方ないなと微笑んだ。

 

 

 

読んでくださり、ありがとうございます。

この作品意外にも、短編を2作と連載を1作品執筆してます。

良かったら、読んでください。

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