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真っ白な心の君 妖精王編後編

 

 真っ白な心の君 妖精王編 後編

 


第五章 妖精の流儀


 各家庭に戻った若者たちは翌日以降には大聖堂で揃うことになった。洗礼式を行いキリスト教徒の共同体に入って庇護を受けることになっていた。

 五日後あたりから教会中庭に元奴隷の若者、特にマシロとの同年代の子供について親の相談が増えていた。

「いつになったら息子は笑ってくれるのでしょうか。無口で話もしてくれません。どうしたらいいのでしょう」

 ガスタニア領内に残っていた若者たちの多くは子供を作るために残していた者たちだった。

 大半の若者は奴隷貿易と領主同士の無謀な戦いでの兵士として消費させられた。

 新たな薬で右足が治ったマシロは沈黙した。

「私がマシロに、王にしたように愛情を持って接すればいつかは情が戻ってきます。彼だって笑うことなんて最近になってからだから」

「カザーブ大好き。体あらってくれた。スープ、たくさん食べて、いいってくれた。

サラマンダーくれた。服、つくって、くれた」

 マシロは時間かけてゆっくりと語った。

 暖かい陽だまりの日々を与えてくれたカザーブに向いた。

 また涙があふれ出した。

 マシロはカザーブに連れられて白狼で空をかけた。

 青白い狼と接してカザーブと向き合った。

「あなたがこんなに泣き虫だとは思わなかった。でも、私もマシロから色々頂いたのよ。主に我が家に高い身分と素敵な伴侶……」

 頬を赤らめた少女の手はこんなに小さくて暖かいものだとは……。

 マシロはカザーブの金髪を人差し指に絡めると、愛おしさが増していた。

「わからないの、おおい、王だけど、よろしく」

「こちらこそ。マシロは十年たてばさらに賢くなるわ。さっそくお勉強始めましょうか」

 二人は来客館に戻った。

 マシロには学習という新たな壁がのしかかるが、カザーブから学ぶのは楽しいことでもあった。いっぱい単語や物事を覚えて、いつかローシーを驚かせてやろうかと考えた。

 マシロは城へ帰る途中、若者たちの虚ろな目元が気になっていた。

 彼らを豚の森で遊ばせたらどうなるのか?

 夕食のとき、マシロは皆に提案した。

「若者たち、豚森、招待したい」

「豚森ってマシロが豚に囲まれていたところ?」

「豚と遊ばせるなんて我が君、いい案じゃない」

「でも時間と預ける人数決めないと。何かあったら大変だわ」

 ローシーとクーシーが相談始めた。

「じゃぁ、十人預けて、二十分くらいでいいかな? せっかくのマシロの案だしね」

 カザーブがまとめた後、静かに聞いていたイッシュは「監視役は王様に任せてローシー殿が後で迎えに来るでいいよな?」とマシロに尋ねた。

「もちろん!」


 城下町広場で伝令を出してから翌日に十人の若者が豚森に集まって来た。

 男が六人四人の女たちは、みな小ぎれいな服装で来ていた。

 人間たちはマシロよりはるかに小柄でやせ細っていた。

 紅葉が広がった森の豚は人に気にせず、どんぐり探しに熱心だ。男女の二人組は急に服を脱ぎだした。

 彼らはまだ奴隷の延長でいるのか。

「だめ。きみたち、好きなの?」

 マシロは尾も駆使して彼らの服を着直した。彼らは頷いていた。

「好きでも、ここだめ」

 マシロは何とか二人をなだめた。他の者を見ると豚にふれたり、ただ眺めていたり、下草の虫を触ったり。別の男女は顔と体を触れあっているだけで特に問題なかった。

 各々が勝手に過ごし彼らを家に送るためローシーが迎えに来た。


 牛の尾エルフがいなくなったあと、木陰から深緑のフードと外套を着たものが様子をうかがっていた。

「やっとこの国によさげな人間が戻って来たんだな」

 人影は扉を調整し始めた。


 四日後に教会での相談ごとに十人の男女の若者たちがいなくなったという報告を受けた。

「最近は森に集めてないし何でいなくなったんだろう」

 中庭でカザーブは腕を組んだ。

「豚森で調査してきますか」

 双子とマシロとカザーブは本館付近の豚森に訪れた。折れた太刀だけを装備したマシロはローシーの後をついて行った。

「あれ? 知らない扉があるけど」

 ローシーは菜の花色の扉が下草から生えて現れたのを指差した。

 マシロは扉に手をかけると少し開けただけで扉に吸い込まれた。

 空が淡い黄色で、若葉色の背の低い草地に乳白色の川が近くに流れている。

 マシロは振り向くと誰もいない。扉が開かない。

 川の水を飲むと甘く、白く濁るのが妙だが顔を洗った。辺りは平地でリンゴの木々と先に黄金色の森がある。

 森先には禿山があった。マシロはリンゴを取ると実が生えて来た。

 かじると蜜があふれて妙に甘味のある実だ。

「森が、あやしい」

 広葉樹の森の中の扉が森へ続くのは怪しむしかない。リンゴの木の葉は黄色で、森は黄色と白、淡い茶色が混ざった木の葉だった。近づくと森が圧迫感のある広がりだ。

 白川は森へ流れていた。前進すると大小の木で組んだ家がまばらにある集落に着いた。

 見覚えのあるさえない男が水を汲んでいた。

 金髪の尖った耳の女性の肩をもむ男も知った顔だ。手引き臼で粉を挽く女も薪を割る男も豚森で会った顔だ。

「なんで、奴隷みたいな……」

 集落で他のものと話し込んでいる者は緑チュニックと灰色タイツに木の靴と平民のようだ。だが彼と緑ローブの金髪女にリンゴをかじっている者たちの耳もやや大きく先が尖っていた。

「ようこそ。奴隷王」

 笑顔で声をかけた金髪の若者も耳の先が尖っていた。深緑のチュニックと黄緑ズボンの男が近寄った。アーモンド型の目の瞳も緑だった。

「僕はハーシェル。君がガスタニア人殺しの王様なんだろう?」

「マシロ。ハクオウでも、いい」

「マシロか。へぇ、牛の尾エルフに男がいたんだ。耳の形は人間と同じだねぇ」

 マシロより少し背が高いハーシェルも肩位の髪で、マシロの耳を触り続けていた。彼も美形であった。

「きみ、妖精?」

「僕たちはノーマルエルフという種族で君たちと同じスカンジナビアの光のエルフの仲間だよ。僕らは神聖ローマ帝国にいることもあるよ。ではこっちの村を回って見なよ」

 四人の人間の男たちは汚れた格好で、二人組で石ころを運んでいた。

「彼ら、いえに、かえす」

 マシロはハーシェルを睨み付けた。

「だめだよ。折角の獲物、とらえたのに。君、エルフのくせに何で人間の国で王様なんてやっているのかい?」

 冷たいまなざしでハーシェルが聞いた。

 マシロには人間の国は当たり前の光景なのに彼は何を尋ねているのかと、混乱しそうになった。金刺繍(ししゅう)のベルトと、乗馬ブーツを眺めたマシロは思い出した。

「エルトリアの、王、だから」

「その国の牛の尾エルフたちは何で人間を完全に奴隷化しないんだい? 何でも君たちがここの人間たちを帝国から救い出したんだって。何で牛の尾エルフたちは、人間に肩入れしているんだい?」

 マシロはハーシェルが疑問に思うのが理解できなかった。

 ハルダーフォルクは女しかいないから人間に寄り添うのは当然だ。マシロの父親も人間だし守り人たちもそうだ。

「王だから、たすけた。かえして」

「どうも君とは分かり合えないようだね。残念だ。ではやってくれ!」

 マシロは三人の女エルフに囲まれた。

 彼女たちは何かをささやいてマシロの目を見続けている。マシロは頭がぼんやりした。気が付くと麦畑で大鎌で麦を刈っていた。

 どこか懐かしい感じがしたが近くにカザーブがいない。手臼(うす)をまわして麦から粉を作り続けた。粉はいくらでも増やしてやるが、褒めてくれるカザーブがいなかった。

「何だあいつ、人間より使えるな」

 長髪エルフが冷やかした。

「そろそろ夕飯だ。リンゴ食ってろ」

 マシロはハーシェルから三個のリンゴを渡された。

「おしっこ……」

「川なら勝手に流してくれるし好きにやれよ。あと寝るときは向こうでお前のベッドつくったから寝てくれ」

 ハーシェルは家へ入っていった。川に放尿した後に村中央広場隅へ行くと、落ち葉の塊があるくらいだった。

 朝になると奴隷たちは川で行水していた。マシロも服を脱ぎ捨てて入水した。

「すごい背中!」

 振り向くと女エルフがいて彼女は悲鳴を上げた。マシロは気にせず手で体を洗った。

「お前、良く女の前でちんこ洗えるなぁ」

 ハーシェルが呆れていた。

「カザーブとローシー、洗って、くれる……」

「お前生意気に女がいたのか? 今日は特別に鉱山送りだ。そこの木の前の扉が鉱山へ行ける。あいつらの後ついていけ。あと武器とチュニック、預かるからな。汚れるから灰ズボンだけはけ」

 ハーシェルは刀剣など持って家へ行った。森傍の扉は洞穴に続いていた。監督のエルフからつるはしを渡された。

「すごい傷だなぁ」

 監督はマシロの背中を眺めていた。マシロは適当に岩肌を掘って石を取り出しても特に叱られることはなかった。

 マシロは単純作業を続けて、粉じんにまみれ人間たちと石を運んで帰った。


 豚森でカザーブは呆然となった。

「一体、何かあったの?」

「我が君はたぶん妖精の国への門へ通ったのでしょう。若者がいなくなったのもあの門が原因でしょう」

 クーシーは開かない門を叩いた。たまに現れて人間をさらうそうだ。

「これって自動的に開かないとだめなわけ?」

「現状、待つしかない感じの扉ですね。得体のしれない物は寄りたくないんだけどね」

 ローシーはカザーブに待機を提案した。

「マシロ……」

 一人になって寂しくなってないか。変な輩に絡まれていないか。

 なぜか保護者になってマシロを心配しているカザーブだった。


 エルフ村の西側に大きな湖があった。ヒスイ色の湖で釣りを楽しむエルフがいた。

 マシロはハーシェルに連れられてきた。長い縄を重りに付けて沈められた。

「奴隷王、今日は主狩りだ。縄を伝って奥の魚を狩れば今日の仕事は終わりだ」

 ハーシェルはマシロを裸にしてモリを持たせた。そばにいた女エルフは顔を赤らめた。

 言われた通り縄を伝ってマシロは潜ったが息苦しくなって途中で戻り、水面に出た。

「すまん。儀式を忘れた」

 ハーシェルは彼女を呼んで、マシロは女エルフに口づけされ息継ぎの儀式を受けて入水した。苦しまずヒスイ色の水に浸かり続けて奥には、大きな白い魚がいた。

 大魚と目が合いマシロは尻を向けて尾を見せた。大魚は鼻で尻を突き、マシロはたまらず尾の先で尖った鼻辺りをさすり、上昇すると共についてきた。

 水面への縄にたどり着くと大魚が湖から打ちあがって来た。

 村のエルフたちが集まって地面にはねている魚に歓喜していた。

「すごいぞ! 無傷で誘導するなんて」

 服をハーシェルが渡し、女エルフは緑マントをマシロにかけた。大魚は解体され肉は奴隷にもふるまわれた。

「お前はあしたもその女と遊べ。彼女は奴隷王を気にいっているようだ」

 ハーシェルはマシロの背を押し、女は大きなログハウスにマシロを連れ込んだ。

 大きなベッドにマシロは入った。ノーマルエルフの女も金髪で北欧系の大柄な感じだが、マシロは美人以外の何かが足りないと感じた。

「面白い左腕ね」

 幻肢に絡んだ彼女との伽は悪くはない。

 白身の魚のステーキも美味だから不満はない。ローシーと違うという思いが囚われ始めた。

 翌日は木おけの湯船にマシロは体を洗ってもらった。タオルでやさしく全身を拭いてもらい余計、カザーブを探したくなる。

 ただ彼女が村に入って来られないということは何気に知っていた。

「背中の傷なんか野性的ね」

 マシロは入浴の後はベッドで女エルフの相手をして過ごした。藁のベッドでカザーフとローシーに添い寝されたことも懐かしくなった。

 次の日も彼女に体を洗ってもらい朝食は鳥の丸焼きが出た。

 マシロの刀剣とベルトを持ってきたハーシェルが来た。

「もう、まどろみの時間は終わったぞ。森の先にある禿山に行ってくれよ」

 洗いたての白チュニックと灰ズボンを女たちに着せてもらった。マシロは刀剣を付けて乗馬ブーツをはいた。

「やま?」

「ああ、山の中腹あたりに洞窟があって奥に宝があるんだ。それを取ってきてくれ」

 マシロは何だが楽な仕事だと思い、家を出た。森の先へ歩を進めた。

 ラクダ色の土がもったような禿山はなだらかな山道があった。先になぜか巨人が歩いていた。巨人の集落からなるべく離れて進み、長くて退屈な山道を征して中腹に着いた。

 ぽっかりと空いた洞窟へ入り特に労せず奥の広くて高い空間にたどり着いた。

 最奥部には守護聖獣そっくりの赤竜がいた。

「あれ?」

 引きつった笑顔で腹ばいになった細い体形の赤竜に近づくと、顔を接近してきた。

 マシロは竜の四肢が上がった時に白金色の宝玉を取って、走った。

 マシロは赤竜に追いかけられ、山道をひたすら下って巨人村へ駆けた。

 斧やこん棒を持った巨人の集団に囲まれ、数体の巨人の股を抜け続けて赤竜をぶつけた。

 村を走り抜けたところ、巨人たちは竜を取り囲んで叩きつけていた。

 マシロはエルフ村に戻ってハーシェルに宝玉を渡した。

「こりぁ、大したものだ。ほんとに持ってきてくれたのか。もう、昼過ぎたがお前たち、あれもってこい」

 エルフ女たちは丸焼き肉と白身魚を地面に降ろしたパン皿は鶏肉の肉汁を吸っている。

「今日は食って休め。褒美は何かあったらあげるからじゃぁな」

 ハーシェルはエルフたちに宝玉を見せて回った。マシロは夢中になって肉を食べた。

 魚とリンゴを食べた後は広場すみの落ち葉のベッドで寝ころんだ。


 マシロが眠り込んだ様子を長髪エルフが眺めていた。そばに寄ったハーシェルに語った。

「なぁ、人間の女にあいつの子供産ませると何が生まれると思う?」

「さぁ、人間か牛の尾エルフか。面白そうだな。それ」

 ハーシェルは褒美が見つかってさらに笑顔になった。


 マシロは目覚めるとハーシェルに藁ぶきの小屋に連れられ、中に裸の人間女がいた。

「二日くらいその奴隷に慰めてもらえ。竜の宝取りで疲れているだろう?」

「よけい、つかれる」

「お前、賢いな……。それとも鉱山に行くか?」

「こっちが、いい……」

「さあ、頼むぞ、紳士殿」

 ハーシェルは笑いながら去った。マシロが呆れている間、黒髪の彼女が服を脱がしていた。木おけ風呂に湯があったので準備がいい。

「きみも、入りな。あらってやる」

 小柄な彼女はやや平坦な顔つきだがあどけない感じだ。

「ハルダーフォルクさん。先にどうぞ」

「あ……」

 牛の尾エルフと言われなかったのでマシロは嬉しくなった。木おけ浴槽で洗いっこをしているとオーロックの風呂場を思い出した。

「きみ、いくつ?」

「十七です」

「おなじだ」

 ふと、カザーブが成長すると胸もちょうどいい形になるのかなと妙な妄想をした。

 人間女は左腕を気にしていたようだ。

「これ、まぼろし。術士の技」

「あなたどこかで見たような……」

 彼女が思い出しても逃げようがないとマシロは感じた。

 強力な壁なのか枷なのかが村の周囲に絡む、通せんぼする形で村から扉方向へは抜けられないだろう。術に疎いハルダーフォルクでも感覚的にまずい状況だと判る。

「なまえは?」

「ロージィです」

「マシロ」

「しろ? 白王ですね」

「ふたりの、ひみつ」

 彼女もハーシェルたちに従った方が後で隙が作れるとマシロは悟った。

 尾をていねいに拭いてくれたからロージィを愛撫して尾を好きなだけ触らせてあげた。

 昼食はエルフ女が鶏肉を持ってきた。まずはロージィと分け合って食べ、ガスタニア皇帝と戦った話などをして過ごした。

「背中の傷、すごいけど大丈夫ですか?」

「いっぱい、叩かれたけど、今へいき」

 話したくないことだが同じ境遇だったロージィなら平気になれる。

「あとで、にげられるかも。今たえて」

「はい」

 夜は彼女と抱き合っているとカザーブを思い出してマシロは泣きだした。

「ごめんなさい。少し離れます」

「いいんだ。こっちのこと。わるくない」

 むしろ温もりを忘れたくないのでロージィに抱きついて眠りについた。

 二日目も入浴できれいにし合ってマシロはロージィをベッドで喜ばせた。

「王様の赤ちゃん生まれたら大事に育てます」

 ロージィの言葉にマシロははっとした。

 ノーマルエルフは人間とハルダーフォルクに子供を作らせて楽しんでいる。

 人間社会で育ったマシロには妖精の気質など知りようがないが、ハーシェルの企みの気味の悪さに怒りが湧いた。

 何としても村を抜けたい。だが彼らの囚われの術を破るすべと力がない。

 術に長けた種族とまともに戦えるのだろうか?

 三日目になると支度を急がせたハーシェルがマシロを湖に連れて行った。武器の携帯は許されていた。

「お前、あの女が好きか?」

「うん」

「なら、そこをお前らの家にしてやる。お前、釣りはできるか?」

「わからない」

「まぁ、いい。がんばれ」

 ハーシェルはそばのエルフから教われと伝えたあと「本当はマシロと友達になりたかったんだが、人間救出にこだわるなら仕方ないよな」マシロの左肩を叩いてつぶやいた。

「また心にもないことを」

 長髪エルフがからかった。

「結構、本気だぞ。全くつまらないこだわりを捨てれば、ここで愉快に暮らせるのにな」

 二人が離れた所でとんがり帽子でつばの広い釣り師に教えてもらった。

 虫の餌と疑似餌釣りがあるが、マシロは疑似餌をつけて試してみた。

「魚影が見えたら落としてみて。不規則にうごかせばそれっぽくなるよ」

 馬の尾の糸が頼りなく感じたけど、小魚がつれると割といいものだとマシロは感じた。

「またかかったよ」

 釣り師は網を持ってマシロは上手く引き寄せると中型の魚が釣れた。

「こんなに早く釣れるなんていい逸材だ!」

 二人で組むと網で取りやすくなるのでいい感じの釣果に繋がった。小屋に帰ってロージィと二人分の魚を焼いて食べた。ロージィはパン作り係で焼いたパンをもらっていた。

 彼女の青い長丈チュニックが痛んでいた。翌日にハーシェルに服をもらえるかきいてみた。

「宝玉持ってきたお前に服をケチるわけないだろう。あの女に惚れているのか?」

「うん」

 そばにいると安心する。カザーブを忘れさせない。何となく守ってやりたい。夕方の仕事終わりに渡すから楽しみにしろと言われた。

 釣りは小舟を使って魚影を目視して釣るとたくさん捕れた。

 マシロは服をもらいに広場の彼の元で向かった。

「ほれ」

 ?緑の小ぎれいな服をロージィに渡すと「王様に贈物もらうなんて夢みたい」と、可愛らしい笑顔で喜んでいた。

「ねるから、ふく明日で、いい」

 夕食の後、軽く交わって眠りについた。

 日が進むうちにロージィのお腹が大きくなっていった。マシロはお腹に手をやると動く部分に当たった。大きな力を感じた。

 黒く固まった雲から差し込む光。深い霧を振り払える。そんな力の元が育っていた。

「この子、うまれたら、戦える!」

「王様、帰れるのですか?」

「この子、術、かかっていない。いける!」

 血を分けた子ならノーマルエルフより人間の母親の方が力の源になれる。

 異質の力を借りて、振り放って霧を晴らせばいいのだ。マシロはハーシェルにロージィの仕事を軽くするよう訴えて、労働時間短縮の権利を頂いた。

 

 白王のおかげでロージィは二時間だけパンをこねるだけで済んだ。子供が生まれるのを心待ちしている王だが、ロージィには心底好きになれた相手が白王だ。彼には悪いがいつまでもここに居たいとも願っていた。

 ここに子供の服を作る時間を与えてくれた王には恐縮だけれど、ずっとエルフ村に暮らして夫婦としていたいと望んだ。

「ただいま」

 魚二匹持った王は厨房で捌いて薪の火を左手で何かを掴んでから熾していた。

 いつも見えないので何を持っていたのと聞くと「ぼんやり、見える、トカゲ?」と妙な答えをしていた。王自身も無意識で火を起こして料理していたのだ。

 ロージィのお腹が大きいと抱きつけないが王はそばで裸で眠っていた。時々無邪気な子供のような寝姿に見えた。

 木おけに入れるまでロージィは先に湯に浸かって王が背中などを洗っていた。お腹に手を当てられた。

「まだ、小さいけど、育っている」

 笑顔の王の手はとても温かかった。


 数カ月後、ノーマルエルフ女からノーマルエルフ男が生まれた。

 マシロはハーシェルにロージィの長期休暇を願い、了承された。

「別にいいぜ。女は赤ん坊を可愛がっているし好きに暮らせや」

 マシロは釣りの時間を半日のみにしてもらった。時間があれば小屋でロージィを背中から抱きしめていた。

「こんなに良くしてもらってありがとうございます」

「好きで、たのんだ。この子来て……」

 ロージィも背中中央まで髪が伸びていた。

 さらに二か月後の朝に待望の我が子が誕生した!

 ハーシェル一行が産湯を用意してくれて、ロージィがハルダーフォルクの赤子に初乳を飲ませた。

「何だ、牛の尾エルフか。今日は特別に休ませてやるよ。そこそこ楽しめたしな」

 ハーシェルたちが小屋を出るとマシロは茶髪の赤子を抱き上げた。

「これだ!」

 北極星の導きが日中でも輝く根源の力。互いを愛して望まれた子の力だから鎖を切るには充分だ。

 赤子をロージィに預けて刀剣を付けたマシロはハーシェルを追った。マシロの後ろ髪は肩甲骨あたりまで伸びていた。

「ん? 何か用かい?」

「川のあたり、きて。話したい」

「何だよ。ここでいいじゃないか」

 村だと何かと不利だ。マシロは川へ走った。

「待てよ。何だ、あいつ」

 マシロは川を背にしてハーシェルを迎えた。

「若者、か・え・せ」

 言えなかったことが発せられるようになった。

「お前、術が解けたのか?」

 ハーシェルはマシロの左腕を、自身の右手から発した青白い光の矢で壊した。

「カザーブの、幻肢、よくも!」

 マシロは左肩にサラマンダーを見つけた。

 ああ、ずっとそばにいてくれたんだ……。

 左肩先から橙色の炎に包まれ、模られた左腕が生えた。

「サラマンダーだと? 火の精霊なんて飼っていたのか?」

 接近して指を鳴らしたハーシェルはマシロの右足に太い光矢を当てて、マシロは右太ももから先がちぎれた。マシロは左ひざをついた。

「君は実に、魔法に脆い体なんだなぁ」

 ハーシェルの高笑い声が聞こえないほど右足が酷く痛み、出血を止めるため炎の手で断面を焼いた。傷がよけいに激痛し、マシロは叫び声をあげた。

「次は首を狙うかな?」

 マシロは背中にサラマンダーが移動したのをかろうじて感知した。

 次が来る!

 マシロは鳥の翼を連想して肩甲骨辺りに炎の翼を生やし、飛翔した。

「ばかめ。上空なら避けられまい」

 ハーシェルは胸狙いで光矢を放ち、マシロは羽ばたいた炎翼の熱風で矢を散らせた。

 左腕を掲げてから突き出し、ハーシェルの胸へ突っ込む。

 心臓を掴み、ハーシェルを背中から倒した。

「貴様!」

 マシロはハーシェルの心臓を取り出して川へ放り込んだ。

 高慢なエルフは死んだ。

「お前、よくも!」

 長髪エルフがロングソードで襲いかかる。マシロは折れた太刀を出して炎腕で炎刃を作った。翼で浮きながらエルフのロングソードを炎刃で叩き、折らせた。

 長髪は逃げたがマシロはエルフの背中に炎刃を突き差す。

 彼を倒した後、マシロは後ろ髪が炎翼で焼けて肩辺りまで短くなったのに気付いた。

 さらに伸びた前髪と振り払った尾が明るい赤に変わっていたのに驚いた。

「あ……」

 痛む焼きただれた右足の痕。斬られた右足。皆が治そうとした右足がなくなったことに、うずくまったマシロは泣きだした。少し縮んだサラマンダーは太腿そばに寄っていた。

「できるの?」

 サラマンダーは口を開けていた。

 マシロは左腕を右太ももにかざすと炎足が生えてきた。

 翼が消えたがマシロは疲労感に襲われて眠り込んだ。


「王様……」

 青い服にくるんだ我が子を抱いたロージィは、王の変化に絶句した。

 燃え盛る左腕と右足。不思議に下草が燃えたりしない。

 子供が生まれて王を自分のものに出来ると喜んでいたが、異形の王は人間に手に余りすぎて伴侶には成り得ないと悟った。

 寝返りをうち正面向いた王の尊容は女性と見間違えるほどの美貌であった。

 妖精が人間を惑わす術から逃れるために、相手の尾や背中の窪みを見ておけという昔からの言い伝えは間違いではなかった。

 ただ、目前の妖精王は自分たちを救うという名目のために右足を失うことになったので、どう言葉をかけていいかロージィには判らなかった。

 

 マシロは目が覚めると十人の若者と一人の赤子に囲まれていた。尿意のため川へ駆け出し放尿して戻ると髭の伸びた六人の男たちはマシロの股間を凝視していた。

「燃えないのですね」

 一人の若者が言おうとしているのは、左腕の炎が竿に燃え移ったりしなかったのかということらしい。マシロは試しにズボンを下ろして睾丸をかいてみたが何も起きなかった。

「腕すごい……」

 男たちは感嘆していた。

「あの王様……」

 後方に赤面していたロージィがいた。

「ああ。赤ちゃん、元気?」

 急いでズボンを戻し赤子を眺めると女たちは前方を指差し、ノーマルエルフたちが川へ近寄っていた。

 赤子を抱いている女もいた。マシロは近くの家を、炎腕をかざして火球を出して燃やした。エルフたちは逃げ出し、赤子を置いて女も逃亡した。

 マシロは家々に火を放つ。烈火のあとから宝玉が転がり落ちて懐に入れた。一人の人間の女性は広場で泣き喚く茶髪の赤子を抱き寄せた。

「その子、しばらく、たのむ」

 マシロは最後にロージィといた小屋を燃やした。

「ざまぁ、見ろ!」

 男たちは逃げ回るエルフの様子に笑い出した。エルフ女との赤子を抱いた女性はマシロの右脇に寄って来た。マシロの左側にはロージィと赤子。

「あ、どうしょう……」

 帰ったらカザーブたちに怒られる。ノーマルエルフの戯れと判ってくれるのだろうか。

「仕方、ない。かえろう」

 マシロは右足の酷い痛みに耐えながら、人間を引きつれて村を出られた。もう壁も霧もない。

 元来た道に歩き続けて扉に手をかけても開かなかった。

 エルフの術は完全に解けてはいないのか。

 靄のようなものは感知できず、代わりに小柄な者が近寄ってきた。

「君たち、通行税払ってないやろ」

 鼻が酷く大きい灰色服の男だ。

「わいはここの門番だな。兄さん、トロール見たことないんかい?」

「トロール?」

 マシロは首をかしげた。白いぼさぼさ頭のトロールには長い牛の尾があった。

「兄さんもスカンジナビアの仲間やな。でも税はとるで」

 マシロは懐から宝玉を出した。

「これ竜の! ええ、充分や」

 トロールは扉を叩いた。

「税はこれでええ。次は好きな時に遊びに来てや」

 トロールはどこかへ行った。マシロは人間たちを先にドアを開けさせた。


第六章 王の帰還


 カザーブは二人の人間女が抱く茶髪の赤子にけげんになったが、開いた扉から来たマシロの変貌に愕然とした。緋色の髪と瞳に尻尾。燃え盛る炎を纏った左腕と右足。

 頭上にサラマンダーを乗せた彼は尾を振りながら苦笑いしていた。

「ところでマシロ。この子たちは、何かな?」

 カザーブは少し怒った感じに聞いた。

「あ、いや……」

 マシロは笑顔を作ったが脂汗をかいていた。

「ちょっと、調べますねぇ」

 ローシーはマシロのおでこに自分の額を付けた。

 マシロに寄った女の赤子は耳のとがった男児。カザーブの背後の女の赤子も服をはぐと茶髪のハルダーフォルク。

「耳の尖ったって……。マシロは人間と同じ耳型だし本当に誰の子なのだろう?」

 扉の向こうで何があったのだろう。マシロは話すのが苦手だから直接聞くのは困難を要する作業だ。


「その子の母はノーマルエルフですね。向こうのは彼女が母親です。別に我が君が不貞を働いて作ったのではなく、ノーマルエルフの男が支配する村で奴隷にされて仕方なく作らされたってとこですかね」

 ローシーは「人間女性は本気みたいですね。我が君も気に入ったことは黙っておきましょう」とマシロに耳打ちした。変な汗をかいたマシロは内またになって尾を垂らした。ローシーはさらにマシロが妖精の世界で過ごしてきた経過を述べた。

「その男のノーマルエルフって胸糞悪い連中のいる国の扉ってどうするの?」

 カザーブは扉を苦々しく見つめた。

「少し中を調査してみたいですね。ちょうど本館に近いですし監視を置くのも考えておきましょう」

 クーシーは扉に目を輝かせていた。

「それよりこの子私たちで育てるしかないのかなぁ。我が君の子だからノーマルエルフはイケメンに育つでしょうね」

 ローシーは男児をあやしていた。

「あのぅ、私にノーマルエルフの子を預けてはくれませんか?」

 紺色ローブのハルダーフォルクか来た。こげ茶の長い髪の妖艶な女性はマシロに微笑んだ。

「アメンさん」

 カザーブはつぶやいた。

「あの子がそこの人間たちを守るためにできた名誉の子よ。それとそちらのお嬢さんの子はどうしましょうか……」

 アメンはロージィの眠っている赤子を見つめた。

「その子、導きの子。カムナギ……」

「あら、巫女の別名なんていつの間に覚えたのね」

 カザーブは適当に教えた単語まで記憶しているマシロを褒めた。

「カムナギ、良い名前ですね。王様、ありがとうございました」

 マシロは礼を言っているロージィに耳打ちした。

「近いうち、あそびに、いきたい」

「はい。いつでもどうぞ……」

 ロージィは緊張していた。

「遊びってカムナギちゃんと、戯れるんでしょう?」

「うん」

 マシロはローシーの耳打ちに答えた。さすがにロージィをどうこうするまで手が回らない。別れ際にロージィの頭を撫でるくらいにした。

「我が君、後で養育費を渡しましょうか」

 クーシーは人間の女性から赤子を受け取りアメンに預けた。

「じゃぁ、彼ら町に送り返すねぇ」

 ローシーは若者を引きつれた。

 アメンはノーマルエルフの赤子を抱いていた。大ホールの長テーブル備え付のベンチに座った。マシロはアメンの左隣に座った。

「マシロって呼んでいいかしら?」

 アメンは優しく語りかけた。

「うん」

 マシロは笑顔で答えた。

「足は痛くないの?」

「……痛い」

 切断面の傷と火傷が重なるから歩くのが辛かった。

「この子の名前、どうする?」

「わからない……」

「ではキリルでいいかしら」

「キリル?」

 マシロはアメンの穏やかな目を見た。

「あなたに付けようとした名前よ。この辺はノーマルエルフは見ないから、周りがハルダーフォルクばかりでとまどうかもね。抱いてみる?」

 マシロは優しく受け取った。

「ちんちん、小さい」

「マシロもその位だったのよ」

「そうなの?」

 マシロはカザーブと違う感じの、優しく包んでくれるアメンに向いた。足の傷が少し癒された気がした。

「それより赤ちゃんのミルクどうしましょ。何かで代用品作らないと」

 カザーブがマシロの前に来てアメンに尋ねた。

「これ使えます!」

 クーシーは弓兵を連れて木おけに入れた川の水を持ってきた。

「何これ、牛乳みたい!」

 カザーブが叫んだ。

「エルフ村の、川……」

 そこで奴隷が沐浴、排尿、排便されていたのは秘密である。

 たぶんエルフも……。

 赤子入れの籠を弓兵が運んできた。さらにリンゴの木ごと運んでいる弓兵がいた。

「あれ妖精の国のリンゴ? 最高のおみやげね」

 カザーブがリンゴをもぎ取るとまたリンゴの実がなった。マシロはあまり食べる気がしなかった。

「うわぁ。甘くて美味しい。蜜がこんなに!」

 カザーブは小躍りした。あんなに喜んでもらえる味だったとは。カザーブが食べたいのなら食卓に上がっても文句はないとマシロは思った。

 赤子はテーブル上の籠に入れられた。布に浸した乳水でキリルに飲ませた。アメンはキリルの背中をさすってゲップを出させた。

「今日はありがとう。その傷、治して元気になったらキリルに会いにきて」

「あ、うん」

 マシロたちは本館を出た。

 アメンたちの世話は弓兵が分担してやるそうだ。豚をかきわけて森から離れようとしたとき、マシロはカザーブを見るなり涙があふれて来た。

「あいた、かった」

 マシロはカザーブを抱きしめて絶泣した。彼女の温もりが欲しかった。

「マシロどうしたの? まだお昼過ぎたばっかりなのに。あっ……」

「我が君は妖精の国で一年数か月ほど過ごしてきました。向こうとこちらでは時間の感覚、進み方が違うという話は聞いたことがありますが、こんなに差があるとは」

 クーシーはマシロの炎翼で開いた背中をなでた。

「我が君、右足を診たいのですが、炎消せますか?」

「ああ」

 マシロは地面に腰を下ろし、右足の炎を左手でかざして消した。

「ひどい火傷じゃない」

 カザーブが大声を出した。

「傷あと、やいた」

「いったん城へ戻りましょう」

 クーシーが肩をかそうとしたとき、マシロは背中から炎の翼を出した。

「ひゃあ」

 二人とも、悲鳴を上げるほど驚いていた。

「とんで、かえる」

 マシロは丘へ上昇して城の中庭に降りて来客館へ浮かしながら入った。

 疲れて翼が消えた。この飛行は疲労が激しかった。カザーブとクーシーが来るまでマシロは床でうずくまった。

 藁の敷いた寝床で寝かされたマシロは裸にされた。

 カザーブは手桶の湯でマシロの体を拭いた。やはり股間と尻尾を拭かれるのは気持ちがいい。 

 クーシーは包帯と乳鉢ですりおろした傷薬を用意した。

「いたい! いたぁい!」

 火傷の痕に薬を塗られるとしみて痛みが強まった。マシロは暴れた。

「カザーブ様、抑えて」

 クーシーの叫び声でカザーブはマシロを体全体に被せた。クーシーは包帯を断面部分と腹を繋ぐ形で巻いた。

「前は気絶しておりましたから楽でしたが、痛くしてすみません。でもしばらく塗り続けないとだめです」

 クーシーはマシロの半身を起こして腹にサラマンダーを置いた。カザーブはたらいとハサミを持ってきた。

「明日は城の中庭で宮廷裁判を催します。話を聞くだけでいいので今は身だしなみで髪を切りましょうか」

 クーシーはマシロの伸びた前髪を眉毛辺りまで切り、後ろ髪を肩下で揃えていた。

「尻尾もこんなに赤くなるなんて不思議だねぇ。ここでくつろぐときは裸でもいいけど使用人の前ならチュニックは着てね」

「眠い……」

 マシロはカザーブに尾を撫でられ眠り込んだ。


 カザーブはサラマンダーが少しだけ縮んでいるのに気付いた。

「マシロは炎の精霊の力を吸収していたのかな? でないとあんな翼が出せない訳だし」

「向こうの世界で覚醒するほど窮地に至った感じですかね。瞳の光彩まで変わるなんて炎の化身になられたのかしら。我が君は……」

「マシロの身体少し熱いけど、でも暖かい……」

「ええ。身を挺して人を守る王なんて誉れ高いです……」

 クーシーはマシロの右腕を掴み、カザーブは左腕を掴んだ。彼の炎は暖かくそして優しかった。


第七章 宮廷裁判


 マシロは夕食ごろに起きた。

 食堂ではチュニックを着てエンドウ豆スープを夢中で食べた。豚肉も少し口に入れた。

「我が君、お腹空いてないのですかぁ?」

 ローシーが顔を覗き込んだ。

「寝てた、から」

 疲れているとそんなに入らないとマシロは悟った。

「その腕なら、手袋しても大丈夫そうですね。足はそのままで?」

 イッシュはクーシーに尋ねた。

「完全に治らないと足はだめですね。完全無欠の王なんてこの世にいないということを庶民に知らされるにはいいでしょう」

 無理難題を押し付けられないような対策らしい。自分を気に掛ける人がいる世界に帰還できてマシロは幸せで胸がいっぱいで余計に喉が通らなかった。

 藁の寝床にはカザーブとローシーがマント持参で寝ころんでいた。

「マシロは寂しい思いで過ごしてきたから添い寝たっぷりするね」

 カザーブは寄り添った。

「我が君、ロージィさんといい思いをしたそうですね。もちろん黙っておきます。ではおやすみ」

 ローシーの耳打ちには何の意味があるのか判らないが、マシロは彼女に少し癒されたいのでされるがままにした。

 翌日、入浴の代わりにカザーブとローシーに体を拭いてもらってさっぱりしたところで、クーシーの痛い治療が始まった。

 マシロが暴れローシーが押さえつけている間、クーシーの包帯の交換は終わった。

 新しい上等の白チュニックが渡され、先に乾かしたばかりの灰ズボンをはくと切断した右足が目立っていた。

 チュニックを着たあとクーシーは宮廷法廷の被告人などの情報をマシロに伝えていた。

 朝食はハチミツ塗った白パンで簡単にすました。

 畑と小屋、別館の間の中庭に、玉座が置かれた。

 馬のいる塔を背にした玉座に左手に手袋をしたマシロは白狼で行き、座ったところで王冠をクーシーに付けられた。

 適当にふんぞり返っていると午前の鐘が鳴った。

 裁判の相談がないマシロ目当ての貴族、市民、農民たちが中庭にぞろぞろ集まり、右足膝下がない王に一同驚いていた。

「王様が若者たちを妖精の世界から救った話は本当だったのか?」

「妖精と戦ったというやつか?」

「王様も妖精なのに?」

「何にしても人間のために命がけで救い出したんだ。我らの王は大したものだ」

 庶民たちは伝令の話を伝え合っていた。

 マシロは集まった人間が右足に注目するのは判っていても、気持ちいい視線ではなかった。ハーシェルの攻撃が避けられなかった自分が悪いだけだから……。

 宮廷裁判が始まり被告人のなめし革職人が呼ばれて玉座の前に立っていた。

 革エプロン着の彼は、後方の複数の町人を引きつれているようだった。川の近くに屠畜場となめし革工場を営む彼に町民から川の汚染と臭いで場所を移転させなければ廃業を求めると訴えていた。

 右隣に白狼と顔を合わせたマシロは革のベルトを思い描いた。

「革の、ベルト、いる」

 マシロはつぶやいた。

「町民には悪いけど工場は昔からあったから、王のいう通りね」

 クーシーは被告人には非はないと判決した。

「ええー、川汚しまくっている職人らに非がないの? 何で?」

「白王はてっきり庶民の味方だと思っていたのに」

 次の被告人は貴族で後方に農民と農奴もいた。

「静粛に。次は農民がこんな時に税を上げるのは不当だと領主に訴えております」

「ぜい?」

 マシロはカザーブがオーロックの税のために働いていたのを思い出した。

「税は、やすいの、いい」

「ガスタニア人の搾取(さくしゅ)の後でみんなが疲弊しているときですからね。減税という王令でも出しましょうか?」

「だして。ついでに、奴隷いらない」

「ええと、刑罰による市民の奴隷化禁止ですかね?」

 クーシーは屈んでマシロに尋ねた。

「わかんない。持っちゃ、だめ」

 マシロは大声を上げた。搾取はたくさんだ。

「まず農民側の勝訴です。今年限りの減税と何人による奴隷所持の禁止。この二つを王令発布とする」

 カザーブは裏で急いで文書化していた。騎乗聖獣による伝令も放たれた。

「減税だって?」

「今更奴隷もいらないでしょう」

「減税やったー!」

「王様ありがとう」

「シロー、最高!」

「やはり減税は庶民には好評の模様ですね」

「……はは」

 マシロは苦笑いした。


「減税だと? 疲弊しているのは我々だぞ! 騎士の数が足りないし。やはりあの若造では王は務まらないのではないか」

 苦虫を潰した貴族の面々が王を睨んでいた。

「とはいっても、我々には守護聖獣と戦えませんし、守り人はハルダーフォルク推しですからねぇ」

「何でイヴァン王を守り人は放っておいたんだ? 巨人におののいて逃げ出すとは!」

「まったくキリスト教徒の王でなけれは、従う気がしないな」

「所詮は、妖精の若者だしな」

 不満を漏らす貴族が後を絶たなかった。


 翌日の午前の執務は教会中庭での庶民の御用聞きだった。マシロは一人で白狼にまたがって行くとクーシーか待っていた。ロージィたちがいた。

「あのぅ、私では妖精の子を育てる自信がありません。今すぐカムナギをお渡しします」

 ロージィはクーシーにカムナギを差し出した。

「それはなりません。母乳が出るうちはそちらで育てる義務があります。街が無理なら城の空いている南西側の離れで暮らして使用人として働いてもらえませんか?」

「王様の元ですか?」

「伽は、間に合っている」

 マシロは即答した。エルフ村を回帰するから普通に会うくらいは良かった。

「王は裸で外をうろつくことがあるので気にならなかったらどうぞ」

 ほとんどはローシーとの行為の後だがいつもうろついているような言いぶりが引っ掛かる。

「環境はそちらの方が上ですから、離れに向かいます」

「前みたいに、かまえない。いいの?」

 マシロはカムナギを抱き上げて聞いた。

「はい……」

「術解くため、カムナギ、待っていた。でも、好き」

 マシロはカムナギの額に自分のおでこを付けた。

 いざ生まれた我が子をみると愛おしくなる。ロージィも無下にはしたくないが、カザーブたちがいる中では難しい。

「我が君には奴隷時代から親愛なる者がいます。今は婚約中ですが」

「そうですよね。人間の分際ですみません……」

「そうじゃない。先かあとの、はなし」

 単に出会いの順番の違いだ。カザーブはたまたま別のエルフだったという事。

 マシロはカムナギをロージィに返した。

「ではカムナギが最低五歳になるまで、あなたにいてもらえませんか? 母親としての義務を果たしてくれないと困ります。あなたも王も親不全で育ったから、せめてこの子だけは少しの間でもまともな環境でいてほしいのです。そうでしょう? 我が君」

「うん」

「では五歳まではそばにいます。よろしくお願いします」

 ロージィたちは後に空いていた離れに移った。クーシーは若い男子の使用人を募集すると伝えた。

「それと私が白き王に進言したいのですが」

 司祭がマシロに寄って来た。

「領主様たちがあなた方がキリスト教に入信していないことに不満をもっておられます。王様と守り人たちや弓兵の皆さんと一緒に考えてくれませんか?」

「キリスト?」

 マシロはやや小太りの司祭を眺めた。

「ナザレのイエス様をキリスト、救い主として信じることですね。父なる神とその子キリストと聖霊(天使)を唯一の神として信じましょう!」

「わからない……」

「さすがに私でも三位一体の説明は無理ですね。ただ入信に必要な時期であるという事は我が君も心に留めてください」

 クーシーはマシロに向き合って説いた。マシロには余計判らない。

 キリストが救い主ならなぜ奴隷を放っておくのか? ガスタニア帝国に売られた異国の奴隷たちは司祭のように神に祈れば帰ってくるのだろうか? 

 マシロには人間の信仰が理解できなかった。

 白狼で中庭を離れて本館へ向かい、アメン達に会った。

「いらっしゃい。足の様子はどう?」

「まだ、いたい……」

 マシロは他愛のない会話を交わし、キリルの顔面に垂らした尾であやしていた。

 その日の午後はカザーブのラテン語学習が再開してマシロは簡単な単語だけ覚えられた。

 三日経つと足の痛みが引き、傷が治った。包帯が外され炎の足で歩けるようになった。

 マシロは靴を履くのが面倒になり教会面談や宮廷裁判も構わず、炎の素足で臨んだ。

 裁判での人間たちの好奇の目に慣れたので手袋も外して、公務に臨んだ。


 昼過ぎにロージィはカムナギを抱きながら庭を散策していたら別の離れから裸の王が出て来た。しかも嬉しそうに尾を振っていた。

「本当に、全裸でうろついている……」

 ロージィはマシロと目があった。

「王様、何で裸なんですか?」

「ローシーに、ちんちん、なめてもらった」

 マシロはうっとりした目で答えた。

「はぁ?」

「だから、ローシーに」

 マシロは男性自身を指していた。

 平気な顔で裸で歩く王は妖精の国とは別人のようだった。

「ロージィ、ちんちん、さわっていいよ」

 マシロは真顔で言った。

「私はそのつもりで来たわけではありません!」

「じゃあ、なんで、きたの?」

 ロージィは呆然となった。守り人に子供を育てるためと、一緒に聞いていたはずなのにこの人は一体何を聞いていたんだろう。

 マシロは来客館へ進んで行った。腑に落ちないロージィは後をつけて行った。

「マシロ、チュニックと靴はどうしたの?」

 緑ローブの少女が叱りつけた。王の尻尾は下へ垂れていて子供のように立たされていた。

「わすれた」

「取りに行きなさい! オーロックは二人だけだったから、マシロのフルチン許していたけど、ここは不特定多数の人がいる城だから。それにあなたは王様でしょう。ああ、もう! フルチン禁止令出してほしい!」

「短いチュニック。ズボンは、はかせなかったの、なぜ?」

「そ、そそれは、こっちの寸法間違いよ。ズボンの洗濯が面倒なわけではないから!」

 少女は赤面していた。マシロは離れへ歩いて行った。

「あの人が思いの人?」

 ロージィは付いて来て聞いた。

「カザーブ、やさしい」

 マシロは笑顔で答えた。

 あんなに怒られているのになぜ?

 妖精の国ではしっかりとしていたはずなのに、子供の言動は何なのだろう。離れからチュニック着のマシロが出て来た。

 再び来客館を覗くとカザーブは木製の文字を象ったもので王に教えていた。ロージィは来客館からはなれて王のいた離れに近づくとクーシーなのか誰かに話しかけられた。

「あなたが我が君と特に関係のあったロージィって人? ああ、私はローシーね。これは誰にも言ってないから私と我が君との秘密ね。カムナギちゃんね我が君を救ってくれた導きの子って」

「みちびき?」

 ロージィは首をかしげた。

「だってノーマルエルフの魅惑の術を打ち払った子よ。すごいじゃない。我が君が入れ込むのも判るわぁ。だけどあなたへの興味がなくなるのは仕方ないよね。で、今でも我が君のこと好きなの?」

「正直、あんなに子供じみた人とは思わなかった。だって私とお腹の子のために釣りを頑張って、船でいっぱい魚釣ってくる人だったのに……」

「ほぉー。我が君は釣り師か漁師だったのか。しかし私より先に産むとは。若いっていいなぁ。私はいつになったら受胎できるんだろう。そこは相性が合わないのかなぁ……」

 離れのテーブルでローシーとリンゴを食べ合った。甘いはずの妖精のリンゴなのにロージィは少しすっぱい味に感じた。



第八章 森の彼方の国


 王令では減税が決められていたが、無視して農民の倉から作物を運ぶ一行がいた。

 東エルトリアは養蜂の森と耕作の広さが群を抜いているが、城塞都市周辺を納める横暴な領主によって搾取された農民が後をたたなかった。

 ヨシフ領主はただでさえ税が少ないのに、さらに減らされるのが納得いかず、独断で税を上げた。

 領主の治める地は独立国家のようなものだ。よそ者が来れば税金を取る。

 領民は圧政を訴えるには西エルトリアのエステルゴム教会へ駆けこんで王に直接伝えるしかなかった。

 吟遊詩人と伝令が伝える白王は、独断で危険な所へ突っ込んでいても、問題を解決してくる無頼漢と各庶民に伝わっていた。かつてのハルダーフォルクの行進を見た者ならあの繊細そうな若者がそんな力があるのかと仰天する内容だった。

 そしてミハイが馬車でキエフ地域からエルトリア城へ送った金首輪の若者が、王になっていたことに仰天した。誰よりも痛みを知った彼ならはヨシフ領主を罰してくれるのではないか。

 馬車で行商人に紛れて森の城壁領地を出ようとミハイはなけなしの金を商人ゲオルゲに渡し、旅の相棒とした。

 紺外套、フードのゲオルゲは「ちょうどエステルゴム街に行きたかった」と、没落した貴族の自由農民ミハイを護衛役にした。


 ヨシフは即席で作った騎士団で隣の領主の村を襲った。

 三〇代の騎士が比較的多かったから騎士団で略奪し放題だ。

「ガスタニア人がいれば村の人間も売れたのにまてよ。奴隷を売ってはいけないという王令はないわけだから、黒海沿岸へ運ぶだけならありだな」

 ヨシフは兵舎から伝令に次の指令を出して床に入った。


 馬を休ませるため商人たちは宿を取ろうと近くの村に寄ると破壊された家々と辺りに何体かの死体があり、ミハイは死体に紛れていた生存者を見つけた。

 ゲオルゲは腕を怪我した若者を手当てした。

「狼の模様の、服を着た騎士が襲った」

「ヨシフ騎士団の蛮行だな。我々はエステルゴム町の教会へ向かうんだが名前は?」

 ミハイが黒髪の若者に尋ねた。

「アドリアンです」

 気弱そうに答えた。

「君も王様に蛮行を伝えるため一緒に来てくれ」

 ゲオルゲがアドリアンを誘った。

「ここには住めないからいくけど。でも、たどりつけるの?」

「いったん休めば再び行けるさ」

 ミハイは草地で野宿した。

 盗賊は傭兵や騎士くずれがなるものだが、エルトリアはそんな余剰騎士団を持ち合わせていなかった。

 ゲオルゲの商売がやりやすいのも、ごろつきがいないおかげだろう。

 ミハイたちは野盗に会うことなく獣を追い払いながら何とかエステルゴムに近づけた。


 ヨシフ騎士団は森の地要塞都市周辺の領主村から捕えた村人を馬車に詰め込んで黒海沿岸の都市へ運んだ。寄港していた異教徒の奴隷商人に売りとばした。


 マシロとローシーは暇さえあれば日中は伽に熱中していた。

 マシロはいつも服を忘れてカザーブに「その痩身でどこにそんな体力があるの?」となじったりするが、前のように怒ったりはしなかった。

 カザーブがカムナギを抱いたロージィを招いたときに目があった。

「ロージィも、文字、ならっているの?」

「時々です。それより服……」

「ああ」

 さすがにカムナギの前にさらすのも気が引けるのでマシロは急いで服と長靴を取りに行った。 

 戻るとカザーブはカムナギを書記官にしたいと話していた。

「なんか、すごい」

 マシロはカザーブの向かいに座って感嘆した。

「そうね。術の才能がありそうだから召喚士あたり任すのもいいかも。ソロモンの悪魔召喚に成功させて財を成すのもありだし」

 マシロはカザーブの話が本当のことなのかウソなのか判らなくなった。

 翌日、教会中庭にボロの馬車が乗り付けてあった。クーシーは弓兵を引きつれている。

「我が君、東エルトリアでヨシフ領主の蛮行を伝えた者たちが到着しました」

 疲れた感じの三人は王に向けてひざまずいた。

「ばんこう?」

 マシロは意味が判らず聞き返した。

「トランシルヴァニア地方のヨシフ領主は周辺の領主の村を騎士団で襲わせたり、自分の領民には不当に上げた税を取っているのですよ」

「わるいやつ?」

「そうです。本人を捉えてローシーに思考を調べてもらうのが手っ取り早いですね。東エルトリアの城塞都市方面へ行きますよ」

 三人は司祭に任せて来客館に戻ったマシロは、左袖のない方の白チュニックに着替えた。弓兵が用意した刀剣を付けた。

「どこへ行くの?」

「東エルトリア。カザーブ、休んでて」

 マシロはカザーブを軽く抱いた。彼女の温もりを体に包んでから手を放した。

「じゃぁ、そうさせてもらう。手の空いてる守護聖獣たちは必要な時に呼んでね。御武運を」

 カザーブに見送りってもらいながら白狼にまたがったマシロは、守り人と三〇人の弓兵を連れて出兵した。


「しっかり王様やっているんだ……」

 政治関係はクーシー頼みだが、武神マシロが出るとなると鎮圧関連の任務なのか。

 テーブルに広げたラテン文字ブロックをカザーブは眺めた。

 文字の学習用にノームとシルフで作った木製のものだ。各アルファベットを一〇セットにして模らせた文字で単語を覚えてもらうことにしていた。

 マシロは簡単な単語なら覚えられるが、長いものはどう教えても覚えてくれない。

 さらに本の文章を見せても文字が下に流れるとか妙な理由で読めないのだ。せめて初代神聖ローマ皇帝のカール大帝なみにラテン語を覚えてもらいたいが。

 子供の頭脳のままだと各領主になめられるだろう。本を読めるくらいに覚えてもらわないと暇つぶしがローシーとの交尾ばかりだと、何とも情けない。

 子供が大きくなると接する時間が増えそうだが、赤子のうちはマシロを勉強漬けにさせるのも悪くない。


 森で見つけた小屋の中に隠者がいた。

「ここは私の森だ。何やっているのだ」

 ヨシフが黒ローブの老人に尋ねた。

「ガスタニア人から隠れているのだ」

 老人は震えていた。

「もう支配は終わったのだ。お主は何か強者でも作れるのか?」

「金の熊の守護聖獣を作らされた。今は劣化版しかできないが……」

「それでもいいぞ! さぁ、我が城へ宴を開こうか」

 ヨシフは老人をおどして連れまわしていた。


「ヨシフ領主は殺気立っているみたいだから場所は簡単に感知できますね」

 龍馬で飛翔しながらローシーは話した。マシロの両脇に守り人が飛んでいる。

「どうして、わかるの?」

 白狼のマシロはローシーの能力に不思議がった。

「私たち双子は巫女の家系に生まれたのですよ。ハルダーフォルクでは私たちのようなそっくりの双子がとても珍しいのです。私は強い感知能力を受け継ぎ、姉さんとともに王家の守り人の鍛錬も受けました」

「私には巫女の能力はローシーほど強くないから、外国語とか知識の学習に切り替えたのですがね」

 クーシーには執務関係でも助けられたので、マシロは二人の存在が有難かった。

 太陽が一番上に上がったころ、渓谷から広がる森と塔に囲まれた城塞都市から騎士団一行が出て来た。

 黒獣がこちらに向けて飛翔してきた。マシロは白狼に任せて、炎の翼を出した。


 塔から炎の長い翼を羽ばたいていた者がいた。ヨシフは赤毛の男が炎に包まれた左腕から出る雨の様な火花で、騎士たちの動きが制限されているのにイラついた。

「トラヤン、早くなんとかしろ!」


 さらに大きな黒獣が襲ってきた。肥大した身体の黒獣はさらに膨らみ寄ってくる。

「くるな!」

 マシロは後方に皆を下がらせて、炎翼をさらに長く広がるように大きくして羽ばたいた。

 黒獣を熱風で遠ざけようとした。少し吹き飛んだ獣は爆発し、直撃を避けてもマシロは飛ばされた。獣の散った毒の肉片を翼で受けとめて燃やし尽くす。

 ローシーは翼が消えたマシロの左手を掴んで、クーシーはマシロをローシーの龍馬に乗せた。

「我が君、皆を守ってくれてご苦労さまです。後は任せてお休みください」

 ローシーの背に顔をうずめたマシロは体が重く感じて眠り込んだ。


 超兵器を失ったヨシフは双子と弓兵によって捕えられた。

 巨大な白狼が迫ると騎士団は降伏して武装解除した。ちょうど近場の城塞の牢獄にヨシフたちを入れてローシーの取り調べが始まる。ローシーが鉄格子に手を伸ばしてかざすだけで、状況を知り終えた。


 助けを求めた者の若者以外はエステルゴム街に留まっていた。アドリアンはエルトリア城の使用人になって、同じ背丈で年ごろ、黒髪のロージィと気が合った。

 ミハイは後にクーシーと会った。

「泣き寝入りする領民が多い中、よく報告してくれました。でも危険を顧みずなぜここまで?」

「実は白王は前に会ったことがあるのです」

 ミハイは三月に奴隷の王を城へ送ったことを話した。

「どれどれ」

 クーシーはミハイの額に手を触れた。

「この程度なら私にも読み取れました。なかなかいい旅でしたね。でも我が君には封印したい記憶がありますし、ならお礼にヨシフ領主の土地をあなたに譲りましょう」

 貴族として籍を戻すほかに破格な報酬にミハイは驚愕するしかなかった。



第九章 まどろみの紅焔


 マシロは目が覚めるとローシーの背中があった。

「あ、我が君。エルトリア城で捉えたヨシフ領主の裁判をやります。まぁ、罪状的に死刑を免れませんが、一応聞いてくださいませ」

 満天星空の中の飛行はマシロには珍しい体験だった。

 エルトリア城の来客館に降りてマシロは寝室にカザーブの隣に潜り込んで二度寝した。

 翌日の朝風呂もマシロはカザーブとローシーに体を洗ってもらい、彼女たちを洗い浴槽に入った。炎で模った腕と足が湯船の中に燃え続けているのが不思議で眺めているうちに気持ち良く眠った。

 ウンディーネで出されることはなく、ローシーに運ばれて離れで着せられた。

 マシロは起きると玉座に座っていて見物人たちと目があった。

「白王がお目覚めになった」

「もう少しだけ、可愛い寝顔みたかったわ」

「美女に囲まれてうらやましい……」

 マシロの両脇には守り人が直立していたがなぜが放って置かれていた。

 中庭に押しよる群衆の前で寝姿を見られるはめになるとは……。

 王冠つけるときに起こしてくれたらいいのにと左わきのローシーを横目で睨んだ。

「私も我が君の殿籠るさまをもっと堪能したかったです。無垢な姿にぞくぞくしました」

 麗しいローシーに愛玩されていたのを忘れたマシロであった。

 両手首を縛られたヨシフ被告が二人の弓兵に連れられてきた。

 黒い小さな顎鬚の中肉中背の特徴のない男がいた。

「この者も罪状は王令を無視した不当な税率に隣領地などで襲撃した村からの奴隷売買。他に各村への不当な攻撃、略奪、恥辱とあらゆる暴力行為の指揮です」

 クーシーが淡々と述べるとヨシフは反論した。

「何を証拠に私を罪人にするのだ? どこかの賊の仕業ではないか?」

「ちゃんと証言した者が二人いるのですよ。村の生き残りなら文句ないでしょう。巫女の血族の私に隠し事なんてできやしないけどね」

 ローシーが厳しく迫った。王は誰よりも他人への生死の決定権が握られているということだろう。王の義務を果たす時が来た。

「ん……。死刑」

 左腕と右足の紅焔が鮮やかに揺らめいているマシロが即決した。

「王が不具者とは聞いてないぞ。何でこんな、異形の者が玉座にいるのだ? 皆もそう思うだろう?」

 ヨシフは観客を向いた。

「足って妖精の国でなくしたって伝令とかから聞いたな」

「あれ魔法の炎でしょう? 玉座が燃えたりしないし」

「妖精の王様なんだから異形なんて当たり前だろうに」

「炎の腕も格好いいけどな」

 庶民には総じて好評だった。圧政者を裁いたのだから文句を言いようがない。

 騎士団の略奪で村を襲われると泣き寝入りするのが庶民の常だ。山賊の襲撃でも領主は城に籠るだけで村民を助けないのが常だから。

「沈まれ者ども! ヨシフの旦那。我が君に不敬を働くとはいい度胸だな。腕は……即位時にごまかしたけど。脚は妖精の国の救出劇による名誉の傷をよくも侮辱したな!」

 怒鳴ったローシーはヨシフに剣を向けた。

「おっさん、焼いて、いい?」

 マシロはクーシーに尋ねた。マシロだって好きに怪我をしたわけではない。少し泣きたくなった。

「処刑は明日の朝に城下町の中央広場で行います。まさか、我が君自ら行うつもりで?」

 クーシーが聞いた。

「ちょっと、試したい」

 笑みを浮かべたマシロは左腕を少し上げて指を鳴らして火花を出した。庶民たちは畏怖の声をあげていた。

「庶民にとっては処刑も娯楽の一つですから、存分に盛り上げて下さいな。我が君」

 剣をしまったローシーはマシロの前にひざまずいた。

 ヨシフは退場して次に顎鬚の長い老人が連れてこられた。

「そこの召喚士はかつて金色の熊の守護聖獣を作成したお方らしいのです。黒獣を我が君に差し向けたということで裁きますが……」

 クーシーは尋ねた。

「よく、わかんない」

「偉大なる武勲を示した白き王よ。長きに渡って国を導く永遠で尊い王よ。老い先短い老人にどうかご慈悲を」

 老人は命乞いしていた。

 カザーブと同じ術士なら荒い扱いはできないとマシロは思案した。

「おじぃ、無罪。カムナギの、子守り」

「へ? 娘さんの子守りってなぜ?」

 クーシーは聞き返した。

「ロージィの、手伝い」

「ロージィさんなら、証言してくれた若者とくっつきましたよ」

 左隣のローシーが近況を話した。

「そう? どうしょう……」

 老人をいたぶるのは気がひける。

「わしはラテン文字書けるから、玉座裏の嬢ちゃんの手伝いが出来ますぞ」

 マシロは玉座の裏側を覗くとカザーブが羊皮紙に記録していた。

「その人欲しい! 雇ってくれないと尻尾洗ってくれないからね」

 カザーブに睨まれた。

「おじぃ、書記、やって」

 マシロは席に戻った。

「おお、ありがたき事よ。慈悲深き王よ。エルトリアよ、永遠に!」

 叫んだ老人は平伏した。

「エルトリアよ。永遠に!」

「永遠に!」

 詰めかけた見物人も叫んだ。

「ありがとう。マシロ、これで楽になる……」

 裏を覗くとカザーブに抱きつかれた。マシロはついでにキスをした。

 周りに騒がれながらも構わず抱き続けた。皆が帰り始めたころ、玉座が移動されマシロはカザーブを放した。

「それじゃ、書記官殿を図書室に招待しますわ。あなた」

 マシロはカザーブとキスを交わしてから南西の離れに行った。ロージィがカムナギに母乳を飲ませていた。カムナギを抱かせてもらった後、傍の大食堂へ入った。

 昼食のワイン給仕に見慣れない若い男がいた。誠実そうな彼は会釈をした。

「彼が証言者のひとりです。ロージィさんとくっついてくれてよかったです。でもガスタニアの奴隷と村の襲撃の生き残りって、すごい強運の持ち主ですねぇ」

 ローシーがささやいた。

「だから人生は面白いんだ。王様も結構楽しんでいるじゃないか」

 イッシュが言うほど、良い目に合っていない気もするがエルフ戦を生き残っただけ拾いものの命か。

「我が君、明日の処刑が楽しみですね。どんな技を披露する気ですか?」

 ローシーが尋ねた。

「ひみつ」

 皆が楽しみにしている理由は判らないが見物がてらに参加できるのは王の特権というやつか。

 翌日、エステルゴム街の中央広場は朝から人だかりで露天まで出ていた。

 なぜか宴会の準備まで始まっている。

 ヨシフは木の柱で磔になっていた。司祭が何か言っている。双子はマシロに寄った。大勢の見物人も王に注目している。

「白き王、燃やすのだけはおやめください」

 怯えた司祭が寄って止めた。人間を燃やせるのは創造主の神のみだと、最後の審判のために肉体を残す義務が我々にあるからと説得していた。

「ちょっと、落ち着いてください」

 カザーブは司祭をマシロから離した。

「どうなるか、わからない」

 マシロは左手を見つめ、ヨシフの首に掌を合わせた。

 親指を上げると放たれた炎の刃でヨシフの首をはねた。

「もう終わり?」

 カザーブが間の抜けた声で聞いた。

「うん」

 観客は声を上げていたが、マシロには物足りない感じがした。左手を上に向けて指をはじき、火球を上昇させた。適当な高さで指を鳴らし火球を四方へ飛ばせた。

 マシロは三回続けて火球を上がらせて火をはじかせて、散らして遊んだ。

「おー」

 観客はくいついたようだ。マシロは折れた太刀を抜いて炎刃にした。人々は驚嘆した。

「ローシー!」

「はい。我が君!」

 ローシーはマシロの炎太刀をロングソードで受けた。マシロは小太刀を出した。

「クーシー!」

「は、はい!」

 マシロは二人のロングソード捌きを炎太刀、小太刀で受けて突きと斬り攻撃へ続けた。

 守り人は片方ずつ受けて、攻撃に転じた。即席の演武で客は大声援を送った。

 双子はついてこれず、剣を落とした。

「おわり!」

 マシロは刀剣をしまった。

「帰ろう」

「もう?」

「うん」

 マシロはカザーブの手を繋いで歩いた。

「我が君、飛んだりはしないのですかぁ? 皆驚きますよ」

 抱きついたローシーが聞いた。

「あれは、つかれる」

 マシロはやんわりと断った。

「えー、なんか気持ちよさそうなのにぃ。浮遊感っていうの。後で介抱しますからお願いしますよ」

 ローシーは腰に手をまわしてきた。

 妖艶な顔でねだるローシーは演武の時の凛々しい表情との違いにマシロは面白くなった。飛行時間を延ばす訓練のためならと、マシロは了承した。

「カザーブ、ごめんね」

「じゃぁ、行ってらっしゃい。あなた」

 カザーブはマシロの手を放した。

 マシロは長くて大きな炎翼を出し、城への高めな青々とした丘まで目指そうと飛んだ。

「我が君、爽快です!」

 胸に張り付いているローシーのため気を使う飛行となった。

 町中の赤い屋根群とうねる川の曲線を見せながら、岩肌にぶつからないように飛翔した。

 城壁塔の弓兵に手を振って降りる位置を確認した。

 中庭へ降りきるころにはマシロは気が遠くなって落下して白狼の背中で眠った。ローシーはマシロを抱き上げて離れへ向かった。


「あそこまであからさまに反旗を示すもの愚かすぎだな」

「危なく遺体を燃やすとこだったが、いくら王でも勝手すぎないか」

「妖精というより悪魔だな。教会も放置していいのか」

「ああ、恐ろしや……」

 王の対応への不満貴族たちは畏怖だけを深めていた。


「結局、飛び出したね」

 カザーブが掴みたかったのにローシーに先越されて悔しいが、後で少し飛んでくれるかもと楽観した。

「あの子も変にわがままなところがあるからね。白狼が先回りしてくれるのでしょ?」

「まぁ、落ちても心配ないけど、ローシーがいるからその先が……」

 クーシーも一緒に気まずい表情になった。

「剣劇、楽しそうだったね。小難しい裁判や勉強より、体動かしているのマシロらしくていいな。でも平和な国にするには政務をやるしかないんだろうけど」

「司祭や司教に協力してもらうのもありますけど、彼らが言うには王族のハルダーフォルクたちがキリスト教に改宗してくれないと話にならないといいます。私は改宗は拒みませんが……」

 クーシーは大聖堂のドームを見上げていた。昔からある風景だから今更嫌う必要はないのだろう。

「大多数の人間の貴族を納得させるなら私も改宗に協力するよ。でもミサとか面倒だなぁ」

 面倒事が増えるけど味方を増やす最良の手なら仕方がない。

 なるべくならキリスト教と距離を取りたいけど王室の一員となると、火急に入るしかない。

「カザーブ様なら聖書が読めますし、我が君にも話してみますね」


 昼食時にはマシロは起きだしてシカ肉を夢中に食べていた。

「弓兵全員に話しましたが皆は改宗に納得してくれました。我が君はキリスト教への入信とどういたします?」

「よく、わからない」

 肉の油を口の周りにいっぱいつけた彼は即答した。

「マシロは政治形態を理解するのって苦手でしょう? クーシーばかりだと彼女も大変だし、司祭に協力してもらうために、マシロの場合は入信してもらってキリスト教徒になるってこと。領主の反感を買わないこともあるんだけど、庶民も貴族もマシロのこともっと仲間だって思ってくれるよ」

 マシロはリンゴを食べて油を取ってカザーフとクーシーを凝視していた。

「いいよ。いつやるの?」

「明日の早朝でできるか伝えておきます」

 マシロはあっさりと了承した。

 来客館でカザーブはマシロと向き合って勉強の前に聞いてみた。

「朝のミサとか行事に参加しないとだめなの話すの忘れていた。でもいいよね?」

「う、うん。カザーブといっしょに、いれるなら、いい」

 マシロはカザーブの左手を握っていた。彼も不安が隠せないのだろうか。

「大丈夫。ずっと、一緒だからね」

 カザーブはマシロの右手を握った。マシロは微笑んでいた。

 彼と寄り添えば何でも乗り越えられる。マシロの不安も取り除いてあげる。そんな心持で手を重ねた。


 カザーフから古代ローマ時代の治世について学んだあとマシロは二階の寝室で寝ころんだ。

 キリスト教の入信は気が乗らないがカザーフの話は悪くはなかった。妖精の国のノーマルエルフ村に馴染めなかったのだから、エルトリアにいられなかったらどうする?

 別の部分で意地を通せばいいのだから気楽に構えよう。奴隷だった自分が王になること自体、奇蹟なのだから文句は言わないつもりだ。政務も他人の結婚の了承ともめごとの解決で宮廷裁判をこなしてきた。

 本来は午後あたりに貴族との会合もあって、夕方の宴会で聖職者たちも招くのが普通らしい。

 マシロは飲み食いは好きだがバカ騒ぎは苦手だ。吟遊詩人は守り人たちが相手したし曲芸師も興味がない。

 マシロは本館へ訪れてキリルを尾であやしてから、ロージィの離れでカムナギを抱いた後、ローシーの離れへ向かった。

「ローシーも、入信するの?」

「ええ、皆さんで行きますよ。我が君は先に儀式が始まるそうですね。人間たちの前で雄姿を見せつければいいのですよ」

 寝室でローシーに添い寝されて頭を撫でられた。マシロはまどろんで夕食時まで寝てしまった。


 夕方までに話がついたらしく予定通り、早朝になって洗礼の儀式がエステルゴム大聖堂で行われるようになった。

 伝令のあとか、礼拝の貴族の他に庶民たちまでのぞきに来ていた。

 ドームの天井と窓からの採光が入る位置に、浸礼用で全身が入る黄金の大釡に、マシロが先に裸になって入った。

 待っている女性たちは下着姿だった。

 司教は戴冠式とは違う変容した王の姿に驚嘆した。

 王は赤毛? 赤い瞳も何か違う。この燃え盛る左腕と右足は何だ? 

 水に浸かって消えたら王は一体……。

 マシロは一度水に頭まで浸かった。

 胸辺りに両手を合わせて、僧侶の言葉を時間かけて復唱する形で信仰告白する。

「イエスは、こたえられた。『まことに、あなたに、告げます。人は、水と御霊に、よって、生まれなければ、神の国に、はいることが、できません』」

 司教から洗礼名をもらう一連の儀式が終わりマシロは釡から出た。

 炎が一切消えないことに僧たちも驚きを隠せないようだ。採光を浴びた容姿は余計に秀麗だった。痩身に光が発しているような感じに司教には見えた。

 美麗とも凛々しさを兼ね備えた王の紅焔はさらに燃え盛り続けた。

「きれいな顔に身体……」

「奇跡の炎だ……」

 不平を漏らしていた貴族たちも口々に感嘆していた。所詮は妖精の若者と侮っていた王が、人間共有のキリスト教の浸礼を見事にこなしたのだから。

 真の王を迎える時期が来て、貴族も庶民も誇らしげにマシロを見た。

 マシロはいつしか紅焔王と呼ばれるようになった。

 

第十章 君が為


 マシロは尾の水を払うため派手に振って水しぶきを僧たちにかけた。布の壁を作った僧には悪いが、ハルダーフォルクの本能に従った。衣服を着終わると司祭が駆け寄った。

 抱きつかれそうになったので、華麗に避けた。

「おっさんに、抱かれるの、いやだ!」

「それは失礼しました。入信されたことで人間になれたのですね」

「マシロは、ハルダーフォルクだよ!」

 いきなり何をと、マシロは尾を見せてうろたえた。

「心持のことですよ。ハルダーフォルクの皆さんは父親が人間ですから人になる可能性があるのですよ。神の恩寵を皆さんが受ける幸せがあるのです」

「マシロの、幸せは……」

 奴隷時代に感じることが全くなかったこと。正確にはオーロックに来てから徐々に感じられて今は……。

 頭上のサラマンダーは人間たちには感知できてない。それをくれた人といること。

「洗礼名はエルヴィーンですが王の名前にどうですか?」

「マシロがいい。ハクもいい。白が好き」

「エルヴィーンはミドルネームか家族名にすれば?」

 振り返ると緑ローブに着替えていたカザーブがいた。

「ヴィクトーリアってもらったんだけど、どう?」

「いい! ヴィクトーリア好き!」

 マシロはカザーブに抱きついた。

「そんなに好かれるとは……。じゃぁ、ヴィクトーリアにするわ」

 カザーブ改めヴィクトーリアはマシロとキスを交わした。

「この方が正妻、王妃となられるのですか?」

「うん。結婚したい!」

「まだ幼いですし、数年待ってください。では、失礼します」

 司祭は他の信徒へ行った。

「そうだね」

 マシロはヴィクトーリアの胸を触った。

「そこかよ!」

 ハイキックした彼女に金的をくらわされた。

「う……」

 尾が逆毛立って切ない所を抑えたマシロは座り込み、涙目で耐えた。

「ごめんマシロ。大丈夫?」

「む……」

 接近して屈んだヴィクトーリアはズボンを少しめくって股間を眺めた。

「ウンディーネで冷やそうか?」

「おもらし……」

 変なところが濡れるからマシロは断った。痛みに耐える試練は何度もこなしてきたがこれは辛い……。ヴィクトーリアの憂いの顔も眺めのいいものではなかった。

「痛いの痛いの飛んでけー」

 彼女にズボン上から撫でてもらった。

「王様、どうなされました?」

 振り向くとカムナギを抱いたロージィが怪訝な顔で立っていた。

「ヴィクトーリアに、ちんこ撫でて、もらった……」

「はぁ……?」

「ハレの日にお前は何をやっているんだっていう顔だね」

 ヴィクトーリアに耳打ちされてマシロは苦笑いした。

 カムナギも幼児洗礼を受けてエリカとなったそうだ。アメンとキリルも受けていた。キリルはイヴァンともらったが後で付けるかは検討中だ。

 マシロたちは朝のミサを過ごしてから城へ戻った。

 昼食のあと、マシロはヴィクトーリアとの二時間の学習のあとにローシーのいる離れに訪れた。二人はキリスト教の教えを完全無視して、裸で体位を変えながら伽を楽しんでいた。

 マシロはローシーの乳房に顔をつけながら聞いた。

「ローシー赤ちゃん、できたら、困る?」

「いいえ。皆さんで育ててくれるので、むしろ欲しいです。今の我が君の髪色だと素敵な赤毛の子が生まれそうですね」

 マシロはローシーに髪を優しく撫でてもらった。守り人で忙しいのはやはり、クーシーか。

「ローシーもラテン語、わかる?」

「姉さんと一緒で何か国語かは話せるし、一応ね。それじゃぁ、下で試験しますか我が君」

 一階のテーブルに裸のまま向き合い、ローシーは羽ペンとインク、羊皮紙を持ってきた。

「体の部位、わかるよ」

「ならこの文字は何です?」

「caput あたま」

「次は……」

「faciem 顔」

「oculus 目」

「auris 耳」

「nasus 鼻」

「os 口」

「やるじゃないですか! では、これは?」


  testiculum nervumque


「わからない」

「やっぱり、睾丸は、教わっていないのですね」

「ながいの、むり!」

「あなたたち、裸で何やってんの?」

 後ろにいたクーシーがあきれ顔でいた。

「卑猥な単語のラテン語講座やろうかなぁって」

 ローシーは書いた紙をクーシーに見せた。

「我が君はどの位、ラテン語読めるようになったのですか?」

「みじかいの、いけるよ」

「何であれ、我が君が学習意欲を持つことは嬉しい限りです。ヴィクトーリア様に負けずに賢王になりましょう!」

 マシロは背後からクーシーに抱きしめられた。彼女が泣いていることに気付いた。

「姉さんも我が君と子づくりしょうよ。未来のヴィクトーリア様の子供のため、兄弟はたくさんいたほうがいいでしょ」

 ローシーはクーシーの左隣でチュニックに手をかけた。

 マシロは自分の子が二人いるから別にいいと思ったが、クーシーとの相性も確かめたい気がしてきた。

「私は、そういうのは……。すでに我が君の子が二人いますので……」

「いいから、脱いで脱いで」

 ローシーははやしたてた。

「だから、だめ! 早く服着なさい」

 叱りつけるクーシーはマシロを強く抱きしめていた。双子のやりとりにマシロはおかしくなって笑い出した。

「姉さん、我が君がこうして笑えるようになったのが嬉しいよ。私たちはやっと王国をとり戻せたんだね」

 座り込んだローシーは大声で泣きだした。

「そうね。もう我が君を離したりしないわ」

 クーシーも背中ごしで泣いていた。マシロはローシーの頭を撫でた。自分よりはるかに年上なのに子供っぽい部分に魅かれていた。

 クーシーはマシロをいつまでも抱きついていた。いつも落ち着いた印象のクーシーがこんなに情熱的だとは!

「クーシーも、伽、してくれるの?」

 マシロは尾を振って尋ねたら、頭を本で叩かれた。

「なに浮気しょうとしてんの! クーシーが妊娠したら誰がエルトリアの政治みるのよ。この、バカ!」

 本を持ったヴィクトーリアが頭上で怒鳴っていた。

「ヴィクトーリア女王が降臨なされた!」

 泣きやんだローシーが立ち上がってからかった。

「私はヴィクトーリア様に領主たちとの付き合い方を教えます」

「いいから、離れて。マシロは罰として今日一日裸で過ごしなさい!」

「うらやましい罰ですなぁ。私も一緒に過ごしますか。姉さんも脱いで」

 ローシーはクーシーの黄緑チュニックに手をかけた。

「貴族と大事な話をする人を、脱がすバカな妹はなんなの!」

 ヴィクトーリアはローシーに組かかった。

「賢者様が力で守り人の私に勝負しようとするの。ふふ、面白い。ヴィクトーリア様も脱いじゃえ!」

 ローシーの力が勝って下着ごと脱がされた。

「マシロ、罰は取り消す……」

 床に座り込んだヴィクトーリアはローシーに左腕を掴まれた。

「三人でやろう! めくるめくる大人の世界へ」

 恍惚とした顔のローシーはヴィクトーリアに迫った。

「ウンディーネ!」

 ヴィクトーリアは水流をマシロとローシーに放った。マシロは床に転げて蛙のように足を広げた。

「もー、知らない!」

 服を着て本を抱えたヴィクトーリアは離れを出た。

 マシロはなぜ、水びたしになったのか判らなかった。

 怒ったヴィクトーリアをなだめるのは大変そうだ。

「二人とも丸出しで、恥ずかしい……」

 水の暴力を受けなかったクーシーは赤面して目をそらしていた。

「姉さん、あの術はやべぇ……。しばらく動けないわ」

「へ? 我が君は?」

「むり」

 背中が張り付いて、起き上がろうにも足が痺れだし、尾も動かせない。

「何なのよ、でたらめな娘ねぇ」

 クーシーは笑い続けた。マシロもつられて笑い、ローシーも笑い出した。

 ヴィクトーリアに圧倒されたのがなぜだが愉快で仕方ないのだ。窓からの陽だまりが心地よさを加速してマシロは眠りについた。

 夢でヴィクトーリアに殴られて目が覚め、マシロは起きられるようになった。

 ローシーも寝ていてクーシーまでテーブルに眠っていた。

 マシロは服を忘れて裸で来客館に向かった。今度はヴィクトーリアが本を開いたまま、テーブルで眠り込んでいた。

 起きたら何て声をかけようか。まだ怒っているのかな。

 マシロはヴィクトーリアに寄って頭を撫でながら思案した。

 マシロの胸が熱くなって顔がほてるのに気付いたころにヴィクトーリアは起きだして目があった。

                       妖精王編 完


やり方が判らなくてやっと後編をねじ込めた。

次の予定タイトルは、「真っ白な心の君 三日月と双頭のワシ」。

クソ長い歴史もの。1206年から1920年あたり。当然プロットが終わらない。

進行状況はTwiterのKazfelのプロフィール欄で。

プロットが完成次第、連載方式で書く予定。でもデスストがやりたい。ディヴィニティ2も。

キングダムカム:デリバランスをトロコンしたい……。エルデンリング出たらどうしょう。

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