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円卓の塔――その講堂に集まった生徒たちを前に、教授たちは何を話すというわけでもなく、ただひたすらに生徒達の方を注視し、何かを数えるようにしていた。
よりにもよって我が国の女王の誕生祭の最中に、通信連絡網の中でも、最上級の緊急度を誇る、『精神干渉』通信にて至急かき集められたわけなので、生徒側としても当然の如く、何らかの指令を緊急でくだされるものだと考える。
その上でのこの不審な対応であり、併せて教授側からの並々ならぬ緊張感が伝播してくるので、生徒達側からも不安の声が漏れ出し始めていた。
「一体なんなんでしょうね、これ。せんぱい、キョーカたちどうしてここに集められたんでしょうか?」
キョーカノコもそんななかの一人で、いつになく不穏な学園側の雰囲気に気圧され、おののいていた。
先ほどまでの御祭気分など、すっかりどこかに吹き飛んでいってしまっている。
「そうだな……、きっと、現場不在証明をたててくれようとしているんだよ」
俺たちの為に。証拠を残そうとしてくれている。
少なからず、今段階でここにいる者には、つい先刻――三時間前に、ここからおよそ一千キロ離れた先の上空で起きた事件には、関わることなど不可能であるということを。
「…………? なんの現場ですか?」
キョーカノコが不思議そうに訊ねる。
しかしその先のことまで言えるはずもないので黙っていると、
「アイツらの様子で分かるだろ? 何かがあったんだ」
人混みをかき分け、いつの間にやら近くにまでやって来ていたレイルが、相変わらずの察しの良さでキョーカノコに答えた。
「しかもたぶん、とびきり悪いなにかだ」
「とびきり悪いって……、たとえばいよいよ列強種が人間界に攻め込んできた――! とかです?」
「……わかんねーけど、でもその可能性は流石にないだろーな。アイツらが人間領域に攻め込む意味が存在しないからな」
「じゃあ、案外王様が殺されちゃったとか? ほら、そういえばまだ、フルグラ王って着いていませんし」
アハハと冗談めかして言う彼女。
しかしレイルは沈黙した。実際、王がまだこの女王国に到着していないという事実は、今のこの緊迫した非常事態と容易に結びつく。
――が、それでも王が殺されるということのありえなさにより、彼にその可能性をギリギリのところで否定させたようだった。
「いや、……ねーよ。人間領域の統一を成し遂げたうちに喧嘩を売る馬鹿なんて――そもそもそれで勝てる戦力なんて、どこを探したって人間領域にはありはしない」
そんな話をしている二人を前に、シグルは心中で冷や汗を垂らしていた。
そう――キョーカノコの推測は、どちらもほぼ核心を衝いていたからである。
生徒たちをひとしきり放置した挙句――やがて教授たちが出した指示は、
「解散」
であった。
この期に及んで解散とはどういうことだと周囲がざわつくなか、
『あたしの部屋に来て』
――と、精神干渉がとんでくる。相手はもちろん、レイゲントンだ。
シグルたちは顔を見合わせ、黙ってその声に従った。
レイゲントンの教授室の扉をノックし、「いーわよ」と許可が返ってきたので扉を開ける。
するとそこには、一糸まとわぬレイゲントンがソファにてくつろぎ、コーヒーをすすっている姿があった。
彼女は銀眼の瞳をウィンクさせて言う。
「よく来たわね、そこに座りなさい」
「……座りますので、先生は服を着てもらって良いですか」
唖然としながらシグルは提案する。
「なぜ?」
そしてそれに不思議そうに疑問符をあげるレイゲントン。
「……それはなにゆえ人は服を着るのかという意味の問いなのでしょうか?」
「いいえ違うわ。なぜあなたは童貞だというのに、あたしのこの美しくもアダルトな裸体を大人しく鑑賞しておこうとしないの? という問いよ」
「そうですね、童貞だからでしょうか」
「なるほど、説得力があるわね。百点満点よ」
嬉しくない。
先生の今の歳は二十代半ばほどであるが、ちょうど二十を超えたあたりから、なぜだか服を着続けなければならないことに不快感を憶えるようになったのだという。
そういう、ちょっとなに言ってんだか分かんないタイプの人だ。
胸元に垂れていた透き通る銀色のロングヘアをわざわざ後方にはね除けて、誇らしげに胸を張っている彼女。
無駄な脂肪など一切ついていないメリハリのきいたナイスなバディであるのに、どういう訳か胸だけは異様に大きい。彼女が身じろぎする度に揺れている。
二、三度チラ見して、シグルは気まずく視線を外した。
「ならばその満点のご褒美に、あたしの真ん前に座ることを許可してあげる。これからゆっくりと何度か脚を組み替えてあげるから、じっくりと堪能すると良いでしょう」
「遠慮しておきます」
「あら、遠慮しない方が良いわよ。人生の先輩として教えておいてあげる。こういう幸いなるご褒美を妙なプライドかなんかで無意味に不意にすると、間違いなく後悔するわよ。これからことあるごとに『あの時大人しくしておけばよかったー!』だなんて何年も悔やむことになるの。いやでしょ? なら言うとおり見ていきなさい。ほら、ほーらほらぁー」
「や、やめてえー、せんせー! みえちゃいますからぁあー!」
――というやり取りを、
シグルとレイゲントンは互いにのみ聞こえる精神干渉にて行っていた。
なので、他の二人たちは、脚を開け閉めする教師とそれを見まいとして照れまくる同期を、大変白い目で見つめていた。
「いい加減座ろう。先生はホントに服を着てください」
シグルは今度は声に出して、言った。そして先生からは一番離れた席に座った。
「しゃーないわねー、着れば良いんでしょ。さっきまで堅苦しい格好してたんだから、自室でくらいホントは好きにさせて欲しーんだけど」
そう言って彼女は自身の横に投げ捨ててあった白色の下着を上下身につけたところで、もう一度椅子に座り直した。
まあ欲を言えば、もう一枚くらいは上に着て欲しかった感はあるが、先ほどまでの裸と比べれば大きな進展と言えるし、実際かなりマシになった。
下着姿をあられもなくないと心より思わせられる彼女は本当にスゴい。ある意味で。
「いつものテレパシスト同士の心のやり取りか。どんなこと話してたんだよ?」
隣に座ったレイルが微笑みながら問う。
現在の帝国の文明において、通信と言えるものは物理的な――信号弾や書簡、音による単純なる無差別信号のようなものしか存在していない。
しかしその中で、シグルやレイゲントンのような精神干渉魔術を操る素養を持つ者に限っては、離れた相手と声のみで会話をすることが可能となる。
ただし、精神干渉はその使用に際し、特に先天的な素質が重要となる魔術であり、使えない者は一生使うことが出来ない上に、その素質を持つ者はごく稀である。
シグルはその珍しい精神干渉使いではあるが、実際問題として、戦闘において精神干渉は使い途が皆無であり、戦士としてはその才知ははっきりとハズレとされている。
レイゲントンはすべての才知に恵まれているので戦士としても問題ないが、シグルは精神干渉の才知しか持ってはおらず、他の魔術はおしなべて並である。
つまり、いつか誰かが言っていたように、彼の魔術師としての才覚は、大したものではない。
「どうせキョーカたちに聞かれないのをいいことに、エッチなことを二人で話してたんですよ。せんぱいは意外とムッツリですしねー。あーやだやだ、汚らわしいです」
最後に着席したキョーカノコが、プイとしながら自身の胸部を撫でていた。可哀想に、そこには少しの膨らみもありはしなかった。
三人が全員着座したことを確認して、レイゲントンはおもむろに話し出す。
「あなた達を呼びつけたのはね、話しておきたいことがあったからなの」
「もしかして、さっきの講堂の招集に関係のあることですか?」
キョーカノコに頷きを返し、レイゲントンはあっさりと事実を述べた。
「フルグラ王が死んだわ」
「えっ!?」
「殺されたの。彼を護送していた艦隊ごと、撃墜されていた」
横の二人の表情が驚愕に変わる。当然だ。シグルもそれに倣った。
レイゲントンは事実を滔々と言い連ねていく。
女王国は王艦隊の出迎えの船を、女王国から八百メートル先の航路に事前に待機させていた。しかし時間になってもやってこない為、出迎え船団は王国艦隊を探しに航路を遡り、そしてそれを見つけた。
墜ちた艦隊の中から王の死体を確認し、その事実を知らせるべく連絡艇を女王国に飛ばし、我々はその事実を知ることになった。
キョーカノコは驚愕し、問いを放つ。
「謀叛ですか? いったいどこが、どうやって?」
「分からないわ。でも……どうなのかしらね、実際問題として、あの艦隊を撃墜出来る力を持っている国は、この世に七つしか存在していないから」
「つまり、他の七王国のうちどれかが反旗を翻したと? もしくは謀殺でしょうか?」
「わからない。それに、あるいは内部工作により艦は墜とされたのかもしれない。そうなれば七王国でなくても可能ね」
レイルが納得したように頷く。
「だから、先ほどの招集でオレたちの現場不在を証明しておいたわけですか」
「正解」
王艦隊を撃墜させたのが工作員によるものだと断定された場合、もしかすると塔の魔術師に疑惑の矛先が向けられるかもしれない。
「でも少なくとも、先ほど集められた生徒たちのアリバイは立証出来た。今ここにいる者に千キロ先の艦隊を撃滅していることは限りなく不可能に近い」
つまりシグルたちはもし万が一の事態となっても、胸を張っていられるというわけだ。
「不幸中の幸いね」
レイゲントンは母性を感じさせる眼で、ほっと三人を見つめた。
しかし――まあ、言うまでもなく、これはシグルの計算によるものである。彼は出迎え船の存在を事前に知っていた為、それを自身のアリバイ工作に利用した。
シグルには龍屍という超絶無比な力があるが、その一方で彼自身はひ弱な人間に過ぎない。だから、このような隠蔽工作は必須事項となる。
「|他の子たち《レイゲントンゼミの他の生徒》たちは任務で外に出払っちゃってるけど、まあなんとかなるでしょ。安心して、あんた達に阿呆な疑いがかかることは絶対にないわ」
普段はズボラなことこの上ないが、それでも、自身の教え子の為になら全力を尽くしてくれる――それが、レイゲントンという人だった。
ありがたい――と同時に、後ろめたい。
けれど、家族の為に、後者の気持ちはソッと押し殺す。
甘さは、いつか身を滅ぼすことになる。鬼にならなければ。
しかし次の瞬間――
「ああ、でもね、そういえば忘れていたんだけど――」
レイゲントンの台詞で、シグルは自身のかつての甘さを思い出すことになる。
「生存者がいたの」
乗組員は皆殺しにしていた。
そう――
たった一名を除いては。
「神殿魔術師の子がひとり、幸運なことにまだ生きていたらしいわ」
ちかごろまるで読み返していなくてちょっとまずい感ある