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今話はシグル(ゾンビ)の視点となります。
ゾンビの目の前で、カエサルゼミの男を庇った白いマントを羽織った女子が、おののくあまり床に崩れ落ちる。
全身からあらゆる体液を垂れ流し、戦意喪失してしまっている。
その彼女を、カエサル教諭が魔術を放ち、吹き飛ばした。
「あの子はもうダメだ。見逃してやってくれ」
カエサルはそう言った。
ゾンビは背中越しに、背後へと吹き飛ばされた少女を眺めやり、同意する。
まあ、少なくともこちらからこれ以上手を出すことはしない。
どうせ、最後には艦隊すべてを沈める予定だから、努めて直接全員の命を奪うようなことはする必要もない。
そう考えてゾンビは前の男三人に意識を向けた。
見覚えのある――塔の生徒二人、
それに――彼ら二人の所属するゼミの教諭、エルデア・カエサル。
(……まさか教諭まで出張ってきているとはな)
ゾンビは、一歩、左足を後ろに下げ、やや腰を落として戦闘態勢をとると、右手の剣を前に構える。
カエサルが来ているというのは、正直言って誤算だった。
よほどのことがない限り、塔の執行メンバーたる教諭が自ら一任務に出向くなんてことはまずあり得ないことだ。
まあそのよほどのことのラインは、教諭本人の裁量に任せられるので、何とも言えないところではあるのだが。
(少なくともうちの先生なら王の護衛だろうがなんだろうが絶対に来るはずないんだけど……)
最底辺の良識の持ち主を基準にして考えるのは大きな間違いだったようだ。
ゾンビはカエサルを注視したまま、相手に感づかれぬよう、意識のみで他の二人を見る。
一人は相変わらず魔力を宿した拳を構えていて、もう一人はそれの脚バージョンだった。
(この二人に関しては、まるで問題は――)
そう、鼻を鳴らしかけた時だった。
(――――ッ!?)
カエサルが右足を踏み切り、あっという間に、こちらの懐の中に距離を詰めていた。
(さすがだ――っ!)
意識を先生から逸らしていることを、こちらは最大限隠蔽しているつもりであったが、彼はそれをきっちりと察知し、その意識の隙間を縫って、最高級の踏み込みを行った。
目にも留まらぬ速さだ。
それが意識の死角を突いて行ってくるのだから、まず反応出来るはずがない。
――人間ならば。
(生身の俺だったなら、今の踏み込みで終わっていたな)
しかし龍屍にリンクしているシグルには、準龍クラスでの意識レベルでの戦闘が可能だ。
こちらの懐の中で、最小限の身の熟しで最大限の打撃を繰り出そうとしているカエサルよりも、更に数段上の速度で彼の背後に回り込むと、右手の剣で大雑把に袈裟斬りにする。
「――――ぐっぁ!」
斬られた彼は何が起きたのかまるで理解出来ていないようだった。
それでも、剣戟によるダメージを最小限に抑えられるように、身を躱し、尚且つカウンターをくりださんとしてくる。
右脚で恐ろしく強大な魔力を発し、その陰で左手の手刀に静かだがひどく鋭利な魔力をまとっていた。
恐ろしいほどに周到で、精錬された、人類として極上の、カエサルの立ち回り――
それらを、あっさりと、且つ克明に看破出来る。
これが、ゾンビの、伝説級の、情報処理眼であるのか。
シグルは今回の任務に当たって、念のため、事前の一日を使い、カエサルゼミについて調べていた。
それによって分かったことは、残念ながら彼は優れた教育者ではなかったということだ。
しかし、その一方で、彼自身は天才的な格闘家であった。
天才であるが故に、指導者としては大成出来なかった典型的なタイプ。
彼の生徒で大成したのは、同じく天才であると言われていた神殿魔術師の女生徒ただ一人だけ。
故に、今回の任務は、教諭さえ出張ってこなければ、他は何ら障害にはなり得ないと――そういう結論だった。
だったのに――
結果は、この有り様だ。
その警戒対象であった正真正銘の天才でさえ、この程度。
「ぐぅはぁあッ!」
ゾンビは淡々と、さながら止まっているようにすら見える眼前の格闘家の、左足を剣で切り落としていた。
彼は悶絶し、腿から血を噴き出させ、しかしそれでも――本来囮であった右手の魔力を攻撃的なものに瞬時に変えて、次の瞬間には突きだしてきている。
恐ろしいほどの鋭さと速さをともなった突き――なのだろう、きっと。しかしそれすらも、ゾンビは容易く、今度は肩からその腕を切り落とした。
「――――ッッ!?」
手足を切り落とされたことで、バランスを崩し、地面に転げ落ちたカエサルは、悶絶し、困惑し、地面の上でエビのようにバタバタと跳ねながらこちらに目を大きく見開いた。
「お、ま――えは、なにものなんだ――……」
息も絶え絶えにそう問うてくる。
【……残念です】
ゾンビはそのまま、心の臓に切っ先を向け、止めを刺した。
「あ……あが、おま、おまあえ、なん……」
「あ、ああぁぁぁあ! い、いやだあああああああ!」
そんな声で振り向くと、死に絶えた教諭の教え子二人が、恐怖におののきながら震えている。
「た……たたたす、ごめ、ごごめ、お、おれも、俺も、み、みみみのがしみのがし、」
いいながら、少しずつ後ずさっていっている。
彼らの言う、俺も――というのは、最初に身体を張って彼らのことを護っていた、あの女性の魔術師のことを受けてのことなのだろうか。
彼女のように、自分たちも見逃してくれと――
心底、ウンザリとさせられた。
仲間の為に何もしようとしない彼らに。その上で見逃して貰うことしか考えていない彼らに。
ゾンビは彼らに目を細め、それから剣を翼に戻した。
それを受けて、二人は当惑しながらも、僅かに表情を輝かせる。
「あ、ありが――!」
次の瞬間、ゾンビは名前も知らぬその二人の片割れに、思い切り右拳を顔面にめり込ませていた。衝撃により、彼の頭蓋がきしみ、眼球が眼窩から飛び出す。
「ひ、ひいぃ!」
悲鳴を上げたもう一人に、次は裏拳をくらわす。
顔面が半分吹き飛ぶ。
「ふ――ふだ――」
何かを言いかけていたが、それを無視して、交互に、今度は胴体を中心に、拳で殴り潰していく。
数秒それを繰り返し、気付いた時には、跡形もなくなっていた。ただ赤い液体と、粘着質の細胞があたり一面に飛び散っていた。
これを自分がやったのだと思うと、ひどく最悪な気分になった。
前世の死に際の、あの胸くそ悪い貴族たちを思い出してしまって、この有り様だ。
我を忘れてしまった。
感情にまかせて行う殺人というのは、本当に、自分自身がクソだと知らしめてくれるので、心底おすすめ出来ない。やるなら事務的に、職業的に、機械的に行うべきだ。
(こんな殺人は二度とやりたくない……)
そう思って歩き出す。
そしてすぐに思い直す。
まあ無理であると。
……すぐに繰り返すことになる。
(だって、この先には……いるのだから)
あいつが。
――ラヴィナス・アルタマイサ・アスガルド=フルグラ王。
【あはは……、待ってろよ、今行く】
そう、今さら真っ当なふりをするのはやめよう。
この戦争を始める段階で、とっくにそんなものは捨て去るべきだ。
周囲から、兵士らしき者たちの、駆けつける足音――それに、他艦からの増援が着艦する音が聞こえてくる。
魔術師が全滅したことを察し、物量戦に打って出るつもりなのか。
ゾンビはもう一度翼から剣を取り出す。
王の前に、やはり周りの有象無象を一掃しておくことにする。
(とことんまで、落ちてやる)
だから、おまえたち――
【とことんやろうじゃないか】
本日分は以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
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