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あの人影はなんなく船に取り付いた。
そして、事も有ろうに、わざわざ船員の乗り込み口から、艦内への侵入を果たしたようだった。
「なんでわざわざ扉を開けて入ってくるんだ? 襲撃者らしく、船体に穴でも開けて入ってくれば良いのに」
侵入箇所に駆ける最中、例の二人組の塔の魔術師のうちひとりがそう疑問を口にした。
それに明確な答えを返せる者はいない。
が、およその見当を付けることは出来る。
この襲撃者は、船体に傷を付けたくなかったのだ。
つまり、船を間違っても墜落させたくないと考えている。
船の飛行を維持することにより、この襲撃者にどんなメリットがもたらされるというのか?
そう、おそらくは――
孤立だ。
飛んでいる以上、我々に逃げ場はない。船の中から逃げ出すことはできない。
「つまりこの襲撃者は、ひとりで、この空の上で、この艦内すべての者を相手取ることが何より確実な勝利方法であると確信している」
カエサルが結論だけ述べた。
その意味を理解出来たのは、他の三人の魔術師のうち、アブリルだけであったようだが。塔のふたりは不思議そうな顔をしていた。
「舐められたものですね……」
それとも、知らないのだろうか……? 予測出来ていないのだろうか?
この船に、世界の守護者たる|完成された魔術師が、少なからず、二人も乗っている《、、、、、、、、、 、、、、、 、、、、、、、、》ことを。
アブリルたちは襲撃者の侵入予測ポイントに辿り着いた。
「――――っ!」
その襲撃者は入ってきた扉の前で、ただぼうっと突っ立っていた。そして、辿り着いたアブリルたちに、ゆっくりと顔を向ける。
その様を見て、アブリルは確信する。
(こいつ、ちゃんと知っている――!)
自分たち、魔術師たちが船に乗っていると、知っていて、その上で、待っていた。待ち構えていた。撃退せんと、余裕で突っ立っていたのだ。
つまり、自分たち魔術師を、複数人相手取ったところで、問題はないとこいつは考えている。
「おまえはなんだ! 名を名乗れ!」
当然の如く、返事はかえってこない。
黒い衣とフードを頭からすっぽりとかぶり、身体を取り囲むように四枚のさながらシールドの如き形状の翼を生やし、手には青白く光る剣を持っている。
こちらを向いた顔には、仮面が取り付けられている。
顔面の中央から、角の生えた面。眼の位置には穴が空いており、そこからこちらを見つめる瞳は、およそ人間のそれには間違いがない。
「こいつ! なんとか言えよ!」
塔の魔術師のうちのひとり――名前が分からないが――その者が、黒衣の侵入者に殴りかかる。否、拳に光が点っているので、一応は魔術攻撃なのか。
しかし――
あまりにも、稚拙。
この子――死んでしまう。
「下がって!」
アブリルも飛び出していき、その男の腕を掴み、後方へと投げ飛ばす。
「――――っ!?」
と、次の瞬間には、目の前に、黒衣の侵入者が迫っていた。
(はやすぎる――――!)
あまりにも規格外だ。人間離れしすぎている。やはり、このものは人間ではないのか? なにか別の――そう、たとえば、上位種のどれかなのだろうか?
いや、しかしそんなはずはない。
偽枢機卿と呼ばれる彼らが、ここにまでやってくることは絶対にない。ましてや、人間を襲うなど、あり得ない。
彼らは、自身の領域を侵犯するもの以外には、自ら襲いかかることはない。
だからこそ、人間は、自身たちの決められたテリトリーを、自分たち同士で、醜くも取り合ってきたのだ。
黒衣の襲撃者は、眼前で、目にも留まらぬ身の熟しで、黒衣をはためかせ、こちらに真っ直ぐ手に持つ剣を突き刺してくる。
(でも、大丈夫――)
そう、平気なのだ。
アブリルには、とっておきの伝説武装がある。
白鴎のゲイルシュカント――彼女が今まとっているマントがそれだ。
かつて、彼女が参加した、王国大隊による大がかりなA級ダンジョン攻略作戦の際、彼女がそのダンジョン内で見つけ出し、国より使用の認を得たもので、評価はなんとA-クラスだ。
その効果は、『超自動絶対完全防御』。如何なる攻撃にも光の速さで反応し、自動で完全防御障壁をその都度展開して所持者を護ってくれる。
しかし残念ながら、防いだ攻撃の一発の与ダメージ値が、一定以上であった場合、それからしばらくの間は効果が発生しなくなる。
が、しかし過去一度も、アブリルはその規定ダメージ量を超える攻撃に出会ったことは一度もない。
つまり、彼女は、このA級武装を所持してから、傷を負ったことが一度もない。
故にアブリルはこの武装に絶対の信頼を置いていた。今回もまた、この武装が安全に敵の攻撃を防いでくれる――そう確信していた。
黒衣の放つ剣の切っ先が、彼女の顔面に向かって迫ってくる。
(大丈夫)
事実、その剣の前に、完全防御が発生し、剣の行く手が、それにより阻まれ――
(え――――?)
考えるよりもはやく、アブリルは自身の顔を左に向かって突き動かした。
反射的回避。
行動を取り終えた後で、自身のその行動の理由を理解する。
そう、絶対防御であったはずの障壁はあえなく敵の剣によって崩壊し、貫かれてしまっていた。横を向けば、彼女の顔が元あった位置を、剣が貫いている。
(あと一歩遅ければ、間違いなく死んでいた)
武装を手に入れて以来、久しく忘れていたおぞましい恐怖が、彼女の背筋を撫でる。
(いや……そもそも――)
こいつはいったい何者なのか? 白鴎のゲイルシュカントはA-クラスの伝説武装なのだ。どうしてその守りをこうも容易く貫けるというのか?
A――否、Sクラスに準じる何かを持っていなくては不可能だ。そして彼女の知る限り、今の人間界にSクラスの武装を持つ者は存在していない。
やはり、人間ではないのか……?
列強種――そうだ、そうに違いない――だとすれば――
【へえ……】
自身の突きを寸前で避けられたことを見て、黒衣の彼は感慨深く呟いた。
【やるもんだ。今の突きを、よく避けることが出来たね】
帝国言語――!
アブリルは戦慄する。
ということは、彼は――目の前のこの人智を越えた力の主は――
人間だ。
アブリルたちと同じ、ただの人間。
偽枢機卿は帝国言語を話せない。人間だ。間違いない。
(……でも、)
そんな、ばかな――
まさかこんな、人間がいるなんて――!
アブリルは天才だ。少なくとも、これまでの人生でそう評され続けてきていた。
それだけに、たとえ世界中の天賦の持ち主が集められている神殿であろうと、圧倒的力の差を感じるなんてことはあり得なかった。
現時点で負けていたとしても、努力すれば、どうにかすれば追いつけるし、追い越せる程度の者しかいなかった。
それが彼女にとってのこの世界の在り方だ。
なのに――
目の前の、この馬鹿げた人間には――
どうしたって、勝てない。勝ちようがない。人知の及ぶところではない。
それがはっきりと、わかった。わかってしまった。
「が……はぁ……」
口から変な息と声が漏れ出た。
膝を地面につく。
頬を、なにかが通り過ぎた。
身体が、小刻みに震えていた。
腿を、なにか熱いものがつたって落ちていくのがわかった。
「……ぁあ」
そう――
アブリルは、立ちはだかるあまりにも強大な存在を目の前にして、
完全に、屈服させられてしまっていた。
本日、あと一話掲載予定です




