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「ユークレア……」
フェアレディは遠く離れたその地で響き渡ってきたアルバの宣言を聞き、表情を消した。
「まったく、次から次へと」
少し前に似たような経験をしたばかりだった。
その時の彼女であれば、やはりあれこれと気を揉んでは走り回ったりもしたかもしれないが、今の彼女は少し違っていた。
既に、ひとつの絶望を経験しているから。
そして――なによりもまず、今の彼女には希望があるから。
「いよいよ、急がねばならないな……」
彼女の前に広がる広大なる敷地では、巨大な工場施設が建造されようとしている。
かの新生覇王国――その攻略の要となるものを、この場所で誕生させる手はずなのだ。
「アレが完成さえすれば、どんな敵だって恐るるには足らぬさ」
自信に満ちあふれて、彼女はひとり頷いた。
少し前までの、あまりの敵の強大さに打ちひしがれていた彼女とは違う。
希望は、人を強くする。
「ふふ……」
彼女は自嘲する。
我ながら単純なことだが、自信が甦ってきたのは良いことだと思う。
「それもこれも、貴公のお陰だな……。感謝するぞ、ザラス卿。そなたが革新的な技術を提供してくれたお陰で、こうして私は今も笑っていることが――」
横に立っているはずのザラスに笑いかけようとして、やがて彼女は言葉を止めた。
それだけでなく、この上なく、驚き果てもした。
「貴公……なぜ、泣いているのだ?」
ザラスが、遠くの地を――かのユークレアと名乗る声の飛んできた方角を見つめながら、ボロボロと涙を流していた。
常に冷静沈着であり、決して私情を介することのなかったかのセブンスの、そのあられもない姿――
宝石みたいな碧色の魔眼から、やはり宝石のような雫がこぼれ落ちているその様は、美しくもあり、またどこか人外じみていて不気味でもあった。
「貴公――」
再度呼びかけると、彼女はハッとして、がらにもなく取り乱す。
「し、失礼を……。めに、眼に……ゴミが、はいった……のです……」
そう言いながら、もう一度、涙を流した。
今度は、理由はサッパリ分からないが、フェアレディは何も言わず、ただその背中にそっと手を当てて、優しく包んであげることにした。
塔に帰還したシグルたちは、今回の外部依頼任務が失敗に終わったことをレイゲントンに報告した。
「そう」
先生の報告に対する最初の反応はそれだった。
「まあ、あの国でのことは、こっちにも聞こえてきていたからねー、知ってるわ。大変だったわね」
そう付け加えて、肩をすくめる。
「で、ユークレアって、本物だったわけ?」
「キョーカたちは現場にいなかったので……、でもどうやら本物で間違いないようです」
「ふうん、あ、そ」
どうやら訊いてみただけで、実際のところはそんなに興味はないらしい。
彼女はすぐに話題の軌道を修正する。
「まああんた達は任務に失敗したと言うけれど、肝心の依頼主が――王が死んでしまったわけだし、単純に失敗とも言えないわよ。どちらかと言えば、その死んでしまったことが問題なだけで」
そんなよく分からない、慰めているのか微妙な内容で、彼女はこの話を終わらせた。
「お疲れ。疲れたでしょ? 部屋に帰ってゆっくりしなさいな」
そうして、部屋に帰される。
回れ右をして、部屋の扉に進みながら、シグルは一気に自身の中にどっと疲れがのし掛かってくるのを感じた。
色々あった。
色々あったけれど、でも、二人目の王は倒せた。
あとは、皇帝を含めて六人。
扉に手を掛ける。
それを開き、退出する――その時、
「元気を出しなさい――……シーグ」
「――――!?」
シグルは振り返る。
「…………? どうしたの、シグル? そんな顔をして」
訊ねてくる教師の声は、普段のものと変わらぬ、レイゲントンのものだった。
「いえ……、なんでもありません」
聞き間違いだったのか。
どうやら、疲れているようだ。
「青ざめているわよ、あんた。さっさと帰って寝な」
「はい、……そうします」
シグルは部屋を出る。
そうして閉められた扉を前に、レイゲントンはひとり、表情を消した。
「お姉ちゃんの声を聞いて、あんな顔をするなんて……ひどいやつ」
というわけで二部完です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
心よりの感謝を。




