26
ゾンビが宮殿に着くと、そこには謎の巨大な円柱状の結界があった。
その結界が、宮殿をまるまる包み込んでしまっている。
結界は色濃く、中を覗き見ることはできない。
その周りで、兵士や街の人たちは不安げにざわめいてた。
(なんだこれは……)
それらを見下ろし、ゾンビは息を呑む。
結界には一目瞭然でずば抜けた魔力が込められていることが分かった。
(兄さんのものではない)
そもそも今や完全に脳みそが筋肉のグランに、結界なんていうものを張る頭は無い。
ならばこのレベルの結界を張れる力を持つ者が、他に現われたということになる。
その者が、この中に兄もろとも閉じこもっているのだ。
そして当然――そうするということは、兄を問題としていないということでもある。
(まずい……)
想定よりも、悪い事態なのかもしれない。
「…………《第三百五十五異界魔術》」
ゾンビは翼を広げ、積んできていた魔術の一つを発動させる。
ゾンビに積んできている異界魔術は、彼の母のコピー魔術によりその都度分けてもらっているもので、列強種・悪魔の魔術である。
(つまりこれで突破できなければ……)
嫌な予感を追いやり、彼はそれを発動する。
「《炎獄魔弾》――!》
突き出した右手より暗黒色の炎が収束し、ほとばしる弾丸となって結界へと射出される。
それは結界面に直撃すると、爆裂し、煙をたちのぼらせる。
「…………まじかよ」
煙幕がやがて消え、その結界の被弾面が顕わになる。
結界には亀裂が入っていた。
しかし、かろうじてだ。わずかな、ヒビと言ってもいい、その程度の傷。
(母さんの上位魔術でその程度のダメージって――)
嫌な予感がますます現実味を帯びていくのを感じた。
ゾンビはすぐさま結界の着弾点に飛び移り、閉じていくひび割れに腕を割り込ませ、無理矢理それを引き裂いた。
なんとか自身が通れるサイズに広げ、中に滑り込む。
「――――!」
――と、眼下には結界の中の景色が広がる。
そしてそれは、凄惨たるものだった。
「兄さん――!」
グランが、地に伏している。
そしてその兄の身体の上で、その兄の身体を、誰かがむさぼるように食している。
「おまえ――いったいなにをして――!」
急ぎ降り立ち、その者を薙ぎ払おうとする――が、顔を起こしたその者の正体にシグルは驚愕を禁じ得ない。
「ら、ライラストリアス――」
兄の硬い骨身を削る様に剥ぎ取り、それを口に入れ、ボリボリとかみ砕いていたのは、かのライラストリアスだった。
たしか兄によればセブンスとの戦闘で相打ちになっていたと――そう報告を受けていたはずだったが。
「どけっ!」
ゾンビは高速接近し彼女の身体を思い切り吹き飛ばす。
飛んでいく彼女の着地点の近くには、もう一人、異形の者がいた。
そして一目で分かる。
こいつが――兄を倒したのだ。
全身を千本針で貫かれた鐘楼を背負う女。
「兄さん――!」
倒れている兄に呼びかける。
が、返事はない。
魔物に存在する生命線である魔性の気配がなくなっていた。
完全に、事切れている。
「う、……うぅ……」
涙が出た。
そんな気がした。
ゾンビには流れないが、生身の方ででているのかもしれなかった。
「大丈夫よ、シーグ」
女がそう声をかけてきた。
ゾンビは顔を上げる。
――シーグ。
「そう俺を呼ぶのは……」
これまでの人生でただ一人だけだった。
「アルバ……姉さん……?」
「久しぶり」
異形の姿のその女は、アルバ――その人だった。
「なぜ……? これは姉さんがやったの?」
兄を指し、問う。
彼女は静かに頷いた。
「そうよ、あたしがやった」
「なぜ!?」
「大丈夫よ、すぐに生き返らせる」
彼女はそう言って微笑む。
それはとても――とても人間性に欠けた、薄気味の悪い笑みだった。
「生き返らせ……って……」
死者を冥府より完全帰還させるなんて、かの象龍ですら不可能な芸当だ。
しかし彼女は淡々と言う。
「死んだくらいでギャーギャー言わないで。大したことではないのよ。生き物は死ぬけど、でも生き返らせればいいのだから。むしろ、その後を考えれば死んだ方が良いまであるの」
「な、何を言っているんだ……?」
「ちょっとやそっと、誰かが死んだくらいで大袈裟に振る舞うのは目障りだからやめなさいと言っているのよ」
その人間離れした感性による口ぶり――。
今や彼女もまた変わってしまっているのかもれしれなかった。
人間ではない自身の今の性質に、本来のそれが収束してしまっている。
「それにしてもシーグ、よくあの結界を破ったわね。すごいわ」
アルバはそう言うと、横のライラストリアスに合図する。
それを受けて、ライラストリアスは何ごとかを唱えた。
次の瞬間、周りを囲っていた結界が割れる。
(――――!?)
あの結界は――アルバによるものではなかった。
(ライラストリアスにどうしてあんなものが張れるというんだ――!)
結界がなくなったことで、外にいた民衆たちがこちらの様子を視認する。
死んでいるグランを見つけた一部の者が、表情を輝かせていた。
「皆の者――聞くがいい」
アルバが話し出す。
それに伴い、グランの身体が彼女の力で宙に浮かされ、大衆の下にさらされる。
「おお! 王の仇が――ッ! いったい!? おおおお! おお! あなたは一体――!」
歓声が上がった。
「あたしは――」
そしてアルバはその名を告げる。
「亡龍ユークレア」
「――――――ッ!?」
「――――!」
「――――――っ!」
その言葉に、大衆は戸惑う。
なぜならば亡龍は、龍である以前に、彼らユークレア教信者にとっては神であるからだ。
法悦王国ニーヴェ。
国教を定めしこの国の民にとっての最高神は、まさしくもってユークレアそのものなのだ。
なんか周りが騒がしいなって思ったら耳鳴りだった。
お読みいただいてありがとうございました。
よければ評価、ブックマーク、感想等していただければ嬉しいです。