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グランは宮殿の壁を突き破り、外へと飛び出す。
その手には法悦王国ニーヴェの王であるルングウェインの姿があった。
宮殿の外に駆けつけてきていた兵団や一部の民衆たちを前に、グランはその鷲掴みにしている王をこれ見よがしに掲げ、そして次の瞬間にはその四肢を切断した。
「がぁあっ!」
「あぁあっ――殿下の手脚が――っ!?」
民衆たちより悲鳴が上がり、そして王自身からも苦悶の叫びが上がった。
グランは戦うことも逃げることもできなくなった胸像のごとき王を、地面に置く。
そして宮殿の方に振り向く。
豪華絢爛であった宮殿は今や見る影もなく、あらゆる部分が瓦解し、崩れ落ち、今も至る場所から爆炎があがり、煙が立ち上っている。
彼の召喚したヘラクレススケルトンが殿中の掃除を今も行っている最中なのだ。
「ルングウェイン殿下――っ!」
勇敢なる兵士のうちのいずれかが、床に捨て置かれ今や虫の息である王を救わんと駆け寄っていく。
――が、
「うわぁああっ!」
次の瞬間には大きく明後日の方に吹き飛び壁に衝突する。
その衝突で、その兵士はただの肉片へと変わる。
「な、なんだ――今のは!? なぜ飛ばされた?」
周りで見ていた別の兵士が喚く――
「……魔術か?」
「な、なんて強力な魔術なんだ……!」
兵士たちはそう結論づけ愕然とする。
「……ふっ」
そんな彼らにグランは思わず吹き出してしまう。
「な、なにがおかしい……?」
「いや、なに……なんてちんけな野郎どもなのだろうと、そう思ってな」
「なに――なにを――少しくらい強力な魔術が使えるからと――」
「今のは魔術ではない。そして付け加えるなら殺すつもりもなかった。今後悔していたところだ。もっと――もっと弱く弾くべきだったと」
「は、はじく……?」
「そう、弾いたんだ。指を」
グランは人差し指を見えるようにゆっくりと動かしてみせる。
すると――
「う。うわあ――!」
それに伴う突風により、兵士たちを大きくよろめかせた。
「で、デコピンじゃないか……今のはデコピンだったんだ。……あ、あいつはデコピンで殺されたのか……しかも空振りのデコピンで……そんな……」
別の兵士がそう唖然として呟く。
「デコピンで死ぬなんて……そんな死に方……! そんなの死んでも死にきれないじゃないか……家族になんて伝えれば……!」
誰かがそれを聞いて思わず笑った。
しかしすぐに失笑となり、やがて皆はそれが笑い事ではないことに気がついた。
「あ、圧倒的――! 勝てるはずがない――神殿魔術師様たちですら――あっさりと殺されてしまったんだ――」
失意を顕わにする一同――しかしそんな彼らに、両手脚を失って尚も気丈な声で、ルングウェインは言い放った。
「安心しろ――おまえたち」
「る、ルングウェイン殿下――!」
「セブンスがいる。まだ、この国にはあの影劫のヘックスが――俺が呼んでおいた。今に奴が駆けつけ、ふふ、ふふああ、おまえは見るも無様に殺されることになるだろう――っ!」
その言葉の最後はグランに向けてのことだった。
それにより他の民衆も希望を取り戻す――
が、
「アイツは死んだよ」
グランは一言、そうとだけ言った。
「な――あのセブンスだぞ! 我が帝国最強の七人のうちのひとりだぞ――死ぬわけが、アイツらが死ぬわけがないだろう――! いいかげんなことを言うな――」
信じようとしない王を静かに見下ろし、グランはつまらなそうに言う。
「それにその男には会ったが、あれでは俺を殺せない。まあデコピンで更に手心を加える必要までは、しなくても済むだろうが」
王が表情をなくす。
そして調度その頃、王宮からヘラクレススケルトンたちが一列で外に出てくる。
その手にはそれぞれ一人の人間が掴まれている。
「お、おまえたち……!」
スケルトンたちが連れてきたそれらは、すべて王のすぐ傍で常に控えていた宮殿騎士たちであった。
つまりはこの王国において、最高の実力を持つ騎士十三名である。
グランはそれらを掴み挙げているスケルトンたちに、放すように指示する。
「な、なんのつもりだ……」
自由になった騎士たちは、足下に投げられた剣を手にし、グランに憎々しげに問う。
「なあに、王側近の騎士たちに限っては、皆の前で見せしめに殺すことになっていたものでな」
「……言っていることは分からないが、ぼくたちを自由にしたこと、後悔するがいい。そして貴様等のような化け物が正々堂々とした決闘をしてもらえるとは思わないことだ」
彼らは隊列を組み、いっせいに剣を構える。
どうやら同時攻撃をしかけてくるつもりのようだ。
「多勢に無勢。ああ、それでいい。それならもしかすると少しは楽しめるのかもしれねえな。せいぜい頑張ってくれ」
グランは骸骨なりに笑顔を浮かべ言う。
「退屈してんだ」
「ふざけるなああああッッ!」
怒りに狂う十三名の騎士たち。
一斉に飛びかかり剣を振り下ろす――
その全ての剣はグランの身体のありとあらゆる場所に直撃し、
「とった!」
彼らに勝利を確信させたが――
しかし、
ガキンッ!
それはただグランが避けなかっただけのこと。
鋼鉄の肉体を持つグランにとって、この世の全ての攻撃は回避に値しない。
というよりも――回避しないことが、――不動こそが、彼にとっての最大の攻撃となる。
事実、今目の前では、接触距離において剣を振り下ろしたばかりの十三名が大きな隙を晒している。
不可避による最速カウンター――それこそが彼の必勝パターンである。
彼らを睨む。
目が合う。
やがて理解したのかその騎士の目に死の恐怖が浮かんだ。
「い、いや――!」
叫ぼうとするそれらを、耳障りだとばかりに次の瞬間には粉砕する。
身じろぎで。
身じろぎによる衝撃波で。
十三名その全てを粉微塵に吹き飛ばした。
「お、おまえはいったいなんなんだ……」
言葉を失う王に、グランはただ静かに告げる。
「アルタマイサの血族を根絶やしにする者だ」
そして次の瞬間、彼はその王を縦に一刀両断した。
王が二つに別れ、左右にバラバラに倒れる。
悲鳴が上がる。
皆が床に崩れ落ちる。
(ついに……、ついにやった……)
アルタマイサの皇族のひとりを、この手で殺してみせた。
グランは沸き上がる喜びにうち震えた。
そして同時に、とある変化が自身の中に生じ始めるのを感じた。
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