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アルバは一話に名前だけ出ていた、シグルが唯一見つけることができていなかったグリフォンブラッドの長女です
黄昏の陽が空を焼きはじめた時分、アルバはダンジョンの入り口に降り立った。
「やれやれ……」
彼女はそう嘆息すると、崩れ落ちた瓦礫の合間を縫い、中へと進入する。
入ってすぐに、何やら汚らしい文字でご自由にどうぞという旨が記された棚を見つける。
そこにはいくつかのダンジョンアイテムと伝説武装が置きっぱなしにされていた。
「………………相変わらずヌケているのね」
そう呟くと、三つの三角形が重なった形のアイテムを取り出し起動させる。
すると眼前に魔方陣が出現し、異空への穴を開いた。
彼女はその中にまとめて放置されているアイテムたちを放り込み、手をはたくと、更に奥深くへと進んでいく。
ダンジョンの最奥に辿り着くと、そこにはさながら爆心地のような光景が広がっている。
中心に倒れる少女を除き、その空間にある全てのものが消滅していた。
「――ああ、いえ、でもかろうじて、残っているわね」
クレーターの端――そのラインのギリギリ外側に、端整な顔立ちの青年の頭部が転がっていた。
どうやら攻撃から逃げようとしたらしいが、頭の分しか間に合わなかったらしい。
首から下の部分は、クレーターの内側で綺麗に滅されてしまっている。
「セブンス――帝の慈悲か。塔の魔術師が未知の伝説武装だけを頼りに戦うには、なかなか厳しい相手ね」
アルバはその頭部を掴むと、中央に横たわる少女のもとへと向かう。
真っ赤な血の花を咲かせ、仰向けに倒れているその女――ライラストリアスは、完全に事切れている。
その死体の横には、破裂したザクロのような貧相な槌が転がっている。
「レミエンケスの心臓……か。偶然手に取ったのが、よりのもよってこれとはね」
Sクラスであったのは幸運だが、それにしたってもう少し使い勝手の良いものでもよかっただろう。
大量の血を喰らい爆発する吸血アイテム。
これを使いセブンス相手に勝つというのは、其相応の覚悟がなければ不可能であるだろう。
「見事ね、ライラストリアス」
アルバはその死体の頬を撫でる。
そしてその手に光を宿した。
「だからこそ、あなたにするわ」
次の瞬間、ライラストリアスの頭上に亀裂が入り、空間が割け、そこから禍々しい石門が出現する。
「冥府の門――その出口」
アルバが指を振りかざすと、観音開きの扉が手前に開いていく。
「知ってる? 冥府の門は全て奥に向かって開く。だからその扉が自身に向かって開いているのならそれは出口、逆なら入り口なの」
アルバに向かって開く両扉の奥から、蒼白い龍のごとき頭蓋の蛇が喘ぐように吐き出される。
その蛇は死したライラストリアスの口内に押し入り、その体内深くへと侵入していく。
それにあわせ、ライラストリアスの身体は上下に痙攣するように飛び跳ね、やがて――
「あっあぁあ――!」
目を見開き、叫び声を上げた。
息を吹き返したのだ。
「お目覚めね」
アルバが声を掛けると、ライラストリアスは存外に落ち着き払った様子でゆっくりと覗き込む彼女の顔を見上げた。
「あら、もっと混乱するかと思ったけれど、さすがね」
「”あなた”は――」
なぜここにいる?――彼女は言外にそう言っていた。
「あたしの弟たちが世話をかけたみたいだから、……その尻ぬぐいにきたのよ」
「お、弟……?」
「シグルのことよ」
「……………………」
「そう、偉いわ名前を出さないのね。でも平気、あたしは知っている。カイザーのことよ。あの子はあたしの弟」
「うそ――」
困惑するライラストリアスを見て、アルバはクスクスと笑った。
「生き返っても全然驚かなかったのに、シグルがあたしの弟だってくらいでそんなに取り乱して」
「カイザー様は今の私の全てなので」
「そう……。そう言ってもらえると、姉としても嬉しいわ」
「……それで、」
ライラストリアスはしかし、いくら姉とは言え弟同様の忠誠をアルバに向ける気はないらしい。
あくまで平素に訊ねる。
「私を生き返らせた……? あなたが?」
「ええ、そうよ。あたしは実は、人を殺すことよりも生き返らせることの方が得意なの」
アルバはそう言うとライラストリアスの上空でいまだ口を開けている冥府の門を指し示した。
ライラストリアスはそれを見上げ、おそらくは門の中――つまりは冥府の様子を垣間見たのだろう、顔色を蒼くした。
「冥府の門を開けるなんて……あなたはもしかして人間ではないのですか?」
「ええそうよ。あたしは弟とは違い、人間ではない。と言うか、今のあたしの家族で人間であるのはシグルだけ」
驚くライラストリアスを前に、「それと――」と彼女は付け加える。
「便宜上あたしは生き返らせたと言ったけれど、実は蘇生したわけではない」
「……でしょうね。蘇生は生命にとっては毒物。やがては自分たちの首を絞め、ジワジワと自滅へと導く存在してはならない代物。仮にあなたが冥府を操る上位種であるとしても、それは変わらないでしょうから」
「代謝は種の存続には絶対不可欠だものね。だから誰にも完全な意味での蘇生は不可能。あたしも例外ではなく、故にあなたに施したのはわかりやすくいえば――魂のレンタルよ」
「……レンタル?」
「そう。冥府の門には入口と出口が存在する。そしてあたしはその出口を開くことができる。つまり冥府の住人――”亡者”を外に出す裁量権を有している。あたしはあなたの魂を外に出し、あなたの身体に戻した」
「つまり、私の魂は依然として冥府の住人には変わりなく、亡者であると言うこと?」
アルバは頷く。
「理解が早いわね、正解。言うなればあなたは、冥府より外出許可を得た、お散歩中の亡者ってところよ」
「なるほど」
ライラストリアスは俯く。
「それはたしかに、生き返ったとは言えないわね。どちらかと言えば、ただ死体が動いている――」
「より厳密に言えば、死魂が木偶を動かしている――ね」
はあ――とライラストリアスはため息をついた。
「それで――」
彼女は視線を鋭くして問う。
「どういうつもり? ――当然、目的があって私の前に姿を現わしたのでしょう?」
「……ほんと」
アルバはニヤリと笑んだ。
「――理解が早くて助かるわ」
「ご託はいいわ。さっさと用件を言って」
「そうね。でもその前にこれだけは知っておいてもらいたいんだけど」
そう告げるアルバの顔を見て、ライラストリアスはゾッとして後ずさる。
アルバはそれを前に、冷ややかに告げる。
「あなたの魂はあたしが出した――つまり、執行猶予付きのあなたの魂は、決して、あたしの意思には逆らうことができない。この意味がわかる? 理解の早い、ライラストリアス――」
もはや口をきけなくなっているライラストリアスに、アルバはゆっくりと頷いた。
「そう――用件を伝える必要などないのよ。だってあたしは、あなたを意のままに動かせるのだから。それがたとえ、あなたの忠義に反する、死ぬほど嫌なことだったとしても、ね」
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