19
ヴェロリカは失意の中、眼前の戦闘をボンヤリと眺めていた。
先ほどから何度も、塔の魔術師たちは死んでいる。
その度に、キョーカノコはとても苦しそうに表情を歪めていた。まるで自身こそが死んでいるかのようだ。
(そんな顔して……)
ヴェロリカは名状しがたい自身の今の心情に戸惑いを覚えていた。
いったい何なのかこれは。
これまでキョーカノコは彼女にとって、はっきりとした目標だった。孤高の天才――それこそが彼女の中のキョーカノコ像であり、ヴェロリカにとっての憧れの存在だった。
実際問題として、そんなキョーカノコへの憧憬を認めるのにも、もの凄い努力と勇気が必要だった。極めてプライドの高い彼女にとっては、それはとても時間のかかる行為だった。
なのにそんなキョーカノコはもういなくなっている。
彼女はヴェロリカの憧れであった孤高の存在ではもうない。
まったくの別物。
かつてのキョーカノコは無敵の存在だった。誰にも傷つけられない孤高の存在。
でも今は――
(なんでそんな痛そうにしてんのよ。アンタの身体は傷ついてないでしょうが……)
他人の痛みに苦痛に表情を歪める存在。もはや最強でも何でもない。
キョーカノコが最強でももう無意味だ。ありふれている。皆と一緒である。もう違う。憧れていたアイツじゃない。
(なのに――)
どうして――
どうしてこんなに――
(羨ましいの――)
涙が出た。ボロボロと泣いていた。
ねたみだ。これは、妬みなのだ。彼女はまた一つ、自身の醜い感情を認めた。プライドなんて、とっくの昔にズタボロだった。
キョーカノコに出会ってから、彼女はずっとズタボロだった。
(いいな……)
あの男は、キョーカノコにあんなに想われて――
(いいなあ。アタシが、そうなりたかった。アタシにも、そういう人が現われて欲しかった)
いない。いない。いない。いない。いない。
アタシには、どうして。
(でもキョーカノコ――言っておくけど、アンタももうお終い)
みんな終わる。
そういう大切な人だとかそういうのを作ってみんな勝手に終わっていく。
みんな勝手に想って、勝手に裏切られていく。
そういうもの。
世の中はそういう多くの平凡なる人間で完成されている。
アンタは誰かの為に命を張れるかもしれない。だってアンタは特別。アタシの認めた奴だもの。当然よ。そういうことができる非凡なる人間。
でも他の人はどうかしら?
アンタがそうやって命を張っても、他の奴らはそうじゃない。そこまでしたって、なにも返してくれはしない。
命を差し出しても、その身を擲っても、向こうは違うんだから。アンタとは違うんだから。
それでも別に、見返りを求めてやっているわけではないって、そう言うのかもしれないけれど、
でも――
そう――
不公平よね。
やっぱり、お互いに同じものを懸けたいじゃない。アンタだって懸けて欲しいでしょ? 誰かに命をかけたら、その人にも命をかけてもらいたいでしょ?
当り前よ。非凡であったって、人間なのだから。そういうものよ。
でもダメよ。
その命は一方通行よ。命なんて、そうそうかけてなんてくれない。アンタとは、みんなは違うんだから。
そうでしょ?
アンタはどうなの?
それでいいの?
アンタの懸けている人は、その命に足るものなの?
――どうなの?
塔の魔術師の男が、もう一度、その命を奪われそうになる。
その時、キョーカノコは実に儚げな、散りゆく花びらのような表情をした。
あ――
(死ぬんだ)
もうダメなのだとヴェロリカは察した。
彼女は他の誰かのために命を差し出すのだ。
それでいいの――?
本当にそれで――
(アンタが死んだって――――ッ!)
「ソイツはただのうのうとこれからも生きていくだけなのよッ! 他人のためなんかにアンタの命をかけてあげないでよっ! 死なないでよ――!」
叫んでいた。
でも彼女の身体はそれ以外のなにも動けなかった。
次の瞬間、ダンジョンの入り口の方から誰かが飛び出してきた。そしてその誰かが、致命の一撃を代わりに肩代わりする。
(――――ッ!?)
どうやら同じ、レイゲントンゼミの者であるらしい。
彼はその身を砕き、レイルを守った。
つまり、結果的に、キョーカノコを守った。
へたをすると死にかねない攻撃だったのに。
「シグルせんぱいっ」
キョーカノコがそう男の名を呼んだ。
それはヴェロリカにとって、美しくも、絶望的な景色だった。




