14
チゲを抱いて逃げるキョウカノコの視点です
暗い地下通路をキョーカノコたちはおびただしい数の白い骸骨たちに追われながら、出口に向かってひた走っていた。
「あれ全部おにたんの友だち? なら逃げなくてもいいお」
「そうすよ! まじ骸骨が集団で追っかけてくるとかホラー以外の何物でもないっすけど、でもたぶん追いつかれても平気す! 実際ぼくたちあの骸骨の親玉に怪我させられたことないすから!」
彼女の腕の中にいるチゲと横を走るリョウがそう言う。
あの場からキョーカノコたちについてこれていた、いくらかの数の討伐隊――その面々も、彼らの考えにまばらに頷いている。
たしかにそうかもしれない。
けれど違ってもいるかもしれない。
だから立ち止まらない。
(絶対って、約束したから――だから、最善を尽くすの)
別に今走り続けることで生じるリスクは存在しない。だったら走った方が良い。
それに、ダンジョンの中のシグルたちのことだってある。
まさかあのアブリル教師があんな凶行に走るなんて。シグルのことだから平気だとは思うが、出来るだけはやくチゲを村に返し、戻ってあげたい。
(シグルせんぱいは、いつも自分が一番損をするように立ち回るから)
今回だって、わざわざレイルまでこちらに付けてくれた。チゲを確実に送り届ける為に、最善を尽くしてくれた。もしかすると、他にも事情はあるのかもしれないが。
(とにかく急がなければ)
最後の階段を駆け上る。
「出口だ――!」
目の前に見える出口まで一気に走りぬけ、いよいよダンジョンを抜け出る。
――と、その地点で追っ手の骸骨たちはピタリと足を止めた。
まるで見えない壁がその出口のところに存在しているかのように、右往左往とし、やがてまばらに引き返していく。
「どうやら外までは追ってこないみたいだな」
レイルがそう分析した。
つまり、
「キョーカ、やりきったあ――!」
抱えている胸元のチゲを見下ろし、歓喜する。
「ちゃんとチゲちゃんを帰してあげられそうで嬉しい!」
「よかったっすね! キョーカノコさん」
キョーカノコたちは笑顔を爆発させた。
――が、
「あーら、そうはいきませんことよー?」
近くの物陰から、そのような声が発せられてくる。
(この声――)
その声は、キョーカノコには聞き覚えがあった。
振り返ると、そこには八人組の魔術師が立っている。
しかも彼らの纏うマントにはトリプルクロスの紋様が刻まれている。
三本の線を一本の線が貫くトリプルクロスは、神殿の象徴であり、故にその紋様を背負うのも神殿の魔術師だけだ。
八人もの神殿魔術師がなぜこんなところにいるのか――
そう訝っていると、その中の一人――キョーカノコの見知っているその空色の長い髪を後ろで一つに結っている少女が、得意げに胸を思い切り反らして言った。
「ふふーん、なぜこのアタシのような高貴でしかも優秀なる神ッ殿ッ魔術師様ッ――が、こんなところにいるかですって? 仕方ないわね、教えて差し上げちゃいましょうッ!」
ほとんど自問自答で会話を成立させると、彼女は得意げに叫んだ。
「それはね、アタシがとおーっても優秀だからよッッ!」
「………………」
そのあまりの意味不明さにあたりがとてつもない沈黙に包まれた。
彼女はその沈黙により、ハッとする。自身の説明が不十分であることに気がつけたらしい。慌てて補足説明をいれる。
「アンタの十億倍もアタシは優秀なのッ! 分かるッ!? 分かって! 分かりなさいッ!」
「……………………」
沈黙したが、今度は追加情報はなかった。
キョーカノコはため息をつく。
やっぱり依然として意味不明であるが仕方がない。
そう――こいつは、こういう女だ。
ヴェロリカ・トーデス――
彼女はかつて、塔の初等教育時代、キョーカノコのルームメイトであった女だ。
そしてその頃からなぜだかキョーカノコのことがやたらと気に入らなかったらしく、彼女はなにかに付けて敵意をむき出しに因縁を付けてきていた。
しかもその勝負は決してフェアなものではまるでなく、どれもすべからくヴェロリカに有利――というか必勝レベルの条件が設定されていた。
たとえば朝に突然たたき起こされると、目の前には自分だけ前もって早起きして既に全ての出発準備を終えた状態のヴェロリカが立っていて、
「キョーカノコ! 勝負よ! これに勝った方が全てにおいて相手より優れていることにするわ! 勝負内容はこれからどっちが先に支度を終えてこの部屋を出発するか! いーわね! よーいドンッ!」
と一方的に勝負を開始される――といった感じ。
それで勝って本当におまえは嬉しいのか? という次元の、しかも極めて迷惑な勝負を四六時中所構わずふっかけてくる。
「やべー奴じゃん……」
「絶対一緒に住みたくないっすね……」
そのようにヴェロリカの紹介をすると、リョウとレイルはそのような感想を述べた。
「ちょっと今の話のどこがヤバい奴なのよ! もう一回想像してみなさいよ! 全部可愛いアタシがやってんのよ!? そんなの普通に許せちゃうでしょうがッ!」
「……やべー奴じゃん」
「ぼく絶対むりっす。一緒には住めないっす……」
唖然とするレイルとリョウ。
「しかもそれで当たり前に勝って、全力でマウントとられるんですよね……えー、絶対やだっす……」
キョーカノコはウンと頷いてこともなげに答える。
「まあキョーカは負けたことないですけど」
「えっ!?」
「全勝です。敗北を知りたかったです」
「マジかよ、おまえやべえ奴じゃん……!」
「さっきの条件でどうやって勝つんすか……すげーっす!」
盛り上がる三人にヴェロリカは全力で抗議した。
「ちょっとキョーカノコ!? 自慢しないでよアタシが可哀想でしょ!? まるでアタシが雑魚みたいじゃない!」
「雑魚なんじゃないですか?」
「違うわよ! アンタがおかしすぎんのよ! なんでアタシが扉まで全力ダッシュするだけの間に支度を全部完璧に済ませてアタシの前に周りこめるのよ!? 顔洗って歯磨いて着替えて鞄に荷物詰めて、しかもお昼ごはんにおやつまで用意し終えてるなんて! アンタおかしーわよ! おかしーわよッ!」
悲痛に叫ぶヴェロリカ。
それをみてキョーカノコは思い出す。
「ちなみにヴェロリカは負けるといっつも泣き叫びながらトイレに駆け込み、一日中そこに籠もって出てこなくなります。お昼もそこで便所メシです」
「や、やめてよ! バラさないでよ! なんかアタシが可哀想な子みたいじゃない!」
「そしてキョーカはそのご飯の時を狙って隣の個室に入り、思いっきりウンコしてやるのを習慣としていました」
「や、やめてよ! 思い出しちゃうじゃない! あ、あんたのウンコの音いつもユルいししかもクサいのよっ! いったいどんな食生活してんのよ!? そんな隣でカレーパン食べてるアタシの身にもなってよ!? う、うう……ホントにアタシ可哀想な子じゃない……可哀想よッ! あんまりだわ!」
ヴェロリカはうなされるようにして膝をつき頭を抱えだした。
「おまえやる奴じゃねえか!」
「カレーパンに下痢ピー音は流石に堪えるっすね! さすがっす!」
レイルとリョウは揃って親指を立てて、キョーカノコを誉め称えた。
まあそんなこんなで、ゼミ選択の際、キョーカノコだけは第一志望であるレイゲントンゼミに合格した。
それによりシグルたちとの部屋に移動した為、ヴェロリカとはそれきりだった。
「ふっふふ……! そう、そうよ……確かに過去のアタシは敗北続きだった――! でも、そう、今は完全にアタシの勝ちよ! マウントとっていいの! とれるのよ! そうよね!? だって今のアタシは神殿魔術師ッ! アンタはまーだ塔にいるんだから!」
気付けばヴェロリカは元気を取り戻したらしく、不敵な笑みを浮かべて胸を反り返し、高笑いをはじめる。
「おーほほ! ほーら悔しい? 悔しいわよね? アタシの勝ちよ、ほら土下座して? それで今までのこと全部謝ってくれても良くってよ! 言っちゃいなさい、負けましたと。初めて負けちゃいましたと! その後アンタはトイレに籠もるの! それでアタシは横でウンコするのよオーホホホホ! 思い知るがいいわあ! ユルいウンコの音を聞きながらカレーを飲み込む悲しみを! 身を以て味わうがいいのよッ!」
「あーはいはい、ヴェロリカさんすごいですーそんけー。じゃあ、キョーカたちは急いでるんでそろそろ失礼しまーす」
幸せの絶頂を勝手に迎えているヴェロリカの横を通り過ぎようとする一行。
しかし彼女は途端に冷静さを取り戻し、腰から鞭を抜くと、さっと一行の前に出して通せんぼをした。
「待ちなさい。行かせないわよ」
「どういうことだ? 俺たちは急いでいる」
「まだ言ってなかったかしら? アタシたちは、かの『帝の慈悲・影劫のヘックス』様の指令で動いているの。ヘックス様からの指示はただひとつ――『ここから出ようとする魔術師・および王国討伐隊以外のものは、例外なく敵性と認定せよ』。つまり敵性対象は殺害する」
「キョーカたちは魔術師ですよ」
「そうね、アンタ達はね。でも――」
ヴェロリカはキョーカノコの抱くチゲに向けて言う。
「アンタの抱いているそれは違うわよね」
「……ヴェロリカ、繰り返しますがキョーカたちは本当に急いでいるんです。冗談に付き合っている暇はないんですよ。こんな子供がいったいなんだと言うんです」
「キョーカノコ、……アンタ、やっぱりただの塔の魔術師でしかないのね、がっかりだわ。いい? その子が子供だろうとなんだろうと関係ないの。なにが出来るのと言うけどそれはアンタの考えでしょ? 違うのよ、ズレている、敵性認定せよと言ったのは、ほかでもないセブンスのヘックス様なの。つまりそれは皇帝の意思でもあるってこと。彼がそう命じたからには、アタシたちは絶対に例外なく敵として扱う必要があるの」
「……キョーカもいま、もの凄くガッカリしました。変な人でしたが、あなたは揺らぐことのないたしかな自分を持っている、尊敬に値する人だと、そう思っていたのに」
ヴェロリカはその返答に、明らかに動揺した。
「うぐ……、なによそれ、初耳よ」
「まあ、気持ち悪いんでわざわざ言わないですよ、そんなの」
「ふ、ふうん……」
「でも今はもう失望を露わにしているんで、忘れてもらっていいですよ」
またもやヴェロリカは全力でまごつく。
「ヴェロ、」
しかし隣に立っていた小柄な神殿魔術師――灰色ショートボブヘアの無味な表情の少女が、ポツリと割って入る。
「塔の魔術師なんかが言うことに耳を貸しちゃだめ。彼らには理解出来ないこと」
その言葉に、ヴェロリカはうんと頷く。
「そうよね……、そうよ。いい、キョーカノコ。アタシたちはアンタらと違って、常に皇族直下で仕事をこなしているの。つまりアタシたちのほうがよりクリティカルな役割を担ってるわけ。そういうアタシたちが見だした立ち回りを、アンタ達も見習った方がいいんじゃなくて?」
「もういいです、けっこうです」
しかしキョーカノコは不機嫌に告げた。
「言いましたよね、もう三度目です。急いでいるんです。キョーカは、同じことを繰り返させられる事が嫌いです。なぜならそれは相手が馬鹿ってことだからです。馬鹿の相手をさせられている事実に、実に辟易させられるはめになるからです」
「ちょっと、人のこと馬鹿とか言うのやめなさいよ、可哀想でしょ」
そう言いながら、珍しくも怒っているらしいキョーカノコを目の前にして、ヴェロリカは一歩後ずさった。
「通してもらえますか。一刻も早く生きたままこの子を送り届けて、そして中に戻らないといけないんです」
「権限――皇務執行妨害および、国家反逆の罪により、この者たちを敵性と認定」
先ほどの小柄な魔術師が、そう無味に呟いた。
それに呼応し、他の神殿魔術師たちもこちらを取り囲むように移動し、それぞれの武器を抜く。
「ちょ、ちょっと……、グレイ――」
ひとり狼狽えたままのヴェロリカが小柄な魔術師の名を呼ぶ。しかしその魔術師――グレイ・ドーシスは、それを無視し、代わりにキョーカノコたちに言い放つ。
「生死不問。帝の慈悲により、あなたたちを殺します」




