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シグル視点です
シグルの目の前で、突然、アブリルがニーヴェの女兵士を殺害した。
「な――先生、あなたいったい何をして――!?」
彼女はゆっくりと、まるで陶酔しているようなウットリとした瞳を向けてくると、そのまま亡霊のように告げた。
「ストン――と、きてしまったわ」
まるで意味が分からない。
この場にいる全ての者がフリーズしてしまっていた。
――が、
「こいつに関わるなっ――退くぞッ!」
シグルだけは、ただ独り、冷静さを完全に失ってはいなかった。
なぜならば知っていたからだ。
そして警戒もしていた。
彼女の本性を、彼だけは直接、既に垣間見て知っていたのだから。
アブリルは神殿に迎えられるほどの実力者である上に、今はSクラスのダンジョンアイテムも手にしている。まともに相手にするべきではない。
シグルは高速で反転し、身を捌く――そして、チゲを拾い上げ、キョーカノコとレイルを嗾け、ダンジョンの出口の方に走らせる。
ニーヴェの兵士は――いくつかは扇動できたが、しかし動けなかった者、出遅れた者はやはりいた。
しかし取り合わない。
優先順位がある。
アブリルは完全に狂ってしまっている。今も容赦なく、ニーヴェの兵を次々と殺害している。
チゲと、友をこの場から脱出させるのが最優先であろう。
「ひっ――」
――が、先頭を走るキョーカノコがその速度を落とす。
見れば、進行方向から、兄がこちらに向かって歩いてきていた。入り口からUターンしてきたらしい。
「進めない――!」
背後を振り返ると、アブリルが逃げ遅れた幾多の兵士たちを皆殺しにしている。
その様はまさしく狂った鬼だ。
彼女はここから、出すべきではないのだろう。
けれどシグル一人で相手取るには少々骨が折れる。
(兄さんなら――きっと理解してくれる――)
シグルはキョーカノコにチゲを預ける。
「走れ!」
そしてそう指示した。しかしキョーカノコは首を振る。
「なに言ってるんですか!? だってあの――」
「大丈夫だ! 奴は絶対にお前達を殺さない! いいから行け! その子を送り届けるんだろ!? 絶対と約束したのなら、最善を尽くせ!」
そう言うと、キョーカノコは迷いを吹っ切り、瞳を鋭くした。唇を噛み締め、そのまま一気に、走って行く。
その後ろ姿はやがて骸骨に迫り、
そして――
すれ違った。
まるで取り合う様子のない見える骸骨に、彼女たちはホッと息を吐いたが――
直後、骸骨はゆっくりと、そちらを振り返る。
「――――!」
キョーカの子達は速度を上げた。
兄は、こちらに僅かに視線を送ると、
『這い上がれ――』
そう唱え、広い通路を埋め尽くすほどの、無数の白い骸骨を地面より浮かび上がらせる。そしてそれらにキョーカノコたちの後を追わせた。
そうした後で、兄はゆっくりとこちらに歩いてくる。
(ナイス判断だ――さすが兄さん)
キョーカノコたちをこの場から遠ざけ、且つ、シグルのところに本体としての戦力を残すことを、咄嗟に判断してのことだったのだろう。
兄は、こういうところでは、今でも的確な判断を下せる。
彼はゆっくりとこちらに向かってやってくる。
やがてシグルと合流して、二人で並んで、シグルたちはダンジョン最奥――アブリルの元へと歩いた。
最後のニーヴェ兵を殺し終えていたアブリルは、近づいてくる二人の様子を確認すると、ゆっくりと、薄く微笑んだ。
「やっぱり――ね、シグルくん。あなた、そうなのね?」
「――どういうことですか? やっぱりって」
「あなた、嘘が下手よ。はっきりと。次から気をつけた方がいい。私じゃなくても、気がつく人は出てくるかもしれないわ」
彼女はそう告げると、隣の兄を見上げ、
「それで? シグルくん。あなたはいったい、あの方のなんなの? 隣の骸骨は――きっと、あの方の――あの横に並んでいた、部下のうちの独りなのでしょう?」
そう言った。
シグルは末恐ろしくなる。
「先生――あなた、いったいどうしてしまったんですか? 少なくともこれまでは、ずっと平常を装っていたというのに。どうして急に――」
「どうでもいいわ」
シグルの問いをはね除けるように、彼女は言い放った。
「もう、どうでも良くなった。キョーカノコさんが……言っていたわよね、ここに来る前の、カルディアで。自分に嘘をつき続けるのが、何より辛いって。私はずっとそれを自分に強いてきたけど、……最近、色々あってね。箍が、緩んでしまったの。いえ――というより、狂ってきていた。だから――なにかの拍子で外れてしまったのね」
そう言いながら、彼女は足下に積み上がっている肉片を、もう一度右手のハンマーで潰し直した。
「だってもの凄く今、気持ちいいもの。こいつらを――あの方のために殺すことが、もの凄く快感で、とても充足感に満ちている」
「あの方?」
「あの方よ。分かっているでしょう?」
分からない。先生にとってのあの方とは、いったい誰のことを指すのか。
「ちなみに、最近私にあったいろいろを――あなたはどこまで知らされているのかしら? あの方と、あなたは、どういう関係なの?」
シグルはなにも答えなかった。
代わりに、横に立っていた兄が、別の問いをシグルに投げた。
「……こいつをどうしたい? どうすればいいか、教えてくれ」
「殺していい」
シグルは端的に即答した。
「元々生かしておいたのは、彼女にフルグラであったことを帝国側にリークさせ、それにより帝国にアクションを起こさせる為だった」
瞬間――アブリルの表情が驚愕に変わった。
「あ、あなた――え……? あなた……――」
「でもどうしてか、彼女はなにも帝国に情報をよこしてはくれなかったようだけれど。いずれにしてももう、用済みだ。むしろ秘密を握る人間がこのような精神状態であるというのは、危険でしかない」
――だから、殺していい。
「そうか、いいだろう」
兄は次の瞬間、背中に巨大な鞘の束を出現させ、それを扇状に展開する。その鞘には幾千もの刃物が収納されており、それらの刃こそが列強種・ワイトの魔術であった。
千刃魔術――過去幾星霜、全てのワイトたちが研鑽し収集した武具を共有・使用することができる魔術。
そんな様子を前に、アブリルは、全てを悟ったように、虚ろに、そして色を取り戻し、声を荒げる。
「あ、あなた――が、まさか……そんな――お、お願いです――お願いします――我が敬愛するカイザー様! カイザー様! あなたは私のすべて! この身の全てを捧げます! あなたは私の生きる意味なのです! お願いします――私を――あなたの――」
そうやって、彼女はシグルに許しを請うた。
それまで決して口外することのなかった名前を、あの時以来初めてその口に出して――
しかし――
「へえ……? カイザー……? それはいったい、どういうことなんだい?」
皮肉なことに、その最初で最後の一回は、最悪なタイミングとなる。
ゆらりと――
それは突如として姿を現す――
「おかしいなあ――? カイザーって言ったら、あの逆賊の親玉の名前だろう? なぜ、それを、きみはそんなにも懸命に請うているんだい? なぜそいつを、その名で呼ぶ?」
アブリルの――背後より、ノイズと共に、その姿を露見させた。
「もしかしてなんだけど、おまえたちみんな、裏切り者なのか?」
黄金に縁取られた白いマントに包まれた、白金甲冑の男。
いやに病的な鋭い瞳をぎらつかせた、その男。
「――――っ!? おまえは――!」
間違いない。既に目星を付けていた、かのセブンスが一人――
帝の慈悲・影劫のヘックス。
「おまえ……?」
その男が、三日月形の刃の曲剣を両手に携え、敵意をむき出しにして、今――アブリルの左腕を肩から切断した。
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