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シグルたち四人は討伐対象の巣くうダンジョンの最寄りの街――カルディアにやって来ていた。
「キョーカ、この街についてちょっと気付いたことがあるんですけど、」
カルディアのメインストリートを闊歩していると、横を歩いていたキョーカノコが告げる。
「すごい廃村みたいですよね。街っていうか」
すごい失礼なこといってるけど、たぶんもうそれ既にみんなが感じていることだった。
今歩いている道も、メインストリートとは言っても、見渡す限り廃墟しかなくて、もしかするとこの街には住人なんて誰もいないんじゃないかとも思えたのだが、よく見るとその廃墟はどれも歴とした住居であるらしく、崩れた壁越しに人影も見えた。
「ここはいわゆる異端者の街なのよ」
前を歩くアブリルがそう説明する。
「国教を信仰しない者はすべての権利を剥奪されて、ここに押しやられるの。そういう街なのよ」
「じゃあキョーカたちももし、この国に移住してきたなら、この街に住まされるんですね」
「信仰を装えばいいじゃねえか」
レイルの指摘にキョーカは首を振る。
「うーん、そういうのはキョーカには無理かもです」
「嘘が嫌いか」
「そうですね、自分につく嘘は苦手です。自分を騙し続けるくらいなら、潔くキョーカはここに住みます」
意外とカッコいいこと言ってる。
そしてそんな彼女を、アブリルはどこか思い詰めた瞳で見つめていた。
「あの子どうしたんだろう?」
街を進んでいると、やがてキョーカノコが一人の女の子を見つけた。
十歳前後の女の子。
「どうした?」
シグルが声を掛けると、彼女は不安げな眼差しでこちらを見つめ、
「チゲちゃんが……」
と涙を浮かべて言った。
話を聞くと、どうやら彼女には妹がいるらしいのだが、先日からどういうわけかいなくなってしまい探しているのだという。
心当たりはないかと問うと、
「そう言えば最近、ここの近くにある洞穴に行きたがってた」
という答えが返ってきた。
おそらくその洞穴というのは、これからシグルたちが行くことになるダンジョンなのだろう。
「お姉ちゃんたちが連れ帰ってきてあげるよ」
「ほんと? ありがとう! お母さんも喜ぶ」
「お母さんはどこにいるの?」
キョーカノコがそう訊ねると、その子は手に持っていた写真をこちらに手渡してくる。
「いつもお父さんと空から見守ってくれているんだよ。チゲちゃんはたった一人の家族なの」
遺影だった。両親の。いきなり重い。
「う、ううぅ……」
キョーカノコが悲しみのあまりに目にたくさんの涙を浮かべていた。
円卓の塔にいる魔術師は大きく二つにわけられる。孤児か、良家の出か、の二つだ。
キョーカノコはその二つの後者であるので、こう言った境遇の子供に慣れていないのだろう。
「絶対、連れて帰ってきてあげる」
キョーカノコがそう約束する。レイルはそれを叱責した。
「関わらない方がいい。絶対とかいうな」
「嫌です」
「見つからなかったらどうする? そもそも死んでいたらどうするんだ? おまえは死体を持って帰るつもりなのか?」
「死んでるとか……、どうしてこの子の目の前でそんなことが言えるんですか? レイル先輩ヒドいです」
「配慮で現実から目を背けてどうするんだ」
「こういうのは理屈じゃないんです、感情なんですよ。感情の前には合理性なんて無意味なんです」
レイルは頭を抱えた。面と向かって論理を度外視すると断言されたのだ。つまり会話が成立しないことを意味し、彼女の説得は不可能だ。
「はあ……もう、好きにしろよ」
レイルのため息をよそに、キョーカノコは女の子を見つけて連れ帰ることを約束した。
件のダンジョンに到着する。
地面から盛り上がっている小さな丘陵の側面に、大きな穴があいている。
入り口で揺れている二つの灯火が、その中に誰かが住み着いていることを、こちらに知らせていた。
「行くわよ」
アブリルを先頭に、ダンジョン内に侵入する。
――と、
「え、これ、なんです……?」
見つけたキョーカノコが唖然とした声を出す。
中に入るとすぐに地下に向かう階段があるのだが、その側面に、謎にホームメイドな棚が設けられており、中のものを好きに使ってイイという帝国語表記のビラが貼ってある。
「だ、誰が……こんなものを? 先に来た討伐隊?」
他の三人が疑問符をあげている。
その横でシグルはもの凄く良くないことが起きているのを痛感して変な汗を垂れ流し始めていた。
(兄さん……あんたいったいなにを……)
――なにをおっぱじめてしまっているのか?
棚を中を覗くと、驚くことに――
「え、……えぇええ…………」
さっきの悲しみに暮れたキョーカノコのような、痛切なる声を漏らすシグル。
なぜなら驚くことに、その棚に並んでいるのは全て実家の城の武器庫に溜め込んであるはずの、ダンジョンアイテムたちだったからだ。
(ま、マジなにやってんの兄さあぁぁあん――!?)
なんでこんな門外不出レベルの凶器たちを、取り放題のバーゲンセールみたいに並べちゃってんのおお。
すべてA-クラス以上。中にはSクラスのものまである。
人間史上S-クラス以上のアイテムを所持した者は今のところいないとされている。少なくとも歴史の表舞台には出てきていない。
なので、もしこの中にあるSクラスアイテムを持ち帰ることが出来れば、そいつは人間領域で史上最強の英雄になれるわけだ。そういうものがこの棚には無防備に並べられている。
「あっ――えっ? アイテムだ、すご」
他の三人は無作為にそれらを手に取る。
ただ、せめてもの救いは――
「この中で簡易鑑定のスペルを持っている者はいる?」
誰も、この場で、これらのアイテムのクラスを判明させられる者がいないということだろう。
事実、アブリルの今の問いに手を上げる者はいなかった。
現在の魔術師のキャリアにおける最終ゴールの評価基準が戦闘技能に偏っていることから、戦闘に役立たないスペルを取得する者はかなり少なくなってきている。
なので、これをこのダンジョンから持ち出させさえしなければ、少なくとも確定事実としてこれらのアイテムの異常性を知られることはないだろう。
三人は好きなものを一個ずつ手に取った。レイルとキョーカノコはAクラスのもの。そしてアブリルはSクラスのものだった。
Sは正直言ってかなりマズい。使いこなせば、列強種にも一矢報いることが出来る。つまり今回のシグルのお膳立てをぶち壊すことが出来るレベルの力だ。
(…………念のためだ)
仕方が無いのでシグルも一つを選んだ。
Sクラスである。