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グランは数日前より巣くいだしたダンジョンの――その入り口にてクルリと回れ右をすると、再度ダンジョンの最奥に向かって歩き出した。
最奥と入り口のルートの往復は、本日かれこれ百五十六回目である。
出来るだけ周囲のことを気にせず、隙を大いにつくり、なんだったら特大のファーストアタックも甘んじて受けるくらいの気概で、彼はこの往来を続けている。
彼の巨大な体躯は黒骨と闇色の甲冑、そして青黒いオーラでのみ構成されており、筋肉量が完全にゼロであるにもかかわらず、その動作には異様な力強さがみなぎっている。
ちなみに頭蓋の中には脳みそは入っていない。
いつかヘレナに切開し確認してもらっているので間違いない。中身はすっからかんであったようだ。
そしてその事実は、彼の家族に大いなる納得をもたらしめた。
「あーなるほどね、やっぱりそうか」
そんなことを口を揃えて口々に言われた。
おそらくは皮肉で間違いないのだろう。脳みそすっからかんになった今でも、そのくらいのことは彼にだって分かる。
しかしながら、そのような嫌みなど彼は、
まるで一切意に介しない――!
(誰になんと言われようが構いやしねえ。俺は俺だしそれは永劫的に不動だ! 媚びねえ! 退かねえ! 傷つかねえ! 俺はなにも怖くねえ――!)
もはや今となっては遙か昔のことに感じられるが、かすかに思い出される前世の彼は、途方もなく大馬鹿野郎であった。
よく知的であるとか思慮深いだとか、そういうお褒めの言葉に預かったりもしていたが、今なら分かる。
考えない方が強い。
だって考えるまでもなく、この世の中はいたってシンプルだ。
楽しいことをすると楽しい。楽しいってことは幸せだ。そしてその幸せは家族がいれば共有出来る。
(つまり、楽しいことを家族と一緒にやれればそれで人生最高ってことじゃねえか!)
やべえ、これ以上何を悩む必要があるというのか。
昔の自分はいったい何を他に考える必要があったのか。
わからん。やべえ――まるで思い出せねえ。
結論。
つまり昔の俺はうすら馬鹿だ。
今の俺こそが最強だ。
(あーはやく殺りてえなあ)
そうこうしているうちにダンジョンの最奥に辿り着く。
また平穏無事に辿り着けてしまった。またUターンをする。
グランは数日前の会議でシグルと打ち合わせた今回のプランについて思い出す。
「いいかい、兄さん。今回の攻略対象は法悦王国ニーヴェだ。その上で気をつけないといけないことをまず話すよ? それはね、極力、ニーヴェの兵を殺してはならないということなんだ。彼らは皆、僧兵であり、民兵だからね」
「なるほどな、シグル。おまえの言っていることすべて分かっちまったわ。理解した。普段は民間人のやつらなんてクソ弱くて殺ったってなんも楽しくねえから殺る必要なんて断じてねえって、そういうわけなんだな?」
「うんそうだね、あと、ニーヴェをうちの臣従国とした後のことを考えると、民間人でもある彼らを殺すというのはイコール労働力の低下を招くということにもなるので好ましくない。それに、あんまり殺しまくっていると民衆の反感を買うだろ?」
フルグラとは違い、ニーヴェは――ルングウェインは宗教を使い上手く民衆のことをコントロール出来ている。
そんな平和な国のトップを殺し、無理矢理占領すれば、当然のこと忠心は得られない。むしろ後々の内乱を招き、敵の付け入る隙となるだけだ。
「しかもニーヴェは国教によってまとまっている国だから、尚更だ。宗教国家は団結力が高く、アジテートしやすい傾向にあるから」
弟はそういう込み入ったことを説明し、だからと念入りに告げる。
「だから兄さん、俺たちはある程度の英雄性をもって君臨しなければならないんだ」
「あーわかった、理解した。そういうわけで俺が悪役になれってんだな? カイザーを英雄に仕立てる為に」
「すごいよ! その通りだよ! さすが兄さん!」
そう言うと弟は心底嬉しそうに笑顔を爆発させ、グランを褒め称えてくれる。
グランは嬉しかった。
「へへ、まかせろって。俺の頭蓋には脳は入ってねえが、代わりに愛と希望がたらふく詰まってんだからな。おまえを英雄にするために、俺がしこたま敵さんをぶっ殺せば良いんだな」
「そうだね、殺しちゃダメだね、兄さん」
そう言う弟は途端に悲しそうな表情をした。
グランも心底落胆する。
(正直言って、さすがの俺でもこいつにこういう顔させんのだけはかなり辛いぜ。こいつの期待だけは裏切りたくねえ)
だって弟だからな。
(誰よりも家族の為に頑張ってくれている俺の自慢の弟だ。だからこんな骸骨でも俺はこいつの兄貴だから、いつだって安心した笑顔でいさせてやりてえんだ)
「シグル――俺はどうすりゃあいい?」
グランは空っぽの頭をフル回転させ、弟の言葉を一語一句聞き逃さないよう、そして問題なくすべて理解出来るように意識を集中させた。
「兄さんはこれからしばらく、法悦王国南西部のダンジョンを根城に立てこもっててくれ。そうすればやがて国より討伐隊を派遣されるだろう」
――そいつらはどれも殺してはダメだ。
――けれど帰らせることもさせてはならない。
「殺さずにダンジョンに釘付けにするんだ。そうすれば王は円卓の塔に助けを求めるだろう。その依頼は俺が受けることが出来るように――まだ方法は見当ついてないけど受けられるようにする。そして俺は兄さんを退治すべく向かうことになるだろう」
「退治されりゃあ良いのか?」
生身の弟の姿は、未だほとんど見たことがないので、正直見分けつくかどうか不安であったが――
幸運なことに弟はその問いに首を振った。
「いや、退治されなくて良い。一応戦うけど、人間だしまあ勝てないよ。それに肝要なのはその後だから。それまでの討伐隊とは違い、俺は王都の方に逃げようとするから、それに上手いこと釣られて、兄さんはそのままなし崩しで街を襲ってくれ」
――しかし当然ながらその際にも殺しはしないように。
――誰も手にかけずに、しかし派手に、そして誰にも食い止められる事無く。
「暴れりゃ良いんだな?」
「そう。そして王宮を襲う。王の周りには幻影魔術で数多の衛兵が隠れているから気をつけて」
そこから先のことはさしものグランでもすぐに察しがついた。
「|ルングウェイン・アルタマイサ・アスガルド=ニーヴェ《ニーヴェ王》を――殺せばいいのか?」
「うん、兄さんに、任せるよ。顔は分かるね?」
「ああ、分かる。まかせろ。その後でおまえにやられりゃいんだな?」
「まかせた。うん、そうだよ。それで民衆の心をつかむことが出来るだろう。ごめんね、損な役回りを兄さ――」
そんな馬鹿をすべて言わせるわけもなく、グランは言葉を被せる。
「なに言ってんだ、馬鹿言ってんじゃねえ」
おまえのその案のお陰で、好き勝手に暴れて、そしてあの野郎をぶち殺せんだろ?
「最高じゃねえか。サンキュウな、シグル」
いろいろ考えて疲れたろ。あとは安心して、兄貴に任せな。
「うん、頑張ろう、一緒に」
グランは回想を終え、もう一度弟の考え出してくれたそのプランを頭の中で反芻させる。
(えーっと、つまり今の俺は、シグルがここに来るまで討伐隊の奴らと楽しいとっくみあいをしてればいーんだもんな?)
そうこうしているうちにダンジョンの入り口に再度辿り着く。本日百八十七回目の往復の完了である。
流石に飽きた。
誰も襲ってやきやしねえ。
こうしてこのダンジョンのどこかで生き残っているはずの討伐隊員たちが誰も逃げることのないよう終始巡回を続けながら、尚且つ襲ってきて欲しいので強力な武器も与えつつ、こちらは努めて警戒心ゼロで居続けているというのに。
そこまでしてやっているというのに。
(どうなってんだこの国のやつらは)
腰抜けばかりなのか。
(それとも与えた武器が弱すぎたか?)
ダンジョン入り口の横に設けた戸棚――『ご自由に使ってイーぜ』という張り紙をしたその棚の中身の武器をチェックする。
(いや、申し分ねえ。普通につええ。ならもうわかんねーな。どうしようもねえ。どうして襲ってこねえんだあいつら)
そう混乱にも似た戸惑いを感じていると――ふと、足下にいる小さな生物に気がつく。
しゃがむ。
それは人間の子供だった。まだかなり小さい。無邪気な笑みを浮かべている。
「なにしてんだおまえ?」
問うと、子供は怯えながら(仕方がない。巨大な骸骨が顔を寄せて話しかけてきたのだから)も、「迷子」とだけ言った。
「あー……なーるほどな、迷子な、なるほど、完全に理解したわ」
グランはそう頷いて、ダンジョンの外を真っ直ぐ指さす。
「あっちに真っ直ぐ歩いてくと街があるから、たぶんおまえそっちから来たんだろ? ここは危ねえから、さっさと街に戻れよ」
そう言うと、子供は弾ける笑顔になり、「うん! あっちね! ありがとおにたん!」とろれつの怪しい言葉で礼を言った。
「いーってことよ。こちとらすっかり暇してんだからよ」
グランは背中越しに手を振り、またダンジョンの奥に向かって歩き出す。
子供はそんな彼の背中を見送りながら、
「おにたんひまなの?」
と無邪気に首をかしげた。




