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ザインハート軍のとある陸軍兵士さんの視点です
新生覇王国に殲滅戦を仕掛けるザインハート軍の兵士たちは、今まさに法悦王国ニーヴェの国境へとさしかかろうとしていた。
陸軍兵士の一人は背後を振り返る。
すると、そこには五千はくだらない数の武装した兵士と、数十の陸用アンチボディが規律正しく列を作り進軍する我が軍の圧巻たる様子が見て取れ、それは彼にこれからの戦いの勝利を自ずと確信させるには十分なものだった。
「安心しろ」
隣を進む兵がニヤリとしてそう声をかけてくる。
「圧勝だよ俺たちの。この数にこの武装――しかもアンチボディもあんなに連れてきてる。しかもこれだけじゃないぜ? 空からも更にゾッとするほどの大艦隊とアンチボディで仕掛けるんだ」
まるで自身の手柄のように得意げに彼は続ける。
「マジでザインハート様はこの一回で叩き潰す気だよ、あの新生なんちゃらっていう国をよ」
「ああ、そうだな。俺たちの勝利だ」
「勝利どころじゃねえ、圧勝だぜ。これは殲滅戦なんだぜ? つまりはただの虐殺だ。俺たちはただ、新しく出来たっていう国に人殺しに行くだけなんだ。ドンと構えていこうぜ。ビクビクする必要はねえ」
「ああ、そうだ、そうだよな」
彼の言葉を自分の中で反芻して、言い聞かせて、安心させようとする。
(絶対勝つ。生き残る。そうじゃないと困るんだ)
そうじゃないと。だって――
「俺、これが終わってザインハートに帰ったら、幼なじみにプロポーズしようと思うんだ」
「おお、んだよそういうことかよ! じゃあ前祝いで今日はぱーっと殺ろうや!」
「ああ、――ああ、そうだな」
(待っててくれ。俺はすぐ帰るからな。――そうしたら、結婚しよう)
心の中で幼なじみの顔を思い浮かべて、噛み締めるようにしてから、
目を開ける。
すると――
「えっ――――!?」
事態がまるで急変していた。
自分たちの歩いている陸地が、突如として黒い霧のようなものに包まれていた。
そして、まるで底のない沼のように、上に立つ者たちをどんどん飲み込んでいってしまっている。
「な、なんだ――なんだこれはぁあ!? し、沈むぞ」
隣の男ももはや喉元まで霧の泥沼の中に埋まってしまっている。
這い出ることなど不可能だ。掴まる大地はなく、もがけばもがくほど沈んでいき、もがくことがなくともやはり沈む。
背後を振り返る。すると先ほどあんなにも悠然として行進していた軍隊がもはや見る影もなかった。隊列は乱れ、皆が霧泥に苦しみ、叫び、沈んでいっている。アンチボディすらも例外ではない。
自身もとうとう、頭を残すばかりの状態。
(これは――この下は――俺たちはこのまま沈んだら、どうなるんだ?)
し、死ぬのか?
そう思って、彼はゾッとする。
自身が死ぬことに対する恐怖ではなく、もう二度と、あいつに会えないことへの恐怖だった。
(いやだ――まだ死にたくない――――)
みるみるうちに全身が霧泥に沈んでいくのを感じながら、瞳を閉じ、そう一心に祈った。
そして――
「あ――」
「俺たち……生きてる?」
あたりでざわめきが聞こえ、目を開く。すると確かに、まだ生きている。
ここは……?
あたりを見渡すと、先ほどまで立っていた国境付近の景色とはまるで違ったところであることがわかる。
ひと言で喩えるなら――
血だまりだ。
大きな血だまり。あたり一面、くるぶしほどの高さの緋色の汚い水で満たされている。
世界は暗い。
空を見上げると、一切の光を吸収してしまいそうな超極黒色で満たされていて、一つだけ不気味なナイフのような赤い上弦の月だけがそこには浮かんでいた。
「どこだ……ここは?」
呆然とそう呟く誰かの声。
わからない。わかるわけがない。
「やれやれ、……来たか」
しかしやがてそう言って、一つの人影がこちらに近づいてくるのを見つける。
「よお、あんた! ここはいったいどこなんだ!?」
先ほど横を歩いて話しかけてきていた男が、その人影にそう訊ねる。
「ここは……夜の国だ。血の滴る、御馳走の世界だ」
「グルメ……? んだ、それは?」
「分からんか? つまり喰われるんだよ、御前達は今から」
その人影はどんどんと近づいてきて、やがて、立ちこめていた霧を抜け、その姿が露わになる。
その姿は――人間では無い。
血の瞳に刃型の瞳孔、赤く黒ずんだ唇、青黒い肌、長くはみ出た牙に、この世界の空のようなすべての光を吸い込むスーパーブラックの髪、そして巨大な悪魔のような二枚の翼。
「御前達は今から、喰われるのさ、この俺に」
そう繰り返しながら、彼の姿は異様に脈打ち、さらに異形のものへと変形していく。
「おまえ……なにかよくわかんねえが、わかってんだろうなあ!? いいか、俺たちはこの数に、この武装だ! はやくもとの世界に戻さねえと――」
「戻さないと? ――どうなるんだ」
ボキボキという不快な音を立てながら自身の身体を変形させているそれは、余裕の声で問い返す。
その様子は、まるで子供の喧嘩を――いや、子供どころではなく、蟻だ。こちらに牙を剥く足下の蟻を見下ろしているかのようだった。
兵士は背後を振り向く。
先ほどまでは混乱の渦中あった軍隊たちも、いまや平静を取り戻している。
五千を超える兵士に、アンチボディも健在だ。
どう見ても、負けない。たった一人の異形のものに――負けるはずのない圧倒的戦力。
「こ、――殺す」
問われていた兵士がそう答えると、
変形を終えたらしいその異形のものは――
「面白い」
と微笑んだ。
今回は普段より少し短めで投稿してみました。この位のほうが読みやすかったりするのかな。
あと、少しだけひとつ前の話を修正しました。ザラスが追加で登場、あとルングウェインの補佐官の性別が変更となってます。




