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『スリー――ツー――ワン――カウントゼロ! クリシュドールゼミAグループ・大将、ロスゲラーの勝利!』
会場に審判のジャッジが響き渡り、同時に歓声が巻き起こる。
それにより、選手本人達は勿論のこと、観戦者や同僚、その会場にいるすべての者たちが、ほとばしるほどの喜怒哀楽の感情を露わにぶちまけていた。
そう、シグルをはじめとする三人――レイゲントンゼミDグループの面々を除いてはおしなべてそうだった。
「盛り上がってるねー」
「だなー」
上の観覧席で気怠そうに会場を見下ろしながら、シグルとレイルは淡泊なコメントを述べる。
「盛り上がってるねー――じゃ、ないですよ! 先輩達もちょっとは盛り上がったりしたらどうなんですか! 現在ポイントランク四位のクリシュAが今節を優勝したことで、いよいよトップスリーの面々が入れ替わるわけなんですよ!?」
そんな二人に苦言を呈するキョーカノコ。
ここは塔の屋外競技場である。そして目の前で行われていたのは『天魔総合御前試合』への出場者を決める為に年間を通して塔内で行われている『塔内六十五番勝負』――その第四十五節である。
グラマスはリーグ戦、ランクマはトーナメント戦の形式にて行われ、そのすべての試合は所属ゼミ内で組まれた三人編成のチームで戦う。
ランクマでは結果順位によるポイントが付与され、それは年間を通して累積していく。そして六十五節終了時点での累積ポイントのトップ16のチームがグラマスに出場する。
グラマスはシーズンの最後に塔で行われる武術大会であり、その名の通り、七王のうちの一名と皇妃、それに神殿魔術師が数名、セブンスにいたっては全員が来塔し、その前で行われる。
そしてグラマス優勝チームには最後にセブンスの誰かと対戦する機会も用意されている。
煎じ詰めれば、グラマスへの出場は塔魔術師においてトップクラスの戦闘力を持つという証左であり、最高の栄誉でもあり、また、神殿魔術師への近道でもある。スーパー自己アピールステージなのだ。
なのでこの塔にいる魔術師であれば誰だってグラマスに憧れを持っているし、出場に向けて死力を尽くす。みんな間違いなくそうだ。
そう、つまり、ここにいる二名――シグルとレイルを除いてはおしなべてそうなのだ。
「なんで先輩たちはそんなにグラマスに興味が無いんですかっ! もっと興味持ってあげてくださいよ! 主にキョーカの為に」
「あんなの出場したってどーすんだよ? 神殿魔術師にでもなるのか?」
「そうですよ! キョーカは神殿魔術師になりたいんです。キョーカってば成績は抜群に良いんですからあとは戦闘――ひいてはグラマスさえ出ちゃえばもう推薦枠確定みたいなものです!」
クレームを叫ぶキョーカノコに諭すようにしてレイルは告げる。
「やめとけ。おまえは向いてねーよ、神殿魔術師」
「なんでですかー」
頬を膨らませてキョーカノコ。
そんな彼女に答えを言いかけて、結局レイルは肩をすくめるに終わった。
まあたぶん、察するに、キョーカノコはとっても無邪気な性質しているから――てなところではないか。
確かにあそこは、生き残れるひとと潰れるひととの差がはっきりしていて、純粋な人っていうのはだいたい後者の憂き目にあう。
「神殿はもっと――生真面目な人か、適当な人とかの方が向いてるだろうね」
シグルはレイルの補足をする。
ちなみに真面目なだけじゃダメだ。生真面目でないといけない。
ただ真面目なだけの人はむしろ向いていない。ある程度の感覚が麻痺している病的なまでの真面目さでないとあそこでは適応出来ないだろう。
「向いてようが向いていまいがそんなの知りません。キョーカはどうしたって成り上がってやるんです。協力してください。具体的に言うと、適当に戦ってわざと負けたりするのやめてください」
彼女はこう見えて、意外と上昇志向の鬼だ。
シグルにとって、御前試合なんていうのは敵の前に生身を晒す行為なので、うまみがゼロどころかむしろはっきりとマイナスなので、なにをどうしたって出たくない。
だから本当はすべてのランクマを欠場でも良いくらいなのだが、それでは塔の魔術師としての体裁を保つことが難しく、それ故に、『出場ボーダーに微妙に足りない』くらいの累積ポイント帯を維持する方針で勝ち負けの調整を行っている。
レイルはシグルと意思を同じくする同志であるが、キョーカノコはこの通りでしきりにこちらのやる気を促そうとしてくる。
まあ心中は察するが……、
「何度も言うけどキョーカノコ、『絶対にグラマスには出ない』というのが俺たちのチーム方針だから、もし嫌ならさっさとここを抜けて、別の奴とチーム組んだ方がいいぞ?」
「それ本気で言ってます? じゃあ先輩はキョーカと離ればなれになっても別にかまわないっていうんですか? ていうかキョーカが他の方と組んで上手くやっていけるって本気で思ってるんですか? 普通に無理なんで冷たくしないでもらえますか」
知らんがな。なんだその訴え。悲しくなってくるわ。
――と。そんなことを話していると、
『そうですね――ここでひとつ、僕たちは宣言しておきたいことがあります――』
下の会場では、優勝者へのインタビューが始まったようで、優勝チームのリーダーの拡声音声が響いてきた。
『僕は――いえ、僕たちは――、かねてよりとある一つの事実を皆に広く知ってもらいたいと、強く訴え続けてきています』
「きゃー!」
「かっこいー!」
「さいきょー!」
そんな黄色い声が観覧席から多数聞こえてくる。そしてそのチームリーダーはそんな声援に酔いしれるように、演技がかった身振りで悦に入って続けた。
『そしてとうとう、そのとある事実を身を以て証明する手はずが整ったのかなあと――そう思います。故に事前に、この場で宣言をし、その上で見せつけられたら――と』
「きゃー! 見せてー!」
「見たーい! かつとこみたーい!」
「かっこいー! かってー! かっこいーとこみせてー!」
どうやら彼の固定ファン(?)の間ではそのとある事実というものは既知のことであるらしい。客席がえらくヒートアップしていた。
ちなみにシグルをはじめとするチームレイゲントンDの面々は、誰一人として認知していなかったので、いったいなんだろう? とそれなりの興味でその者のことを注視していた。
――ら、なぜかその色男とシグルの視線が交わる。
『ふふふ、しかしどうやら相手も、それを見越して僕たちの試合に――敵情視察にやって来てくれたようだ……』
そしてそんな訳のわからないことを述べながら、スッと、彼はこちらを指さした。
その瞬間、会場中の視線がザッ――と、こちらの方に集中する。
(…………?)
シグルは不思議に思って背後を振り返った。
誰もいなかった。
『あはは――いやいや、そんな今さら、とぼけたふりをしなくてもいいんだよ。レイゲントンゼミのシグルくん。今さらだ……そうだろう? ここはお互い素直になろうじゃないか。きみは僕を意識している。そして僕もきみを警戒している』
名前を呼ばれた。すごい素で驚いた。
けど彼の発言のせいかみんなには往生際の悪い人みたいな眼で見られた。
(……あいつ誰だ?)
もしかしてスゴい有名人で知らないとマズいのかと思って隣のキョーカノコに小声で訊いた。
「彼はクリシュドールゼミAチームのリーダーです」
キリッとして答えるキョーカノコ。
いや、でもそんな「村人Aです」みたいレベルの答えで得意げになられても。
あ、でもクリシュドールなのか。
クリシュドールのリーダーは不敵に笑い(その笑顔が実際もの凄くカッコいい!)、巻き起こる黄色い歓声を一身に浴びながら話を続ける。
『ふふふ、……どうだった? 僕の試合の偵察の結果は? なにか収穫があったかな? ん? どうなんだい?』
シグルは相変わらずそれが自分に向けられている問いであることに最初気づけなかった。
しかしいつの間にやらやって来ていたインタビュアーに拡声器を向けられ、「え?」と困惑しつつも納得してとりあえず当たり障りのない感想を述べる。
『あ……、大変素晴らしい試合だったと思います。……その、優勝おめでとうございます』
『ふふ……ふふっふ、なんだいその、まるで本当は内容を見ていなかったと言わんばかりの感想は。往生際が悪いな。もしかしてまだ、ふりを続けているのかい?』
ていうか本当に見ていなかったのだけれど、そんな無礼なこと言えるわけ無いし、なので巻き起こるブーイングを甘んじて受けておく。
『まあいい。彼もああして反省の色を見せてくれているから、大目に見てやろうと思う。みんも是非そうしてくれ』
「きゃーやさしー!」
「そーするー!」
「わたしにもやさしくしてー!」
そんな全行程の声が次々と巻き起こっていた。シグルはそれらについて普通にちょっと羨ましく思った。
『そしてだからこそ、これから行うこの宣言からも、彼は逃げる事無く応じてくれるだろうと思う。そしてその結果、かねてからの僕の訴えであるとある事実が、まさしく動かぬ真実であるとみんな知ることになるだろう!』
なんかよくわからないが、とにかくこれから、彼が真実と信じて止まないその事柄を述べるらしい。
彼はこちらをビシッと真っ直ぐ指さし、告げた。
『みんな知っての通り、僕はずっとこう訴え続けてきていた! レイゲントンゼミこそが最強――それは大きな間違いであると! 僕たちは次節、彼らと当たる! だからこそその直接対決にて証明してみせよう! これは格付け対決の申し出だ! シグルくん……いいかげん僕たちの甲乙をはっきりつけようじゃないか。まさか逃げまい? ふふ……わかるよ、しかし認めろよ、いや認めざるをえない。君たちの中で今もくすぶっているその不安を事実として突きつけてやるよ!』
彼はそこまで冗長に述べると、最後に首切りと地獄に落ちろのジェスチャーをして、
『おまえは僕の下だ――』
そう――、締めくくった。
会場が沸き上がった。