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没落貴族だけど転生したら最強モンスター一家になっていたので世界を相手取ります  作者: ガラムマサラ
第一部 グリフォンブラッド家の侵攻 ―――新生覇王国創起 編
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生存者の視点です



 アブリル・ライラストリアスは、見知らぬ艦の中で目を覚ました。


(ここは……?)


 何がなんだかわからない。

 が、すぐ近くに座っていた女性がこちらに気がつき、


魔術師(マスター)アブリル! 気がつきましたか! 良かった!」


 顔をのぞき込んで宣ってから、周りの者にその旨を叫んだ。


「ここは……?」


 激しく頭痛がする。記憶も混濁している。


(この人は誰? 私は気を失っていたの? どうして?)


 目の前のこの女性の正体は、着ている国衣からすぐに判明した。

 赤と白の制服に両腕の無い女神の紋章――それはたしかアンダルシア女王国の国衣であったはずだ。つまり彼女は、女王国の使者なのだろう。


(――――っ! そうだ――私は――!)


 女王国の名を契機に、一瞬にして記憶が蘇ってくる。

 あの鮮烈なる――負の記憶。


(私は――フルグラ王艦隊の護衛の任について――それで――)


 襲撃者と対峙した。そして完膚なきまでの力の差を見せつけられて負けたのだ。


(それで気を失っていた? 私は生き延びたの? ということはこの人たちは……救助隊?)


「艦隊は……王の、あの艦隊は……?」


 まだ声が上手く出せない。が、それでも、どうしても早く、あの時の顛末が知りたかった。いったい艦隊はどうなっていたのか? あの時の、あの仮面の男は――いったいどうなったのか。


「……っ! マスター・アブリル。大変……言いにくいことなのですが……」


 その女王国の使者は、痛切な悲しみに打ちひしがれている風に顔をしかめ、やがて言った。


「……――フルグラ王を乗せた艦隊は……、全滅。乗員はあなたひとりを除き、全員の死亡が確認されています」


「――――ッ!?」


 アブリルは――


 震えた。


 心が、芯から揺さぶられたのを感じた。


(ということはあの男――――!)


 艦隊を襲ったあの男――


(まさかたったひとりで、あの数の艦隊と人間を、撃滅したというの――!?)


 恐ろしいほどの衝撃が走った。そしてもう一度身体が震える。


「大丈夫ですか? 可哀想に……震えている。怖かったのでしょう」


 女王国使者が同情の声をかけてきている。


 しかし当のアブリルに、そんな声は届いてはいない。


 ふらつき項垂れようとする頭を、アブリルは慌てて左手で押さえた。

 そのまま顔を手で覆いながら、そして未だ震え続けながら、彼女はその感動と羨望からくる(、、、、、、、、、)震えに、快感すら覚え始めていた。


(あぁ……――)


 未だかつてない至極の感情が、彼女を包み、染め上げていく。


(――私を圧倒したあの人は――あのあと、どれだけ多くの人間を蹴散らしたというの? あの艦隊にはどれほどの人間が乗っていた? それをあの人はたったひとりで、きっと、然程の時間も労力もかけずに、やり遂げてしまったに違いない――)


 すごい――

 すごすぎる。


 これまで誠実に、切実に、どこまでも愚直に、才能に溺れる事無く才能を磨きあげてきた彼女だからこそわかる。

 だからこそ震える。

 それまでの自分自身の価値観が見事に瓦解していくのがわかる。


 あれは――――


        ――――化け物だ。


 誰にも勝てるはずがない。

 あれが、負けるところなんて想像出来ない。

 いや、むしろ負かしてはいけない。負かさせてはならない。あれは誰にもかしずく事無く、我々の頂点に君臨して然るべき存在だ。


 何度目かの衝動に、尚も身体が震えた。


 求めている。

 身体が、求めている。


 そう、彼女は心から、願っていた。


(……もう一度、会いたい)


 アブリルの簡易ベッドのところに、先ほどの女とは別の、男の使者がやって来た。胸元の紋章――その枠を飾り立てているものから察するに、女王国軍の将校である。


「女王国軍の者だ。今我々はフルグラ王国に向かっている。その前に取り急ぎ、かの艦隊に何があったのか――それをできる限り知っておく必要がある。そこでマスターアブリル、きみに聞いておきたい。王の身に、いったい何があったんだね?」


 アブリルは不粋にも寝起きの乙女の前に顔を近づけてくる、この動物のような男を見つめながら、いったいどう答えるべきかを考えていた。


 本来なら、あの素晴らしき力について、大声で叫びたい。


 でも、それでは――


(すべてを答えてしまっては、あの方(、、、)は困ってしまうだろうか)


「なにを黙っている。早くなんとか言ったらどうだ?」


 偉そうに詰め寄ってくるクリーチャーのような顔をしたその将校を、アブリルはキツく睨み付ける。


「な、なんだ……その目は……」


 そんなことで狼狽える彼の反応を見て、ウンザリとした。


 彼ら(軍人)の中には魔術師のことを毛嫌いしている者が多くいる。それは前からわかっていたことであり、それを態度に露骨に表してくる者も珍しくない。

 そんな彼らが、撃滅された王艦隊に乗っていた魔術師に聴取するという立場を利用し、こちらを貶めることで、普段の憂さ晴らしをしたいというのも、まあ理解出来る。

 突き合ってやっても良いし、普段なら黙ってそうしていた。


 でも。

 なぜだろう。

 今日に限って。今に限っては。


 こんな男のストレス発散なんかに、突き合うなんて気には毛頭なれなかった。


 こんなことはこれまで一度もなかった。

 彼女はいつだって公平で、公正で、誠実であった。

 いかに相手が無礼な奴であろうと、できる限り尊重しようと努力していたし、苛立ちを感じていてもはっきりと態度にだすことなどしなかった。


 どんな者相手にでも、少なからず上辺だけでは、リスペクトすることをやめたことはなかった。


 なのに――

      ――なのに。


 今は、

 目の前のこの無力な(ちんけな)男が、

 立場を利用し虚勢を張っているだけのこの男が、

 心底、どうでもいいと感じる。


 こんな男との会話に、一分一秒たりとも、自身の時間を割きたくない。


(あの方のことを、考えていたい)


 どうすれば会えるだろうか。

 どうすれば会いに行けるだろうか。

 どこにいるのだろうか?

 いったい何者なのだろうか?


 男だった――

 たぶん、そうだ。

 あんな人か、この世にいたのだ。


「貴様! 無礼だぞ! なぜこちらを見ない! 女王国軍大尉たるこの私が――」


 なにか、取るに足らぬ者が、耳元で騒いでいる。


 王国の騎士が、いったいなんなだというのか。

 もはや、皇帝にすら、興味はない。

 だから、それに仕えている者にも、興味はない。

 だって、彼らにはあんな芸当は死んでも不可能なのだから。


 この世に生まれてから、絶えず未来を信じ、自分の力を信じ、他人を尊重し、地道に努力を積み上げてきたかの才女は――

 この日、完全に瓦解した。


「――――――! ――――――――!」


 まだ、なにか小バエが、意味のないことを喚いている。


「おまえこの私を無視して、いったいどうなるかわかっているだろうな!?」

「騎士様、落ち着いてください。彼女はまだ、目覚めたばかりで――」

「五月蠅い! どんな状態であろうと、私が聞いているんだぞ! 答えて然るべきだろう!? そうすべきなんだ! 魔術師風情がなにを調子にのりおって! 私に逆らったらどうなるかわかっているんだろうな!?」


 ああ――

 ほんとうにうるさい。


「どうなるんです?」

「――え?」


 アブリルは口を開いた。

 それまでの沈黙とは打って変わり、流ちょうに、鈴のように美しい声音で、それを問うた。


「だから、今おっしゃっていたじゃありませんか。あなたに逆らうと、いったい私はどうなるというのです?」

「痛いめに……」

「いったい誰がそれをするというのです?」

「そ、それは……然るべき……」

「然るべきなんです? まさか、ご自分の力ではかなわないから、御上に泣きついて、その力を借りて、それで私を――」

「馬鹿にするな! おまえなんぞ、この私ひとりの――」

「わかりました。それは決闘の申し込みということでよろしいですね」

「は?」

「ならやりましょう。甘んじて受けます」

「え?」

「今ここで、痛い目にあわせてみてくださいよ? まさか、この私が怖いですか? 勝てませんか?」


 予想外の反応だったのか、彼はたじろいだ。


「だ、だがおまえは病み上が――」

「関係ありません。今さっきご自分でおっしゃっていたじゃあありませんか。よろしいですね? では、はじめましょうか」


 彼女は有無を言わさず立ち上がる。その騎士の目と鼻の先に、棒立ちで、にこやかな笑みを浮かべた。

 ただ笑って立っているだけの彼女を前に、しかし騎士は動けない。汗を滲ませ、やがて震えをきたす。


「あ、――」


 なにかを彼が言いかけた。

 しかしそれをすべて言い終えることはなかった。

 次の瞬間――彼は宙を舞っていた。


 そして、大きな音を立てて、床に落ちる。


「があ――!」


 彼が床からこちらを見上げる。哀れなことに、涙ぐんでさえいる。その上で、なにかを必死に叫ぼうとしていた。


「――――――ッ!」


 だが、声が出ない。当然だ。思い切り、横隔膜を下から上に打ち上げたのだ。まともな呼吸などしばらく出来ず、声など出せるはずがない。


「わかりますよ――騎士様――」


 それを冷ややかにツヤっぽく見下ろし、アブリルは囁いた。


「まだ負けてない。降参などしない。おまえを痛い目にあわせてやる。かかってこい――そう言っているのですよね?」


「――――! ――――――! ――――――――ッ!」


 なにかを涙乍らに訴えている。しかし悲しいかな、やはりその声は聞こえない。


「ええ、ええ騎士様。ご安心を。私も――同じ気持ちです。途中でやめる気など毛ほどにもございません。やりましょうよ――最後まで。騎士様のご満足いただける結果がだせるまで、私は付き合って差し上げる所存ですよ?」


 騎士の声のない叫びが止まり、青ざめていくのがわかった。

 アブリルは始まった決闘を恐ろしげに遠巻きにしていた他のクルーに、笑顔を向け、


「邪魔にならぬよう、場所を移動しますね」


 そう言って、足下の木偶を思いきりドアの方に叩きつける。そして退出する。


 目の前のゴミを片付けながら、アブリルは心が冷め切っていくのがわかった。


(くだらない――)


 嗚呼本当に、しょうもない。


 早く――

 あの方にお会いしたい。

アブリル…ずいぶんと変わってしまいましたね


本日あと1話あげます

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