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 くじらは父に呼ばれて何かを話しているようだったが、那智はそれには参加せず、二階の自室に籠った。


 不意にスマホの音が鳴って、画面を覗く。


『くじらに会えた?』


 石戸からのメッセージ。

 思い出したように彼から貰ったプレゼントを開けると、そこには予想通り、ザトウクジラの置物が入っていた。


 いつだったか、那智は言ったことがある。コレを『くじら』の窓際に飾って、『くじら』で働いていたい……と。

『くじら』にはいくつか鯨モチーフの置物があった。那智は自分の鯨を一番いい場所に置いて、くじらを想いながら働きたいと願っていた。

 いつだって那智の特別な場所はあそこで、特別はくじらだったから。


 でもそれは、子供の那智にだけ許されていた事なのかもしれない……那智は今そんな風に感じている。



 あの時くじらは、那智を知らない目で見つめた。


 掴まれた腕が熱くて……だけど、嫌じゃなかった。



 それは今までとは違う。

 くじらは那智の知らない間に男の人になってしまった。

 那智も自分では変わってないと思っていたけれどそうじゃない。石戸が徐々に変わっていったように……くじらも、そして自分もそうなんだろう。


 もう那智は簡単に「くじらが好き」とは言えなくなっている。変わらないはずだったその想いは、いとも簡単に形を変えてしまった。形を変えただけで、存在はする。だが、戸惑ってはいた。


「『好き』な気持ちには変わりがない」と、以前の那智なら言っていた筈だ。


 ──今は言えない。


 石戸のメッセージを見て返信をしようとしたが、何も言葉が浮かんでこなかった。酷く彼に申し訳ないことをした……いや、してきたと、今更の様に思う。

 石戸の気持ちが煩わしかった。

 気持ちをわけたがっていたのは、自分の方だったのだ……那智はそう自覚した。彼が曖昧なままにやり過ごそうとしていたことすら、不快に思っていたのだ。変わってしまったものが、許せなくて。


(でもきっと同じかもしれない)


 気付いてしまったから。

 やっぱり那智はくじらが好きだ、と。


 嫌悪しているあれこれを超えて、それは確かにそこにあった。


 石戸はきっと、都会に出て那智とは違う誰かを好きになるのだろう。


(……くじらは誰かを好きになるのかな)


 自分の知らないところで。

 知らない誰かの事を。


(私はずっと、くじらを好きなのかな)


 彼がいなくなった後、この地で。

 或いは、どこか違うところで?


 那智には想像が出来なかった。



 ここが好きだ。『くじら』が好きだ。


 何度考えても、その気持ちは変わらない気がした。それを『特別』にするには、大人になったら許されないとしても。



 ──くじらは他人なのだから。



 今更、ようやくわかった。

 不確かじゃない、変わらない事。



 不確かと言われても仕方ないもうひとつの事。

 それでも強い事。



 きっと、ずっとくじらが好きだ。

 形が変わっても、ずっと。





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