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「那智!」


 那智がくじらに会いに行くより早く、くじらは那智の元に現れた。


「くじら……!」

「おかえり~」


『おかえり』と先に言われた那智は、少し嫌味を言いたくなって「ただいま」ではなく「おかえり」と口にする。くじらはそれにちょっとはにかんで頭を掻いたが、悪びれた様子はない。


「……ただいま」

「……うん」


 那智もはにかんで「ただいま」と言うと、ふたりは目を合わせて小さく笑った。


「すれ違いにならなくて良かった」

「……迎えに来てくれたの?」


 那智の質問にくじらは答えず、代わりに携えている自転車の荷台を軽く叩く。

 無言のまま那智はそれに従った。後ろ向きで荷台に乗るのが、いつものパターンだ。




 ──ああ、そっか。


 毎年この時期になると港や観光ホテル付近で花火大会が頻繁に行われる。

 その内の1回を見に、必ず毎年くじらは那智を連れ出して、灯台の先にある小さなビルへと向かうのが数年前習わしになっていた。多分、それが誕生日プレゼントなのだろう……那智はそう理解している。


 このビルは別に廃ビルという訳ではなく、昼間は倉庫として使用されている。

 持ち主の老人とたまたま仲良くなった那智とくじらは、「花火を見るとき外階段を使うといい」と言われてからそうしていた。9時までは警備の人がいるので、その方が安全だから、と。


 実際この期間は遅くまで灯台を開放しているが、人が多い分トラブルも多いのだ。




 二人乗り。夏の夕暮れに長い影が伸び、街灯やスピードに合わせて古いフィルムのように移動を繰り返す。

 なるべく人に見られない、最短のルートを使って自転車は進む。




 那智は健康的に焼けた肌に、細く長い手足……少年の様な体型と伸びてしまったショートヘアーのようないい加減な髪型をしているが、非常に整った顔をしている。

 きっと中性的なのは今だけで、日焼けがとれて、化粧をするようになる頃……つまり高校を卒業すれば、目を見張るような女性になるだろうと思っているものも多かった。


 那智はそういう意見を曖昧な笑顔で受け流していたが、内心では煩わしく愉快ではなかった。元々あまりしなかった女の子らしい格好は、思春期と共に益々しなくなっていった。今日の那智はロング丈のデニムシャツと、そこから少し裾が出る程度のキュロットスカートに七分丈のスパッツ。いつもより大分気を使って、この程度。


 そんな那智だが、くじらが自分のことや、周囲のそういう反応にどう思ってるのかだけは……常日頃から気になっていた。


(多分、気にもしてないんだろうな)


 そうだと思うが、それを少し残念な気も、どこかそうであって欲しいような気もしている。



 ──くじらが好きだ。

 ただそれを「どんな意味で?」と尋ねられると、那智はいつも困ってしまう。

 何故皆、分類したがるのか。

 気持ちなど、自分のですら不確かで……曖昧なモノなのに。


 それを狡いと言うのなら、一生狡いままでいい。




 途中のコンビニでお菓子と飲み物を購入し、警備の人に挨拶してからビルの上まで昇る。まだ花火の時間には少し早い。

 ふたりは缶ジュースで乾杯した。


「まだちょっと早いけど、誕生日おめでとう」

「うん。ありがとう」


 毎年恒例になっているコレは、来年にはないかもしれない……来年あってもいずれは無くなるのだろう。

 そんなことを考えて少し切ない気持ちになるも、先の約束などしたくはない。

 いつだってそれが自然な形だ、そう思うから。


「那智は店、継ぎたいんだって?」

「うん、ダメ?」

「俺の家だけど……俺の店じゃないからなぁ」

「そうだね……でも」

「……俺と結婚して店継ぐって?」

「…………ダメ?」

「いや………………ダメ?っておま」


 くじらは一瞬呆れた顔をしたが、言葉を全て紡げないまま大爆笑する。だが那智はそんなくじらにも動じず、真面目な顔を崩さなかった。ひとしきり笑ったあと、溜め息のようにはあ、と息を吐いてくじらは続けた。


「…………那智、結婚は好きなヤツとした方がいい。多分」

「好きだよ、くじら」

「そうなの?」


 くじらはそりゃどうも、と相変わらず笑っていたが、次に発した言葉と彼の口調に軽さはなかった。



「……でも俺、誓えない。 病めるときも健やかな時も、どちらでなくとも…………那智の人生に責任、負えない」

「知ってる、別にいい。それで」

「……やだよ、俺はいやだ」

「くじらは、私のこと嫌い?」

「俺は、」


 くじらがなにか答えた瞬間、どん、と花火の上がる音がしてふたりは空を見た。


「……始まったね」

「うん……」


 ふたりは暫く黙って花火を眺める。

 平日に開催される花火大会は観光ホテルや、昼に那智が石戸と訪れた水族館の、小規模なもの。

 大輪の菊が広がるような大玉は然して上がらないが、代わりに小さなものが沢山上がり、小花模様のように夜空を彩る。


 時間はそう長くはない。

 始まってしまえばあっという間に終わる。

 だからいつも平日の花火を見るのだ。

 それは那智の両親に心配をかけないためであり、那智の為であり、また……くじらの為でもあった。



 ──くじらは1つの場所に長く留まるのが得意じゃないから。




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