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 くじらが帰ってきた。


 那智がそれを聞いたのは、石戸の口からだった。


 8月をまだ迎えていない水曜日、石戸と那智は水族館に出向いていた。

 メッセージアプリで「水族館に行く日時」を当然のように聞いてくる石戸に那智は少々辟易しつつも、敢えてそれに乗ることにしたのだ。



 あのあと那智は石戸からのメッセージを受けて、きちんと考えることにした。

 真面目に彼の事を考えたことが今まで全くなかったとは言わないが、スマホのメッセージを見ても、あの日の言葉にしても、どこか明確にしたくない気配が感じられた。


 ……彼もまた、悩んでいるのではないか。そんな風に思う。


 これから先の自身のことや、それと共に変わっていくあれこれを想像して。

 那智との関係を、ただ自然に任すのはもどかしかったのかもしれない。


 それは那智が今、感じている事でもあった。

 勿論石戸とは、きっと大きく違っているけれど。


 石戸が何かを自分に伝えたいなら、それにはきちんとなにかしらの返事をしたかった。何も言わないのなら、それはそれでいいと思う。



 だから、このタイミングで石戸からくじらが戻ってきた事など、聞きたくはなかった。きちんと石戸に向き合いたかったのに、台無しじゃないか。

 くじらのことや自分のことばかり考えてしまう。


 当の石戸(ほんにん)はそれを解していないようで、那智がくじらの話を流すと嬉しそうな表情(かお)をする。

 そんなところもくじらと比べてしまっているのに。



 くじらは人の顔色や反応を窺ったりなんてしない。基本的に周囲への興味が薄いのだ。

 ()()()()()皆と馴染め、折衷案や代替案が出せる。『皆が幸せならいいよね』と言うのは、どちらかを犠牲にするほどの思い入れがどちらにもないからだ。



 ──それを知っているのは自分だけだ、と那智は思っていた。



「大庭、ここで待ってて。 なにか買ってくる。 なにがいい?」

「ありがとう、石戸君と同じでいいよ」


 水曜とは言え夏休み中だ。

 館内のフードコートは人が多くて、座る席が見当たらない。少し離れた屋外のベンチに那智を座らせ、石戸は「なにか食べやすいものを買ってくるね」と言いながらフードコートへと入っていった。


 夏の強い日射しがジリジリとアスファルトを照りつけるが、幸いベンチは建物と木の影がかかるような位置に設置されていた。人が座っていなかったベンチだけあって、少し目立たない。

 ベンチの正面は売店部分の横の壁で、ガラス窓にはイルカやペンギンのぬいぐるみや、ポストカード、オリジナルのプリントエコバッグ等の商品が飾られているのが見える。

 そこの隅に飾られている、30㎝位はある鯨のフィギュアを、那智はぼんやりと眺めていた。


(そっか……くじら、帰ってきたんだ)


 嬉しい。何から話そう。

 ……駄目だ、今こんな気持ちになるのは。


(何で石戸君、くじらの話なんか)


 こないだもそうだ。

 自分に好意があるような素振りをしながら、焚き付ける様なことを言う。石戸にはそういうところがあり、那智はそれを時に不快に思いながらも嫌いではないと感じていた。


 くじらのことは大好きだけど、石戸以上にわかりあえない、彼特有のなにか。

 言ってしまえば石戸のそういう部分は、くじらが決して持ち合わせない部分だ。




「もうすぐ誕生日だね」


 軽食を摂ってから、 ふたりは暫くのんびりと他愛もない話をしていたが……少し間が空いた後で、石戸はそう言った。彼には珍しくわざとらしい言葉運びに緊張を感じ、那智もまた緊張をする。


「うん……よく覚えてたね?」

「まぁね……」

「「…………」」


 一緒に過ごしたい、とか言われるのだろうか……、と那智は緊張した。「どういう気持ちからなのか」と聞きたくはないが、なし崩しに一緒に過ごすのもそれはそれで嫌だ。


 だが石戸はそうは言わなかった。


 気まずい沈黙の後で「そろそろ行こう」とだけ言って、那智を促す。



 それから帰り道まで、特別な事は何も話さなかった。



 ただ、別れ際に石戸は「コレ」と那智に水族館の紙袋を差し出してきた。


「誕生日プレゼント」


 大きさからお土産だと思っていたそれは、那智へのプレゼント。


「……石戸君」

「大庭は、さ? 出ないつもりなんでしょ、この町から。…………だから」


 石戸の言葉に息を飲んで、彼を見詰める那智とは対照的に、石戸は俯いて那智の方を見ようとはしなかった。


「………………ありがとう」

「うん」


 じゃあ、またね。明るくそう言って、石戸は那智を家まで送ることなく帰る。

 テープで閉じられた袋をゆっくり開けると、そこには不織布でできた水色のバッグに赤いサテンのリボンで包装されたモノ……開けずとも手触りで直ぐそれがなにかを理解した。




 ────くじらに会いたい。



 那智は『くじら』に足を向ける。


 きっと石戸は、だから那智を送らなかった……そう思って。

書式に悩む、今日この頃。

結局何が正解か掴めなくて、読みやすさだけ考えて後々改行し直しまくった半年程前を思いだします。

なんだか今回もそうなりそうな予感。

……成長してねぇ。


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