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くじらと、  作者: 砂臥 環


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10/10

 窓を開けると心地好い風が吹く。

 潮の匂い。


 那智はそれに気付いてベランダへ出た。


 ──あれから2年の月日が経ち、伸ばしっぱなしにしていた那智のストレートの黒髪は、背中の半ばまで伸びていた。

 別に長いのが好きなわけでもないが、なんとなく……願掛けの様な気持ちで伸ばし続けている。


 くじらの無事を祈って。


 彼が自衛隊でどんな仕事をしているかなど那智にはよくわからないが、なんとなく危険な仕事の様な気になってしまう。

 今まで彼が放浪してた時、何故あんなに平気でいられたのかと今になって思う。

 なんでいつでも『くじらは帰ってくるものだ』と思い込んで疑わなかったのか。


(早く……髪、切りたいな)


 ポニーテールに纏めた髪が潮風に靡く。

 那智は窓の内側から見つけた、空に浮かんだ鯨の様な雲を暫く眺めていた。



 今夜は花火大会がある。



 去年も一昨年も、くじらは帰ってこなかった。代わりに那智の誕生日には、ぬいぐるみ電報が届いた。


(……多分何かしようと思ったけど、何していいかわかんなかったんだろうな)


 くじららしいといえば、くじららしい。

 花火大会だってきっと、そんな感じの流れだったのだろう。


 2年と数ヵ月の間、全く会ってない訳ではない。くじらも休みの折りには一応帰ってきたりもした。ただし、前もってわかってる筈なのに連絡は寄越さない。

 くじら曰く「直前になって気が変わったら嫌だから」だそうだ。

「何回か気が変わった?」と那智が尋ねると誤魔化すように笑っていた。


「以前より日に焼けて逞しくなったが、相変わらすだな」


 等とマスターは言っていたが、那智はそうは思っていない。ただそれはくじらが変わったのではなくて、那智のくじらへの見方が変わっただけなのがもしれないけれど。



 ──一度那智はくじらを『くじら』の近くで見かけたことがある。



 なんとなく声を掛けづらい空気で那智がどうするか悩んでいるうちに、くじらは家には戻らず何処かに行ってしまった。……わざわざ近くまで戻って来ていたのに。


(くじらも色々考えてるんだ……)


 当たり前だけど、そんな風に思った。




 週末の那智の朝は早い。

 あれから那智は試行錯誤の末、『くじら』の名物作りに成功していた。

 当初はクッキーや焼き菓子など、お土産に持ち帰れる様なスイーツばかりを作っていた那智だったが、地元の特産を使った程度のモノは幾らでもある。友人である文香も言っていた様に、そもそも菓子作りを専門に習ったわけでもないので味も特別どうと言うこともなく……精々くじらの形にするくらいだ。

 色々考えて購買層を『海釣り客』に絞り、安価で提供できる丼の弁当を販売することにした。中には醤油ベースの、味付けの濃い目の炊き込みご飯と漬け物しか入っていない。釣った魚をその場で乗せて食べられる、というのが売りである。(釣れなくてもそれなりに旨い)

 爆発的な人気はないが、これがそこそこに評価を得、現在に至る。



 平日も『くじら』で働いてはいるが今日は1日休みの那智は、少し朝寝坊をしてゆっくり起きた。

 両親は働いている。今日は客として『くじら』に行こうと、昼前に家を出ることにした。




「──すみません」


 海岸沿いを歩いていた那智は、後ろから声を掛けられて振り向く。そこにいたのは日焼けした体格の良い青年で、那智は一瞬くじらかと思い、ドキリとした。


「……はい?」

「地元の方ですか? ここを探してるんですが……」


 そこにはざっくり書かれすぎていて、よくわからない地図。確かに地元の人間でないとよくわからないだろう。

 那智が青年に説明すると、彼は礼を丁寧に述べた後遠慮がちに那智を食事に誘った。


「折角ですが約束があるので」


 そう断ると、相手はそれ以上しつこくすることもなく……少しだけ残念そうにはにかみながらもう一度礼を言って歩いていく。


 凪いだ海。

 海面が陽射しを浴びてキラキラと光る。


 空に浮かんでいた鯨の様な雲はもう形を変えてしまったが、那智の頭にはやはりキラキラした瞳の変わらないくじらの姿が思い浮かんだ。



 くじらに会いたい。


 話したいことが沢山、ある。


 今なら前より少しだけ、上手く話せる気がするから。



「──あの、すみません」


(いやだ、行ったんじゃなかったの……)


 那智はそう思って眉をひそめながら迷惑げに振り向いた。だが──



「──っ!!」



 そこにいたのはくじらだった。


「地元の方ですか? ……『くじら』って店に行きたいんですけど、良かったら案内してくれません?」


(…………なにを言ってんだか……っていうかいつから見てたの……?)


 那智は呆れて「ばか」と小さく言った。何だか上手く声が出てこなくて、代わりに涙が溢れてくる。



 話したいことが沢山あるのに。



 変わらないものなどなくても、ここにいたいという気持ち。

 伝えてないことが沢山あったと気付いて、待ってるのが初めて怖いと思ったこと。


 それから────




 くじらは特に昇給試験を受けることなく、任期を終えて帰ってきた。元々そのつもりだったらしい。


「……約束があった?」


 那智はくじらの言葉に笑って頷く。


「ちゃんとした約束じゃないけどね。 でも来てくれた」


 ──今年の誕生日は、今日にする。


 そう言うと、くじらも笑った。







挿絵(By みてみん)

秋の桜子さん、ありがとうございました!

閲覧ありがとうございました。


まぁ、このあと色々あるんですけど、書くと無粋かな~とか思ってやめときました。

ご想像におまかせします。


⑩の冒頭部分は、秋の桜子さんに頂いたFAを参考にさせて頂きました。

桜子さん、ありがとうございました!!



誤字報告、ありがとうございます!

まさかの名前(漢字)を間違えていた……!orz

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなく流され過ぎていってしまう学生時代の表現が、なんとも秀逸だなと思いました。 自分が本当にやりたいことを見つけるって難しいですよねー。 夕立なんて、「あれが好きこれも好き」、な感じだ…
[一言] エッセイ「なまこが紹介する、『お気に入り短編集』」の紹介でお邪魔しました(様式美!!!!)。 やっぱ終わり方がイイんですよね〜。 最初に読んだ時は、「ここで終わるの!?」と思ったこともありま…
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