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3話じゃ終わらないので、副題を①にしました。

 

 今でも鮮明に思い出すのは、あの時の彼の瞳。



 ***


 汽笛の音が遠くに聴こえる、港町。那智(なち)はそこに住んでいる。産まれてからずっと。

 海の見える喫茶店が、()の実家。


「こんにちは」

「あぁ、なっちゃん」


 仕事を終えた漁師さんの為に早くから開いている店へと足を踏み入れると、愛想よくマスターとママが出迎えてくれる。

 ただし、今朝の笑顔の微妙さに那智はそれを察した。


「くじら……またいなくなったんですか?」


『くじら』……それはこの店の名前であり、ひとり息子の名前でもある。

 くじらは気持ちのいい少年だが、悪癖があり、気が付くと何処かに行ってしまう。……所謂(いわゆる)放浪癖、というやつだ。


「学校が休みに入るからそのうちやると思っていたけど、今回は休み前とはね……油断したわ」


 そうは言っても、流石に17になったのでもうあまり心配はしていない。心配はしているが、その度合いが大分下がったと言うべきか。

 ママが歳よりも大分若く見える顔をクシャッとして『してやられた』というおどけた表情を見せるので、表情が少ない、と言われる那智もつられて口角を上げる。「悪いが配布物を貰ってきてくれる?」というマスターの言葉に、曖昧な笑顔で応えて学校へと向かった。




 通常ならば幼馴染みであれ、通知票などは渡したりはしない。しかし、ここは田舎町。高校は1つしかなく、地元に残る子はほぼ全てそこに進学した。


 この高校は珍しいことに、『普通科』『普通科水産コース』『普通科商業コース』に別れており、圧倒的多数が『普通科水産コース』を希望する。勿論地元に残り、漁師を継ぐ者等はここを希望するが、実のところ多くの生徒は外部からの入学であり、寮に入る事が多い。


 那智もくじらもその中では少数派である、『普通科』の人間だ。


『普通科』は『進学コース』とも呼ばれているが、実際のところは特別に進学する者が多いわけでもない。ただし、この学校の中で進学希望者は、漏れ無く三年時には『普通科』へと入れられる。



 くじらは特に進学組ではないということもあって、先生は一応口止めをしつつも、あっさり通知票を那智に渡した。


「あ、アイツにあったら『いい加減進路希望調査書出せ』って言っといて」

「……まだ出してないんですか」

「それな。 もう次は二学期だ……どーする気なんだか」

「どうする、もないんじゃないですか。……多分、したいようにする」


 那智の言葉に担任、相良(さがら)は「そうなんだろ~ねぇ」とぼやきながらも諦めた様に笑っていたが、那智を見てひとつ、溜め息を吐く。


「……那智はどうすんの」


 実のところ、那智もまだ進路希望調査書を提出していない。考えていることはあるのだが、言葉にするには勢いが足らないのだ。


「名前で呼ぶの……やめてください」


 相良も地元民で近所の兄さんだが、そういう感じを出されるのが那智はあまり好きではない。地元が好きだからこそ、外部生から「贔屓」と取られるような真似をしてほしくはないのだ。

 相良はもう一度軽く溜め息を吐いて、新しい進路希望調査書を那智に渡した。





大庭(おおば)


 下駄箱の前で声を掛けられて振り向くと、そこには地元組の中で最も優秀な石戸(いしど)が立っていた。

 石戸の家はお金持ちだが、水産事業には関わっていない為、何故進学先をここにしたのか皆に不思議がられている。事実石戸は、何処か皆より大人びていて文化的な匂いのする、ここでは少し異質な存在でもあった。

 石戸に「一緒に帰ろう」と誘われ、那智は少し嫌だったが断る理由もない。半歩程後ろに下がる形でそれに従う。


「……進学、しないの」


 やはりその話か……そう思って那智はじわり、と眉根を寄せた。石戸のことは嫌いではないが、価値観の押し付けはやめてほしいと常々思っている。何故か石戸は那智に構う。『何故』とは言ってもその理由もうっすら感じてはいるが、明確にはしたくない。


「しない」

「どうして?」

「意味がないから」

「そんなこと……」


 ない、と続けようとする石戸の言葉を遮るように那智が足を止めると、彼もそれ以上は何も言わなかった。那智はもって回った言い方がそんなに得意ではないが、口論は好きではない。


「またどっか行っちゃったって?くじら」

「そうなの」


 くじらの話になると少しだけトーンが上がるのを理解してこの話を振ったものの、それは石戸にとってはあまり愉快な事ではなかった。ただ、彼を貶めるようなことを口にするのは逆効果であるし、石戸自身のプライドもそれを許さない。

 代わりに那智にとって最も残酷な質問をする。


「大庭はくじらについていかないの」

「やめてよ……くじらは私とは違う」


 その答えに石戸は表情を変えないが、満足していた。


「夏休み、水族館にいかない?」

「……散々行ってるじゃない」


 港町であるここの観光スポットといったら、水族館。嫌になるほど石戸も那智も、地元の少年少女にとってのそれは、水族館と相場が決まっていた。あとは精々海に出る位のもので、レジャーとは言えたものではない。


「別にクルージングでもいいけど、嫌でしょ大庭は。 船酔いするし」

「……」


 船酔いするのもあるが、石戸とクルージングとか、冗談ではない。セレブ……、と多少の嫌味を込めて呟くが、石戸はカラカラと笑っていた。


「石戸君は船舶(免許)とるためにウチ入ったって本当だったんだ……」

「なにそれ、誰が言ったの?」


 そんなわけないじゃない、と笑う石戸が急に真面目な顔をしたことで、那智はギクリとした。


(あ、マズイ)


 しまった、と思ってももう遅い。



「大庭がいるから。……俺がこの高校に決めたの」



 ──石戸のことは嫌いじゃない。


 だから、そういうの、聞きたくなかった。

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