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朝、窓の外から差し込む光に目が醒める。目が覚めて最初に見えた光景は、残念ながら寝る前に見た異世界の宿の天井だった。

目が覚めたら元の世界に戻っているかもという淡い期待が裏切られた事にがっかりしつつ部屋を見回す。

この部屋に時計は無いが、一応俺は元の世界では健全な高校生として無遅刻無欠席を貫く生活をしていたので、おそらく今は朝の準備を済ませてから登校しても余裕で間に合うくらいの時間、といったところだろうか。

「おはようレイニア、もう起きてるかな?」

『……眠い……、まだ朝早いんだしもっと寝かせて……』

どうやらレイニアは朝が弱いらしい。まぁ、この世界では俺も学校に行く必要はないのでゆっくり寝てても良いのだろうか。そんな誘惑に心を惹かれつつも上半身を起こし、改めて自分の身体を見回す。

俺の視界に映る身体は、レイニアの声が聞こえるのだから当たり前ではあるが女の子のままだ。

次は部屋に据え付けられた鏡の前に移動する。鏡に映るその顔は寝起きでボサボサの髪すらも美しさを引き立てているかの様に見えるくらいの美少女だ。俺は元の世界では17年間男として生きていたので女性の身だしなみというのがどういうものかイマイチ分からないのだけれど、化粧もせず、ボサボサの髪でこの美貌というのがとんでもない事だというのは何となく分かる。

そんな事を考えつつボーッと鏡を見ながらぎこちなく手櫛で髪を整えていると、なんだかおかしな気持ちになってくる。

「……早く元に戻る方法を見つけないと、この身体に慣れたら大変な事になりそうだ……」

『……何が大変なのよ?』

「うわぁっ!」

不意に声をかけられ驚いてしまう。

「れ、レイニア、起きてたのか……」

『目が覚めたら鏡にニヤニヤした私の顔が写ってるからびっくりしたわよ』

ニヤニヤって……、どうやら自分の身体でもないのにこの綺麗な顔を見て悦に入っていたらしい。これは本当に早く元に戻る方法を見つけないと大変な事になるぞ……。

『それと、私の大事な髪をそんな手櫛で適当に手入れするなんてやめてよね』

そう言うとレイニアは髪の手入れのやり方を指事し始める。女性の髪の手入れの仕方なんて全く分からない俺は、言われるがままにレイニアの指示に従うしかない。

そして悪戦苦闘しつつもレイニアの指示のお陰で髪の手入れを終えた俺は、部屋を出て隣のシアが泊まっている部屋の前に立つ。流石に宿代も出してもらっているし、昨日危険な目にあわされたとは言えこのままシアを放ったらかしにするのはどうかと思うのだが……。

「さて、どうしたものか」

『ユリト、貴方優しいと言うか甘いと言うか……。まぁいいわ、流石にシアももう昨日みたいに襲ってきたりはしないでしょうし、もし襲ってきても返り討ちには出来るでしょうしね』

レイニアもこちらの考えが読めたらしく、取り敢えずシアと接触する事には賛成なようだ。まぁ、なるようになるだろう。

「シア、起きてるかな?」

扉をノックしつつ声をかけてみる。すると、少し扉が開かれ目の周りを赤く腫らせたシアが顔を覗かせる。

「あの……、ユリお姉様、おはようございます……」

シアがおっかなびっくり挨拶をしてくる。

「それと……、昨日はごめんなさい!わたしどうかしてたみたいです……。もう二度とあんな事はしません!……まぁ、お姉様には敵わないので、出来ないと言った方が正しいかもですけど……」

そして昨日の件についての謝罪を受ける。どうやら目の周りが腫れてるのは一晩寝ずに反省してたからみたいだ。

『んー、この姿を見せられると許してあげなきゃいけないかしらね……。シアも私達には敵わないって分かったみたいだし、もう大丈夫でしょう』

どうやらレイニアもシアを許す気になったようだ。

「えっと、シアも反省してるみたいだし、もう変な事をしなければ昨日の事は水に流すよ」

俺がそう言うとシアは今にも泣き出しそうな顔に笑顔をうかべ、勢いよく扉を開けて抱きついてくる。

「お姉様ぁ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!」

力一杯抱きつきながらごめんなさいを連呼するシア。やたらとこちらの胸に顔を当ててグリグリしているように見えるが今反省の言葉を述べてた所だし、きっと気のせいだろう。

しばらく抱きついた後、落ち着いたのかシアの方からゆっくりと離れる。

「それじゃ、朝食を食べてから、冒険者協会に行こうか」

「はい!お姉様!」

シアは元気よく返事をするとこちらに腕を絡ませて歩き出す。あれ?反省、してるんだよね……?

『やっぱり甘い顔しない方が良かったかもね……』

レイニアも呆れている。そのまま二人で宿の受付へ行き、宿の女将さんに挨拶をして、大通りで朝食のパンと飲み物を買う。流石に今買った飲み物に薬を混ぜるなんて事は出来ないだろうし、安心して朝食を食べる。

そして二人共が歩きながら朝食を食べ終わる頃、冒険者協会の建物が見えてくる。

とは言ってもこの世界に来て2日目の俺にはどれが何の建物なのかさっぱり分からないので、レイニアに教えてもらったから冒険者協会の建物が分かっただけなのだが。

入口の扉を開けて建物の中に入る。中はそこそこ広い空間にテーブルと椅子が並べられていて、奥に受付のカウンターが有る、というぱっと見昨日夕食を食べた店とあまり変わらない作りだった。見た目で店と違うのはカウンターの横に掲示板が据え付けてあり、色々な張り紙が貼られているという所だ。

ただ気になるのは受付の奥にいる女性以外、建物の中に人が居ないのはまだ早朝だからなのか、何か他に理由があるからなのか……。

『何度か冒険者協会に来たけれど、全く冒険者が居ないって言うのは初めてね』

レイニアの呟きからすると早朝だから人が居ないと言う理由の線は薄そうだ。そう言えば宿の女将さんが昨日、この街に来る冒険者が減ってきていると言っていたか。

俺が入口を入って直ぐのところで様子を見ていたら、シアは一人で受付へ歩いていく。

「おはようございます」

シアはこの状況を不思議に思う事もなく受付に居る女性に話しかけている。

「シアズさん、おはようございます」

受付の女性も普通に返事を返す。そしてシアは魔力溜まりの浄化がうまくいった事、モンスターが出現していたが討伐出来た事などを報告する。受付の女性はモンスターが出現したと聞いて驚いた表情を見せるが、討伐の報告を受けて安堵の表情に変わる。

「シアズさん魔力溜まりの浄化お疲れ様でした。そして依頼を達成した直後で申し訳ないのですが、新しい依頼が来ています」

「えぇ?また魔力溜まりが発生してるんですか?」

「はい、シアズさんには隣町まで移動してもらって、向こうの冒険者協会が報告を受けている魔力溜まりの浄化をお願いいたします。丁度今日これから隣町へ移動する商隊が出発するので、商隊の人たちと、護衛の冒険者と一緒に隣町まで移動してください」

確かシアは駆け出しの魔術師だと言っていた筈だが随分忙しいみたいだ。受付の女性も申し訳なさそうにシアに依頼している所を見ると、普段はこんなに忙しいというとこはないみたいだが……。

『魔力溜まりの発生頻度が増しているってシアが言ってたけど、これはちょっと異常なんじゃないかしら』

レイニアもこの状況はおかしく思っているようだ。

「魔力溜まりってそんなに発生しないものなのか?」

『そうね。普通は多くても数ヶ月に1度くらいかしら。同じ地域に連続で発生するなんてそれこそ数十年に一度とかの出来事だと思うわ』

レイニアの説明を聞くに、かなりのレアケースらしい。そうこうしていると報告と新たな依頼の受諾を済ませたシアがトボトボとこちらに戻ってくる。

「うぅぅ、お姉様、私は直ぐに別の街に移動しないといけなくなりました……」

「そうみたいだね……」

「お姉様はこの後どうするんですか?」

シアが何かにすがる様な目でこちらを見てくる。

「わたしはここで聞きたい事があるから受付のお姉さんと話をして、その後は多分一度家に戻る事になる、かな」

レイニアのお兄さんの事についての情報次第だが、恐らく一度レイニアの家には戻らないといけないだろう。つまりシアとはここでお別れという事になりそうだ。

「やっぱり……。一緒に隣町へ、という訳にはいかないですよね……」

シアが悲しそうな、どころか絶望すら滲ませる様な顔で答える。

「わたしにもやらないといけない事があるからね……、ごめんね」

シアには可哀想だがここでズルズルと一緒に行動していたらいつまで経っても元の世界に戻る方法は見つけられないだろう。レイニアに早くこの身体を返さないといけないし、ここで情に流されない様にしなくては。

「またどこかで会えるかも知れないし、その時は一緒にご飯でも食べに行きましょう!」

そう言うとシアは気持ちが持ち直したのか少し表情を明るくする。

「はいっ、またどこかでお会いで来る事を祈ってます!」

「それじゃあシア、元気でね。魔力溜まりの浄化頑張ってね」

「ユリお姉様もお元気で!本当に本当にまたいつか一緒に食事に行きましょう!!」

目の端に涙を滲ませつつシアが抱きついてくる。先程と同じ様にこちらの胸の辺りに顔を押し付けてグリグリと動いているのはやはり気のせいなのだろうか。

朝よりも長い時間抱きついた後、シアは名残惜しそうに離れる。その顔にはすっかり明るい表情が戻っていた。

「それじゃあお姉様、またどこかで、絶対にお姉様を見つけますからね!!」

そう言ってシアは冒険者協会の建物から出て行く。

『最後のセリフ、なんだか怖いものがあるんだけど……』

「確かに……、ちょっと怖いかも」

捨て台詞と言うか、ストーカー宣言と言うか。

まぁ、シアにはああ言ったが、本当に会えるかどうかは分からないし、会えた時には食事にくらいは一緒に行っても大丈夫だろう。もう薬を盛ってきたりはしないだろうし。

「それじゃあ今度は俺たちの用事も済ませていこうか」

『そうね、ここでお兄ちゃんの情報が手に入ると良いんだけど』

この身体の異変を解決する糸口を見つけるためにレイニアのお兄さんを探す。これが正解なのかは分からないが、兎に角今できる事をやっていこう。そう思いつつ受付の女性に話しかけた。


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