異物
掌にプツリと疣のような異物ができました
それは痛くもなく、ましてや痒くもありません
只、違和感だけを主張してくるのでございます
如何やら昨日よりも更に大きくなっているみたいです
私は秘かに
この異物に何れ口が出来て喋りかけてくるのではないかと
戦々恐々としておりました
「おい、今日は化粧の乗りが悪いな、飲み過ぎてんじゃね!」
あからさまな嘲笑を含ませた悪意で私に話しかけてくるのです
まあ、なんて口の悪い異物なのでしょうか
私はムッとして反論致しました
「そんなに飲んでおりませんわ」
確かに昨日、私は寝る前にお酒を頂きました
そして今朝の私はあまり具合がよくありません
肌が荒れていて
その為に化粧がよく馴染まないのは自覚しております
ですが体調不良はお酒のせいではありません
それはストレスからなのです
毎晩、夫が何時に帰宅するのか分からず
私の精神的疲労がピークに達しております
お医者様から薬は出して頂きました
安定剤だそうです
私は軽度の鬱状態を診断されました
昨日も夫から連絡がなく
何時に帰ってくるのか分からず悶々としていました
なので気分が塞いで寝る前にお酒を飲みました
更に異物は失礼なことを云います
「そっか、それなら寝る前に食べ過ぎじゃね、隠れて食べてるからじゃねえの!」
なんて厭らしい異物なのでしょうか
この私を酒飲みで
更に隠れてものを食べてる
意地汚い女だと罵るのです
「私は食べてはおりませんわ。
それに元々小食で胃腸も弱いから寝る前には食べれないのですよ」
私は気分が頗る悪くなりました
この会話は全て私の頭の中で行われた想像の産物なのです
私は自分の頭の中で
私の掌に出来た異物と会話しているのです
ですけど理由は分かりませぬが余りにも生々しいのです
嗚呼、私は気が狂ってしまったのでしょうか
自分でもこのバカげた妄想に気が付きました
異物との会話はここで終了しよう意識しました。
翌日、気が付いたことなのですが
最近、食材の減り方が激しいのです
冷蔵庫の中に入っていた食材
確かに買っておいた筈なのに
何時の間にか無くなっているのです
特にお米の減り方が尋常ではありません
嗚呼、矢張り私は頭がおかしくなってしまったのでしょうか
確かに昨日も買いました
レシートも手元にあります
家計簿にも記載しております
私の勘違いではありません
私の頭が狂ってしまった訳ではありません
年末の食材
お節料理だけでは夫が文句を云います
なのでお肉や鍋の材料であるお魚、そしてお酒も買っておいた筈なのです
例えば盗人に入られたと仮定した場合
家の中は全く荒らされておりませんし
金品も紛失してはおりません
只管、食材だけが減っているのでございます
これは怖い想像ですが
外からの侵入者よりも
私の知らない間に
私と夫以外の第三者が同居していると考えた場合
とても恐ろしい考えが浮かぶのです。
嗚呼、また昨日よりも掌の異物が大きくなったような気が致します
嗚呼、私の頭は狂ってしまったのでしょうか
ある日の昼下がり
私は公園のベンチで冬の木漏れ日を楽しんでいた時のことでございます
あの忌まわしい掌がまた恥ずかしげもなく口を空けたのです
しかも図々しいことに今度は目のようなものも生えてきたようです
今度も憎々しげにこんなことを私に向かって云ったのです
「お前の亭主はバカだな、ケチで浅慮でその結果、
お前のような女を嫁に貰ったなんてな、
本末転倒だよな!」
確かに私の夫は吝嗇家ですが堅実なのです
それに、なによりも、
こんな掌にできた異物なんかに云われたくはありません
更に異物は毒づきます
「お前を監視してるのは俺だけじゃねえぞ!」
私は恐ろしさのあまり卒倒しそうになりました
嗚呼、私は監視されているのです
私の夫は自分が仕事で家を留守にしている間
私が浮気をいているのではないかと常に責めるのです
はなはな悋気な性質なのであります
お友達からの電話も外出先も
全て夫の許可を取らなければいけないのです
もしかして私が知らないだけで
家には私以外の人が同居しているのでしょうか
嗚呼、矢張り私は狂ってしまったのでしょうか
僕の妻は神経衰弱で何度か入退院を繰り返していた過去がある
10月からまた幻覚幻聴が酷くなりはじめた
妻の症状は摂食障害
拒食と過食の時期が交互に現れる
只、妻の場合が特殊なのは
その時の記憶が妻には全く消えていることだ
自分が過食の時に大量に食べた記憶がなく
いつのまにか無くなっていたと主張する
最初は過労からくる幻覚かと思っていたけど
本当にそうだと確信しているようだ
夫の僕からみても妻の性格が豹変したのはあきらかであった
芝居がかっている
妻は読書家で特に古典文学や民俗学を好んで読んでいた
言葉使いもいつのまにか古風な感じになってきた
今日も私は掌にできた異物と会話しております
その大きくて狂暴な口で
家のお酒と食べ物を大量に食べて
恰も、この私に罪をなすりつけて
暴言まで吐いてくる
貴方はいったいなんなのですか