090 ギルド定例会議④
その姿を見ると、不気味で意地の悪い目でナグモをジトっと見つめる。
「あぁ、さっきの……。君が保証するクラディス……という冒険者の実力というのは、どの程度のものなんだ?」
「そこに書かれている通りです。試算して中位五階程度だと」
「何故? どうやってこの具体的なランクを出した? しっかりとギルドの正式な基準で正式な手順を踏んで算出をしたんだろうな?」
「えぇ。算出方法においてはギルドの基準をしっかりと踏んでいます」
事務的であまり抑揚のない声で続ける。
「その時に用いたデータはその冒険者自身の情報保護があるので言えません……が、紙に書かれているモノでも十二分に我々が出した評価になると思われます」
オブラートに包みながら『ちゃんと資料を見ろ』と言ったつもり。
しかし、その男には効いていない様子で、フンっと鼻を鳴らして資料を机に叩きつけた。
「この冒険者、前回の会議の資料にもあったが先月冒険者になったばかりだ。このランクアップはいささか早いのではありませんか?」
この役員……この会議で一度も発言をしていないと思っていたら、どうやら前回の資料と今回の資料を懇切丁寧にページに目を通していたらしい。
この限られた時間で、前回と今回で百枚はいくだろう膨大な資料に目を通しているというのは、さすが『データに強い役員』というべきなのだろうか。
彼は情報部の管理する者。ナクソン。特にデータには強い。敵に回すと面倒だ。
「どうなんだ? 何かいいたまえ」
「何か勘違いをしていませんか。その二人の冒険者のランクをすぐに上げるとは一言も書いていません。今回の会議中にも出ていましたが、実戦経験が乏しい冒険者は様子を見ながらランクを上げる方針になっています」
「だが、あまりにも早すぎる。限られた期間でのランクアップの判断は、どこか綻びがあると思われるのだが?」
だから、さっきも言っただろう。早々に上げない、と。聞いていなかったのだろうか。
いやはや、仕方なし。役員はこうやって難癖をつけるのも仕事なのだ。
ナグモもそのことは分かってるつもり。だがしかし、段々と目が細められてきた。
「……そのことに関しては、ケトスという冒険者は資料にもある通り、数年間にも渡り、依頼外での討伐個体の持ち込みをしています。突然ランクが上がっているように思えますが妥当な評価です。それにクラディスという冒険者に関しても、魔物の討伐の他、56ページにも書かれてあるようにギルドの実戦経験を積ませる制度を利用しています。そこで私が実際に手合わせして力量をはかり、最終ランクアップ先である中位五階程度の実力だと――」
「君は冒険者の実力を保証できるほどの人物なのか!? 体もヒョロヒョロで強さを全く感じられない! 君がいい加減なことを言っている可能性もあるだろうが!!」
――ピリッ。
冷えた空気に研ぎ澄まされた殺気が微かに混じったのを感じた。
同時、二つ席が離れたルースからも冷ややか視線が送られる。
それらに挟まれたペルシェトが胸内で『うわぁ……怒った』と、肩を縮めた。
場の空気に異質なモノが混ざったことに気付いていない役員はヘラヘラと笑い、資料をナグモに投げつけた。
体にぶつかり、バサッ、と机の上に落ちた資料をゆっくりと拾い上げ、ナグモは、笑んだ。
「…………そうですね。確かに、私は取るに足らないスタッフなので私の保証では不足する部分もあるでしょう」
仕事で用いる声色から、普段のような声色へ。
それは目の前にいる役員を目上の者だとせず、乱暴な冒険者を相手にしているかのような態度になったということ。
要するに、吹っ切れた、ということだ。
「ハッ! 分かったならこの冒険者の予定されているランクアップ先を引き下げるんだな」
「ハハハ、それはできません。正しい評価を下すのが私達の役目なので」
「なっ、くどいぞ、貴様!!」
大きく感情が高ぶり、唾が飛ぶ。
その様子を見てもなお、ナグモの笑みは崩れない。
「時期を見る、と二度も言いました。ご理解いただけていないようなので説明致しましょうか? 今後のランクアップの方針についてまとめられている資料はお手元の資料にも書かれていますよ――……あぁ、すみません、資料をこちらに投げられたので見えませんか」
「生意気な……っ! やはり信用ならん! こんなスタッフが下した判断なんぞ――」
「こんなスタッフ……、ですか」
役員の言葉を遮り、シンっとした場を作り出す。
「こんなスタッフを指南役として常駐させていたのは組合長統括だ。そしてそれも役員会議で決められたと聞いていましたが……違いましたか?」
ついとギルド長の方へ目を向け、意見を求める。
それを受け取ったギルド長は、言葉にはせずに首肯をした。
「しかし……っ、不適切だ! ギルドのスタッフとしての常識がなっていないではないか! そのような者が指南役など務まるわけがない!」
ナグモがそういった役職に置かれたときの会議に、この役員もいたはず。責任の棚上げにも思えるが……。
これはもはや建設的な議論ではなく、感情が入り交じった口論か。
役員に対して職員が口を効いたのが余程キてたらしい。
「……まぁ、そうだな。こいつは職員としてふさわしくは無い」
と、ギルド長からの思いがけない言葉。
「だったら……!」と言いかけた所で、「だが」と続けられて再び遮られた。
「こと実技や戦闘に関しては、この場にいる者だけでなく当冒険者組合が抱える職員の誰よりも詳しい」
この言葉で、重たい腰を上げて立ち上がっていた役員の表情が歪んだ。
多く付いている頬肉の上を滑り落ちるのは大量の汗。それらを拭うこともせず、ただジョージを凝視している。
「職員として不適切なのは私が一番知っている。しかし、今の話し合いは『副職員長の保証が足りるか足らないか』というモノだろう。論点のすり替えでけたたましく激を飛ばすのは違うと思うが」
「ら、ランクアップの期間は――」
「ランクアップに関しては厳正な基準の元に行われている。先程の議論の中に出ていたランクアップの期間の大幅な見積もりに関しても既に何度も審議され、決定されている事柄だ」
トドメの一撃として、睨みの効いた目線を送った。
その圧におされ、役員は悪態を着きながら着席。ナグモも冷ややかに笑んだまま音もなく座った。
「お分かり頂けたようで、結構」
贅肉を貯えた役員を見て、もう議論する気がないことを確認。
「……では、他に意見もないようなので、これで今回の会議は終了とする」
その言葉に反抗する者はおらず、今月の定例会議は解散となった。




