89 ギルド定例会議③
有益でありながらもつまらない会議が始まって小一時間が経っていた。
役員たちは妄想的な言葉を並べ、互いの意見を尊重をするように拍手を飛ばす。
会議室の角に座っている書記がそれらを議事録にまとめている。
だが、ペルシェトは既に今日の夕食のことを考え始めているし、他の2人も退屈そうに時間を潰しているようだ。
頃合いか、とジョージは予定していた最後の話をすることにした。
「そろそろ予定していた時間を越すんだが……」
低い声が役員達の声の声を縫い、響く。
ぴたりと声が止み、広い会議室が今日初めて静まり返った。
「ありがとう。さて、面白い意見が出ていた『ランクアップ』の件だが……。規定に関する改善要求などがあれば出してほしい。……何か、あるか?」
机の上で手を組みながら含みのある言い回しで言われたその言葉。
察しの良い者なら分かるが、つまり『どうせ口を出しても聞き入れることおそらくしないが、もし何かあれば言ってみろ』ということだ。
多くの者はそれを理解し、会議の終わりを待つようにスンっと黙った。
勘違いのないように話すと、なにもジョージが独裁的な支配をしている訳ではない。
年々変わる冒険者を取り巻く環境以外で冒険者組合の基準を変えることになると、三国とそれらの領土に点在する有力都市のギルド長達と話をしなければいけない。
つまりは、一役員から出る意見など既に基準の考慮すべき大枠の一つとして含まれている、ということだ。
それに、この男――ジョージはただの一介の冒険者組合長ではない。
見た目はただの白髪で元冒険者のような見た目の”おじさま”。
しかし、各国に一人ずつ置かれている組合長統括という冒険者組合の最高権力の一翼を担っている存在でもある。
通常ならギルド長へとワンアクションあるハズの会議が、ここデュアラル王国西部冒険者組合では役員の意見がそのまま組合長統括へと伝えられる。
他の組合では通されそうな意見であっても、この男を前に意見を通すのは至難の業だ。
だが、話し合いが終わりそうな雰囲気を感じ取ったのか、支部から出向いていた若い只人の役員が焦って立ち上がった。
「き、基準の厳格化を徹底すべきだ! そう易々とランクアップをしてしまうと、クエストの難易度に体が付いていかなかったり、優秀であったとしても実戦経験が少なかったら咄嗟の判断ができずに死んでしまう!」
堅苦しく感じる黒い長卓の右後方。ジョージからは遠い位置に座っていた役員に視線が集まる。
「具体的には」
と、ジョージは目もくれずに短く問うた。
決してきつく言ったつもりのない言葉であったというのに、若い役員は言葉に詰まってしまう。
手持無沙汰から勇ましく立ち上がった際に後ろへ下がった椅子の背もたれに触れ、握った。
「具体的……それは……、基準の概要を全て把握しているわけではないので、この場では言いかねるが……」
この場で言いかねる、という言葉はとどのつまり予防線なのだろう。
不思議かな、目に見えないただの言葉の予防線だと言うのにまるで目に見えるかの如く、分かりやすい。
「と、とにかくっ! 死亡率が上がっているのは事実、どこかに欠陥があるのは明確だ!」
「そうだな、次回はその“どこか”を言えるようにデータを読んできてくれ。他の役員からは何かないか?」
若い役員の言葉を無いも同然に扱い、他の者達へ目を向けた。
不満そうな表情をしている者こそいるが、特に何か返答が返ってくることもなかった。
指摘をするだけなら特別な技量がなくともできる。この場では指摘ではなく、具体的な案や策を求めている。
今日、初めて出た問題ならこう厳しくはしない。だが、死亡率の上昇はかねてからの課題だ。
今更指摘をしたとして、何か変わるわけでもない。
◆◇◆
ジョージは確認のために素早く一人一人の顔を見ていき、名乗り出るものは無しと持っていた資料をパタリと閉じた。
「これ以上の意見は無いようなので、今回の会議はこれにて――」
「一つ、よろしいか」
「……なんだ?」
「この『クラディス』という冒険者と『ケトス』という冒険者のランクアップが他と比べ、上り幅が顕著なのはどういうことだ?」
髭と贅肉を貯えている役員がとあるページを叩きながら疑問を呈した。
すると、見事に触ってほしくない所に触られてしまった様子で、ジョージの眉間の皺が寄った。
配布した資料のランクアップの名簿が書かれているページ真ん中より少し後方。多くの名前があって読むのが億劫になりだしそうな所に置いていたハズの冒険者二人のデータ。
それはジョージや三人のスタッフが今回の会議で一番触ってほしくない所だった。
だが、事は思い通りに進まないらしい。しっかりと資料に目を通している者がいたようだ。
□クラディス――下位五階→中位五階。
下位階級では、一般的に倒せれない魔物の討伐。
その戦闘能力は西部冒険者組合の副職員長が保証をしている。
初めてクリアした冒険者依頼で、ゴブリンの群れを単独で撃破。その中にはホブゴブリンの討伐証明も含まれ、ゴブリンキングを同階級の冒険者 (下位三階冒険者:ケトス)と撃破している。
依頼外での魔物討伐も同スタッフからの報告で把握をしている。
【参考データ】
ゴブリン(脅威度F⁺)の討伐可能階級は、下位三階からとなっている。
ホブゴブリン(脅威度D)は下位一階、ゴブリンキング(脅威度C~C⁺)に関しては単独で撃破するのは中位三階である(組合が収集しているビッグデータを参照)。
単独ではなく一党規模であった場合、中位五階では失敗事例はあるモノの撃破可能の域である。
□ケトス――下位三階→中位二階。
下位階級では、一般的に倒せれない魔物を倒している。
以前から依頼外での魔物討伐をしてはいたが、外部持ち込み扱いで階級に反映するのが難しく、結果として低い階級で留めていた。
しかし、この一月程、同階級の冒険者 (下位五階冒険者:クラディス)と依頼を受けて同程度の討伐をしていることから、留めていた階級を引き上げることを決めた。
【参考データ】
オーク(脅威度C⁻)、ゴブリンキング(脅威度C~C⁺)、フォレストウルフの上位個体(脅威度C)、ウッグの上位個体(脅威度C⁺)等の討伐証明や討伐個体を持参している。
【補足情報】
昇進審査の際、東部森林地帯【モルの大森林】にある『下位迷宮』を単独で踏破したという話が職員から持ち込まれたが、不確かな情報であったため今回は昇進の理由には含めないこととした。
ランクアップに対しての風当たりが厳しいというのに、下位から中位への大幅ランクアップというのは役員の目に止まったら、こうやって追及してくるに決まっている。
たとえ、それらが正当な評価だったとしても、だ。
「どうなんですか? ギルド長」
「この二名のランクアップの理由はそこに書かれている通りです。しっかりと審査した結果ですので問題はありません」
「問題はありません……? 大ありでしょう。中位二階ということは、白金等級になるんですよ? 中位五階も金等級だ。この二人はそれに見合うだけの実力があるのですか?」
喜々として追求するその姿は、まるで鬼の首を取ったよう。
そして、その役員はさらにもう一歩踏み込んだ。
「ここに書かれている副職員長は今、どこに」
「……私です」
なるべく気怠さを漏らさないようにナグモが立ち上がった。




