87 ギルド定例会議①
依頼を達成することで報酬を得て生計を立てる職業――冒険者。
彼らは大きく三つの職業に分類をすることができる。
□己の体と武器のみで敵をなぎ倒す、『黒之瞳』を持つ者達――剣闘士。
□膨大な知識と卓越した魔素操作で魔法を使用する、『赤之瞳』を持つ者達――魔導士。
□体の仕組みを理解し、聖属性魔法を用いて傷を癒す、『青之瞳』を持つ者達――治癒士。
創立から数百年来の冒険者組合は、今でこそ世界中の者達に認知をされる大組合へとなった。それこそ厄介事から便利屋のような仕事を熟す彼らには多くの仕事が舞い込むまでに。
それらを適切に割り振るために必要なのが、冒険者組合が作成した『階級システム』であった。
度重なる変更の末、今の冒険者達の階級は下位や最上位の『位』から、第五階や第一階などの『階層』によって合計で17つの分類がされている。
それらの事細やかな分類を認識票の色で表したのが、これだ。
銅等級――下位五階~三階
銀等級――下位二階、一階
金等級――中位五階~三階
白金等級――中位二階、一階
翠金等級――上位五階~三階
蒼銀等級――上位二階、一階
白翼等級――最上位二階
黒翼等級――最上位一階
冒険者の9割を占めるのが翠金までであり、蒼銀、白翼、黒翼と上に行くにつれ数が減っていく。
一般的に翠金や蒼銀以上の者は各協会に属していることが多く、王国や街でお目にかかることはほとんどない。
協会に籍を置きながらも王国の血盟に常在して依頼を熟すレヴィの様なモノ好きもいるが、あれは例外。
通常は、協会向けに発行される高難易度依頼や遠征、研究でさらなる高みを目指して外に出てくることはない。
また、認識票の色や所属血盟で入国料や様々な手数料が割引される額が多くなっていくのも冒険者の特徴。
彼らは国を跨ぐことなど日常茶飯事。一日のうちに何度も入国を繰り返すこともある。
商業組合にしているような手続きの簡略化を各国は取り組み、冒険者の呼び込みをしている、というのは真実か嘘か。
いずれにせよ、以前と比べて冒険者組合に関する風当たりは和らいでいるのは真実だ。
だとしても各国に良い顔をされたとしても、冒険者は完全中立組織である以上、特定の組織に依存することはない。
創設時は依存をせざるを得なかったが、中立組織へとなって既に何百年と経った。
今では冒険者組合長統括が主導となり、多方面からの依頼を公平に扱っている。
必要とされる組織へと成り得た彼らだが、これほどまでに大きく膨れ上がった組織だ、悩みの種は尽きることはない。
◆◇◆
その場所はデュアラル王国西部の冒険者組合三階の会議室。
本日は月に一度の定例会議の日。
会議をするべく冒険者組合の役員達が長卓に腰掛けて話し込んでいた。
そしてその場には、ルース、ペルシェト、ナグモの姿。長い机の一番端には当冒険者組合長のジョージが座っている。
話す内容は冒険者にまつわる情報と今後の方針――と、厳かな響きだが惰性でやっている場面が多く、中身がスカスカなことが多い。
「――以上で冒険者数の推移の話を終わります」
ペルシェトの説明が終わり、硬い椅子にすとんと座るとどこからか大きなため息。
「……また、下位冒険者の死者数が過去最高を更新か」
「近年、冒険者のレベルは上がったとばかり思っていましたが、どうも冒険しすぎな人が多いように思いますね」
「まったくだ、死に急ぐ若者が多すぎる」
「これは喫緊の問題だ、対策を練らねば」
スタッフルームで働く組合職員は冒険者組合内では平社員といったところ。
この場にいる者達は、二階や三階で仕事をしているつまるところ管理職のような者達。
顔ぶれに老若男女の偏りは少しあれど、幅広い種族の幅広い年齢層から発せられる言葉が作り出す議論は存外に貴重と言える。
普段の西部冒険者組合だけの会議であれば睡魔に戦っている者もいるのだが、今日は各支部からも何人か参加しているようで、普段は率先してバレない様にダラケているナグモも真面目な顔で――実際は気を抜いているのだが――話を聞いていた。
ルースやペルシェトやナグモは一般のスタッフ、と言えども職員長や副職員長を与えられている存在。
今後の勉強のため、とジョージに適当なことを言われて度々この会議に参加させられているのだが……その面持ちもどこかフワフワとしている。
「簡単に階級を上げ過ぎなのではないか? もっと条件を厳しくするべきだろう」
「まったくその通りだ! 職員は冒険者のレベルを把握して適当なクエストを受注させろ。このままでは冒険者不足に陥ってしまうかもしれない!」
「ステータスの開示義務をつけるという話はどうなったんだ。以前から話が合っただろう」
「前回の会議の持越しのモノだったな。ギルド長、どうなんですか?」
お茶を啜りながら話を聞いていたジョージは話を振られてコップを置いた。
話を振ってきた年老いた獣人族の顔を見て、首をポリポリとかきながら気怠そうに口を開く。
「ご存知だと思うが、冒険者組合は個人の情報を保持する権利も開示させる権利はない。それに加え、開示義務と言っても虚偽の申請がされた場合に見抜けるスキルも技術も現在はない。ましてや、その権利は一組織が持ってていい程度を超えている。前回の話し合いで出た話ですよ。前回の資料も別で配布しているので確認していただきたい」
「そんなことは分かっている!」
分かってるのなら、わざわざ言う必要があるのか?
そう言ってやりたいが、チラと顔を再度確認。支部から来た役員か。
瞑目し、話を聞くことに。
「だから王国に直訴すればいいという話だ! 虚偽の申請をした場合はペナルティか何かで対策を取ればいい。この問題は王国としても領土戦線の時の戦力を失うと同義だ、そこを理由に強気に『権利を与えろ』と言えばいいのではないかね!?」
なるほど、言わんとすることは分かった。
「……冒険者ギルドにそれを許した場合、前例が付くから王国は頑なに権利を与えようとはしない。それに冒険者ギルドに許すくらいなら、まず監査庁に許すでしょう」
「王国が決めたことだから……ですか。それでは死者数は減りませんよ、ギルド長」
「冒険者組合はどこにも依存していない中立組織。そこだけ国に依存していたらダメなのではないでしょうか」
国が許したとして、鑑定や解析を持つ者を連れて来て受付台に待機させるというのか。
鑑定では明確な情報は分からない。解析を持つ者なら完璧に近い情報を知り得るが、なにぶん数が少ない。
と、優しきギルド長は何の意味の成さない投げかけに思考を巡らす。
その様子は非常に珍しく、同組合の役員からすれば異様そのもの。
あのジョージが珍しくこの会議で話をしている! そして敬うような言葉遣いで!
役員は表情には現れてはいないが、ナグモは我慢ならないようで手を口に軽く当て、クールさを装いながらにやけそうな頬の筋肉を必死に抑えている。
「……っ、そうだっ! 中立組織の権限を最大限利用して勝手に個人の情報を収集を――」
「はて、ここは役員しか来てはいけない場所のハズだが……」
加えて熱弁を振るおうとした役員へ、満を持して鋭い眼光を飛ばした。
「な、何を……。突然、私は役員で……」
「もし、自分は役員であるとの自覚があるのなら、これ以上無知アピールで場を取り持つ必要はない。仲良しの集まりでお茶会をしている訳でもないからな」
ニコリと笑うその笑顔には皺が多く寄っている。
老いた古強者。元冒険者が浮かべるそれから感じる圧力は、役員とて感じない訳もなし。
「だが、いい意見だった。もういいぞ」
指摘された役員は大きくあった体を小さくまとめ、バツが悪そうにお茶を啜る。
その様子を見てとうとう口元が緩んでしまったナグモをギルド長は見逃さなかった。
「おい、ナグモ。補足」
「は……っ、私が、ですか?」
「そうだ、確認のためだ」
にやりと笑うギルド長を見て、ナグモは肩を落とし、立ちあがった。
「……冒険者組合という組織は中立組織であることから、貴族や国からの圧力や情報開示があったとしてもそれに応じなくともいい。言ってしまえば、縛られず活動することができる。ですが、それは『一組織の良識の範囲で』です」
先ほどのギルド長の言葉で鎮圧された役員は、今、真面目そうな顔で子どもに説明をしているような口調で話す役員ではない者を見て、顔をしかめた。




