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86 血盟報告会④


「……ふむ、アサルトリアが5位に来たのか」

 

 マーシャルとリリーの近くから声が聞こえ、二人は同じ動きでそちらへと目線を送る。

 特徴ある低い声は印象に残るから、顔はそこまで見えなくとも誰かはすぐに分かった。


「お、ログリオ爺さんも褒めてくれんの? ありがたいね」


「ハッハッハッ。若い子の頑張りを誉めない老いぼれは死んだ方が良いな。まだ、そこまで落ちぶれてはおらんよ」


 笑い声も、渋く、低い。

 黒のハット、黒の瞳、紳士を思わせる黒の外套、褐色肌にしては黒い肌。

 黒、黒、黒、黒。明かりが当たっていなければ、暗がりに姿が溶け込んでいるような全身黒の男性。

 マーシャルに話しかけてきたその男、その名札には『ログリオ』と書かれている。血盟順位2位の【ハインスト】の血盟主だ。


「ってか、来てたんだな。いっつも来ねぇくせに」


「私もやることが多くてな。今回はたまたま近くに寄る用事があったのだ。リリーも元気にしていたか?」


「へいへい元気にやってましたよ。ったく、毎度毎度うちの両親よりも気にかけてくるなぁ」


「身長、伸びたか」


「うるせっ、分かって言ってるだろ――それより、相変わらず服のセンスが無いのはどうにかならんのかね。英雄っぽい服装とか、なんかあるだろうに」


「ほとんど現役を引退しているんだ。英雄も何もないだろう」


「だとしても真っ黒すぎる。どこが目だ、こっからじゃ分からんぞ」


「ハッハッハッ」


 英雄、と呼ばれても否定をする素振りすらない。それは、ログリオからしてみれば呼ばれ始めてから久しい名前だからだ。

 彼の首元にある細鎖でつながれた翼が彫られた黒曜の認識票――冒険者の頂点。最上位一階の黒翼等級ネロブランシュ


 彼は、この世界の歴史に名を刻んだ者だ。


 剣闘士協会(ウォルクス)の皇を数年間務め、現役で引退。かつての魔王との領土戦線で、古龍種を単体撃破した生ける英雄。

 暗黒森の番人(ダークエルフ)のログリオ。その名は英雄を目指す者なら知らぬ者はいない。

 気軽に話をしてよい相手ではない、とするのが一般常識。だが、冒険者をやっていた者であるなら、元は只の冒険好きの若人だったのだ。

 それを知ってか、マーシャルとリリーの言葉遣いからは遠慮が感じられない。


「エルフの一族だといえ、長生きしすぎだぞじーさん。そろそろその順位を若い者に譲ったらどうだ? 隠居するならいい場所を知ってるぞ?」


「ほお、実力で取りに来る者だと思っていたが……そうか、そういう奴だったか。この場所がそんなに欲しいなら、そうだな……賄賂でも渡してみるか?」


 渋く低い男性の声と、張りのある勇ましい女性の声。

 報告会の進行を妨げぬように声量は抑えられているが、ルースも周りの血盟主達も気が気ではない。


「あんたに渡す紙なら私はチリ紙に使うさ――ってか、本当に順位落ちねぇなぁ。あんたんとこは、毎回強い新人でも入ってんのか?」


「新人……ではないが、中々手を焼く子どもが入って来たかな」


「子どもねぇ……。そういや、リリーんとこもあの白髪の変なガキがちょっと前に入ったもんな」


「ケトスな」


 振り返り見てきたマーシャルの言葉をズバッを切った。


「何怒ってんだよ。そんなにケトスってやつに思い入れしてんのか?」


「……まぁな。強くなる子というのは見ていて楽しいからな」


「そういうこと言うと年齢が分かるぞ。分血の暗黒森人(ロリババ)


「うるさいなぁ、人族(ヒューマン)のお前の年齢で考えるな」


「全くだ。私やリリーはまだ若いぞ」


 まるで、若い女性同士の口論参加する高齢者のよう。

 一緒にするな、とリリーにいがまれ。あんたは桁が違うだろ、と鋭く指摘される。

 これまた怒られた老人のように、粛々と肩を落として椅子に座り直す。そのあからさまな高齢者の演技にマーシャルはやれやれといった様子。


 どれだけリリーが年増だと弄らているとしても、純粋なエルフ系統種族は四桁は優に生きる存在だ。

 元々は森護人や森護黒人は森に生きていた種族であるから、世に出てくるようになってきたのはここ数百年――彼らからしたら最近という認識――だ。

 歴史の生き証人としての役割はほとんど期待できないが、それでも年齢を重ねていることには変わりない。

 だとしても、オーバーだ。人間でいえば40から50歳で、現役ではないとしてもまだまだ若い。


(ったく、これで英雄っつーんだから面白れぇよな)


 年齢での弄りを嫌う不死(イモータル)は多い。だが、それを嬉々として自らやっている。それに触れてやる程の優しさを二人は持ち合わせていない。

 たとえ、英雄だとしてもスルーだ。


「ジーさんとバーさんの所に入ったんだったら、アタシの所にも何かつえー奴入ってこないかなぁ?」


 背中をもたれさせながら、マーシャルが妬みたらしく呟く。

 その言葉にリリーは、あれ、と声を出して、前のマーシャルの横に顔を覗かせる。


「マーシャルの所に入るヤツいるんじゃないのか?」


「ん、誰が? 何の話だ」


「ムロやレヴィが白髪……? の子どもを連れてたぞ」


「子ども……? あー、なんか聞いた気がする。期待はしてないけどな」


 思ってもみない反応が返ってきて、自分の席にずんと座り直した。


「なんだ、そうか……。そういうことなら私の所が貰おうかな」


「お、リリーが惹かれるようなモノを持っていたのか? なら私の所にも勧誘をしてみようか」


「あぁ、いや、うちのケトスが気に入ったみたいで、私自身はまだ惹かれるものは感じなかったな」


 あんたのとこの血盟に入る程じゃないよ、と手を振る。血盟順位2位の所に入れられたらその子が可愛そうだ。

 後ろの席の年増の会話を聞くと、よいしょ、と立ち上がった。


「ま、うちの血盟員が気に入ってるガキだ。取らんでくれや。んじゃ、アタシの所の血盟の話終わったから帰るワ。宴の準備があるんでな」

 

 赤髪を揺らし、座席から離れていくマーシャル。足音を立てずに去っていく辺り、まだ正面で報告をしているルースへの配慮だろう。

 その姿を目で追うと、リリーも深く座っていた座席から立ち上がった。


「あいつが帰んなら、私も帰ろうかな。ログリオ爺さんはどうすんの? 一緒帰るか?」


「せっかくのお誘いだが、私はもう少し残るよ。餌に獲物が引っ掛かるのを待ってるんだ」


「……? ふーん、そっか。じゃあまた。体に気をつけろよ、英雄さん」


 出口に歩いていくリリーの言葉に手を小さく上げることで返して、その小さな体を見送った。

 


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