84 血盟報告会②
更新遅れました。
(よし、順当に終わって行ってる。このままいけばすぐ終われそう)
丸さん。もといリンク・ドマ・ルースがスタッフリーダーに就いてからは血盟報告会の仕事を何度もやってきた。
仕事は慣れてはいるとは言え、その中央からの景色は慣れることはない。
光が頭上から降り注いでいるその場所の正面に座っているのは上位血盟、準上位血盟、その候補の血盟主。若しくはその代理として来ている者。
(いや、怖いですって)
もちろん正面ではなく、側面や背面にいるとしても血盟主だ。階級の差はあれども人を束ねている者には変わりない。
自分がいる場所が明るく、向こう側が暗い。その顔も暗く曇っているように見えて、不機嫌なのではないかと思ってしまう。
だから、無難に、喋ることを喋って終われたらどれだけ嬉しいか。
「……以上が1位から5位までの上半期の連絡です。引き続き……」
「なぁ、ちょっといいか」
ほら、来た。こういう時は、大体、終わらせてくれない血盟主がいるのだ。
声の方をふいと向くと、ルースが立っている場所の側面に一人の男。見た目が怖い。
決して表情には出さないが、動きが使い込まれた金属扉のように動作が鈍くなる。だが、任命されてこの場所に居るのだ、体裁は努力して保とうではないか。
男を確認すると、余裕の感じられる動作で――本当は微塵もないのだが――ゆっくりと資料に目を戻す。
「……今は報告会の最中です、静粛にお願いします」
「静粛ぅ? はッ! だっておかしいだろ? 上位の1から5は毎回変動してないんだ。そりゃあ、俺も不満の1つや2つ持つさ」
あぁ、この手合いか。
ここ数年はイチャモンを付ける者はいなかった、とすれば新しく血盟を建てた者か。
ルースは大方の見当をつけて、なお資料に目を落としているまま、冷めた声色で声を出す。
「ギルドがデータの偽装している。そう言いたいのですか?」
「あぁ、そうだろ」
まったく、なんて面倒くさい。
資料から正面に座っている一番怖い者達の方を見上げる。
「血盟主の皆様、申し訳ありません。時間を少しいただいてもよろしいでしょうか」
一応は確認をしてみる。どうせ、他の血盟主は構わなくても良いと言ってくれる。
ただでさえ、多忙な血盟主。その時間を奪うというのはスタッフのリーダーとしてしたくない。
「…………?」
だが、誰からも批判の声は上がらなかった。
(あれ、え、いいんですか?)
誰かが救いの言葉を言ってくれると思っていたのだけれど。
「……わかりました。では、報告会の途中ではありますが」
報告会を一旦おいて、男の方を向きなおし、真剣な顔の下で呆れた表情を作りながら説明をし始めた。
「この血盟の順位推移についての概要はご存知ですか? 所属血盟員の強さ、階級、種族、依頼達成率、依頼受注数、その難易度……あとは詳細な部分になるのでお伝え出来ませんが、それらを数値化にして、血盟の順位として出しているのですが」
「それくらいは知ってる」
なら聞くな、と知り合いの男性スタッフなら言ってみせるだろう。
ただ、ルースは冒険者上がりではない。役員として研修を受けて配属された者なのだ。
仕事でなければ、このようなゴロツキの相手など本当はしたくない。ふぅ、と悟られないように息を整える。
「……1位から4位の血盟員は協会に属している方が多いです。そして、血盟同士の冒険者の移動もありません。魔導士協会の魔導皇や治癒士協会の教皇や卿皇が入れば別ですが、そうではありませんから。必然的に剣闘士協会の皇や戦師皇が所属する血盟が優位に立つのは当然の事かと思います」
この世界に初めて来た者でも、理解せずとも分かるように説明をしていく。男がそこまでの解説を求めているかは定かではない。
これは、ルースなりの嫌味だ。
◆◇◆
協会というのは、人界領土の北東にまとめて作られた組織だ。
□北東の人界領土と魔王領土の境界線ギリギリに建てられている剣闘士協会。
□人界領土と魔王再生之王の領土に跨っている【モルの大森林】の手前に作られた魔導士協会。
□剣闘士協会の西部方面、デュアラル王国の真北にある治癒士協会。
結成当初は『魔物、魔族、魔王の撃退』を目的に作られた組織だった。
しかし、その理念は時の移りと同時に薄れていった。今現在の協会が担う役割は、専攻分野の研究がほとんど。言うなれば、武術、魔法、治癒魔法の技術の最前線を走る組織だと言える。
協会は、治癒士協会を除いて冒険者の上位陣で構成をされていることから、英雄になる前段階として協会に入るのを志している者も多い。
「……詳しくは言えませんが、協会に所属している上位冒険者は階級での評価点が高く、依頼の受注率が低かったとしても、血盟で平均した階級やレベル、討伐魔物の脅威度などの多くの項目で高得点を出しています。その他にも多くの項目で高得点を出しています。決して情報の操作などではありません」
淡々と話しながら、ルースはお仕事モードを崩さずに説明を完遂。
ふぅ、と心の中で汗をぬぐい、仕事を完遂した自分を褒めたたえる。
「だから、その詳細な内容を話せ言ってんだろ!? 変動が無いのは、その数値化が公平じゃねぇからだ。お前らが何か裏で情報の操作をイジってなくとも」
しかし、その懇切丁寧な話を聞いてもなお、食い下がれない様子の男はさらに声を荒げた。
それにはさすがのルースの表情も少しばかり引きつり、その剣幕に圧される。
「――うるさいなぁお前。どこの血盟だよ、話進まねぇだろ」
勇ましく力強い女性の声が、男の声を切り捨てた。
ルースがその声の主を探すと、それは正面部の中央から発せられていることに気づく。
赤髪、左腕に巻かれている包帯、鋭い目つきはその視線だけで耐性のない者を威圧する。
その女性の前に立てられている名札には『マーシャル』と書かれ、横に【アサルトリア】と書かれている。
彼女はムロやレヴィ、エルシアが所属する血盟の血盟主だ。
「マーシャル……! お、お前もそう思うだろ! お前だって、ずっとそいつらの下を追ってるんだ。お前んとこの血盟が一番わかって」
「思わねぇよ。みみっちいこと気にしてっからそこに座ってんだろ、くそだせぇ――いいですよ~、どうぞ進めてください」
男からルースへと向けられた視線には、ニコリとした柔和なもの。
その視線でルースは思わず表情が崩れて安心したような表情をしてしまった。焦って、すぐに表情を戻して事なきを得る。
それを確認したマーシャルは、再度男の方に向き、睨みを利かせた。
「次なんか騒ぎ散らしたら、力づくで追い出すからな」
鋭い眼力で見られ、その男は小さく捨て台詞を吐いて着席。
男が座ったのを見ると、ハァっとため息をついてマーシャルも深く座りなおした。
「お前は気が早いなマーシャル、生理か?」
後方から幼さを感じる声でかけられた言葉。そちらを振り返り、あぁ? と怠そうに声を出す。
マーシャルの後ろの席にいたのは、金色に透き通る髪色がゆらゆらと薄い胸板の前で揺れ動き、淡かったはずの褐色肌は暗い空間によって暗黒森の番人のような黒さになり、赤黒い瞳もまた赤みが消えて黒の瞳に見える昔馴染み。
人を小馬鹿にするような表情を浮かべている幼女――人間の年齢で言えば老女だが――の座っている席に立てられている札には『リリー・フィン・イレネロ』と書かれ、血盟名は【ティータ】とある。
彼女は、ケトスが所属している血盟の血盟主だ。
「バカ言え、お前の方がそういう体型してるだろ」
「私はお前より年上だぞ」
勝ち誇った顔を浮かべて、ふふん、と鼻を鳴らす。
「金髪ロリババアじゃねぇか」
ロリババアという言葉に顔を引きつらせるが、報告会の途中だということで必死に口論に発展させまいと言葉を呑み込む。
その様子を見たマーシャルは正面を向きなおし、リリーは前屈みだった姿勢を戻して、自分の体格では余りのある席に座った。
「では、話を再開します。次に6位から……」
そうして、報告会に話が戻り、順当に結果報告が進んでいった。




