81 ちょっと自主練です
「へー、新しい先生が増えたんだ」
「うん。僕と同じくらいの身長なのにすごく強かったんだ」
「へー! いいね、それ」
「うわっ! 血がこっち飛んでくるから剣振り回さないで!!」
昨日から先生が変わったことで訓練内容も変わり、訓練の過密さが和らいだ。その証拠に、今日は自由にしていい日なのだ。
前はナグモ先生の不在時か繁忙期しか休みがなかったから、毎日毎日大変だった……。そう考えると、ティナ先生はだいぶホワイトな先生だ。
え? あれだけボコボコにされたのに、「ホワイト」っておかしいだろって?
何を言いますか! 二日に一回休みをもらえるだけで幸せなんですよ! これがホワイトじゃなかったら、なんだっていうんだ!
空いた日は魔導書読んだり、治癒魔導書読んだり、体を動かしに行ったりできるし――……。
「はっ……。僕、趣味なくないか?」
「今日暇なのに僕を誘ってクエストを受ける人は、ほんとーに趣味なさそう」
ゴブリンの死体から適当に武器を見繕ってるケトスが僕の独り言に口を挟む。
「趣味……いや、一応あるよ。ほら、読書してるじゃん」
「魔導書を読書っていう人、初めて見たよ」
「むっ、そういうケトスは趣味あるの?」
「…………」
刀を腰に佩きながらこちらを見て、やや考えた挙句、武器漁りを再開した。
「えっ、僕以下なの」
先ほども言ったけど、本日は訓練の休日。そんな日に僕達は森林へとクエストで赴いていた。
朝に【ティータ】の血盟拠点へと訪問して、寝起きのケトスにクエスト行こっ! と言うと、目を瞑って天を仰いだ。よっぽど朝から動くのが嫌なんだろう。
そんなケトスを有無を言わさずにギルドに行かせて、クエストを受けてきてもらった。そのクエスト内容は『ゴブリンの討伐』。先日受けたクエストと同じ内容だった。
僕とケトスがかなりの数を削ったっていうのに、森の中を進むと小柄な緑色がいるわいるわ。寝起きのケトスが言うには、この森は広くて洞窟の数も多いから巣穴がどこかにあるかも、だってさ。
ふむ、と納得をして、手始めにその丘のゴブリンを倒しまくったのがさっきの出来事。
今は本隊を叩きに行く前の休憩タイム。僕は岩陰で読書、ケトスは武器の調達中。
「こんなもんかな……」
岩を挟んだ向こう側でケトスの声が聞こえたと思うと、本に影がかかった。
上を向くと、大きな岩の上から落ちないように頭を垂らしてるケトスの顔が見える。
「武器の調達おわった?」
「いいの無かったけどね。とりあえずは」
僕が持ってる魔導書をジーっと見てる。
「中級魔導書、僕の恩人さんからの借物だよ。見る?」
「へぇー、いいや」
さぞ興味なさそう。
ゴブリンキングの身を焦がす魔法を無詠唱で発動できる人には、もう必要のない物か。
「……あ、そういえばさ。ケトスってパーティー組んだことないって聞いたけど、なんで? 募集の張り紙とか、なんならケトスの実力だったら」
「いらないよ。ソロの方が気が楽だし。なにより、一緒にいて面白くない人ばっか」
「僕は?」
「……面白いって言ってほしい?」
太陽を背にしてるケトスが不気味に笑んだのが見える。
思わず嫌そうな表情をすると、手をひらひらとされた。
「ま、目の色で武器を扱うことに口煩く言われるのが面倒くさいんだよね」
「……あ、やっぱり何か言われるんだ。この前は普通のことって言ってたのに」
「まぁ受け入れる人もいるだろうけど、一々物珍しそうにされるのめんどくさいから」
「あー、確かに」
「だから、同じような人となら気楽にできる」
赤の瞳なのに戦闘スタイルは武器を振り回す人。黒の瞳なのに魔法を使っての戦闘スタイルに落ち着いている人。
そんな人らが他の人とパーティーを組むことになると、どうしても余計な手間が増える。となると、ソロか、理解してくれている人と組むのが良いってなるのは当然か。
僕が本をここで読んでるのも人目に触れない場所だからって理由だしなぁ。あとは魔法の試し撃ちがケトスの前なら気兼ねなくできるって感じか。
「そろそろ行く?」
「ん、ちょっと待ってて。あともう少しで一つ目の魔法が使えそうなんだ」
「じゃあ寝とくから、終わったら起こして」
「寝たら体疲れるんじゃないの」
「?? 寝たら元気になるでしょ」
何そのゲームの勇者みたいなポテンシャル。
えっ、待って、さっきまでゴブリンと戦ってたところで寝るの?
「……汚いよって……うわっ、もう寝てる」
◇◇◇
それなりの時間がすぎた気がする。小休憩が、中休憩を通り越して大休憩くらいにはなるくらいには経ったな。
あれから変わらず、ケトスは汚れた服のまま僕の岩の近くで寝そべってお昼寝中。僕の方は黙々と中級魔導書を熟読中。昨日から読み始めてたが、今は一つ目の魔法が詠唱付きでギリギリ使えるが使えないかといったところ。
その魔法名は『火穹窿』で、文字通り火属性魔法だ。
任意の場所に魔法を発動させるという『座標指定』の魔導を理解。
発動させたい周囲の空間に簡易的な魔素を張り巡らせ、網目状にして座標を打てるようにする。
発動したい場所と、規模、火力を調整。
イメージは相手の縦横10m程の立体空間を強引に切り抜いて、そこに魔素で勝手に枠組みをして、囲んだ魔素と敵との距離を座標に落とし込む。
そしてそれを文字で書き込み、円形のドーム状に形を保たせるように発火。
脳内でざっとしたまとめをして、再びパラパラと頁を捲り、閉じた。
魔導は読むだけ読んだ。理解はまだ出来てないけど……。
遠くの方へと意識を向け、手を突き出す。
「『我は其の延焼を許容しない、焦がすは定めた一区画。囲んで覆え、轟々と燃え、灰へと還すはこの技、穹窿の赤棺』」
文字が不安定な魔法陣が目の前に大きく展開され、離れた場所の地面に円を描くように火花が散る。
「『火穹窿』」
バチッと発火すると、一気に炎のドームの出来上がり。
「轟々と燃え」という詠唱の通りに燃え盛り、黒煙を上げてその範囲にあった草花を燃や尽くした。
「おぉ……」
火力は十分のご様子。かなり離れている場所だというのに、熱気が感じられる。
だけど、指定した場所とは少しズレてるし、ドームの形も歪ってことは分かってないのは中級の魔導ってことか。
現状の課題を見つけると、オークの体を包んでいる炎を沈めようと僕は最近覚えた《ことば》を使った。
「……《沈まれ》《火よ》」
言葉を唱えると火の勢いがなくなり、フッと消えた。
「よしっ《ことば》もつかえだしたな……」
グッとガッツポーズをしながら嬉しさを噛み締めた。
中級魔導書を読み進める途中で出てきた《ことば》を説明するならば「魔法を構築するもの」。
『火槍』を使う前段階で『火を起こす』魔導を学ぶ。その得た魔導を「単品」で使うときにこれを使うのだ。
一見、簡単そうに思えて実は難しい。事実、『火槍』と《火よ》のどちらが難しかったかと言われると後者になる。
一重に調整が難しい。
《魔法》というものが「既成の論理」だとするなら、《ことば》は「既成の論理の証明」という感じだろうか。
《魔法》は既に完成されている。順序通り学んで理解できたなら、素質のある人なら使えることができる。1+1=2であることを当然としている現代には、1+1が2であることに疑問を抱くことなどない。
けれど、《ことば》はそれらを証明する必要がある。まずは1とはなんだ。2とはなんだ。そういった数字を明かすことが出来れば「+とは」「=とは」と、定義付けから始まり、全てを理解しておく必要がある。
火を槍にして、火槍。けれど《火》を生み出すためには、まず自身の魔素をどのように作用させるか、発火させた場合の形状は、エトセトラエトセトラ……。
言い換えるなら《ことば》を使うためには、魔導を深く理解しておく必要があるのだ。
『《ことば》が使えない魔導士もいる。使う必要がないと考えている魔導士もいる』――これは《ことば》を学ぶ際に、書かれていた言葉だ。
この世界は、科学が魔法でほとんど代替されている。つまりは、数学的分野が魔法の基礎学的な魔導に当てはまる世界だ。それらを全て理解しようとして、咄嗟に扱うのは至難の業だ。
今まではRPGでMPを使ってポンポン魔法が出せる状態だったのに、この分野だけは古典ファンタジーの《魔術》に近い。
魔導の勉強が進めば魔法の威力の上昇が見込めるから勉強をしているが、挫けてしまいそうだ。
ちゃんと理解してないと体が火だるまになる。実際、訓練場内で何度火だるまになったか分からないし、この手の包帯は……その時の火傷だし。
「……ふふっ、成長をするのは……存外楽しいぞ」
この気持ちを味わえない既に最強状態の転生者諸君にこの感覚を味合わせてやりたい。
絶賛成長中の僕の心は、まさに新進気鋭! 堪らない万能感だ。
このまま、強くなってやる。




