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74 勇者か、賢者か、転生者か


 その後、僕が入ってきた方向へと真っ直ぐ歩いて行くと、無事に森から出ることが出来た。

 討伐証明を入れる袋はパンパンだし、服は血なまぐさいことから、隣で並んで歩いているとただのヤバい二人組に見えてしまう。

 あれ以降魔物(モンスター)に遭遇することもなかったので、歩きながら「どこら辺に住んでるの?」とか話をしていくと、すぐにデュアラル王国の門まで着いた。

 そこまでは順調だったのだけど、あるアクシデントが起きた。


「お金ないと入れないんですかー? 絶対?」


「絶対だ。それにお前ら二人のその服はなんだ!? 血で汚れているじゃないか!」


「替えの服とか持ってきてなくて……ハハ」


 僕とケトスは、門の近くの小部屋に座らされていた。

 ケトスが再入国する手続きをしっかりと踏んでなかったらしく、改めて入国するようになってお金を徴収されることになった。僕はそれの付き添いだ。

 そんな僕とケトスを事情聴取する部屋に入れた門兵が、さっきからずっと説教を垂れてる。聞いていて耳が痛い。

 「いつから外にいたのか?」「その血はどうしてついたのか」「所持品はそれで全部か」等々、国を守る兵士さんは大変だ。こんな小柄な僕たちですら素性を知らなければ入れてくれないらしい。いつから外にいるのかが分からない冒険者、持ち物はゴブリンキングの大剣だけ。不審がられるのも当然か。


 そうして、この国内でケトス所属している血盟主に連絡をするということに落ち着き、門兵は部屋から出ていって鍵を閉めた。

 

 僕たちが座っているこの待合室みたいな空間は、コンクリート作りのような不格好な小部屋。真ん中に机があって壁側に二つ椅子が置かれいてる簡素な感じ。そこに僕とケトスは待機させられている。小さい頃に見た刑事ドラマの事情聴取する部屋って、大体こんなイメージだった。


 今から人を呼んでくるってことなので、どれだけ時間がかかるかわからない。時間をつぶすために僕とケトスは会話の続きを始めた。


「結局クラディスは冒険者ギルドに住んでるってことなの?」


「うん。冒険者の人に拾ってもらって、冒険者ギルドに入れてもらったんだ。そこで力をつけてるとこ」


「へぇ~冒険者ギルドか……あそこの人達は強い人達ばかりだもんね。それに中立している組織だから、村出身だったら居やすい場所になるのか」


「……? 中立してる組織って?」


「特定の国や貴族に依存していないってこと。冒険者の各個人はそういったところに属している人もいるけど、“冒険者ギルド”っていう組織自体は、完全に中立してる。各協会とかって国と同等の戦力を持ってるから、国も圧力かけにくいしねー」


 そういう仕組みなのか。

 貴族や国の兵士の話はされたが、その話は初めて聞いた内容だ。

 ギルドで働いている人が話すような内容ではないのは確かだけど、株式会社とかじゃないってことかな。誰の意見も聞かなくてもよく、独自の方針を決めれるみたいな。


「ケトスは物知りだね、色々知ってる」


「気になったからね、調べてみたんだ。ちなみに僕の血盟も中立組織の一つだよ」


「えーっと、さっき言ってた【ティータ】ってやつだよね?」


「そーそー。可愛らしい小さな分血の暗黒森人(ダークハーフエルフ)の人が血盟主やってるんだ。めちゃめちゃ怖いよ」


「血盟か……僕にはまだ早いかなぁ」


 適当に返事を返しながらも、回る椅子でクルクル回りながら話をしているケトスの底なしの体力に驚いていた。僕が一日寝てないだけでこれだけウトウトしているのに、ずっと寝てないはずのケトスは僕より元気そうなのおかしい。


(……どんなステータスなんだろうか?)


 それに、僕が想像していた『転生して、森の中にずっといた』という線は血盟に入っているという情報で消えた。

 だとしたら……ケトスって、どうなるんだ?


「……ケトスって本当に称号Ⅰって持ってるんだよね」


「持ってるよ? あれ? 言った気がするけど」


「言ってもらったけど……んー……」


「んー……?」


 ケトスは本当に、僕と同期の『転生者』なのだろうか?


 血盟にも加入してるし、あれだけの力を有するまでに成長した転生者がこの世界の常識を知らないわけがない。

 自由に生き、自分がしたいことを満喫している、と言えばいいか。他人に転生者だとバレても気にしないような振る舞いは人の目に止まる。

 ただ、楽観的な人だったらそれまで。だけど、会って数時間一緒にいた感想を言えば、この人は考えてないようで考えている人だと思える。


 称号Ⅰというのは『転生者』の他に『賢者』『勇者』と計三つの種類が観測されている、と学んだ。称号Ⅰを持っていて、でも『転生者』じゃない、となると……。

 ゆっくりと椅子に座っているケトスに『鑑定』をかけてみた。が、称号Ⅰどころか、スキル欄、ユニークスキル、名前、レベルの全てが文字化けをしていた。

 鑑定は……別に万能って訳じゃないのか。それともレベル差があり過ぎるから? 魔素が複雑だから分からないとか。


「……」


 でも、称号Ⅰがあるんだから『転生者』である可能性はゼロではない……と、直接本人に聞いてみようと思ってケトスに近づいた。


「――また人様に迷惑かけたのか! このバカケトス!」


 突然の怒号。

 体を跳ねさせて廊下に目を向けると、さっきの門兵が見覚えのある人を連れてきていた。


「あーっ! リリーさん。迎えに来てくれたんですね」


「うるさいぞ、首輪つけて血盟につないでおいてやろうか貴様」


「それはやめてほしいかな」


「うっせぇ! ばーかばーか! あほケトス!」


「ハハハ」


 あ、えっ、ケトスの血盟主って……。


冒険者組合(ギルド)で会った……」


「ん? あぁ! よっす! お久しぶりだね、クラディスくんー……だっけ?」


 初めて冒険者組合(ギルド)に行ったときに、レヴィさんと仲良く話していた小さな褐色肌で金髪の少女が目の前にいた。準上位血盟とやらの血盟主と言っていたが……。


「ケトスのところの団長だったんですね」


「そっ。コイツ、ウチの問題児」


 バシバシとケトスの背中を叩くリリーさん。別に問題なんか起こしてないじゃん、との言葉に対し、黙ってろボケ、とまた殴っている。この世界の女性はなんともお強い人が多い。

 その光景を門兵と一緒に眺めていると、思い出したように前に出て行った。 


「あの! 料金の徴収を」


「おーおー、悪いね憲兵さん。ちょっと待っててね。おらっ、動くな。揺れるだろ」


「勝手に飛び乗って来たのはリリーさんだけどね」


「口答えすんな。黙って、動くな。お前は椅子だ。分かったか? 返事は?」


「おなかすいたぁ」


「そうかそうか。そりゃ大変だなっと……うごくなっつってんだろ!!」


「痛った……えっ、なんで」


 目の前で繰り広げられる、てんやわんや、という言葉がよく似合う光景に、ケトスにかけようとしていた言葉を飲み込んだ。

 ケトスがなんの称号Ⅰを持っているのか気になったが、とても入って行けるような雰囲気ではないのは僕でも分かる。無事に城壁内に入ることができるんだし、僕もクエストもできたんだから本来の目的も達成できたんだから。

 そう思って、その部屋から出て行こうとして。 


「――クラディス」


「……?」


 あの時と同じ、喧噪の中を縫うような声が聞こえたような気がして、振り返るとケトスがこちらを見ていた。

 いまの、やっぱりケトスの声? 

 真意を確かめるように小首をかしげると、絶賛怒られ中だというのに口端に笑みをたたえ、小声で。


「またね」


 と言ってきた。

 またね。その言葉を聞いて、なんだか嬉しい気持ちになった僕は同じ言葉を小さな声で返し、そのまま部屋を出て行った。

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