72 ゴブリンキング
戦闘が始まってからかなりの時間が経った。
この丘に残っている残りの魔物の数は少ない。途中で森に飛び込んでいった魔物もいた。それは追うことはしなかった。
身体強化が体に馴染んでいくのを感じて、残っている魔物を一体ずつ、確実に数を減らしていった。
その時に小刀が一本折れてしまって、とうとう最後の二本なってしまった。
ゴブリンの多くは逃げ出した。ホブゴブリンはその時間を稼ぐために立ち向かってきた。
心が痛むのを感じる。これが人だった場合ここまで冷酷に倒すことができるのか? ……いいや、できる訳がない。
だけど、ゴブリンに限らず魔物を倒さなければ、僕たち冒険者や村人、国の人が殺される。ここで彼らを倒さなければ、もしかしたら僕の大事な人達を傷つけ、殺すかもしれない。
結局は、それの押し付け合いだ。どちらもそんな状況になりたくない。
強くなるためだ。
魔物は僕たちの敵なのだ。
そうやって脳内で復唱しながら小刀を振るい、最後のホブゴブリンの心臓部に小刀を差し込みグリッと回した。
『アアァァァッ…………』
「……っ」
力なく倒れたホブゴブリンを見て、残っているゴブリンキングに目を向ける。
まだ、ケトスとゴブリンキングとの戦闘は続いていた。片腕だけのゴブリンキング。その攻撃を受け流し、体に浅い傷を増やしていっていた。
僕はゴブリンキングとの戦闘に加勢するために、疲れた体に鞭を打って『身体強化』をした。
「ケトス……こっちは終わったよ」
「あ、お疲れ~」
まだまだ元気そうなケトスの声を聞くと、自分の甘さに気づく。僕はまだまだなんだ、と。敵を倒すのに罪悪感を感じて、本来の目的を忘れ、攻撃の手を止めようとしていたんだ。
僕は……冒険者に向いてないのかな。
戦闘に不要な感情には間違いない。強くなるためには不要な感情だ、僕は……もっと強くならなきゃ。
「――って、クラディス!!」
「え?」
浮かない顔をしてゴブリンキングの近くまで歩いていこうとしていると、小さな影が死体の陰から飛び出してきた。
微量な魔素に気が付かない程、頭を支配していた罪悪感。それが仇になってしまった。
反応に遅れて身構えたが、それより早く、重たい一撃が背中に響く。
「っっっ!!?」
『ギイイィィッ!! ギイイイイッ!!!』
棍棒で背中を殴打したゴブリンはそのまま僕の背中を蹴り、倒れ込んだ僕の背中の上に乗った。
魔物が上に乗り、自分を殺そうとしている。まさに絶望的な状況だ。
僕は怯える彼らを見て、無意識に勝った気になっていたんだ。
ヤバイヤバイヤバイ!! このままじゃ……!!
「っ降りろ!! 降りろよ!!!」
武器がない両手で地面を|搔《か》き、必死にもがこうとするが、上に乗っているゴブリンが動くほどの力は加えられない。
落下の衝撃で自分の手から武器を投げてしまい、手が届かない距離に落下してしまった。
地面に顔からぶつかったことなど気にする時間など当然ない。何とかして僕の頭へと武器を振り下ろそうとしているゴブリンを退かそうとする。
しかし、そんなことを敵が待ってくれるハズもなくゴブリンは棍棒を振り下ろした。
――ガッ。
『アアアアアアアッ?』
僕の頭に当たるはずだった攻撃は僕の耳を掠めて、顔の横の地面を抉った。
「何が……」
故意的な体重の乗せ方じゃなくなったゴブリンの姿を見てみると、その頭部にケトスの剣が刺さっているのが見えた。
一撃で急所を貫かれたゴブリンはフラっと僕の横に落ちてゆく。
ドスンッと鈍い音を立て、人形のように力なく倒れた。
「助かっ……た?」
一瞬の出来事だったが、とても長く感じた。
安堵すると体の痛みが思い出すように伝わってきて、思わず顎に手を当てて擦る。
「はぁ……ケトス、ありがとう、助かった――」
ほっと安心したのも束の間、倒れたまま顔を上げた先では、ケトスが武器が無い状態でゴブリンキングの前に立っていた。
血の気が引く感覚が再び襲う。
僕を助けるために、ケトスは自分の一つしかない武器を投げて……!
「ケトス!」
「かかって来なよ、ゴブリンのキング」
「……へ?」
僕は目に見えている情報が理解できなかった。ケトスは武器を持ってない状態で手のひらを見せ、何も持ってないのをゴブリンキングにアピールをしていたのだ。
それに対してゴブリンキングが怒らないわけがない。キングはすさまじい速度でケトスの頭上から大剣を振り下ろした。
その瞬間、ケトスが笑った気がした。
後ろからしか見えないが、そう思えた。
ケトスもゴブリンキングが振り下ろすと同時に動き出し、その大きく広がった足幅の中に滑り込んで、その股下に目掛け一つの魔法を発動した。
「『稲妻』!」
ケトスが魔法を発動すると森中に雷鳴が轟く。木に止まり羽を休めていた鳥たちも一斉に飛び立ち、僕も鼓膜が破れるかと思い、咄嗟に耳を塞いだ。
なんて……魔法だ……っ!
ケトスが放った無詠唱魔法はケトスの手から遥か上空まで一本の雷を走らせ、その線上にいたゴブリンキングの体は一瞬にして黒く焦げた。
『ア……アア………? ア』
「へぇ! まだ生きてるんだ。じゃぁ、どうやって止めを刺そうかな」
あの魔法を受け、瀕死の状態になったゴブリンキングの手からある物が音を立て、零れ落ちた。
それはさっきまでゴブリンキングが使っていた大剣。
「おっ、これにしよう」
ゴブリンキングの大剣を担ぎ上げて、トントンと切っ先を確認するような素振りを見せたと思うと、ケトスは無抵抗のゴブリンキングの目の前に高くジャンプをした。
「楽しかったよ、じゃあね」
そう言って、首を刎ね飛ばした。
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