69 ゴブリンの群れ
僕の方にも向いた敵意を全身で感じると、なんだか笑えてきた。
どいつもこいつも勝手に計画を崩してくれて……嬉しい限りだよ本当に……!
くそっ、河川部で戦ったゴブリンの時のように土壁を出すか? いや、丘という地形だから高所を作っても意味がない。丘の一番上まで行けば通用するかもしれないけど……。
『ガァァァァァァッ!!!』
「遅い遅い! ほら、ちゃんと当ててみなって」
やばい人とやばい魔物が戦ってるから無理かな……。
最初に戦ったゴブリンの群れは不意をつけて何とか倒すことができたけど、今回はケトスが先行したことで武器をみんな構えてくれている。
「死んだら祟るか何かしらしてやるからな……!」
武器を取り出しながら目と耳と『魔素感知』に意識を向けていると一番近いゴブリンが不用心にも近づいてきたから、首を小刀で跳ね飛ばした。ブンッと大振りな一撃をしたことで、構えるのが遅れているとホブゴブリン二体が飛びかかってきた。
「うわぁぁっ!? ラ、『水柱』!」
ぎゅるんっと螺旋を描きながら高く伸びる水柱を作り出し、空中にいた二体のホブを閉じ込めた。
「水圧高めの特別性だから、そん中におとなしく居てくれよ。頼むから……! 一生のお願いだから……!!」
水属性魔法に囚われた二体の魔物に届くはずのない言葉をかけた。
少しの苛立ちから、自分の感情がハイになっているのを感じる。
僕が使った魔法は水属性魔法で、僕が魔法陣に水圧を高める文字を書き加えたものだった。えーと、つまり……『魔導理解』『魔素操作』様様ってことだ。
『水柱』で動きを止めてる二体は一旦放置をし、他の接近してきているゴブリンとホブゴブリンの方へと意識を変えた。
その後も、僕の方は囲まれるのを避けるために距離を取って順調に数を減らしているのに対して、恐らく何も考えずに敵陣営の中心に降り立ったケトスは案の定囲まれていた。
あ、いや、囲まれはしていた、の方が合っているかもしれない。
「ハハっ!!」
絶望的な状況でも笑いながら僕より早いペースで敵の数を減らしていくの見ると、やっとついてきた自信が無くなりそうだ。それほどまでに、ケトスの戦いっぷりは「見事」の一言だった。
常にゴブリンキングの大剣や蹴り、頭突きなどを警戒しながらの周囲への確実な攻撃。常に距離感を保ち、一対一の状況を強引に作り出している。一対多に慣れている者の動きというのは、ああいうことを言うのかもしれない。
僕も戦闘してなかったら、見て勉強したいほどだ。
(でもそうはいかない)とため息をついた。
最近ため息が多い気がする。このままだと幸せが逃げて行ってしまうのではないか。そんな軽口を叩かなければまともな神経でやっていられないほど、こちらの状況は切迫していた。
切れ味がほとんど無くなった小刀を地面に投げ捨て、予備を一つ取り出しながら、中々倒れてくれないホブゴブリンの方を睨むように見た。
「……君は、さすが上位個体ってだけはあるな」
手から伝わる感触や魔法を当ててみた感想、純粋に固い。
ゴブリンは顔面に衝撃を当てたら首が飛んでいったり首が折れたりしてくれるのだが、ホブゴブリンはそうはいかなかった。
ダメージは与えられていると思う、でも致命傷まではいかない。
そうして長時間の戦闘をしていると、向こうも致命傷ではなくて確実にダメージを蓄積していくことにシフトしたようだ。
一体に時間をかければかけるほど、こっちが不利になってくるっていうのにさ……。
どうせ「自分が死んだとしてもこの群れが全滅することはない。ダメージを与えていれば、味方の誰かがいつかこのガキ共を倒してくれる」とか思ってるんだろう? 思ってるよな? だって、そういう表情をしているよ。
「そう簡単にいかせるかってハナシ……!」
飛び上がって大袈裟に小刀を構え、大振りの攻撃をする素振りを見せた。
僕が急激に動いたことに対して、ホブは持っていた鋭利な槍を突き刺そうと大きく一歩前進。
大きな釣り針にひっかかったな! 直情なやつめ。
ホブの足運びを視認して空中に『衝撃』を撃つことでグンッと急降下。大振りの攻撃のために伸ばしていた上体を縮めた。その勢いで槍を持つホブの足元にまで体を滑り込ませていく。
……っと、ここからだと布で隠されていた見たくないものが見えそうだな。
反応に遅れたホブゴブリンが、低姿勢になって近づいてきている僕に対して繰り出す攻撃は――
『アアアァァァッ!!!!!』
――蹴りだ。
その蹴りも訓練で学んだ、よ~く知っている行動パターンの一つ。
そしてもっと情報を付け加えるならば、大抵こういう苦し紛れの攻撃の後は隙だらけになる。つまり、これを避けてしまえばこいつは打つ手が無くなって無防備な体になるのだ。
蹴りを躱すためにさらに体を縮め、地面とほぼほぼ平行の状態にまで持っていった。
「ここだ!! 『火槍』!!」
一本足でバランスをとっている状態のホブゴブリンの喉元に目掛け、真下からの火槍。
僕の二倍ほどの大きさを誇るホブの体が燃え、自分の魔法の直撃に心の中でガッツポーズを決めた。
「これで、ホブ討伐二体目……!」
すかさず地面に手を付き、『魔素感知』で他の魔素の確認しようと意識を逸らした。
――ぶわっ。
唐突に真後ろから刺さるような殺気。
勝ちを確信して外していた急いで視線を戻すと、ホブゴブリンが突き出していた槍がこちらに向かっていることに気付く。
「なんで、直撃だったハズ……」
燃え盛る中、器用に槍の持ち手を回し、自分の真下にいる僕へと躊躇なく思いっきり振り下ろして来た。
その角度って、自分にもあたる角度だろ……!?
「くっそ……っ!!」
油断していたことで回避に遅れてしまい、力加減を考えずに地面を蹴った僕の体は地面にぶつかった。受け身を取れる訳もなく、ぶつかった衝撃のまま丘上から滑るように転げ落ちていく。
景色が一転二転、三転するとようやく止まってくれたようだ。
『グギィ……!』
「あっ……ごぶり――ンッ!!」
滑って行った先に待ち構えていたゴブリン。横たわっていた僕の状態を見て「好機」だと思ったのか、手に持っていた武器を振り下ろしてきた。
何とか体を反転させて避け、体勢を整えながら地面に手をついて顔を上げた先。
「っハァッ!? ここにも……っ!?」
そこにもゴブリン。あっちにも、あそこにも、ここにも!
小刀を構えたが、『魔素感知』から入って来た僕の現在地と現状を理解し、戦闘ではなく退避を選択した。
『魔素感知』曰く、あなたはゴブリンの群れの中心にいます、と。
戦闘をすれば、その間に詰められる。
戦闘アニメでよく見るバラバラに突撃してくる都合のいい敵などこの場にはいない。同士討ちよりも群れの存続を優先する彼らは、決死の覚悟で飛び込んでくるのだ。
だから逃げる。一目散に、ゴブリンがいない場所へ、障害物がある場所へ。僕が彼ら一体と戦う時間など最初を除き、この場に残っていなかった。マトモに打ち合えば僕では――今の、弱い僕では、時間がかかり過ぎてしまう。
行く先々に立ちはだかるゴブリンとホブゴブリン。
それらの僕に向けられた攻撃を『魔素感知』で事前に感知して避けながら、自分の無力さと一対多の熾烈さを実感した。




