68 きままに翻弄を
話し合いの結果「森から出る」と決めて、僕が来た道を戻ることになった。
その際、色んな話をしていく内に最初はあった距離感が段々と縮まっていったような気がした。
彼のフラットな態度が僕にとっても有難く、いつの間にか友人とするような気兼ねなく話すまでになっていた。不用心だが、称号Ⅰを持っている者同士、気が合うのかもしれない。
で、さっきからチラチラと視界に入ってくるケトスはもう警戒心を抱いていない様子で。
「……なに、どうしたのさ?」
「クラディスさ、さっき衝撃使ってたよね」
その言葉を聞き、心臓が飛び跳ねた。
即座に否定しようとしたが、ケトスの攻撃を避けるために使ったのを思い出して髪をかき上げながら「使ったよ」と一言。
あれだけ他人に魔法を使っていることを公言しないようにしていたのに……命の危険を感じて何も考えずに使ってしまってた。これは、マズイ。
「よね。使ってたよね。だからどうって話じゃないんだけど。僕も同じようなことをしてるから近いものを感じたってだけ」
「近い……? あ、さっき剣で攻撃してきた……!!」
「そう! 僕は赤の瞳で剣術を、クラディスは黒の瞳で魔法を。ね?」
「確かに確かに……」
「うん。それで一気に親近感がわいてさ。あ、この人なら大丈夫だ、って思ったんだ」
「そーいうわけなんだ」
「そーいうわけなのさ」
どっと疲れが押し寄せてくる。けれど、それは安心感も同時に運んできてくれた。
ケトスは自分の素質以外の剣術を勉強している魔導士。だったら僕が黒い瞳で魔法を使っていても何も不思議に思わないってことか、よかった……。
「ということは、そうか。クラディスも僕と同じで魔法剣士を目指してるのか。物理と魔法を駆使して戦う前線機動魔導士、かっこいいよねぇ~」
「……えっ、と……その」
「あっ、それとも付与術士を目指してるとか……? 三つの職業のスキルを使いこなし、味方を強化して戦う中間補完魔導士! 伝説の職業だよね! 子どもはみんな一度は憧れるし――」
「まだ! 未定なんだ……冒険者になったばかりだから」
「なんだ、そっか」
聞いたことのない名前がポンポンと出てきて混乱をしていたが、つまるところ素質以外の練習をしていたとしても別に珍しくないことだ、ということらしい。
自分の素質など天から決められたこと、それに従って一つだけを極めるなんて馬鹿らしい、と。
それから話を聞いていったが、自分の素質以外を用いる冒険者のための受け皿が用意されているようだ。とはいえ、今の僕の実力ではまだまだ先の話だ。
「……僕はまだ剣闘士のスキルとか使えないから、ケトスの方が剣闘士みたいだよ。僕は全部中途半端って感じ」
「やってみるとスキルとかって案外簡単にできるよ。身体強化とか魔法の感覚に似てるし」
「あ、聞いたことある。そのしんたいきょうかってやつ」
「身体機能を向上させる初級のスキルだね。クラディスみたいにそういう獲物を扱う冒険者には必須スキルだ」
「簡単って言われてもなぁ~……。僕って、僕に戦闘を教えてくれてる先生……えーと、鬼みたいな先生がいるんだけど、そういうスキルとかの話とか全然してくれないんだよね。まだ早いと思われてるのかな」
訓練を初めてまだ間もないし、攻撃は全く当たらないし、足捌きも拙いし、基礎部分もまだまだ練習が足らない……けど、けど!!
基礎練習が足らないのに応用ばかり学ぶ典型的なタイプだと自覚しているが、エルシアさんの動きとか最高にかっこよかったから早くあのレベルまで行ってみたい気持ちが出てきて止まらないのだ。
「どこかにスキル教えてくれる人、いないかなぁー……」
ただの愚痴だ。
誰に当てた言葉でもない、うな垂れながら、ため息が混ざりながらのただの本音だった。
「……もしよかったら教えようか?」
「良いの!? そんなつもりなかったのに……」
「そんなつもりあるように思えたけど。いいよ、お安い御用さ」
僕の返答に、目を閉じて笑ってくれた。
そこからは危険な森だということを忘れるほど会話に没頭して歩いた。
身体強化に必要な魔素操作。魔導。調整方法を大まかに教えてもらっていく。聞いていたらなんら魔法と変わりないことから意見を交換しつつ、理解を深めていった。
そうしていると、いつの間にか開けた丘にたどり着いていたようだ。
説明をしていたケトスの肩に手をやって歩行速度を落としてもらい、草むらから覗き込んでみる。
「あー、杞憂じゃなかったってことか……」
丘全体に広がる緑色の無数の斑点、丘の一番上には遠目でも分かるほど一際大きな個体、少し数は減っているが間違いない、僕の後ろを通っていったゴブリンキング率いる群れだ。
「わぁ……たくさんいるね。おぉ! 大きいのもいるよ」
同じように草むらから顔を出したケトスがワクワクする子どものような声を出したから、口元に指を当てて小声で「しぃーっ」とした。
僕のジェスチャーにこくりと頷きながらも、魔物達を見ている表情には薄笑いが浮かんでいる。
「……戦闘を回避して、迂回していくのも一つの手だけど……。ケトスはどう思う?」
「うーん……そうだね……」
お、戦闘狂って印象があったけど……少しは冷静に考えることがあるのか。
「僕的にはまだスキルも完全に理解できてないから、戦闘は回避していんだけど」
「うん、とりあえず――行ってみてから考えようか!」
「そうだね、ゆっくり落ち着いて…………は?」
横にいるケトスの方を勢いよく向くと、無邪気に笑う青年の姿があった。
「レッツゴー!」
「はぁっ!? なんでっ!??」
リードを外された犬のように草むらから全力で丘上のゴブリンキングに向かって駆けていった。
走り出したケトスに手を伸ばすが、背中の手前で空を切る。
「ちょっ、まっ――」
「おさらいだよ! クラディス! 身体強化は、自分の魔素を体内に込めて活性化させる感じで」
飛び出してきたケトスを見たゴブリン達は武器を構えた。
そんな群れなんかお構い無しに走っていき、ピョンっと群れの頭上を飛んでゴブリンキングの前でスルリと着地した。
『グガアアアアッ!!』
そのケトスへ向けてゴブリンキングは持っていた大剣を振り下ろしたのだが、それを軽く受け流し――
「ンンンッて魔素をやるんだよ、こんな感じに――ッ!」
伸び切った太い腕を撫でるような動きで一刀両断した。
『ヴアアァァァアァツ!!!!!!??』
一瞬の出来事で周りにいたゴブリンも僕も何が起こったのかを理解出来ずにポカーンとしてると、ケトスはこちらを振り返って笑った。
「クラディス~、早くきなよ」
戦闘は準備万端な時に始まるとは限らない。そう分かっていたつもりでいた。
「実践でやった方が、覚えやすいからさ」
しかし、出会ったばかりの少年にここまで自分のペースを乱されるとは思わなかった。それもまだ説明が全く終わっていない状況で!
「あーーーーーも~!!」
ケトスの声でこちらを向いたゴブリンの視線をその体で受け、小刀を握りしめた。




