67 勇者と転生者の出会い
「ほんと助かったよ~、空腹で死ぬところだった」
「いや、僕も殺されるとこでしたけどね」
中位ダンジョンを単独で攻略後、森をさまよっている青年。
ゴブリンのクエストを受け、森を逃げるように駆けていたクラディス。
そんな二人が出会った場所はイニシアの大森林の中層部。
木の根元に腰掛け、話を聞くためにクラディスは血塗れの白髪の青年に用意していたパンを渡した。ハハハと笑いながら頭をぺこぺこさせるこの人を見て、クラディスも苦笑いを浮かべる。
(この男の子……って言っても僕より歳上だよな?)
一見するだけで、ただの青年ではないのはクラディスも薄々と感じた。
全身血の色に染め上げられた服を着て、眼鏡は血で汚れ曇り、深い赤色の瞳が眼鏡の奥からチラついている。その目からは全く生気が感じず、くせっけの白髪には汚れが目立つが、外傷はコレと言って見えない。
クラディスは服に着いている血液は全て返り血なのだと理解した。
「なんで……僕を襲ったんですか?」
突然の問いかけに、もらって食べていたパンを頬張ってクラディスの方を向いた。
「魔物を追ってたら、その進行方向に君がいた。……えぁ~……っと、ごめんよ、勘違いしちゃったんだ」
「魔物……もしかしてゴブリンキング……とか」
「うん。確かそうだったかな? 大きくて汚い奴だったよ」
目の前の青年が言った言葉を少し繰り返し、進行方向を重ねて考えると何かわかったように頷いた。
おそらくこの青年がゴブリンキング、その他の群れが警戒していた正体なのだろう。
あの強大な存在が畏怖し、逃げた……。同脅威度のホワイトボグですらムロやエルシア相手に恐怖する様子は見せなかった。つまり、単純に考えると目の前の青年はクラディスの恩人達より強いということになる。
「見た所……冒険者みたいですけど、いつからこの森にいるんですか?」
「いつから~……ぁー、どうだろ、分からないなぁ。森っていうか、なんというかだし、大体一月くらいはいるんじゃない?」
「……その間飲まず食わず……とか」
「だね~」
クラディスの質問に答えると暗い空を見上げて、ぼぉーっとし始めた。
質問を送った側のクラディスは少し唸ると、髪をかいてため息をついた。
(そんな芸当、普通の人ができるのかな……)
青年の質問の答えは、あまりにも常人離れをしている。そして必然と、ある考えが頭に浮かんだ。
(この人は……『転生者』……なのか?)
よく分からないまま一人で森をフラフラとしている時点で、世間知らずなのは間違いない。一人でこんなところに居続けることができるのなら、もしかして、と思うのは仕方ないことだった。
だが、それをそのまま正直に聞いてもいいのかと頭を悩ます。
違った場合、咎人だと勘違いされたことに激怒する恐れがある。あれほどの殺気を出す者と戦闘になった場合、今のクラディスでは勝利することができない。
「……ぇーっと、あ、あの! もしかして、ステータスに称号Ⅰってあったりします……か?」
だが、このまま放置していい訳が無いと思い、お節介を焼いて遠回しに聞いてみることにした。
「称号Ⅰ? ……どうして?」
不思議そうな顔を浮かべる。
「いや……あの……さっき言ってもらった話を当然のように送れるって普通の人にはできないと思うから、そうなのかなぁ……って」
「う~ん……」
ソワソワと返答を待っている様子のクラディスを横目で確認し、青年は腕を組む。
(なんで……そんなことをこの子は聞くんだろうか)
青年は正直に答えるか答えないかを悩み、自身の前にステータスボードを開いた。
開かれたステータスボードには、膨大な数のスキル、ユニークスキル、並大抵な努力では辿りつけないようなステータス値が刻まれている。もちろん、それらをクラディスは見ることはできない。
そしてその上位、最上位スキルが溢れる中でも特別稀有なモノを青年は持っていた。
――称号Ⅰ:勇者
その文字をじぃーっと見て、クラディスの言葉の意図に思いを巡らす。
(称号……を聞くってことは、もしかして……この子も……?)
青年は自分以外の『称号Ⅰ持ち』などまだ見たことが無い。
だが、目の前の少年がそうなのかもしれないと思うと、再びクラディスをジロジロと観察するような目を向けた。
(白髪……少し銀色が入ってるか。右目には眼帯をして、背丈は僕よりも小さい。追っていたゴブリンキングよりも弱々しい魔素だけど……この森の中層まで一人で来て……。何より様子見だったとは言え、僕の一撃を避けた)
クラディスのことを青年が考えている間、クラディスも頭の中で目の前の青年のことをまとめていた。
(白髪で、眼鏡をかけて……目の色は赤色だな。僕より年上だけど、どこかのんびりという印象がある。持ち物は細長い剣だけ、か。そんな状態でこの森に一か月近くもいた……)
そして得られる情報をまとめ、二人は頭の中で同じことを思った。
(この人は、僕と同じ称号を持っている)と。
そうなると話は早い、青年は開いていたステータスボードを閉じて、クラディスの警戒を解くように笑った。
「持ってるよ」
「ほ、ほんとですか!?」
「うん。君も持ってるでしょ?」
「ぼ、僕も……持ってはいますけど……」
クラディスは目の前の青年が質問に即答をしない時点で怪しいと思っていた。
持っていない人は持っていないとはっきり言う。この質問で悩む必要はないからだ。
結果、クラディスは『称号Ⅰ持ち』の仲間を見つけることができた。この世界で初めて自分以外の『称号Ⅰ持ち』を確認できたのだ。
しかし、二人の間にはとても大きな違いが生じていた。
(僕以外の『勇者』か……初めてみたな……。だけど、まだまだ成長段階って感じか)
(僕以外の『転生者』……だけど、この世界のことにあまり詳しくなさそうだから放っておいたら危ないな。それに、多分この人は僕みたいなユニークスキルとかに振らずに、ちゃんとステータスとかスキルとかに振って転生したんだと思う)
ジィ―っとお互いを見つめあう時間が過ぎると、二人は腰を上げ、手を握った。
「僕はクラディスって言います。あなたの名前は?」
「僕はケトス。呼び捨てで良いよ。よろしくねクラディス」
お互いに綺麗な手はしていない。
だが、そんなことなど気にすることなく、友人同士がするような握手を交わした。




