65 仮眠をとりたかったのに
(ますたー)
(分かってる)
僕が止まった瞬間に丁度音が鳴った……は考えすぎか?
目を開け、岩から体を出すことはせず、恐らくの位置を『魔素感知』で把握しようとした。
『魔素感知』に意識を向けて、木々の間を歩く魔素を感じたのだが、捉えた魔素は一匹どころではなかった。
三十……六十……三桁はいってそうな気配の数。それもゴブリンどころの話じゃない、それと同質、そしてより強大な存在感だ。
(エリル、これって……)
(ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンキングの集団ですね……)
ゴブリンキング。
ゴブリンやホブゴブリンのさらに上の個体だ。
なるほど、一端のゴブリン程度の魔素とは大きくかけ離れている。確か、中位冒険者のパーティーが倒せれる程度、脅威度のランクで言えばC⁺付近。ムロさん達が戦ったホワイトボグと同程度だ。
あんなのに襲われたら間違いなく死ぬな……。
ゴブリンキングだけに意識が行っているが、それ以外も戦ったことがないホブゴブリンも二十近く確認できた。ゴブリンだけで百体に届きそうな数がいることも軽視できない。
幸い、風はそこまで強くない。吹いていたとしてもこちらが風下だから人間独特の臭いがあちらに行くことはない……と思いたい。
(勝機はあると思う?)
(いえ、戦って勝てるような相手ではありませんし、逃げるのも向こうの方が地の利があります。正直言って……厳しいと思います)
(……見つけられないように、このままやり過ごせれたらベスト)
(はい)
握っていた腰の小刀を鞘に納めた。
勝機が感じられない勝負をする程、僕は勇ましくない。
魔素を感知されることはないと思うが、身動きをせず息をひそめて、ゾロゾロと『魔素感知』の範囲の端を横断して行ったのを確認した。
◇◇◇
ゴブリンの集団が『魔素感知』の範囲を通りすぎて一分くらいが経っただろうかというところ。この状況で仮眠をとることができるはずもなく、起きて足音や『魔素感知』で周囲を警戒していた。
周囲を警戒しながら、ぼんやりと頭の中で今日の状況と先程の群れでの行動を照らし合わせていった。
(ゴブリンが途中からパッといなくなったのは、ゴブリンキングがまとめてたから……? だとすると、予想以上に統率が取れているってことになる)
これ以上被害を出さないように一つのまとまりになって行動し、通り過ぎる際に止まって周囲を警戒をしているような素振りを見せていた。
僕が、あのゴブリンを倒したから? それにしては、大げさな対応じゃないか?
とりあえず、途中からいなくなった理由はゴブリンキングが招集をしたと見ていいだろう。それの理由がいまいち明確じゃないけれども。
頭を捻って考えていくと、ふと疑問に思った。
ゴブリンは鼻が利くが、ホブゴブリンやキングはどうなんだろうか。上位の個体ということもあってゴブリンよりも鼻が利くってことは無いのか?
『魔素感知』のギリギリの範囲を横切って行き、止まってたりしていたのは、もしかしてこちらの存在に気付いていた……?
勉強した内容を頭に思い出しながら岩の後方をちらっと確認して、目でもちゃんといないことを確認した。
「……」
でも、なんだ……? この嫌な予感は。
ゴブリン達はいない、目でも魔素でも足音でも気配でも感じられない。
だけど、何か物事が良いように進みすぎな気がした。
(エリル、『魔素感知』の範囲ってもっと広げれない?)
(『魔素理解』を突き詰めていけば、範囲をもっと拡大できると思いますけど……どうしました?)
(いや、気のせいかもしれないけど……魔物がこんなズブな初心者の気配に気づけない訳がないと思って……)
(わざと、通り過ぎた……ってことですか?)
(そこまではないと思いたいけど、もしそうだとしたら……)
『ゴブリンは醜悪で狡猾、故にこちらもそれを意識し、立ち回らなければならない』
これは勉強会で学んだことだ。最悪の状況を考え、それ用に立ち回らなければ自然界で生きてきた彼らに勝てる訳がない。
岩陰に隠れ、今の状況を熟考し、嫌な予感の正体を探る。
今の地形は丘の斜面部にいる。丘の向こう側から出てくることは考えられるが『魔素感知』で捉えることはできるから、それは考えられない。
『魔素感知』に感知されない上位種の場合も……異常事態が起こっていると言われたから、有り得ないこともないが……可能性は低い。
だとしたら、この開けた空間がゴブリンの本部――も違うか、だとしたらもっと濃く獣臭いにおいが残ってるはずだ。
思い過ごし? そんなことがあるわけ――……。
とその時、鼻にツンっと自分のにおいじゃないモノが届いた。
「? 何が……」
ふと下に目を向けると、それは直ぐに分かった。
それは服や布に微量に付着した――ゴブリンの血液。
小さく少量のものだったから気づけなかったのかもしれない。それとも、ゴブリンとの戦闘で鼻が麻痺していたのか?
布で拭きとってはいたけど、その布も丁寧にゴブリンの耳と同じ袋に入れていて。
――人間の臭いより濃く残るゴブリンの臭い。それが開けた岩陰にポツリと一つ。
「っ!」
そこから想像出来る可能性を考えた結果、袋を投げ捨て、その場から離れるように走り出した。
(ますたー!? なにを)
(多分、僕の場所がバレてる……!)




