64 仮眠を取りたい
ノートpcが早くほしいえっふぇのーとです。
そこはデュアラル王国近郊の森林地帯の中心地。
その場所は薄暗く、直径が十数メートル程ある巨木が感覚を開けて乱雑に生えている神秘的な空間。月明かりが遠く、高い場所にある巨木の葉から零れて地上を照らす光景は、とても幻想的であった。
だが、鬱蒼とした森林地帯を抜けて目に入ってくる遠近感が狂うほどのサイズ感と、きらきらと輝く青白い光はここを訪れる者の心に一抹の不安を覚えさせる。
この森林――イニシアの大森林は中心地に中位ダンジョンが存在することで、湖も、木々も、大地もダンジョンの含有する膨大な魔素の恩恵を受けて育ち、魔物にとっても居心地の良い場所になっていた。
通常の森林よりも魔物が強化されていることを知らない駆け出しの冒険者が、この森林で命を落としたという話はギルドでも冒険者の間でも絶えたことは無い。
このような場所に一人で訪れる冒険者は自殺願望者か、狂っているかのどちらかだろう。
「っあぁ……。こんなもの……?」
『グッ、グギャギャァァッ!!』
「あはははっ!! その調子っ! いいよ。もっと……もっとだ!!」
日が暮れる前、中位ダンジョンの入口から青年が一人で姿を現し、その姿を見たダンジョンの近くで群れを作っていた魔物達は一斉に飛び掛かって行った。
その青年は血塗れの服、曇った丸眼鏡、脂で切れ味が落ちている細長い剣を持っていて、今にも倒れそうな様であった。その疲弊した姿を見た魔物の頭に浮かんだ言葉なら容易に想像がつく――殺せる、この三文字だろう。
目の前にデザートという名の人肉が、迷宮から、一人で、疲弊した姿で! 戦闘民族である魔物がこの機会を見過ごすわけもない。据え膳食わぬは男の恥ならぬ、負傷人食わぬは魔物の恥、だ。
――しかし、一瞬で事は済んだ。
ボロ雑巾のような青年に近づいた魔物は瞬時に消し飛ばされ、ボトボトと服に朱を足していった。
オーク、ウッグ、ウルフ、ゴブリン――と、ふらふらの状態でありながらも笑みを浮かべながら敵を屠っていくその姿は、魔物でさ圧倒し、足を竦ませた。
そして、その場に居合わせたゴブリンキングもその少年に恐怖した。
目の前で他の種族の魔物相手に無双している少年の腕よりも太い腕、太い脚、太い首元。手に持っている剣も少年が使っている獲物よりも鋭く、大きい。
だが、そのゴブリンキングは本能的に『勝てない』と判断し、周りのゴブリンに「退け」と命令を出して中心地から離れていった。
◇◇◇
森の中へと着々と進んでいく中、魔物があまり多くないことに疑問を感じていた。
この森林地帯にはゴブリン以外の多くの魔物が生息しているのは学んだ。が、それらの気配も感じない。のんびりと森の遠足のようだ、どうせなら鼻歌も歌ってしまおうか、と思えてしまうほどの余裕がある。
最初に会った20にも満たないゴブリン達の後、数匹のゴブリンにも遭遇したが難なく撃退。それも予想していた戦闘とはあまりにもかけ離れていて、傷を受けることもなく、魔素もあまり消費をしていないときた。
「エリルの方は、何か感じてる?」
(いえ、なにも引っかかってません)
「だよねぇ、僕の方も何も引っかかってない」
木に登ったり、走ってみたりしても特に何も感じず、魔物からもなにもアクションがない。
「不気味なかんじ。嫌な感じ」
(ここって縄張りじゃないんですかね?)
わざわざ、事前に話していた「縄張りに入らない」を破ってまで、討伐数を伸ばそうとしていたのに、気が付けば奥へ奥へと足を運んでいる。
(ん~、暗くなってきたので、引き返しますか?)
「夜で縄張りにいるっていうのは危なっかしいよな……」
初めてのクエストで死んでしまう冒険者のような立ち回りをしているのを理解しながら、腰に下げているゴブリンの耳が入っている袋の方をちらっと見て、腕を組んだ。
危ないけど、引き返すには討伐数が少ないような気がする。
「……今日は、森の中で寝たらだめかな?」
(おすすめはできませんけど……)
「もっと倒さないといけない気がするし、それにもっと強くなりたいんだけど……だめ?」
(もぉぉぉぉ……そんな甘えられ方をしたのは初めてですよ。わかりました、わかりました! では、私もしっかりとサポートさせてもらいますから)
「ごめんね」
渋々了承してくれたエリルに感謝して、進行方向を向いた。
エリルが言った通り、もう日が暮れ始めている。
ただの日暮れじゃない、森の中の日暮れだ。夜の帳が下りるとして、それは一瞬。気が付けば土地勘のない真っ暗な場所でのサバイバルの始まりだ。
それに視界不良な夜中に活発に活動し始める魔物もいるらしい。そんな中、子ども一人が森の中を駆けずりまわるのは「危険」の一言に尽きるだろう。
と言っても、普段の訓練をしていない時点で体がまだまだ元気なのを感じる。息も上がってないし、体のだるさも感じない。普段、夜中の二時までナグモさんとの訓練をしているんだから疲れないのも当たり前か。
なにより、ようやく強くなったと実感をしているんだ。
もっと、この感覚に浸っていたい。
もっと、貪欲に、一秒でも早く強くなりたい。
しばらく歩いたが結局魔物と遭遇することはなく、木が生えていない開けた空間にたどり着いた。
その場所の夜空の綺麗さは長野県の阿智村よろしく、キャンプ場にすれば地域活性化も見込める程の満天の星空が視界いっぱいに広がっていた。時間と環境が許すならばブルーシートを引いて、寝転がって眺めていたいほどだ。
川もあるしでキャンプ場という案は思ったより悪くない、もはや最適の場所なのでは。魔物もいることになるのだが、それがちょっとしたスパイスになる――わけはないか。クマやイノシシ出没注意どころじゃないのは確かだ。キャンプ場計画は白紙としよう。
開けた地形は若干丘のようになっていた。大きな岩が転々とあって、それに寄りかかって寝ることはできそう。
僕は森林部から少し離れた場所で休憩をすることにした。
「ふぁぁぁ……」
腰を下ろすと、すぐさま睡魔が顔を覗かせてきた。
体は疲れていないと言っても初めてのクエスト且つ来たことがない土地。一人で普段よりも気を張ってたこともあって、精神的な部分に負担がかかっていたのかもしれない。
(エリル……少し仮眠とるけど良い?)
(おっけーです! その間、私がちゃんと見張っておきます!)
エリルがいてくれるおかげで安心して寝ることが出来る。
もしもの事があっても起こしてくれるし、魔法を使って撃退をしてくれるかもしれない。
さすがに森だし、身の危険があるからそんなにすぐ寝ることはできないと思うけど、エリルに任せて少し脱力するくらいなら許されるよな……?
そう思って、体の力を抜いて岩に背中を合わせて目を閉じると――
パキッ。
――岩の向こう側、十数メートル先くらいから枝を踏み割ったような音が聞こえた。




