62 下位五階が受けるクエストなくないか
「下位五階が受けれれるクエスト……かぁ、僕以外の下位五階の人ってどんなクエスト受けてるんだろう……」
いつものように賑わっている冒険者ギルドの酒場を背に、僕はクエストの掲示板の前で悶々と考え事をしていた。
かれこれ10分くらいここに立っているけど、良さそうなのが見当たらない。
張り出されている戦闘のクエストが、僕みたいな銅等級じゃなくて銀等級以上を条件と出しているのばかりなのだ。
「……良いの無いなぁ」
もう一回見直そうと、端まで行ったのをもう一回反対方向の端にまで戻ろうとすると誰かにぶつかった。
「ぁ、すみません!」
「んぁ、良いよ良いよ」
思わずぶつかった相手に頭を下げようとすると止めてくれた。ゆっくりと顔を上げると見たことがある顔だった。
首から下げているのは銀等級のプレート、目つきは鋭いが、良い兄ちゃんみたいな雰囲気を持っている。それと、鎖骨辺りに鱗のような物が見えて、尻尾が生えているのが特徴だ。
「あ、この前の蜥蜴人族さん」
「あ、あの時の少年か」
顔が合うと、思い出したかのように笑ってくれた。目元は笑ってないのがちょっと怖い。
「いやぁ~、あん時はうちのスケアがごめんね」
へへへと笑いながら、首筋をさわりながら謝ってきた。
「全くその通りだ」と言いたいけれど、この人は僕に何もしていないからぶつけるのもおかしい。口煩くパーティーメンバー態度を指摘してやりたい――主に狼人の――気持ちを奥に引っ込めた。
「……あの人っていつもああなんですか?」
「ん~、まぁ目立とう目立とうとする奴だからさ、まぁ、根は良い奴だよ」
「そう、なんですね」
でた。『根は良い奴だよ』は経験上、人をフォローする時に使われる最も信用ならない常套句の一つだ。
「ま、少年は俺らのパーティーが目立ってたから見てたんでしょ?」
「正直に言えば……そうです」
「実はあのパーティーって、スケアが同期の俺らを引っ張って作ったやつなんだよね。狼人族は排外意識高いはずなのに、全員違う種族の俺らに声かけてきてさぁ~。あいつら全員も他種族に対して、なんとも思ってなかったみたいでそれで結成されたわけ」
「へー……」
「あんな目立つパーティーだから、街の人とか、冒険者側からも結構色々言われてるんだけど、スケアが『見返してやるー』って言ってるから、俺らもなんも思ってないって感じかな。この前のアレは少年のタイミングが悪かったよ、直前に上の冒険者にグチグチ言われて――」
「わー……」
めっちゃ喋るこの人。
聞いてないことも全部ペラペラと話してくれる。
自分たちが目立つっていうのは自覚していたみたいだけど、狼人がやっぱりいけ好かない。
蜥蜴人さんの話を他所に、僕は怪訝な表情で頭の中で狼人と喧嘩していた。
「って、君も冒険者だったんだね。銅等級、ね」
「え、はい。最近冒険者になったばかりなんです」
「へぇ~。なら、俺らと歳が近いのか。……そうか、ならさっきはクエストを悩んでたって感じか」
「な、なんでわかったんですか?」
「顔に書いてるよ」
顔には書いてないだろ。
いや、でも中々鋭い人だ。
「実は……そうで、中々良さそうなのが無かったんです」
「なるほどなるほど。どんなのがやりたい? 最初は採集系から始める冒険者が多いけど」
「いえ、魔物の討伐とかをやりたくて……」
その言葉を聞くと、目が細められた気がした。だが直ぐに先程までの顔になって。
「ん~……いや、あると思うよ。こっち来て」
そういうと蜥蜴人さんはギルドの受付まで言って、受付のスタッフに話をかけた。
この人は身長が大きいから受付がちょうどいいサイズみたいだ。
しばらく話をしていると、話が終わったようで。
「少年の名前とランクは? ついでに手続きをしよう」
「クラディスです。ランクは下位五階で……」
「おーけー。だそうです――」
「って、クラディス君!?」
蜥蜴人さんと話していた受付のスタッフが覗きこんで僕を見てきた。
「あっ、丸さん……」
黙って依頼を受けようとしてたのに、こういう日に限って受付をしているとは。
ばっちり目が合うと、何も言わずにクエストをやろうとしていたことを怒られてしまった。まぁ、当然だ。
ギルドでお世話になっている身であるが、ギルド外に出る時に外出許可とかは必要は無いのは知っていた。だけど、さすがにまだクエストは早いと思われていたようだ。
「……まぁ、クラディス君ならクエストの手数料はいらないわ」
「えっ、いいなぁ~。俺らのパーティーにもしてくださいよソレ~」
「あなたのパーティーはもう中位でしょう? そんなこと言わないの。血盟も決まったんだから」
「ケチだなぁ~。ま、いいけどさ」
そこからクエストの話をしていくことになってスタッフルームに入るように促されると、役目を終えた蜥蜴人さんは「頑張ってね~」と言って、クエストを受けて冒険者ギルドから出ていった。
◇◇◇
クエストを受ける前までは凄く意気込んでいたのだけど、予想以上に準備が大変だった。
まず武器が無かった。装備も何も持っていないし、寝泊まるための道具も持っていなかった。そして、また怒られてしまった。
怒られるのは当たり前……むしろ怒られるためにクエストの話をしたのかというほどだ。
命の取り合いをしに行くのに、丸腰もTHE丸腰の状態で挑みに行こうとしているんだ。それも一回も実践をしたことがない一番ランクが低い冒険者が、だ。
「一昨日まで勉強会と訓練をしていた少年が突然行ってできるようなことではない」と諭されたけど、決して無理はしないことを約束して、許可をしてもらった。
クエストに行く際に冒険者ギルドでほこりを被っていた小刀4つを貸してもらい、それをベルトに鞘をひっかけて体の側面に二刀ずつを携えた。防具は胸当てしか予備がないらしくて、それだけ貸してもらった。
そして最後に「危なくなったら逃げるのよ!」と注意してもらった。
丸さんとの話が終わると、僕はクエストの場所にまで徒歩で向かうことにした。
今回のクエストの場所は、西門から外に出てしばらく歩いたところにあるデュアラル王国近くの森林地帯。
丸さんの話によると、このクエストは定期的に発行されているクエストらしくて下位の冒険者がよく小遣い稼ぎに受けているみたい。
話を聞く限り、そこまで難しくなさそうだ。
クエストの討伐対象であるゴブリンは繁殖力が高く、量がとにかく多い。勉強会で学んだ内容としては「囲まれず、投擲物に気を付け、相手の縄張りにうかつに入ってしまわないこと」だ。
一対一ならこちらに分があるけど、それが10にも20にもなってしまうと向こうの方が圧倒的に有利になる。当たり前といえば当たり前だけど、数的有利不利……かぁ……。上手く立ち回らないといけないわけだ。
「僕にできるかなぁ……」
少し不安を感じながら、草をかき分けて奥へ奥へと森の中を進んでいった。




