59 転生者のしてきたこと
この世界の転生者のことについて色々と教えてもらった。
知らなければならない話が多くあった。
それと同時に、僕はこの世界に対して無知だと知った。
まず、転生者がこの世界で嫌われている理由だ。
それは、魔王に占領されている土地への進軍中に犯してしまった大罪。「こちらの情報を流してしまった」ということだった。
それは数十年前に行われた、三国の兵、各協会、冒険者のほとんどを動員した『領土奪還作戦』または『領土戦線』と言われる出来事。
『第四地区』の総力を挙げた本当に大規模なモノだったらしい。
そして、その参加する戦力の一部として計算され、決行日に居たのが【転生者】と呼ばれる異世界人だった、と教えてもらった。
だが敵領土内で指示に従わず、魔物の出現情報を聞いて我先に飛び出していったのだと。
そこで、敵に捕まってしまい、こちら側の情報を吐いてしまったのだと。
そのせいで『領土戦線』は多数の死者を出し、失敗したのだと。
それらの情報を出して、今もなお『転生者の排除』を行っているのが【監査庁】という巨大組織らしい。
かつての英雄達によって作られた、世界平和を掲げる組織……。とても大きな権力を持っているんだと聞いた。
それこそ、冒険者ギルドくらいの。いやそれ以上かもしれない。
要は、自分の力を過信し、突っ込んで、負けて、情報を吐いて、大勢の人を殺した。
これが、この世界での転生者が忌み嫌われている理由。
僕の先輩のせいで、この世界ではとても生きづらい世界になっている。
戦争での被害の責任というのは、風化することがなく、今でも戦争の被害者が多く生きている。そもそも寿命というのが種族毎に異なり、ただの人でさえ、地球よりも長く生きることができる世界だ。
幸い、レヴィさんのような人も時間が経つにつれ、増えてきているようだが……全体数で言えば、やっぱり嫌っている人が多いだろう。
僕は唇を噛んだ。
何が転生して新しい人生を、だ。ふざけるな。
先人たちはなんで敵に突っ込んでいくような真似をしたんだ? 何を考えているのか全く分からない。
あんた達のせいで、何もしていない僕が死ぬかもしれないんだぞ。
◇◇◇
僕にこのことを話してくれたレヴィさんは、最後に「あまり目立つことせずに、周りに気を付けて生きてくれ」と話をして、部屋を出ていった。
あまり目立つ……って、例えばどんなことかって言ってほしいよ。
僕なんかより、あの道歩いてた人達の方が目立ってたでしょ。
アレが転生者って言われないなら、僕なんかただの白髪のちっさい子どもだよ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ、なんでこんなことになったんだ……」
枕に顔を埋めて、叫んだ。
(……亜人とか、紫の瞳とかを寄越したと思ったら、転生者ってバレたら殺される世界だぁ? 何もしてないのに? 殺されてこっち来たのに殺されないといけないのか……?)
連日に重たい話が来すぎだろ……、ふざけんな。もたんわ、体が。くそ。
布団を頭から被り、もぞもぞと体を動かし、顔だけを出した。
チラと横を見ると、エリルが外に出てきていた。
「……エリル、話聞いてた?」
と、確認。こくりと頷いた。
「知ってた? このこと」
ふるふると顔を横に振った。
「……そっか」
エリルがまた隠していた話だったらどうしようかと思ったけど、そういうわけでもなさそうだ。
ってなると……このことを、第四創造神や観測者はこのことを知らないのか?
――知らないわけないよなぁ
だって自分が管理している世界で起きた事件だ。知らないわけがない。
――わざと……か。
情報を隠しているのも、何かの意図があるのだろう。
つくつぐ、腹が立つ。ふざけんなよ……ほんとに。せっかく楽しく生きようと思ってたのに。
顔をまた埋め、唸った。
「……ますたー……大丈夫ですか? その……」
心配そうな声。
エリルは何も知らなかった。なら、ここで面倒くさい態度をとるのはちがう。
「大丈夫……ではないけど、バレなきゃいい話でしょ。今日まで生きてきたように、転生者だとバレないように過ごして――転生者に対する意識も変えないといけない」
少しだけ、声が尖ってしまった。
「…………自由に生きたいのに、自由に生きようとしたら殺されちゃうんだ。この世界の認識を変えて……そこから自由に生きるようにするよ。佳奈もいるかもしれないんだから、僕が、やらないと……いけなくて」
今度は、すこし泣きそうな声に。
誤魔化すように、埋めている顔は上げない。
「それは……、一筋縄ではいかない、です……。大変なことで……」
「うん。もちろん。分かってるって。言わなくていいよ」
まくし立てるように、早口で呟いた。
イライラしている自分に腹が立つ。
顔を上げ、エリルのしゅんとした顔を見て、ぽんぽんと僕の近くに座るように促した。
ストンと座ったエリルの頭を撫で、後頭部に話しかけるように、
「ごめん、ちょっと、だめなんだ。おちつけてない」
と、謝った。
「……気にしてませんよ。わたしも、すこし、落ち着けてません……し」
エリルも知らなかったんだから、グルグルと気持ちが落ち着かないはずだ。
(その気持ちも分からないほど、僕は……)
エリルの後頭部におでこをつけて、「ごめん」って呟いた。
すると、すぅ、はぁ、と深呼吸をして、エリルがこちらを見上げてきた。
「今更、くよくよすることもないですね」
「う、うん……」
「強くなるのはもちろんですけど!! それ以上に転生者だって知られないように!! 長い目で色々と考えて動くことが重要!! そうですね!?」
「そ、そうです」
くわっ、として明らかに怒っているようだ。
眉間にしわが寄って、大声で叫んでいる。他人に声が聞こえないからって、すごく大きい。
「そ、そうだけど……エリル怒らないで……」
「いいえっ! 私は怒ります! もうヤです! この世界も、神様も、あまりにも横暴です! ますたーが怒らないのでしたら、私が、その分、怒ります!!」
僕の膝をパシパシと叩き、ふんすふんすと鼻息が荒い。
いつの間にか僕が宥める側へと回っていた。
その後、エリルを落ち着かせて話をして、今後の行先を決めた。
先輩の尻拭いをするっていうのは、気が引ける。
でも、やらないと僕が死んじゃうし、僕以外の転生者にこの役が回るのは……気の毒だ。
だから、僕がやらないといけない。この世界のことをもっと深く知らないといけない。
もう僕の当たり前の日常は誰にも壊させない。
あの崩れていく音は。高い所から転落するような感覚は、もう味わいたくない。
ぼくが、この世界の……転生者への認識を変えるんだ。
第一章:世界把握編──完
 




