55 魔導書の成果報告
そこからレヴィさんと簡単にギルドの話などをしていき、ナグモさんに毎晩毎晩殺されそうになっていることを伝えたあたりで突然何かを探すようにキョロキョロとし始めた。
「どうしました?」
「……いや、その、魔導書って読んでいるか?」
「ああ! そのことですか!」
それもそうか、僕の部屋って何もないから探すものなど魔導書くらいしかない。
「ギルドの生活で忙しいのはわかっているのだが……」
もごもごと言いづらそうに聞くその姿は、なんとも可愛らしいもの。
上司が部下にやってきたか? という感じではなく、気弱な母親が息子に頼んでいた仕事をやったかどうかをおずおずと聞いている感じ! まさに!
ということは、今日来た一番の目的は魔導書の進捗を聞きに来ることですね?
「フフッ、全部読みましたよ!」
「全部、読んだ……?」
レヴィさんの目が点になって、今にも「信じられない……」と言い出しそうになった表情になった。
くすくす、と僕らしくない笑い声が漏れそうになるのを抑え、枕元にあった魔導書を膝上に置いた。
「レヴィさんが投函してくれているのに気づいてから、ずっと読んでましたよ! え~と、実際にやってみた方がいいかな……」
「使ってみる……って、まさか、魔法がもう使えるのか……!?」
「ふふふ……どうですかね~? 見ててください」
レヴィさんとの何気ない会話に懐かしさを感じ、僕はどうやらテンションが上がっているみたい。普通なら口で伝えるだけでいいのだけど、やっぱり僕の恩人さんたち――いや、親のような人にはもっと驚いてほしいと思ってしまう。
それが、子である僕の心理なのだ。
姿勢を正し、この狭い空間でできる魔法で人体に影響がないのはどれだ、と初級魔導書に書かれていた魔法を頭の中で巡らせて行き、ピーンッと一つの魔法に行きついた。
これだな。よし、せっかくだから詠唱有りの方で披露しよう。極力出力を抑えて……。
「『我を囲う生命よ、矢を防ぎ、高く聳え立て、我を護らんとする壁を築き上げろ』
目の前のレヴィさんが詠唱分の途中で何の魔法かに気づいたようで、口元に手をゆっくりとあてがったのが見えた。
それがなんだかうれしくて、後半に行くにつれて声量が上がってきた。
「――『土壁』!!」
丁寧に詠唱をし、魔導書の後半に書かれていた『地属性防御魔法』を使って見せた。
試しに訓練場で使ってみた時は大きな壁が出せたけど、今回は出力を抑えたので人差し指サイズだ。それを手の平の上に浮かばせている。
「どーですか! 出力を抑えることもできるようになったんですよ!」
指の先でクルクルと器用に『土壁』を回して見せる。
レヴィさんは、土壁を見てあっけにとられていた様子だったけど、すぐ我に返った。
「土魔法もそうだが……。浮かばせているのは、風魔法の原理か」
「そうです! 重さも大したことないので、同方向から同出力で風を送ってバランスを保ってるんです」
「……驚いた。お前は本当にすごいな……。こんな短い期間で魔法が使えるようになるとは思わなかった」
「へへへ。驚かせれて良かったです」
褒めてもらえただけで頑張ってよかった、僕の頑張りは無駄じゃなかったんだと実感できた。
自分がした努力を他人に見せて、それに対して褒められることっていいことしかない。褒められることで“また褒められたい”という欲が出て、努力する。
子どもの成長の原理の一つだ。これを繰り返していくと人は成長する。まさに、今の僕に当てはまることだ。
(なにより、ぼくは褒められたら伸びるタイプだと自負してる)
それに、ちやほやされるのは堪らなく気分がいい!
……うん、最高だ。本当に頑張ってよかった。
◇◇◇
「まさか、本当に出すことになるとは思わなかった。もしもの事を考えて持ってきておいた物があるのだが……」
「何か持ってきてくれたんですか?」
うむ、と返事をし、長いローブの後ろから袋を取り出して、ゴソゴソと物を取り出した。
そうしてベッドの上に並べられたのは2冊の重たそうな本たち。
僕のベッド横の小さな台に置いてある『初級魔導書』の色は黒なのだが、左の魔導書の色は灰色で中央に『初級魔導書』と同じ魔法陣のデザインが施されている。より複雑な魔法陣のようで、文字すらも少しは分かるが多くは今の僕では分からない。
右にある本の色調は黒く、薄緑色をしている。それも中央に魔法陣が描かれているのだが、こちらは完全に見たことのない文字が多い。大方、一般的な魔導書ではないように思える。
そのタイトルに書かれている文字は……。
「中級魔導書と……治癒魔導書」
「そうだ、初級を終えたクラディスにはこの二冊を授けよう」
「おぉ! 二冊も……治癒魔導書って、治癒士のですよね! なんでレヴィさんが持ってるんですか?」
「私の妹がもっていたものだ。もう使わないと言って、私の本棚に入れていたのをな。埃をかぶるより使ってもらった方が本のためになるだろう」
レヴィさんに妹が……想像できないけど。
でもこれで、三つの職業を学ぶスタートラインに立てたって訳か。
「……ってあれ?」
ベッドの上に置かれている治癒魔導書を見てみると魔導書には『初級』や『中級』と書かれているのに、治癒の方には何も書かれていないことに気づいた。
「なんで治癒魔導書の方には初級とか、中級とかって書いてないんですか?」
「それしか発行されていないからな」
「……っていうことは、治癒士の知識の全てはこれに詰まっている……?」
と言いながらレヴィさんの方をチラり。肩をすくめているのが見えた。
「んなわけないか」
ぼくは治癒士についてはあまり詳しくはない。レヴィさんに答えを求めるように視線を送ると、私も詳しくはないのだが、と前置きをして話を始めた。
「治癒士の協会……もとい治癒士協会は、それ以降の治癒魔導書を発行していない。それは意図的なもので、更に治癒士のことを学ぶためには協会に行かなければならないという厄介な仕組みになってる」
なにその初回無料で、続きはこちらでっていうシステム。
医療ミスとか、そういうのを防ぐために下手な治癒士を増やさない……とかの配慮とかなのかな。だとしてもなんだかめんどくさそうな話だ。
「一般的に冒険者になっている治癒士というのは聖教会などで学んでいたり、独学で学んでいたり。協会にいってまで冒険者になる者はごくわずかだ。治癒士が少ない理由はそこだな、他の職業と比べてなる難易度というか手間が多すぎる」
「なるほど……」
やっぱり、人の体を癒すという時点で中々なるのが難しい職業なのかもしれない。
「ちなみに聞いておきたいんだが、クラディスは治癒士という職業のことはどこまで勉強をした?」
「えーっと、治癒士についてですか? あまり詳しくはないんですけど……聖属性魔法を使って、回復をしてくれる人で冒険者の中で一番数が少ない……くらいしか」
「ははは、まぁそれくらいの知識があればいい」
「……勉強不足だと思ったでしょ」
「いいや? よく勉強をしていると思った」
「子ども扱いしてますね?」
「子どもだからな」
眉間にしわを寄せてむっと頬を膨らませた僕の視線を受け流し、レヴィさんはふっと笑った。
「じゃあ、もっと僕が勉強したかったらその、治癒士協会ってのに行った方がいいのか……」
「まぁそうなるな。だが、クラディスの場合は治癒士協会に行くのはやめておいた方がいい」
あれ、言ってることが矛盾をしていないか?
「……いかないと勉強できないんですよね?」
「そうなのだが……その目で治癒士協会に行ってしまうと、何されるかわからない」
「げっ、そんな危ない場所なんですか?」
そもそも『協会』っていうところは強い冒険者が集うところって聞いたけど、治癒士協会に限っては勉強する場所で大学のようなイメージだったのだけど。
そう思っていると、手をひらと否定するように横に振られた。
「クラディスは紫の瞳だからな。非常に珍しいからと仕組みを知るために体を色々と弄られ、重要な試験体として一生を協会で過ごすことになるかもしれない。協会にいるのは研究好きな者ばかりだからな」
「あー……そういう」
「まぁ、それか、転生者という烙印を押されて、即刻『監査庁』に引き渡しされるかの二択だろう。まぁ、それは他の公的機関も同じか……。とまれ、近づかないのが無難だな」
「そうなんですね……」
と納得しかけたところで、ぴたりと、思考が止まった。
今、転生者という……烙印っていったか?
 




