53 強くなりたいと願う生徒を見て
「ん……ぁぁ。疲れた」
いつものように9時前に仕事を終わらせたナグモは、あくびをしながら座りっぱなしだった体を伸ばした。
21時以降は約一月前にギルドに預けられた白銀髪眼帯少年との訓練がある。
それはギルドで特別なイベントがない限り、毎日2時になるまで少年からの攻撃を躱して、木刀を叩き落し、蹴り上げて、ぶん投げる――ナグモにとっては楽しい楽しい時間だ。
もちろんストレス発散という意味合いではない。
一日一日と、目まぐるしい成長を遂げる少年を見るのが楽しみで仕方が無いのだ。
初日と比べ、クラディスは何十倍も強くなっている。
成長速度に合わせて訓練内容を厳しくしているので自覚はないとは思うが、二刀流というのを段々と扱え出しているのは事実。
それはまだ、完璧というにはほど遠くも一月の成長速度ではないのは明らか。
同じ下位五階の冒険者と比較すると、頭が一つ二つ抜けていると評価できる。
決して過大評価というわけではない、毎日五時間ぶっ通しで訓練をしている身からの正当な評価だ。
思い返すと初日は、足捌きも、木刀の振り方も拙かった少年だった。
しかし、剣術の初心者がこちらの多少のよろめきを見逃さず、しっかりと攻撃を繰り出して来たのには驚いた。
それは彼の貪欲な姿勢や伸びるものを感じた瞬間でもあった。
すぐさま武器を使っての訓練へとシフトをしたのも、明確な意思が見られたからだ。
空き時間などはないとは思っているけれど、筋トレや素振り、呼吸法、足運びなどのメニューを組んで渡している。
しかし、実際に相手をしてみれば分かるが真剣に取り組んでいるようだ。
「ふぅ……今日は、私に当てれますかね……?」
日に日に成長する彼なら、と心が踊る思いで訓練場の扉を開けると
「おや?」
普段なら居るはずの少年がいなかった。
その流れで、第二書庫を訪れるが第二書庫にもいない。
逃げだしたという可能性は今更ないとは思いながら、ルースやペルシェトに話を聞くと「勉強会は今日で終わって、そこで昼食を食べて解散した」と言われた。
ならば寮にいるのではないかと思い、普段なら帰らない時間の街を歩いていくことに。
「クラディス様~?」
クラディスが寝泊まりをする部屋の扉をコンコンとノックをするが、返事が帰ってこない。
(……いない?)
試しにドアノブを握ってみると、ガチャ、っと捻れる。
「あら?」
間抜けな声が出てしまった。不用心にも部屋に鍵がかかってないとは思ってもみなかった。
再度声をかけてみてもやはり返事が返って来なかったことで、扉を開けて中に入ることにした。
「すぅ……んっ……ぅ」
見えたのは、大きなベッドに布団もかけずに丸まって寝ている少年の姿。
「……気持ちよさそうに寝てらっしゃる」
寝ているふりなら叩き起こす気持ちでいたが、本当に寝ているのなら起こすこともないか。
優しく布団をかけようとすると、チラっと目に入ったものがあった。
「本……?」
読書をしていて眠たくなったのか、と少しだけ見えていた本を持ち上げてみる。
その大きな黒い本を見て、ふむ、と悩むように呟いた。
それは絵本や小説などではなく、少年には似つかわしくない魔導書だった。
持った魔導書から、眼帯が外されている方へと目線を移す。
「ただの少年をアサルトリアの人達が連れてくるとは思っていなかったですが……なにやら訳有りみたいですね」
少年が何か過去にあって眼帯をしている、というのは大いに考えられることで”眼帯をしているという”こと自体に疑問を抱くことはない。
ギルドに訪れる子どもの中には、眼帯をしている子、義手の子、義足の子、火傷痕が残っている子などザラだからだ。
であったとしても、齢11歳ほどの少年が『東魔女ノ眼帯』という眼帯をかけていることに、ナグモは疑問を持っていた。
この眼帯は、第四地区の東の領土を支配している再生之王の配下の魔女がつけている装備品。
魔女は上位魔族というわけではなく、分類上は『人型下位魔族』でF~SSSまである魔物の脅威度で言えばB+~A。
おそらく、ムロ達のパーティーが魔女と交戦したときに持ち帰ったものなのだろう。
だが、尚更有り得ない話だ。ずっとつけさせておく理由が分からない。
ムロ達が、魔物に襲われ目に怪我をした少年。もしくは、失明するほどの傷を負ってしまった少年の処置として『東魔女ノ眼帯』をつけるとは考えられない。
あのパーティーは治癒士を含まない、超攻撃型のパーティーだ。
そのため、応急処置ができるポーションや眼帯などは備えてあるはず。
それに、確か希少性は高いけれどそこまで良い効果ではなかった気がする。
そう考えながら、必死に頭の中で眼帯の効果を思い出す。
眼帯の効果は――治癒魔法を主とする者の魔素消費時の魔素消費量75%減、魔素放出60%減。
「ということは、ステータスの抑制が目的……なんですかね」
この子のステータスが異常に高いと判断をした彼らがこの眼帯を付けさせたのか。
それとも、危険だと判断をして効果を知らせずに眼帯を付けて抑制をさせているのか。
なぜだろうか、と考える。【鑑定士】を挟んだ訳でもあるまい。
何より、普通の子どもが付けていていいものではないのは確かだ。これでは常に重りを付けて訓練をしているようなものだ。
(それらを分かっていて付けさせておく理由……)
と思考の半ばで寝息を立てているクラディスの気持ちよさそうな寝顔の方を向き、肩をすくめた。
「……考えすぎるのは私の悪い癖ですね」
魔導書のことに関しては、いろんなケースを知っている。
剣闘士の素質を持っている者でも、魔法を勉強する者や三つの職を志す、上位の冒険者。
治癒士だというのに、魔導士になっている中位の冒険者。
最強を目指して魔導士の素質を持っていながらも、剣闘士協会の【四之柱】という協会幹部のTOPにまで上り詰めた上位森人。
そして、クラディスが冒険者登録をした少し前の年にも丁度一人、魔導士の才能を持ちながらも剣闘士の才能も伸ばす大型新人がいた。
――だとしても、あの《最果て大賢》が黒瞳に魔導書を渡すとは。
「余程、期待されているのですね。クラディス様は」
彼らに何かしらの心境の変化があったのかもしれない、と思っていると寝ていたクラディスがもぞもぞと体を動かして。
「……もっと、強くならなきゃ……」
寝言。むにゃむにゃとして言われたその言葉にナグモは愉快そうに目を細める。
あれほど厳しい訓練をしているというのに、まだまだ強くなろうという気持ちが強いのには驚きだ。本来ならば心が折れ、厳しい訓練から逃げ出すことだって考えられる。事実、そういった冒険者が相次いだために廃止された制度だ。
体はボロボロ、外傷も多く見える。だがまだ貪欲に高みを望む、ならば。
「なら、もっといい先生をご紹介しましょうか?」
◆◇◆
その後、しばしクラディスが寝ていることで手持無沙汰になったナグモは隣の部屋の自室に帰っていた。
クラディスの部屋とそう内装は変わらず、余計なモノがないシンプルかつ大人びた部屋。
明かりをつけ、ギルドの制服の一番上のボタンを外し、ベッドに服を投げる。
そしてそのまま、机の上に置いていた球体――《通信魔道具》を手に取った。
魔素を流し込むと、遠方の地でも登録している相手に連絡が取れる優れもの。
手に持っていると数秒後に光が灯り、球体からノイズと相手の声が聞こえてきた。
『……ナグモ様? お久しぶりです』
「あ、お久しぶりです。そっちは元気ですか?」
少し抑揚のない大人びた女性の声が返ってきて、ナグモはゆるりと腰を掛ける。
『はい、新しい方達も増えて賑やかになってます。私はゆっくりしていたのですが……』
「ははは、元気そうならよかったです」
『――む、ユラ! 誰と話してるのだ!!』
『誰って……ナグモ様ですが』
『ナグモォ!?? 貸せ!』
『貸しますから、落ち着いてください』
『早く! んー!!』
通信具の向こうの状況を想像しながら、ナグモは笑った。
通話先がガヤガヤとして、しばらく静かになると声が聞こえてきた。
『ナグモか! 久しぶりじゃな!』
「あ、ティナちゃん? 久しぶり。ユラさんから無理やり取ったでしょ」
『無理やりじゃあない! で、どうしたのだ? またこっちに来るのか?』
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ、一月前くらいにした話、覚えてる?」
『ん~、そっちで子どもを預かったーとかいうヤツか?』
「そうそう、その子の話」
『ワタシをなめるでないぞ! 覚えておるわ!』
「はははは、相変わらず元気だねぇ」
その後も順調に話を進めていき、クラディスの話を共有していった。
『うむ。で、それで本題はなんだ?』
「うん。その子、クラディスっていうんだけど、ティナちゃんも気に入ると思うんだよね」
だからさ、と目を薄めて笑いながら
「ティナちゃん、会いに来ない?」
と、提案をした。




