51 チンピラ多種族パーティー
(……最悪だ)
遠くで目が合った瞬間、話しかけられそうな気がしたんだ。
呼ばれたので振り返ると、先頭の狼人がこちらを見ていた。
「なんですか……?」
「俺らのこと見てたろ」
眉間にしわを寄せ、イラついている様子。
見ていなかったと言えば嘘になる。確かに見てたのは見てたけど、明らかに注目を浴びるような集団だから仕方ない気がする。それで「見てたろ」って絡まれるのって理不尽だろう。
(何かの番組のドッキリ番組ってオチは……ないか)
道を6人が固まって歩いているだけで注目を浴びることがあるのに、全員他種族で「見るな」はおかしい話だって……。
「なんか言ってみろ――ってお前、最近ギルドにいる……」
僕の顔をまじまじと睨むように見つめ、不快そうに顔をゆがめた。
(ギルドにいる……なんだ? 急に声小さくなったな)
言葉途中で切られたことに疑問を抱いて眉間に皺を寄せた――が、それが気に食わなかったようで。
「あぁ!? なんだその顔はァ!」
と、後ろにいた猫人の肩を押し、こちらに近づいて僕の胸倉を掴んできた。
そのままグイと持ち上げ、路地裏にまで連れていかれて投げられた。
「いっ……!」
初対面の人にやることではないだろ、物騒すぎる……!
「喋れんじゃねぇか、なぁ? 俺らのこと見てたろ」
再び胸倉を掴まれ、壁に背中を勢いよく叩きつけられた。
「っ……! ぁ、はい、見てました」
「そうかそうか、見てたか。なぁ、なんで見てたんだ? 俺らがそんなにオモシロイか?」
「はっ!? おもしろ……って――」
もう一回、壁に力強く当てられてしまい苦痛の声をかみ殺す。
多分どっちを選んでも怒られる。だからせめては嘘をつかないようにと本当のことを言ったのに、結局怒られた。
(なんだ? 素敵なお耳ですね! って褒めたらいいのか?)
どう答えてもどうせ怒ってくるんじゃないのか?
この手のコミュニケーションなんて習ってないって……。
「落ち着いてください。ね? 僕が見たのも不可抗力ですし、みなさんが道の真ん中を歩いていたから……で」
あっ、しまった。
すぐに訂正しようとしたが、狼人はイラついた様子で握りこぶしを作り、僕の腹部へとねじ込んできた。
「っぶ――」
胃液が逆流し、口から吐き出される。
「なっ、はぁっ!? 急にっ、なんで」
「一々癪に障るやつだな、てめぇはよォッ!」
止めようと手を出したが、それでもなお狼人は殴り続けてきた。
顔に、腕に、足に、腹に。ドスドスと遠慮なしに振るわれる暴力を浴びせられ、僕は壁にズルズルと背中を擦り付けながら地面に落ちた。
「オラッ、オラァ!! されるがままかぁ!? 弱ェ癖にがん飛ばしてんじゃねぇぞ! 銅等級がッ! 身を弁えろってんだ!!」
最後に顎に蹴りを食らわされて、狼人は拳についていた血液を僕の服で拭う。
無抵抗のまま殴られていた僕はゆっくりと狼人の胸元に光る金色の認識票に目を向けた。
冒険者――金等級。
冒険者というには階級が生じており、それは首から下げる認識票の、銅、銀、金、白金、翠金、蒼銀、白、黒――という色で見分けることができる。
僕は銅色で一番下の階級。一方、彼は二つ上の先輩冒険者だ。それもあれほど堂々と道を歩けるほどの実力者。
抵抗して何か不利益が生じたら困る。そう思い、僕はグッと握りこぶしを作っていたのを解いた。
「けっ……反撃もしてこねぇか」
だらんと脱力したまま壁を背に尻もちをついている僕に唾を吐き、狼人は大通りのほうへ歩いて行った。
「あんなのやめなよ、スケア。昼間だよ、それに街の人も見てるし」
「うるせェ、路地裏だ。誰にも見られてねぇよ」
白い服、首から下げている十字架のネックレス、一見治癒士のような服を着ている猫人が狼人のことをスケアと呼んで、宥めている。
「そうだぞ、これからギルドへ行くのだ。あんなのに構っている暇はない」
次に、彼らの中で一番長身の森人が狼人の頭を叩いた。
その光景を視て、僕は口の中がもごもごとして地面に唾を吐くとそれは血液だった。
(くっそ、口の中が切れたのか。骨折とかは……してないみたいだけど)ズルと壁にもたれかかった(とりあえず、全身が痛い……)
「……アイツだろ、最近同業者の中で有名なやつって」
「あぁ、ギルド内でスタッフと訓練してる白髪で眼帯をつけてるいる若者――というやつか? 噂程度に聞いていたが……でもアレが?」
「殴られてもやりかえさないし、あの子じゃないでしょ。噂じゃ、水薬漬けにされてどんな訓練にも食らいつく不屈の心を持つ傷だらけの人族……らしいし」
「……どーだか」
向こうで話される内容を聞いていると、僕はどうやら少し有名になっているみたいだ。
(白髪で眼帯で若者って……この体って結構目立つのか)
それにしてもポーション漬けって、人をジャンキーでドMみたいに言うなっての。好きでポーションをぶっかけられてないよ。と、言葉にはせずに愚痴愚痴と。
決して向こうに目を向けることはせずに耳をそばだてる。次見て「見たろ!」って殴りかかってこられたら堪らないし。
「ほら行くぞ。要らぬ時間をかけるな」
「彼はいいの? 放っておいて、死なない?」
「……ふん、死なねぇだろ。目だけはいいみたいだしな。だが、拍子抜けだ。やり返しもしねぇ奴だとは思ってもみなかった。――おい! お前冒険者向いてねぇよ、辞めろ雑魚」
「スケア、言い過ぎだ」
「イライラするんだよ、ああいうなよなよした奴見てると」
狼人は最後にもう一度、こちらに怒りの表情を向け、鼻を鳴らして歩いて行った。
「あの狼人、二度と関わりたくない……」
去っていくのを気配だけで感じ、僕の方もゆるりと立ち上がるとエリルがひょっこりと出てきた。
「ますたー大丈夫でしたか……?」
「大丈夫ではなかったよ。はぁ……僕、ああいう人苦手だ……」
胸倉を掴まれたところを払い、しわを伸ばそうとしたが。
「げっ……」
ちょっと伸びたし……。狼人、本当に……。
「ま! ああいうのは、叩いても直らないものです。強めの個性みたいなもんです」
「……エリルにそういわれると、何も言えないよ」
腹立っていたけど、エリルみたいな存在に「個性だから」って言われると、もう「そうだね」って納得するしかない。
「放っておけばいいんですよ! 気分を変えて行きましょう! それにしてもあの人に目がいい……と言われてましたけど」
「ん」と言って訓練の時に着いた怪我を見せた。「あいつ、こことか急所とか筋ばっかり狙ってきたの」
「……えっ、まさか全部当たらないように避けたんですか!?」
「そうしないと、訓練に響くでしょ。そんなのいいから早く帰ろ? 魔法の勉強をしないと」
「そんなのいいからって……普通できないですよ、それ……」
エリルがもぞもぞと何か言っているのを聞き返すこともなく、狼人に着けられた怪我部分を摩りながら寮に向けて歩きだした。
◇◇◇
さっきのことは理不尽過ぎて腹が立ったけど、あんなに色んな種族が揃うっていうのは中々見ない。
6人パーティーというのは何か記憶に新しい気がするけど、どこでその情報を得たか覚えていない。でも、前にあんな人たちに会ったとなると絶対に覚えているから気のせいなのかもしれない。
たまにギルドで見ていた森人と鉱人は、かなり仲が悪いように思えたけど……。あれは個々人の関係だったってことか。
「……種族ねぇ」
「私もあれだけ揃ってるのはびっくりしました」
「だよね。大体全員同じ種族とか、一緒だったとしても見るのは2種族までかな」
「種族間対立っていうのがありますからねー。だから、あういう風に集まってるのもレアですよレア! 普通なら、喧嘩とかしちゃうのに」
「レアだとしても、狼人の性格で全部台無しな気がするけど」
喧嘩しないようにまとめている存在がいるのかな……とか、どうでもいいか。
二度とあの狼人とは関わらないでおこう。
「って、種族間対立って言った?」
エリルの言った言葉を流したけど、聞いたことない言葉が聞こえた気がした。
「言いましたけど……どうかしました?」
「……いや、やっぱり何でもない」
自分で聞き返したのだが、安易に言葉の意味を予想できたから濁した。
ふむ、ペルシェトさんが言っていたことはこれか。
『私のこととか大丈夫な人?』『私のこの耳とか、目の色とか……』ってのは人族とペルシェトさんの種族の間に何かイザコザがあるのを意味しているのかもしれない。
それだけじゃない、エリルが言った『種族間対立』は6人全員含んで言ったように思えた。
つまり人族と猫人族だけでなく、他の種族……もしかしたらすべての種族に関係のある話か。
確か、人族や森人が見下すと言っていたよな。だとしたら、種族の中で序列みたいなのが存在しているかもしれない。
冒険者ギルド、職業、レヴィさんが所属している……魔導士の協会と言ったっけ。そこもランクがあると言っていた。
この世界はランク付けが馴染んでいるということか、だったら種族間で序列があってもおかしくない。
「……そっか、大変だな」
他人事のように、ぼそっと呟いた。
どのみち僕は一般人。動物の身体的特徴が出てくる獣人族とか森人とかになりたかったけど、自分に尻尾とか耳とかあったら、一生気になって触ってる気がするからよかったかもしれない。
あったらどんな感じなんだろ、自分の意識で動かせるんだろうか。
「さっきからなにしてるんです?」
「ん? なにって?」
「いや、頭に手を当てたり、考え込むような仕草をしてたりしたので」
「僕も狼人族とか、森人みたいな特別な種族だったらなぁ~って」
頭の上で耳を模すように手を立てて見せた。
「何言ってるんですかますたー! ますたーは獣人さん達や森人さん達よりもさいっこーに特別な種族じゃないですか!!」
「人族はさいっこーに特別な種族じゃないよ」
「ふぇ?」
「え?」
歩いていた足を止め、エリルの顔を見た。
「え? って……え?? ご自身の種族をみたことがないんですか……?」




