48 冒険者登録キター
書庫を歩いて周って机に持ってきた本は大体『魔素についての研究資料』とか『異なる三つの職業の魔素反応についての研究資料』みたいな、似たようなタイトルばかり。
それを机の上にタワーのように積み重ねて、次の本、次の本と手を伸ばし読んでいく。
――『魔素は職業によって、使われる用途が違う。』
「『職業も大きく三つに分けられるが、それ以上の分類方法もあり、剣闘士系でいっても十を超える職業が存在する。また、時代とともに廃れていた職業も存在する……』」
ふむ。時代とともにってことは、技術力の向上によって消えたってことかな? 石炭から石油に代替されたように、田畑を耕すクワから耕運機みたいに。
時代の流れと共にに技術力が上がるっていう概念は良かった。
昔の方が技術力が高くて~みたいな、神話じみたことを言われるのは都市伝説の番組だけでいい。
そうやって読み進めていくと、分厚かった本が読んでない本の積み上げ場所から読んだ本の積み上げ場所へと移動していく。
そんなに早く何冊も読める訳がないけど、本の最初にある『○○ページ:魔素についての~』みたいなコンテンツを読んで、気になるページに飛んで読んでいっただけだから、かなりいい速度で読み進めていた。
また一冊読み終わり、最後の一冊に手を伸ばそうとすると、
『ギルドスタッフルームから館内にいる……クラディスく――さんへ、一階スタッフルームへお越しください』
と、丸さんの声で館内放送が流れた。
「クラディスくさ……? くさいのかな。それとも笑ってるのかな。草って……」
時計を見てみると夜の九時過ぎだったので、冒険者の登録時間が終わったみたいだ。
没頭していて、時間の経過を全く感じなかった。楽しい時間ってすごく早く感じるよなぁ。
「まだ読んでたいけど……それよりも、冒険者登録だな」
ささっと本を片付けて、浮き足立つ気分でスタッフルームへと歩いていった。
◇◇◇
「丸さーん、お疲れ様です」
スタッフルームに上がると、バタバタと忙しそうにスタッフがそこら中を書類を抱え走り回っていた。
その中で僕の声が届いた気がしなかったので、丸さんの机の所まで人に当たらないように歩いていくと、疲れた顔の丸さんが資料の点検をしている所だった。
「丸さんお疲れ様です。」
「っあ、クラディスくん……、本当に疲れたよ~……」
「大丈夫ですか? 忙しいなら別の機会にでも」
「ううん、それは大丈夫。楽しみにしてたもんね……」
相当疲れてるみたいだ。仕事モードの丸さんが、動物を好きな人が動物を目の前にして猫なで声で一方的に話しかけるような口調になっている。
「じゃ、冒険者の登録しよっか、あっちの部屋で……」
奥の個室に案内され、椅子に座ったら丸さんは向かいの椅子にゆっくりと座った。
部屋の中心には細長い机が壁から出っ張っていて、それを支える柱が真ん中に一本ある。その机の横には、人が通れるような隙間があって、人が向かい側に行けるような部屋づくりになっていた。
「ここは防音の加工と、少し空間拡張もされててね……」
登録に必要な書類を探すように、多くの紙をパラパラとめくりながら話しているけど、言葉からは元気が感じられない。
本当に疲れてるみたいだ、顔もげっそりしてるし……。
「丸さん、大丈夫ですか? ほんとうに大変なら全然」
「いいの~、疲れたけど今はクラディスくんが目の前にいるから元気になれるよ」
「僕でそんな元気になれます……?」
「私の中でクラディスくんの存在は大きいわ。癒しよ、ほんとうに。もはや栄養的な域に行っているわ」
「栄養……?」
「ちょっと、頭こっちによせて」
言われた通りに体を傾けて向かい側へと頭を向けた。すると頭を撫でられて、丸さんの口から息が漏れ出た。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……満足……。ふわふわしてる……小動物みたい」
「なんとも言えないですけど、これで丸さんが満足してくれるなら……」
「一生触ってたい」
「それはちょっと止めて貰えると」
目を閉じればいいのか、どこを見ればいいのかわからなくなるような時間が経った。
この世界に来て僕は撫でられたり、おんぶされたり、抱っこされたり……子どもだから仕方ないんだけど、何だかなぁ。いいんだけどね、嫌じゃないんだよ? でも恥ずかしい。
そうしていると丸さんが満足したようで手を離してくれた。
「ふぅ……これで残りも頑張れる。ありがとうね」
「あれで元気が出るなら良かったですけど……丸さんがあれだけ疲れてたんだから、他のスタッフの人もだいぶ疲れてるんじゃ……」
「そうだろうけど、今日はスタッフがミスばっかりしちゃってさ……それの対応で疲れちゃって」
「頼られるリーダーだからこその悩みですね」
「んー。甘やかし過ぎたのかなぁ」
「だったら少し放任してみたりするのはどうですか? 『失敗しても丸さんがいる』って言う心の支えは必要だと思いますけど……それに頼ってばかりだとスタッフさんの責任感が出てこなかったりしますから」
「結構クラディスくんって厳しいんだね、びっくりした」
「あっ……」
「ふふふ。でも、クラディス君の言う通りね。ちょっと任せてみるのもいいかもなぁ~……明日からしてみちゃおっか」
「あはは……お任せします」
小難しい話になるといっつも堅い話をしだすのは癖だな……。丸さんもびっくりして笑い出しちゃったし。
すると丸さんが紙袋の中から銅色のチェーン付きのプレートと一つの紙を出してきた。
「じゃあ、登録しちゃおうーってなるんだけど、実はある程度登録までしちゃってて、確認になるんだけどいいかな?」
「はい」
「じゃあ、この資料を見てもらいたいんだけど」
冒険者:クラディス・ヘイ・アルジェント
階級:下位五階
職:未定
血盟:未加入
協会:未加入
「これは、冒険者のノートっていって、組合側がクラディスくんの情報を管理させてもらうヤツなんだけど。見ての通り、まっさらな状態なの。ここから依頼をしていったりすると色々と付け加えられていくって流れかな」
個人情報の取扱いか。へぇ……こんな感じで登録されるんだ。
「この下位五階っていうのは?」
「冒険者のランクで一番下が下位五階、一番上が最上位一階っていうの。最上位だけは二階と一階の二つの区分で、他は五つの区分ね」
「なるほど……」
と、頷くと丸さんがまた勉強会で説明するわ、と言ってくれた。
「銅色のプレートは下位五階から三階までの冒険者ということを表しててね。入国する際などで冒険者だと証明するものになるから無くさないように。裏にも、名前を先に書かせてもらったわ」
裏面を見せてもらうと、尖筆で僕の名前が刻まれていた。
「これで登録は完了よ」
「あ、これで……?」
「えぇ。クラディスくんの情報は先に知ってたからね。すぐに作っちゃった」
「……! ありがとうございます!」
「私はもう少しここでゆっくりしていくわ……。また朝の勉強会でね~」
「はい!」
僕の手の上にある認識票を、興奮する感情を抑えながら見つめた。
そして丸さんに頭を下げると、僕は浮かれた気持ちで個室を後にして宿舎に帰っていった。
プレートを首から下げた。ちょっと重たかった。
歩く度に、胸の上でふわっと跳ねるプレートを見て口元がにやけてなおらない。
街の装飾や、最早この街並み自体が僕に『おめでとう!』と言っているのではないかと錯覚する。
「……これで、僕も冒険者だ!」
これで一つ、自分が成長できた気がした。




