41 なにが”体育”だ
地面に落ちてきた木刀を拾い上げ、自然と片手剣から双剣にチェンジ。低姿勢の状態で木刀の横振りで脇腹に当てようとしたけど容易く距離を開けられ、むなしく空振り。これが野球なら既に空振り三振だけで3アウトは確実だろう。
ナニクソと、その勢いのまま床を蹴り上げ、もう片方の木刀で前傾姿勢になりながら突きをした――が、これも届かない。
「動作は少しまともになった……けど、まぁ、まだまだです」
「ハァ……そんなのっ……知ってますよ」
「ご存じでしたか。はい、次。休憩する時間などないですよ」
「っぅぅう!!」
無様にも思える叫び声を上げながら武器を振るうが、当たる気配なし。
(このままだと、すぐにスタミナが切れるぞ……!)
現状の何が問題かって、攻撃が当たらないのはもちろんだけど、それよりもひょいひょいっと簡単に避けられていることのほうが問題だった。
一つ一つの攻撃の最初から最後までの全力が空振る……つまり『振りに使った自分の全力』を止めるためにまたスタミナを使ってしまい、悪戯に体力が持っていかれてしまう。
そして、少しでも手を抜くと木刀が手元から一瞬で消える。
くそったれ。剣道の先生にいたら嫌なタイプだ。
「限界が来てからが頑張りどころですよ。戦い方より、生き残り方が大事ですからね。相手は人ではなくて、手段を問わない魔物のことが大半なので体力がないと死んでしまいますから」
右からの大振りを避けられ、体勢を崩した僕に言った言葉。
「ハァ……ハァ」
「返事は?」
崩れた体勢の僕へ、辛うじて目で追える速度の蹴りが飛んできた。返事しろよ、という攻撃だ。
避け切れる訳もなく、脇腹にヒット。僕の小さな体は水切りをするように床に四度ほどバウンドしながら壁に激突。そんなの、痛みよりも体格が三倍や四倍ほど違ったらこれほどまでに吹き飛ぶのかという笑いに変わる。
「クラディス様、返事」
「っっっ!? ぁ、あい!!」
「では、武器を持ってください」
あんたが吹き飛ばしたからだろうが! と言えるわけもなく、ヨロヨロと体を起こして武器を拾った。
その動きを見ていたナグモさんは満足そうに頷き、テクテクとこちらへ歩いてきた。もちろん手はポケットに入れたままで。
「話を戻しますが、何よりも大事なのが攻撃を当てるって事。攻撃が当たらないと何の意味も無いですから、基礎的な剣の振り方もそうですが、まず先に相手に一撃を与えることを意識して剣を振りましょう」
しっかりと解説をしてくれているが、構わずに足が上がり始めている所を狙って距離を詰めた。
隙があるとすればここだ。片足に重心が集まっているところを狙えば回避もままならないはずだ……!!
接近して仰け反って回避する可能性を潰すために、上体ではなく足を狙って横振りをしようと踏み込んだ――
「ん、良いですね」
――上から余裕の声が聞こえると、木刀が地面に勢いよく蹴り落された。
上げていた足を下ろしたのか!?
「いっ――くそっ!!」
もう一歩を踏み出してもう片方の木刀を当てようとすると、ナグモさんの体勢が元通りになっていたようでピョンと間合いの外に逃げられた。
「っ……魔物はそんなに避けて、足で木刀を蹴飛ばしたりするんですか!?」
「するモノもいますね、人型は良くしてきますよ?」
息を切らしながらも会話を挟み、どれだけ木刀が落とされても手を止めない。僕が今考えれる攻撃を全力で繰り出していく。
ナグモさんは常に剣が届く範囲の少し外にいるので足運びで近づかないと剣が当たらない。なので、足も止めることが出来ない。
腕はもう悲鳴を上げている、足取りもバラバラだ。
「剣の振り方は後でいいと言いましたが、そこまでバラバラな振り方なら当たるものも当たりませんよー。最低限の基礎は必要ですね、それはクラディス様の空き時間にでも学んでおいてください。書庫に沢山ありふれているので」
「……ハァ……ぁ、ハァッ……」
しんどい……。昔にやってた剣道の稽古の比じゃない……。息も上がって、思考力も低下してくる。ナグモさんの話もまともに聞くほどの力も残っていない。
木刀だとしても、何度も振っていると少しの重さでも重たく感じるものだ。
「……返事は?」
「っぁあぁあっ!!」
「うむ、よろしい」
だけど、次の攻撃を考えずに攻撃をしていると簡単に距離を開けられ無駄に体力が使われる。ナグモさんの距離の取り方がしっかりとしているから、頭も使わないと一生当たらない気がしてくる。
手に汗が滲み、握力もほとんどない。気力で木刀を持っているだけ……精一杯だ。
「さぁ、夜はまだ長いです。頑張りましょう!」
「……は、はは……」
「アサルトリアの方たちのレベルについていくなら、最低でも180レベルは欲しいところですから。それをとりあえず訓練の最終目標にしておきましょうか」
「ひゃく……はちじゅう? って、どれくらい、頑張れば……」
「ん~、今よりもいっぱい頑張れば」
その言葉に血の気が失せていく。
これよりも、まだ、いっぱい頑張る……?
もうそこからの記憶は覚えていない。訓練中に何が起こったか、何をしたか、何を叫んだか。
だけど、これだけは言える。
ナグモさんとの訓練は夜まで続き、結局掠りもしなかったってことだ。
◇◇◇
視界が暗転したと思うと気がつくとベッドの上だった。ナグモさんが運んでくれたのだと思う。
意識を失うまでやってたんだっけ……最後に頭に残っている情報は汗すらかいていないナグモさんの笑顔。
「朝……」
「ますたーおはよーございまーす!」
「おわっ、エリル……びっくりした」
「訓練のやつ見てましたよ! すごくハードでしたね……、お体は大丈夫ですか?」
「少し疲れているけど強くなるために必要なことだからちゃんとしないとね。基礎的な内容も自分で勉強しないといけないし……はぁ」
貸してもらっている部屋のベッドの上から壁にかけられている時計の方に目をやると七時を指していた。
「んなぁー……勉強会が始まる前にちょっと予習もしておきたいし、武器の扱いの本も見ておかないとな……」
「起きてすぐ行くんですか!?」
「え? うん。普通そういうもんじゃない」
「もう少しゆっくりしても……」
「何言ってんのさ! 強くなるって約束したんだから、初日から甘える訳にはいかないよ!」
この世界は努力が可視化される世界。
ならば、成長を止めるわけにはいかない。
朝の街をフラフラとギルドへと歩いていく途中で、ぼんやりと頭の中で言葉を繰り返した。
「強くなる、絶対に。見ててください」
ぼくの気持ちはガッチガチに固まっているのだ。




