39 新生活ってドキドキする
ムロさん達と別れてからギルドでの生活が始まる前に案内された場所は、僕がギルドお世話になる『三ヶ月』という期間に僕が主に使う場所だった。
最初に案内されたのは第二書庫という所。
印象としては『小さな図書館』。一階だけではなく、二階部分もぎっしりと本で埋め尽くされているほどの貯蔵数。木で作られた椅子や大きな円形の机が置かれていて、そこで勉強をするという話を受けた。
次は地下にあった訓練場。
すごく広く、一般的な体育館程の大きさより少し大きめくらい。全面真っ白で、強度は並大抵の攻撃だと跡すら付かないんだと。
本来は避難場所として造られたのだが、頻繁に使うものでもないから訓練に使うことにしたらしい。
最後に案内された場所は僕が寝泊まりする所。
そこはギルドから離れた位置にあるギルドスタッフの男性寮の二階で、ナグモさんの隣の部屋を使ってと言われた。
ものすごく広い部屋で一人で住むには勿体ないほど。キッチンも流しもトイレもお風呂もソファやベッドもついていた……、贅沢し過ぎではないだろうか。
◇◇◇
そうして、昨日は解散して今日から本格的に始まるのだが……。
「予定より早く着きすぎた……」
日程としては早朝から勉強会、昼は休憩、夜はナグモさんとの訓練。
(正直、ワクワクして寝れなかった)
勉強とか何時ぶりだろうか、訓練とかは何も聞いていないけど体を鍛えたりするんだと思うから実質体育でしょ? 昼食もギルドのスタッフの食堂で食べてもいいと言われたし……これは給食だな。
つまりここは、僕にとっての学校みたいなものだ。
と、テンションが上がっていて30分前に着いたんだけど……どうしようか。
「少し……時間を潰すか? でもな……」
「お。さっそく勉強会かな?」
「……?」
声が聞こえてゆるりと振り返るとギルド長が甚平のような服でご登場。
「あっ! ど、どうも、おはようございます」
「そんなに畏まらんでもいい。それよりも中には入らないのか?」
「いえ……その、30分も早くついてしまって」
「そんなの関係ないだろう、早く集合するのはいいことだ――おーい、生徒がもう来ているぞ」
そう言ってギルド長が扉を少し開けて中の様子を見ようとすると、タオルがギルド長の顔面にヒットした。
うわぁ……。すごい勢いで投げられたな、あれ。
「ちょ、まだ!! まだ、勝手に開けないで!!」
「何言ってるんだ、もうクラディス君が来てるぞ」
「えっ、もう来ちゃったの……!?」
この声は確か……丸眼鏡の女の人、だったか?
「はい、早めについてしまって」
「もうちょっと待ってて! ギルド長も、はやく扉閉めて!!」
「なに興奮してるんだか……。朝から元気だな」
ふああとあくびをして、ギルド長は廊下を歩いてどこかに行ってしまった。その背中を見送り、僕は声がかかるまで廊下でエリルとのんびり会話をしていた。
しばらくすると部屋内から物音が止み、梯子から降りてくるような音が聞こえた。
「よし! クラディス君を呼んできて」
「ラジャー! クラディスくーん!! いる~?」
「はーい」
何か終わったらしく、ハタハタと服をはたいて立ち上がるとギギギと扉が開き、僕の視界が開けた。
「「せーのっ、クラディスさん(くん)! これからよろしくお願いします!!」」
目の前に広がったのは、二階部分で繋がっている『新規生徒歓迎会』と書かれている横断幕と沢山付けられている様々なカラフルな飾り付け。
「わぁ……綺麗」
「せっかく三ヶ月を一緒に過ごすってことなので、歓迎会でもしようかと思いまして」
僕が横断幕を見上げていると少し照れながら話をしてくれた。
あっ、それで時間を……なるほど。
外で待たされていた理由に納得していると丸眼鏡の人の横を抜け、猫耳さんが僕の近くでわざと聞こえるような声の大きさで耳打ちをした。
「クラディス君クラディス君、実はこの歓迎会、丸リーダーが提案したんですよ!」
「ちょっ、あなた!」
「あ~照れてる照れてる」
「あ、そうなんですね。丸リーダー……さん、ありがとうございます」
感謝の声をかけると目尻を釣りあげていた表情から「えっ!」と目を丸くしてこちらを向き、「あ……ど、どういたしまして……」と、耳まで真っ赤になり返事をしてくれた。
その様子を見て僕と猫耳さんは微笑んだ。
「えー、じゃあせっかくなんで、自己紹介しましょ! お互いのことそんなに知らないと思いますし!」
はいはい! と猫耳さんは机に身を乗り出して元気に手を出した。
「私はペルシェト! ギルドのスタッフ! 猫獣人なのでお昼寝が好きです!」
ペルシェトさんの見た目は茶髪でやけにリアルな猫耳を相変わらずつけている。
ハキハキとして元気一杯という言葉が良く似合う人だ。服装は落ち着いているけど、声や様子は元気だからギャップが凄い。失礼だと思うけど、静かにしていたらすごく美女だと思う。
「ほいっ、じゃあリーダーへパス」
すごい勢いで自己紹介をして、丸リーダーさんにバトンを渡した。
僕に渡ると思っていたのか突然渡され慌てて椅子に座り、話し始める。
「わ、私は、リンク・ドマ・ルース。ギルドのスタッフのリーダーを任されています。元冒険者という訳では無いので特別腕が立つという訳ではありませんが、勉強の方は人並みにできると思っているので、よろしくお願いし――」
「ミドルネームのドマと、ルースで丸ってよく呼ばれてるんだよ! よろしくね!」
「こ、こらっ! ペルシェト! そのあだなは……」
この人はスタッフのリーダーらしい。風格ですごく真面目そうな雰囲気があるし、言葉を聞いていても真面目だと分かる。髪型は知的な雰囲気を壊さないように黒髪のショートヘアで少し大きめな丸メガネを掛けている。高校の時の図書委員長にそっくり。
それで丸リーダーっていうあだ名の正体は、ドマのマと、ルースのルで『丸』か。
「丸リーダー……いいですね。愛着があって呼びやすいですし」
丸リーダーがペルシェトさんにジトッとした目線を送っていたから一応のフォロー。
「でしょでしょ~! ほらほら、クラディス君もこう言っているし! もう受け入れてもいいとおもうけどなー!」
「うん、僕も呼びやすいので丸さんって呼ばせてもらいますね」
やっぱり元日本男児だから「丸」は呼びやすい。カタカナのクラディスとかよりも「丸」や「ナグモ」っていう名前の方が親近感が湧くし、なんなら馴染みやすい。
丸さんはなんとも言えない表情をしているが、とりあえず僕の番なので自己紹介をすることにした。
「僕はクラディスっていいます。まだ全然弱いし、何も知らないので迷惑をかけると思いますが、勉強は好きなので、これからよろしくお願いします」
「カッコイイ名前だ」
頬杖をつきながら名前を褒めてくれた。
「ペルシェトさんの名前もカッコイイですよ」
「え? そうかなぁ。だったら嬉しいな」
「はい。丸さんの名前もカッコイイですし」
ずっと沈んでいる丸さんにも再びフォローをした。ちらっとこちらを見たが、小さく嘆息し顔をあげた。
「お世辞はいいです……。クラディスくんの前ではちゃんとリーダーらしくしようと思っていたのに……」
落ち込んだ表情から一変し、キッとペルシェトさんの方を向くとペルシェトさんは笑って誤魔化す。
「でもさ~、丸リーダーも仕事みたいにせずに肩の力抜けばいいのにって思うよ! クラディス君いい子だから大丈夫だと思うけどな!」
「確かに、ペルシェトさんはすごく元気ですよね」
「ハハハ、まぁ、その分書類ミスとか多いんだけどね」
そう言うと手を頭の後ろに回し、控えめに笑った。
笑うところなのか? あっ、また丸リーダーに睨まれてる。
「私はペルシェトみたいにすぐ切り替えれれる様な器用じゃないので……」
その横で話の流れを聞いていた、丸さんがぼそりと呟いた。
「ですが、そうですね……クラディスくんがそう言ってくれるなら私も少しずつ、段々と仕事ではく、休日のように肩の力を抜いて行きましょうかね」
顔を上げ、笑って話してくれた。
もっとお堅い人達かと思っていたけど、全然そんなことない。
スタッフリーダーとしての責任があるんだろうし、お昼から仕事に戻るということがあってすぐに切り替えなどできないと思うけど、多分仲良くできそう。
ペルシェトさんは何となくエルシアさんに近い雰囲気があってすぐ馴染めたし、ふわふわとした掴みどころのない感じは好きだ。
自己紹介の話が落ち着いたようで、それを感じとった丸さんが座り直して足元をゴソゴソと探っている。
勉強を始める準備か! だったら、始めやすいように――
「じゃあさっそくおねがいしま」
「――では」
僕の言葉に言葉を重ね、ドンッっと勢いよく本を置いた。
え?
「初日なのでとりあえず、基礎的なところから行きましょうか。第四地区の成り立ちから」
ん?
先程までの雰囲気とは真反対。
話す口調は明らかにハキハキし、まるで教師のようになった。
「ペルシェト、クラディスくんに何か書けるモノを」
「わ、分かりました」
指示を飛ばされ、急いで足元の袋からノートを取り出した。
この場の指揮権が丸さんへ移り変わったのが見て取れる。
「時間は有限、期間は決められています。余裕を持って終わらせるので、しっかり着いてきてくださいね?」
自信からくる生き生きとした表情をした。
その勢いにペルシェトさんと僕は押され、受け身にならざるを得なかった。
「はい、ではまず23ページを開いてください」
冷静でも熱がこもっている口調をしている。
……確実に水を得た魚だ。
丸さんがこの勉強会のスタッフを任された理由が分かった気がした。




