38 ちょっとのお別れ
遅くなってすみません。
ギルドの入口から中の様子をちらっと見ると、人の楽しそうな声が多く飛び込んできた。
「わぁ……人多いですね……」
「暇人ばっかだからな~」
「へぇ~」
反応しづらい返答を流し、僕は初めて見るギルド構内に意識を持っていかれていた。
冒険者ギルドの内装は、入口から見て右側に受付のようなものが五つ程あって、その内の二つは人が少し並んで手続きのようなものをしている。他の三つは受付側に人が居ないので機能していないように見える。
(スーパーのレジみたいに人が混雑したらあの三つも使われるってことなのかな?)
この入口から伸びる通路の右奥には壁に掲示板みたいなのが複数個打ち付けられていて、そこに紙が貼られているのが見える。
その前に複数人が立ってその紙を品定めするように見ている……と思ったら紙をちぎって受付の列に並んだ。
「紙、勝手に持って行ってる……」
「アレが、一般的に言われるクエストってやつよ」
僕が物珍しい物を見る目を向けていることに気づいたエルシアさんがこそっと教えてくれた。
「あの紙がですか?」
顔を見上げるとコクリと頷いた。
あのクエストの紙を持って受付に行って発行、という訳か?
そして、それより気になったのは入口に入る前から聞こえていた声の正体。
今、目に入る一階部分の五分の三を占めているソレはクエストの受付の反対側に設けられていて、柱と僕の肩位の高さの木で作られた塀で空間を分けられている食堂……と言うよりかは酒場だ。
その中の様子を背伸びをして覗いていると、視線を感じてそちらに目を向ける。
そこは奥のテーブルの方で男性が固まって飲んでいた。しかし視線はこちらではなく飲んでいる人同士に向けられていた。
――気のせい……?
そうしていると、ムロさんが頭をポンポンと叩いた。
「あんまり見てるとこえぇヤツらが絡んでくるぞ」
「あ、いえ……視線を感じて」
「? どいつらだ?」
「真ん中の奥の方にいた人達で……腕に模様が入ってて」
目は向けずに、周りの人に聞こえなきように小声で伝えると、ムロさんは横目で確認して。
「……無視しとけ、あいつらに関わるとめんどくせぇからな」
とへらっと笑った。
「そんなことよりレヴィの番が来そうだ、早く行くぞ」
ムロさんに連れられてレヴィさんの場所まで歩いていった。
◇◇◇
受付の人と話すと奥へと案内されて、付いていくと部屋に通された。
そこは一般的な応接室のようで、ソファが中心の少し大きめの机に向かい合わせになるように設置されていて、人が正面のソファに一人と立っている三人の計四人がいた。
「……対応してくれるのはギルド長だけだと話を伺っていたのですが」
「あ、あぁ~えーっと。大丈夫です。許可は取ってますので」
「ナグモは勝手に部屋にいるだけだ。他の二人は許可をした」
手を小さく上げ話していた男性をピシッと言葉で締めた。
ナグモと言われた男性は手をゆっくりと下ろし、笑いながら
「ハハッ。ま、そういうことです。」
と言った。
「? まぁ、俺達は何人居ても良いんですけど……ナグモさんは相変わらずなんですね」
「コイツはマイペース過ぎるんだ」
「大事ですよ? マイペース」
キッと目を向けられ、ナグモさんは笑いながら壁にもたれかかる。
会話の様子を聞いていたら、恐らく正面のソファに腰掛けているのはギルド長で間違いない。
その人の見た目は白髪混じりのオールバックで少し前髪がチョロっと前に垂れている。細身のおじ様といった雰囲気を出しており、どこか余裕がある表情をしている。
先程、許可を取らずにこの部屋にいると言われたナグモさんは黒髪の長髪で後ろ髪を下に垂らす形で二つ結っている。顔が小さく俗に言うカッコイイ顔だ。そこまで年齢を重ねているように見えず、なんならムロさんよりも幼く見える。
そんな人が首元まである白いセーターの上に黒色の上着を着ている。おそらく私服だろうが、女性受けが良さそうな……雰囲気をしている。
その横にいる二人は女性。左の女性は真面目そうな顔をして、眼鏡をかけている。髪を真ん中より右寄りで分けていて、恐らくギルドの制服のようなものに身を包み、じっとこちらを向いている。
右の女性は茶髪のくせっ毛で肩まで伸ばしていて、少し眠たそうな表情で……罰ゲームかなにか知らないが、猫耳のようなモノが頭の上についている。
ムロさんとギルド長の会話を聴きながら、部屋や人を見ていると、ギルド長が座るように促したので、僕達はソファにゆっくりと腰をかけた。
「で、どうした? 今日は」
ギルド長が話を切り出した。
それと同時に後ろの3人もゆっくりとこちらに注目を向けるのを感じる。
その視線を感じていると、ムロさんが僕の頭を持ってぐわんぐわんと回した。
「こいつの話をしに来ました」
「少年の話……ということは、その子が前に連絡してきた子か。先ほど冒険者登録も届いたが、女児なのか?」
「いえっ、その男で――」
「その件は話が終わった後で。それで連絡させてもらった内容通りなんですけど、ギルドでこいつを育てて欲しいんです」
「ふむ」
僕の言葉を遮りながらのムロさんの提案を聞いたギルド長は前屈みだった体勢を変え、背をもたれ、こちらを一瞬見た。
僕はその視線に唾を飲み込む。
普通の視線なのに、すごい眼差しだ。
「――っと言うことらしい。お前らはどう思う?」
もたれかかったまま、後方にいる三人の方を見て意見を求めた。
「私は大歓迎ですよ、小さい子好きですし。それにアサルトリアの三人が推薦する程です。私情抜きにしてもアサルトリアとギルドの今後のいい関係を――」
「お前には聞いてない」
「え、今日は冷たいですね」
「……私たちも既に賛成している件です。なんの問題もありません」
「同じ意見です」
「だそうだ。そして私、そしてギルド側からも、この事について何も問題は無い」
三人の方に向けられていた目をこちらへ戻した。
「そうですか……よかったです」
「それと、この件についてはこの三人に一任しているが構わないか?」
「いや、さすがにナグモさんに加えて二人も人員割いてもらう訳には……」
「こちらの勝手な申し出だ、人数は気にしなくてもいい。ナグモに任せていると戦闘面は問題は無いにしろ、学の面で何を教えるか分からない。そこで、ルースとペルシェトの二人をこちらの独断で選出した」
「……ギルドの仕事に支障が出てしまうのでは」
「子守りをするだけだ。そんなことが出来ないやつらじゃない」
ギルド長は先程までのナグモさんに対する扱いからは考えれないほど、ギルドのスタッフを信頼しているんだと思える発言をした。
「分かりました。ありがとうございます」
「勝手なサービスだ。気にしなくてもいい」
頭を下げようとしたムロさんを止めるように、控えめで含みのある笑みを浮かべながら言った。
「では、あと残ってるのは事務的な話と手続きくらいか……。少年はもう席を外してくれて構わないが、どうする?」
「クラディスの手荷物は着替えだけですし、この話を受け入れて貰えたら、今日からでもギルドでお世話にならせようと思ってました」
「なら、施設を案内しましょうか?」
「ナグモはこの格式ばった部屋が嫌いなだけだろう……まぁ、そうだな。そちらはそれでいいか?」
「はい。ナグモさんが良ければ、お願いします」
考える仕草を見せず、少し頭を下げた。
それにつられ僕も頭を下げた。
「こいつ……クラディスのことを、頼みます」
「頼まれました。まぁ、任せてくださいよ。じゃあクラディス様、こちらへ」
奥の扉が開かれた。
雰囲気的に邪魔にならないように早く歩いていった方がいいとは思っていたのだが、ソファから降りると三人の方へ体を向けた。
「……ムロさん、レヴィさん、エルシアさん。すこしの間でしたが……本当にお世話になりました……! 迷惑ばかりかけてたけど、毎日が楽しかったですし、なにより皆さんのおかげで将来に希望がもてました!」
僕は、まだちゃんとお礼をいえてなかった。
タイミングを見計らっていたのだけど、中々言い出せずに最終日までズルズルと引きずってしまっていた。
ムロさんとのランニングの後で頭の整理がついていなかったというのもあるけど……、ここを逃すと次に話すのがいつになるのか分からない。
「この恩は絶対返します。すぐ強くなってみせます。皆さんと旅ができるようになります。だから、だから――」
「そんな話はしなくていいって~。律儀なんだからクラちゃんは」
「子どもなんだから大人を頼ればいいって言ったろ。まだお前が望んだことのスタート地点だ、それで一々頭下げてたら疲れちまうぞ」
頭を下げる僕の髪の毛をクシャッと触って、ハハハと笑った。
「お前がやりたいようにやればいい。強くなってから俺たちと旅がしたいならまた来てくれたらいい」
「そんときには有名人になって私達のことなど眼中に無いかもしれないな」
「えー、そんな感じだったとしてもわたしはクラちゃんを強引に旅に誘うもーん」
「こんな感じさ、俺らがこんなんだからお前は重たく考えなくてもいいんだよ。今はただ強くなろうとすればいい。恩返しとか一々考える小難しい頭には難しいかもしれんがな?」
三人が普段の様子で話してくれる様子を見て、自然と涙が出てきた。
その涙を堪えて袖で擦っているとムロさんがもう一回頭を撫でてきた。
「なぁ、クラディス。お前は強くなれるか?」
「もちろんです。強くなれます……!」
「はははっ、それが言えんなら上出来だ」
僕の返答を聞くと、出口の方に背中を押した。
力強く押してくれた手はどこか温かく、僕よりも数倍も大きい手の感触が背中にジンジンと残っている。
「経過報告を聞きにたまに立ち寄るからな~」
「風邪ひくんじゃないぞ」
「またね~クラちゃーん!」
「……はい!」
お別れは寂しいけど、三人がこれだけ言ってくれるなら僕が頭を悩ます必要なんてない。
三人の声に押されて僕は歩き出した。




