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36 でこぴん



 気が遠くなる話に思える。あれだけ強いムロさんが念を押してくるほどの。

 無理な話なのかもしれない。

 笑い話なのかもしれない。

 僕が体験した何よりも難しい話なのかもしれない。


「それでも、その道に進めば強くなれるんですよね」


「あぁ、強いどころじゃねぇ。最強になれる」


「それなら、僕は……」


 と言って、グッと心に決めた。

 最初はまだ知らない分野を見てみたいという軽い気持ちで言った言葉だった。

 だけど、誰もが挫折した道、それに向かう覚悟という言葉を聞いて、挑戦したくなったのだ。


「どれだけ難しくても、どれだけ夢物語でも、僕ができる可能性が少しでもあるなら……。いえ、たとえゼロでも挑戦してみたいです。僕は最弱なので、最強になってみせます」


 だって、もう挑戦しようとも挑戦できないような思いはしたくない。

 自分ができる可能性があるのなら、僕は全力でやってみたい。

 僕はやっぱり、負けず嫌いだから。負けっぱなしではいられないよな。


「へぇ……」


 ムロさんは僕の言葉を聞き、ニヤリと笑った。


「いい覚悟………だが、お前だけじゃ100%無理だな!」


 と言い放ち、僕の額に再度デコピンを放つ。

 バチンと子気味良い音が響くと、僕は吹き飛んだ。


「いっ!? ……そ、そんなの、まだ分からないじゃないですか!」


「い~や、無理だ無理無理。他人の言葉に踊らされてるんだ、三日も経ったら忘れるし、挫折する。周りは突出した能力持ってるやつばっかりで、その中で自分が黙々と全部を勉強するなんてどんな地獄かって話だ」


「それでも、僕は――」


 食って掛かってもひらりと躱されて、再び頭を鷲掴みにしてきた。


「だから、俺らが確率を上げてやるよ」 


 目をぱちくりさせ、眉間にしわが少しだけ寄る。

 んっ、と現状を理解できていないのがバレバレな声が漏れ出た。

 今、「俺らができる確率を上げる」って……言ったか? なんで? 


「皆さんの力を借りる訳には……お邪魔になりますし」


「子どもなんだから大人に頼ってればいいんだよ。したいんだろ? なら出来るまで周りの大人をこき使えばいいんだよ」


「でも、僕のは誰もできてないことで……ええ? あんまり難しいこと言わないでください!」


 ムロさんが僕の夢に対して肯定的なことを言うとは思ってもなかった。

 またどうせ笑われて、やってやるんだ、と言って終わり……そう思ってたのに。


「お前が言った夢は大体の大人が聞けば鼻で笑って流すことだ。だがな、俺はお前に期待してんだ」


「僕に、ムロさんが期待を?」


「あぁ。だから、お前が言った夢に近づくために俺は力を貸す、レヴィもエルシアもな。偶然にも拾ったんだ、拾ったこっちにもそれ相応の責任がある。少なくとも俺の目が黒い内は面倒見てやるから安心しろ。旅には連れて行けねぇがな」


「でも」


「でもじゃねぇ。見せろって言ってんだ。最弱が最強になるんだろ? なれる才能を持ってんだろ? ならなって大人を喜ばせてみろってんだ。弱い奴が強い奴をなぎ倒していくんだ、そんな最高にオモシロイ話はねぇ」


 僕の夢を笑わずに、無理かもしれないことに期待してくれる。

 だって、こんなに子ども染みた夢なんだぞ? 

 みんなが挫折した道なんだぞ?

 それを……みんなが、僕を助けてくれた三人が手助けをしてくれる……。


「……うっ」

 

 涙がにじんだ。  


 もう、なんでレヴィさんも、エルシアさんも、ムロさんもそんなにカッコイイんだ?

 昔の思い出と今を重ねると、とうとう涙がこぼれた。

 

「……僕、こんなに恵まれていいのかな?」


 ズビズビと鼻をすすり、眼帯を持ち上げて汚れている袖で目をこすろうとしたら、ムロさんがズイっとハンカチを渡してきた。

 それを受け取って涙を拭きとっていると、その上から。


「恵まれていいのかな、って? あたりまえだろ、()()()()()。俺が責任もって恵んでやるよ。つっても環境くらいしか用意できねぇがな」

 

 と言って、頭を荒々しく撫でてくれた。

 そのごつごつした大きな手が、とても安心をできて、また涙が出てくる。


(……あたたかい)


 こんなに、人の手はあたたかいものなのか。


「って、え、今……坊主じゃなくて「クラディス」って」


「あぁ、しっかりと自分のしてぇことを持ったからな」


「も、もう一回、呼んでください」


「なんぼでも呼んでやるよ、クラディス。はい、クラディス、クラディス」


 持っていたハンカチをぎゅっと握る僕の顔は――笑っていた。

 自然と、口角が上がるというのはこういうことなのか。

 嬉しくて、でも少し恥ずかしくて、涙はまだ目をぼやけさせるけど。自分も不思議で、上がる口角をペタペタと触ってみたりした。

 

「んじゃ、期待してるぜっ! クラディス!」


 ――バシッ。


「ひぁ……」


 まさか、ここで1発重たいのが首筋に入った。

 ムロさんが上機嫌なまま振り下ろした手は、僕の意識を飛ばすには十分なほどの威力で。


「――あ、すまん!」


 意識が飛びきる前にムロさんの声が聞こえる。

 ……感動のワンシーンなのに、こんな漫画みたいなことある?

 そのまま地面にへたりと倒れ込み、僕は気絶した。

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